ある飲み会





「おまえ達、付き合ってるの?」

 彼の友達は、彼と私に向かってそう聞いた。私はドキッとして、一瞬言葉に詰まってしまう。私が何かを言うより早く、彼が答えた。

「あ、わかる?」
「・・ちょ、何言ってるの。付き合ってなんかいないよ。」

 彼の言葉を、私は慌てて否定した。
 実際に、私たちは付き合ってはいなかった。ただ、私は彼のことが好きだったけど。

 私は、私の友達と、彼と、彼の友達の4人で、飲み会をしていた。

「冗談。ほんとは、俺の片思いなんだよねー。」

 と、彼はさらに冗談っぽく言った。

「いや、私の片思いだよ。」

 私は思わず反論してしまう。
 いつも冗談しか言わないので、彼の本当の気持ちはわからない。だから私は、ずっと私の片思いだと思っている。
 少なくとも、私が彼を思っている以上、彼の片思いということは有り得ない。

「俺の片思いだっつーの」
「私の。」
「いや、これは譲れねーよ。」
「私だって譲れない。」

 私の彼への気持ちだけは、譲れない。いったいなぜその彼とこんな言い合いをしなければならないのかわからなかったが、お酒のせいもあって私は意地になった。
 そんなやり取りを聞いていた友達が口を挟んだ。

「つまり、それって両思いってことじゃないの?」

 うんうん、いいこと言う。と私は思ったが、彼は反論する。

「ばっか。違ぇよ。両思いより片思いのが切ねえだろ。」

 ・・なんだその反論は。

「いいか、片思いっつーのは、遠くから見てて、あー、あの人私のことどう思ってるんだろー。なんつってその辺に咲いてる花つんで、好き、嫌い、好き、嫌い、・・きゃあ!虫!・・・って、良く見るとその花、虫だらけでさ。でもここでやめたらこの恋なんて叶うわけが無いわ!好き、嫌い、好き、き、いたっ!刺された!キンカン!キンカン塗って!
 ・・なんつって、そうやって遠くから見て胸を焦がしてるもんなんだよ。」

 途中で小芝居を挟みながら彼は熱弁したが、その意味は良くわからない。

「・・・だから?」
「切ない方が、楽しいじゃねーか。」

 ああ、そうなの。だから、両思いより片思いの方がいいって言うのね。良くわからない。

「私は、切ないよりも両思いになった嬉しさとか幸せとかのが良いけど。」
「そういうのは、片思いの期間が長ければそれだけ大きくなるんだよ。」
「ああ、そう。」

 つまり、いつかは私たちも、この際どっちが片思いかは別にして、いつか両思いになるってことだろうか。

「まあ、両思いでも切ない恋ってのはあるけどな。
 ・・・例えば、今が戦乱の世だとするだろ。」

 彼はそんな話をし始めた。は?戦乱?私は彼の話の唐突さに混乱してしまう。

「戦乱って。いきなり飛んだな。」

 彼の友達がそうつっこみを入れる。うん、飛びすぎ。私はついて行けない。

「あ、わかった。両思いなんだけど、敵同士とか?」

 私の友達がそんなことを言い出した。乗るのか。お前は彼の話に乗ってしまうのか。

「いや。・・まあ、それもいいけど、身分の差があって結ばれない二人なんだ。
 ある国のお姫様と、その家来の忍者。お姫様は勇猛果敢な姫で、戦争になったら自ら軍を率いて戦うんだ。」
「かっこいいな。」

 彼の友達まで、彼の話に乗ってしまった。もう、仕方ない。最後まで話させてあげよう。

「で、二人は両思いでさ、お互い相手の気持ちにも気づいてるの。
 『半蔵、身分の差など関係なく、二人でどこか遠くへ逃げられたら良いな。』
 『姫。姫が居なくてはこの国は滅びてしまいます。民の平和な暮らしのために、戦わなくてはなりません。』
 なんてやり取りをしてさ。」

 彼は、声色を変えて小芝居を入れている。そんな話に、3人とも思わず聞き入ってしまっているのが、情けない。

「で、半蔵は忍だから、姫と二人の時もずーっと離れたところに居てさ、触れさせてくれないの。姫が近くまで行って手を伸ばすと、シュタッて天井とかに隠れちゃって。」

 彼の話を聞きながら、私は彼も半蔵みたいだと思った。私のことを好きそうなそぶりを見せるのに、私が手を伸ばそうとするとヒラリとかわしてしまう。
 って、なんでこんなバカ話に自分自身を重ねているんだろうか・・。


「それで、あるときまた戦争がはじまってさ、姫も半蔵も戦場に赴くの。そしてその戦争で、悲劇は起こる。『・・みなのもの!我に続けー』と叫んでいる姫の胸に、飛んできた矢が・・。」

 グサッと刺さるジェスチャーを、彼はした。

「は・・・半蔵・・・。」

 姫は切れ切れにそう呟く。

「ひぃいーめぇえーさぁあーまぁあー。」

 スローモーションで姫の下に走り寄る半蔵。

「ここは、シュタタタって忍者走りね。で、『姫様!しっかりしてください』」

 姫を抱きかかえる半蔵。その半蔵の裾にすがりつく姫。

「『は・・半蔵。やっと・・触らせてくれたな・・・。』」

 そう言って、ふっと笑顔を見せる姫。

「『姫様!もう、喋らないで。・・・喋らないでで、ゴザル!』」


 ・・・ゴザル!?

「えー!ゴザル!?」
「今までそんな口癖無かっただろ!」

 ああ、なんだこの話は。
 せっかく予想外に切ないシーンだったのに、台無しじゃないか。

 彼は結局、笑わせたいだけか。

「まあ、両思いでもそういうのなら切ないよね。」

 彼はそう言って、話をまとめた。

「まさか、最後でゴザルとはねえ。」
「そこまで、意外といい話だったのにね。」

 結局、彼と私は両思いなのだろうか。それはわからないまま、なんだかうやむやになってしまった。

 彼と私が両思いだとしたら、そう認めてほしい。
 いいじゃない、切なく無くても。と、私は思った。

 ・・けど、彼はきっと、まだまだ認めてはくれないんだろうなあ・・。


おわり


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