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シュタイナーは1910年9月4日にベルンにて、 「 弥勒菩薩とエッセネ派教団 」という演題で、次のような内容を語って います。 「 この新たな菩薩(*)は、人類の進化に特別の任務を帯びていました。 テラぺウテス教団とエッセネ派の動きを霊的に指導する―――という任務 です。仏陀の後継者である菩薩(*)の中に、テラぺウテス教団と エッセネ派の霊的指導者を見出すことができるのです。 この菩薩(*)は、アレクサンドロス・ヤナイの統治下(紀元前125~ 77)に、ある人物をエッセネ派教団に派遣しました。この人物が、 イエス・キリストが地上に現れる約百年前に、エッセネ派を指導していた のです。 この人物のことは、神秘学に於いて、また、タルムード文献の中でもよく 知られています。(中略)この人物はキリスト教、エッセネ派の先駆者 として、神秘学では知られています。 そして、タルムード文献では、パンディラの子イエスとして知られてい ます。彼は高貴で偉大な人物でした。けれども、何人かのタルムード 学者が行っているように、このパンディラの子イエスを、ナザレのイエス と混同してはなりません。(中略) このパンディラのイエスが、エッセネ派の教義の中に神の冒涜を見た者た ちによって、神を冒涜する者、異端者として告訴され、石で撃ち殺されて 木に吊るされ、処刑された上に汚辱を加えられたことは、タルムード文献 にも記された事実です―――。 このパンディラの子イエスは、仏陀の後を継ぐ菩薩(*)の守護の下に立 っていました。キリスト教の準備であり、その副流となる流れの源泉を、 仏陀の後継者であり、将来、弥勒仏となる菩薩(*)の中に見ることがで できるのです。」 例によって、菩薩(*)は、弥勒を指すことを明記しておきます。
2008.01.31
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シュタイナーの言い回しは、私の見解とは異なります。 例えば彼は、「 ナザレのイエスの肉体の中に於けるキリストの地上での 3年間の生涯 」というような表現をします―――。 上記のような言い回しですと、イエスとキリストとは、別個の魂のような気が しますが、ゴ―タマ・シッダールタが悟りを開いて仏陀となったように、 ゴ―タマ・シッダールタと仏陀とは、別個の魂ではありません。 同様に、イエスも30歳を境にして伝道を開始したわけですが、30歳前の イエスと、それ以降のイエスは別個の魂ではありません。 シュタイナーは他にも、こんな表現をしています。 それは、ナザレのイエスが生まれる1世紀前に、パンディラのイエスと呼ばれ る人物が、エッセネ派にいたらしいのですが、シュタイナーによれば、 その人物に受肉したのが、弥勒である―――と言うのです。 その際、シュタイナーは、次のような言い回しをしています。 「 ゴルゴダの秘蹟が生じる前、仏陀の後を継ぐ一人の菩薩(*)が地上に 受肉し、ゴルゴダの秘蹟の準備をしました。ナザレのイエスの生まれる1 世紀前に、この菩薩(*)はパンディラのイエスの中に受肉しました。 仏陀の後を継ぐ菩薩(*)であるパンディラのイエスと、キリストと呼 ばれる宇宙存在に3年間貫かれたナザレのイエスとは別の存在です。 パンディラのイエスの中に受肉した菩薩(*)は、何度も地上に出現し ます。そして、今から3千年後に仏の位階に達し、弥勒仏として、最後の 地上での人生を送るのです。」 (『 仏陀からキリストへ』より、1911年9月21日 ) 上記の“菩薩(*)”の“(*)”は、分かりやすいように私が手を加えた ものですが、この“菩薩(*)”が、“弥勒”の意になります。 シュタイナーの言い回しですと、パンディラのイエスと弥勒なる魂は、 同じ魂である―――ということになりますが、残念ながら、今現在の私は、 パンディラのイエスの記憶なり、インスピレーションは受けていないので、 この人物の生涯が、自分と同じ生命体であるか否かは分かりません。 ただ、シュタイナーが「 菩薩は何度も地上に出現します 」と語っている ように、私も何度も地上に降りているので、その点では一致している―――と 思います。 ですから、よく言われているような、「 弥勒は仏滅後56億7千万年の 後に再び地上に現れ、衆生を救う――― 」という言い伝えは、シュタイナー が見たアカシックレコードには、そのような記録はなかった――― ということです。
2008.01.30
