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NATOに非加盟の中立国のフィンランドとスウェーデンがウクライナに武器を供与するニュースを見て、昔のことを思い出した。
「彼らは、よく知っている」
1995年、初めてのAtlantic Salmon釣りはコラ半島(ロシア)のIokanga riverを選択した。

私のアトランティックサーモンの釣りはこれがスタートとなり、95年以降ノルウェーはガウラ4回・ナムセン2回・アルタ2回・エイビーそしてレイサチュア、フィンランドはターナーと毎年出かけて、10㎏オーバーを釣りたくて、多い時は年に2回行くほどにアトランティックサーモンに魅了されてしまった。
コラ半島は、ソ連が原爆実験をして放射能で汚染されている噂を聞いていたが、釣りたい欲を抑えられず行ってしまった。





翌年の'96年も同じイオカンガ川にチャレンジした時、滅多に経験できないことがあった。
コラ半島へ行くにはヘルシンキから原潜基地があるムルマンスクに週1便のフィンエアーで飛び、ムルマンスク空港からチャーターされたヘリコプター(これがロシア軍の払い下げみたいなボロボロのヘリで客室にむき出しの燃料タンクがある)で目的の川へ行く。


コラ半島にはリンダ、カフカロフカ、リスタ、ポノイ、ヴァルジナ、ウンバ、イオカンガ等々のアトランティックサーモンが遡上する川があり、我々はバレンツ海に注ぐイオカンガ川へ釣行した。イオカンガ川以外の川はどちらかと言えばセレブ様御用達(主に米国等からの釣り客)なので宿泊するロッジも立派であった。

当時のイオカンガ川はノルウェーのエージェントが主催する安い釣りツアーの為か、ボロボロのテント泊だった。6月末のコラ半島は残雪が多く朝夕は寒く、テントの中心には古い薪ストーブがあり暖をとるのだが、このストーブの火のつきが悪く薪も湿っていて、なかなか燃えない。着火に失敗してテント中に煙が広がり、寝ていた友を燻製状態にしてしまったこともある(笑)
低い灌木と岩だらけの残雪が残る野原を吹き抜けてくる風は強くそして冷たい、釣り終わってテントに戻ると中心にあったストーブが風で動いており、雨の時は雨漏りがしてバッグを動かさなければならなかった。






1996年、1週間の釣りを終えて迎えのヘリを待つ最終日。
身支度をしてヘリを待つが飛んで来ない!
どうもヘリコプターの手配が間に合わなかったのか?セレブ御用達の川を優先して、一番安いイオカンガ川は後回しにされたようだ。
とんでもなく遅刻して迎えのヘリに乗り込み、やっとムルマンスク空港に着くと週1便しかないフィンエアーは飛び立った後であった(+o+)
さて、どうするのだ!
当時のムルマンスク空港はうす暗くボロボロで、待合室の天井は穴が開いたままだった。1991年ソ連が崩壊してロシアの経済は落ち込み国民は貧困に喘いでいた。

鉛色の空の下、来た時に泊まった安ホテルにマイクロバスで連れて行かれる。


当時のムルマンスク市内の道行く人々の表情は、暗く職もないのか?暇つぶしにブラついているように見える。バスでホテルに向かう道中、路肩に立つ女性がバスの我々に向けて自分のスカートを捲って見せるのだ。たぶん街娼だろう(・.・;)。
何時間か待つほどに、ランクルがやって来て陸路でフィンランドに行くとのこと。車にぎゅうぎゅう詰めにされてフィンランドのイヴァロまで約400㎞。

灌木類が生える山間の道を走りロシアの検問所を抜けて国境を越えるとフィンランド。やっとイヴァロ空港へ到着。しかし一緒に行った関西の3人は予定のフランクフルト発のJAL便には間に合わなかった。
ムルマンスクからフィンランドへ抜けるルートで大変印象に残っているのは、国境を越えてフィンランド領に入った途端に、それまでロシア領を走っている時は1匹も見かけなかったトナカイがたくさんいるのだ。
野生の動物達も、どちらのほうが安全なのかをよく知っているということです。