約束の夜明け


「約束の夜明け」


 サトルのおじいちゃんが死んだのは、サトルとケンジが小学校4年の時だった。
 早くに両親を事故で亡くしたサトルにとって、おじいちゃんは唯一の身内だった。

 サトルのおじいちゃんの葬式が終わった夜、二人は話をした。
 いつも遊んでいる神社の階段に、サトルとケンジは並んで座った。

 「サトル、これからどうするんだ?」
 「・・親戚のおじさんの家に行くことになる・・」
 「そう・・遠いのか?」
 「うん。」
 「・・・じゃあ、もう遊べなくなるな。」
 「・・うん。」
 「・・おじさん、良い人か?」
 「・・・」

 辺りは静まり返っていた。
 その夜は月明かりさえも雲に隠れていた。

 「・・おじさん、嫌な人なのか?」
 「嫌な人じゃないよ。・・けど、僕があんまり好かれてないんだと思う。」

 サトルのおじさんが、他に身寄りが無いから仕方なくサトルを引き取るのだということを、サトルは敏感に感じとっていた。サトルがおじさん一家に歓迎されてないことも。

 少しの沈黙の後、ケンジが何かを思いついたように声を出した。
 「・・サトル、おまえ今いくら持ってる?」
 「え?・・2000円くらいかなあ。」
 ケンジは、自分のポケットから小銭入れを出して、中身を数えた。
 「俺は、800円くらいだ。・・よし。」
 ケンジは何かを決心したようにつぶやいた。
 「どうしたの?」
 「サトル・・・二人でどこかに逃げよう。」
 「えっ?」
 「明日の朝一番の電車に乗って、どこか、遠くに行くんだ。」
 ケンジの突拍子も無い提案に、サトルは驚き、すぐには返事ができなかった。
 「・・そ、そんなの、今持ってるお金じゃそんな遠くまで行けないよ?」
 「一番近くまでの切符を買って、遠くの駅まで行く。それで、電車を降りてから走って逃げるんだ。自動改札なら飛び越えて逃げられる。」
 「・・どっちにしろそんなに長い間逃げられないよ。」
 サトルは、そんなことできるわけが無いと、暗い顔で俯いてしまった。
 そんなサトル元気付けるように、ケンジは言った。
 「でも・・おじさんの家に行くの嫌だろ?」
 「・・うん。」
 「だったら、一緒に逃げよう!逃げられるだけ逃げて、後はどうにでもなるさ!」
 少し考えてから、サトルは首を縦に振った。ケンジの根拠の無い自信が、サトルにも元気をくれた。
 「うん。わかった。」
 「よし、じゃあ、決まりだ!明日の日の出の時間に、駅に集合だからな。」
 「うん。」
 明日から始まるサトルとの逃避行を思い、ケンジは胸を躍らせた。まるで、明日からの冒険が見えているかのように、ケンジの瞳は輝いていた。
 サトルは、自分を思ってくれているケンジの提案が、涙が出そうなほど嬉しかった。




 サトルとケンジは、日の出の時間に落ち合い、二人で遠くに逃げるという約束をした。

 しかし、約束の時間の駅には、どちらの姿も無かった。



 夜が明けるころ、サトルは家の中で一人考えていた。

 『明日の日の出の時間に、駅に集合だからな。』

 ケンジの言葉を思い出す。ケンジの提案は、とても嬉しかった。
 けれど、おじさんの家に行かなければいけないのは、サトルの問題だ。自分の問題にケンジを巻き込むことは出来ない。

 夜が明けて、太陽が昇ってくる様子を、サトルは自分の部屋から見ていた。
 今ごろ、ケンジは駅で自分のことを待っているだろうかと考えながら。

 その夜明けは、サトルにとって一生心に残る夜明けになった。

 サトルは、おじさんの家に行くことを決意していた。
 今日の朝におじさんが迎えに来る。
 サトルは、ケンジと会わずに、このまま別れることにした。
 ケンジはショックかもしれないが、会ってしまうと決心が鈍りそうだったから。

 ・・・ごめん、ケンジ。
 僕のことを思って一緒に逃げようと言ってくれたお前を、裏切ってしまって。
 ほんと、ごめん・・・。



 ケンジが目を覚ますと、外はすっかり明るかった。
 「・・・やばい。」
 時計を見ると、短針が11時を指している。ケンジは飛び起きて、大急ぎで服を着た。

 前の日の夜、ワクワクしてなかなか眠ることが出来なかった。だからって、ここまで寝坊しなくてもいいのに・・・。

 ケンジは駅へと向かった。しかし、駅には当然サトルの姿は見えない。
 サトルの家まで行ったが、サトルはすでにおじさんの家に向かった後だった。

 ・・・俺が、寝坊したから。

 きっと、夜明けの駅でサトルはずっと自分のことを待っていたのだろう。
 けれど、電車が動き出す時間になってもケンジが来なかったため、諦めておじさんの家に行ったのだ。

 ・・・ごめん、サトル。
 俺が寝坊してしまったために、お前との約束を破ってしまった。
 ほんと、ごめん・・・。



 それ以来、サトルとケンジは会う事は無かった。

 サトルも、ケンジも、約束の場所に自分だけが行かなかったということを、いつまでも心に背負って生きていくことになった。
 そして、日の出を見るたびに、この日のことを思い出した。


おわり


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