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クリシュナムルティが教団を解散させたのは、彼が34歳の時で、会員は その時すでに5万人近くにも達していました。 教団に多くの信者が集っていただけに、頭首のこの発言は、会員を路頭に 迷わてしまいました。なぜなら、クリシュナムルティは会員に対して、 解散後においても、自分に追従することを禁じたからです―――。 教団が大きくなっていただけに、問題もそれに比例するわけですが、 ここまで教団を発展させないうちに、解散するチャンスはいくらでも あったはずです。思えば、シュタイナーはアニー・ベサント女史に、 この教団の存在の危険を何度も警告していました。 彼のこうした言葉に耳を傾けなかったベサント女史の傲慢さが、 このような結果を招いた―――と言えるかも知れません。 シュタイナーは1911年代に、かなりマイトレーヤ(=弥勒)のこと について、言及しています。それらの言葉に対して、神智学協会の人間が、 素直に耳を傾ければ、クリシュナムルティもこのような突飛な行動を とらなくても済んだのです―――。 教団のトップに立つ人間の認識力が、それに集う会員の運命をも左右してしま います―――。これは、企業においてもまったく同じことが言えますが、 会社の社長の判断によって、社運も、そして、そこで働いている社員も、 その家族の運命さえもが左右されてしまうという事実は、とても恐ろしいこと です―――。それだけに、トップに立つ人は、誰よりも増して、その道に長け た人でなくてはならないわけです。 そういった意味において、神智学協会の辿った道は間違いだらけでした。 シュタイナーが、神智学協会のドイツ支部長の座に就くのを悩んだわけは、 協会の説く内容が、彼の認識している世界とは、まったく異なっていたからで す。彼が1913年に人智学協会を設立した時、神智学協会はその時点で 消えなければならなかった組織である―――と私は思っています。
2008.01.29
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その後もクリシュナムルティは、本ブログでは敢えて細かく披露しませんが、 数々の問題発言をし、神智学協会の人々にしてみれば、それらの話により ショックが強く、次第にクリシュナムルティが、その指導者として 相応しいかどうか疑念を抱くようになります。 さらに、追い討ちをかけるようにクリシュナムルティは、 「 自分はそれまでに神智学の本などまともに読み通したことなど一度もない ―――神智学の“たわごと”など理解したことがなく、神智学協会の人々 から聴いた“真理”に関する話で、納得できるものは何一つなかった 」 などと発言します。 この言葉により、教団や教会の人々は、もはや彼は“世界教師”に値しない 人物であると思うようになり、彼に敵意さえ抱くようになってしまいます。 そして、決定的なことに、1929年の8月3日の朝、オメオンで開かれた 教団のキャンプにおいて、彼は「 東方の星の教団を解散します 」と宣言 したのでした。 この1929年という西暦を見て、それは、とても私に関係する数字であると 思いました。なぜなら、この西暦は、今世の私の誕生日を象徴する数列である からです。ですから、偽マイトレーヤ教団が、この年に解散宣言をしたのも、 それは、クリシュナムルティの責任のなさだけでは結論できない、神秘的な 力が、彼をそう成さしめた―――と、私は考えるのです。 また、意味深いことにクリシュナムルティは、1929年以前の記憶を 失った―――というのです。これが事実であるのか、はたまた、偽りの人生を 帳消ししたかったから故の、偽装発言であるのかわかりませんが、 このことで、彼は完全に、世界教師マイトレーヤという仮面を、 自分自身の手で剥ぎ取ったのでした。
2008.01.28
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最愛の弟を亡くし、悲しみに呉れたクリシュナムルティは、何日も自分の船室 に閉じこもり、泣き続けていた―――といいます。しかし、そのうちに、 弟の肉体は亡くなってしまったが、いまや、弟と自分は内面では一つになった ということを確信するようになり、弟の死を境にして、 新たなクリシュナムルティが誕生したとも言われています。 1925年の12月28日に、アディヤールで行われた教団の大会では、 講演の最中にクリシュナムルティの声と表情が突如として変わり、その堂々と した声の主は、マイトレーヤ自身が語っているようなことを言い出したことも あって、会の出席者をはじめ、彼自身も、その時語っていたのは、 マイトレーヤ自身である―――と信じて疑わなかったということです。 しかしながら、マイトレーヤであるはずならば、「 東方の星の教団 」は、 まさに、そうした存在の到来のために準備され、彼の相応しいポジションであ る―――と思われますが、1927年の5月、パリで行われた神智学協会の 秘密部会の集会に出席したクリシュナムルティは、爆弾発言をします。 「世界教師などというものは、まったく取るに足らぬことにしかすぎない」と 語ったのです。つまり、自分はマイトレーヤではない―――そんなものは 取るに足らないものだ―――と、自分に用意された椅子を蹴ったのでした。
2008.01.27
