君のぬくもり・８
君のぬくもり・８
「時間よ止まれ」
いつの間にか、今年ももう桜が咲き出す季節になった。
相変わらずの多忙さゆえに季節をじっくり感じる暇もない。
外出は車、タクシー、視線は景色などにはくれず、手元の
書類やスケジュールを確認するか、調節。
携帯で何かしらの会話をする連続である。
目に映っている景色は見てはいない。
ただ網膜に映っている止まりである。
強制に業務に送り込まれたため、慌しく新宿にたどり着いた。
一休みをしなければ身体が持たない。
今夜はこのまま、ここに宿泊するつもりで部屋をリザーブした。
部屋は選ぶことなく何でも良い。とにかく眠れればよいのだ。
義務を果たした後のひと時に、部屋でため息をつく。
夜景は見慣れたビルの灯り。改めて眺めることはないが
ここに居ることに安堵する。もう何年もここに時折
疲れ果てた身体をベッドになだれ込ませてきた。
その瞬間から、まるで時間が止まったかのような静寂の中にいる。
騒々しい物音から遮断され、孤独に暫しの間漂う。
仰臥位のままカーテンやソファーを眺める。
重厚感のあるなかなかいい色調。前回と同じであろうか・・・。
あるアーティストがこのホテルをよく利用し、当時は
「世界に誇るホテル」と賞賛していた。
ここは１９７１年に開業され、ホテルに大型宴会場を敷設したこと、
新宿に初めて都市ホテルを建設したことなどで歴史的な存在である。
この新宿を旗艦として、ほかに多摩、札幌、八王子にあり、４軒で
２４０５室を有するホテルだ。インターコンチネンタルとは創業時
から販売提携の間柄にある。
最近では何処もレディースプランが持て囃されているようだ。
バブル崩壊後のホテル業界が、客室稼働率の低下に苦慮し、女性をターゲット
にした策である。法人利用激減の中、女性は救いの神であったに違いない。
１９９３年にこのホテルが日本で始めてレディースプランを打ち出し
「レディースナイト・時間よ止まれ」と銘打った。
ワインをサービスし、一晩中御喋りを楽しんでもらうものとして販売したの
だ。ここを賞賛したアーティストの曲名であるのは偶然なのだろうか。
携帯に目をやると君からのメールと着信履歴があった。
連絡をせず急ぎ新宿に飛んでしまったので、遅い時間に痺れを
切らせているのだろう。。。
君はわたしが誰かといると思っているだろうか。
しばらく考えた末、フロントにコールをし、チェックアウトを申し出た。
自宅を出るのと同じ手順で部屋を後にした。
高速はもうこの時間ではほかの車に遭遇する確立も低い。
夜中の３時頃には、君のふてくされた瞳と背中に世話を焼くのだろう。
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