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1912年以降、クリシュナムルティの父親は、レッドビータ―と アニー・ベサントに不信感を抱くようになり、二人の息子を取り戻す訴訟を 起こします。この裁判は数年間続き、一度は父親が勝訴したものの、 最終的には敗訴してしまいます。 そして、この裁判の間、二人の息子は、養母を支持していたのですが、 それは、まだ子供だった彼らに、己自身というものが自覚できなかったからに 他なりません。事実、その後クリシュナムルティは、考えを改めるからです。 この二人の兄弟はとても仲良しでしたが、弟のニティヤは体が弱く、 1921年5月に、結核に冒されていることが分かります。 治療のお陰で、その病状は、一時、治ったかにみえたものの、 再発を繰り返していました。 そんなニティヤの病状は、1925年の半ばに急激に悪化し始めます。 兄のクリシュナムルティは「東方の星の教団」の行事に追われていたのですが 弟を献身的に看病し、頭首不在のまま滞りなく続行されていました。 この年の12月には、神智学協会設立50周年を迎え、その記念として、 インドのマドラスで記念総会が開かれることになっていました。 このような大イベントに頭首が不在では話にならないということで、 養母のベサント女史は当然のことながら、クリシュナムルティにその会への 出席を薦めます。 一方、クリシュナムルティにとって、そんな会よりも、弟の病状の方が 気掛かりで仕方がなかったのですが、ベサント女史はそんな彼に「 ニティヤ はこの世で神の仕事に必要な人物だから、死んだりするはずがない 」 と語り、クリシュナムルティの会への出席を説得します。 クリシュナムルティは嫌々ながらもオハイを発ち、一旦イギリスに立ち寄った 後、養母や教団の幹部たちと共に、ナポリから船で旅立ったのでした。 その直後に、今度はニティヤがインフルエンザにかかったという電報を受け、 さらに、その翌日には、「 病状悪化、私のために祈って下さい 」との 電報が届きます。 それでも、クリシュナムルティは動揺しませんでした。彼が日頃から信じてい る存在―――マイトレーヤー、クートフーミなど―――が、自分にとって一番 大切な存在を、この世から引き離すことはない―――と思っていたからです。 しかし、彼のそんな信念は、虚しくも砕け散ります。その同じ夜に、 ニティヤの死が告げられたからです。
2008.01.27
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シュタイナーのこのような行動に対して、アニー・ベサントは、 「 教会の名を借りて、知名度を上げた裏切り者 」と罵(ののし)ります。 しかし、私は、シュタイナーという人物を介さなければ、アニー・ベサント 女史など、知る由もありませんでした。 シュタイナ―がいかに優れた人物であるのか判らなかったことが、 ベサント女史の最大の汚点ではないか―――と、私には思われてなりません。 シュタイナーはその後、1913年に「人智学協会」を設立します。 この人智学=アントロゾフィーとは、ギリシャ語のアントロポス=人間と、 ソフィア=叡智を合わせた造語で、シュタイナーにとってこの言葉は、 「 修行によって強められた内的意識 」を意味していました。 その意識を通して人間は、霊的世界の住民としての自分、つまり、本当の自分 を見出すことが出来る―――とシュタイナーは主張したのです。 また、シュタイナーは一度、この「 人智学 」の概念を、 「 私の人間性の意識 」という言葉で言い表したこともありました。 既に、神智学協会のドイツ支部長で、それに所属していた会員の心を掴んで いた経緯から、ドイツ支部はそのまま人智学協会として再出発し、他の国々の 神智学運動のグループもそれに扇動されるかたちで、シュタイナーの運動に 参加するようになったのでした―――。
2008.01.26
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クリシュナムルティとニティヤが、アニー・ベサントに連れられて イギリスを訪れたのは、1911年の2月のことでした。 この旅立ちに先立って、アニー・ベサントは、クリシュナムルティを頭首にし た「東方の星の教団」を、神智学協会内に設立していました。 神智学協会を設立したオルコットが、1907年に他界した後、アニー・ ベサントが、第2代会長に就任します。 シュタイナーは、会長にアニー・ベサントが選ばれたことも、また、彼女が クリシュナムルティを世界教師であるとする「東方の星の教団」の動きにも、 賛同することが出来ないでいました。それは、もっともなことである――― と、私には思われます。 そもそもシュタイナーは、1902年に神智学協会のドイツ支部が設立された 時に、責任者として選ばれたことについても、自分がその役にはまっていいも のか―――と、随分悩んでいました。 彼の能力は、神智学協会のメンバーの中において、最高の立場であると私は 思っていますが、そんな彼を差し置いて、アニー・ベサント女史が、 第2代目の会長に選ばれたことについても、それはシュタイナーにとって、 「神智学協会は、見る目がない組織だ」と思ったに違いありません。 また、会長になったベサント女史が、1911年(シュタイナー50歳)以降 クリシュナムルティこそ、キリストの再来である―――ということを大きく 宣伝し始めたことについても、耐えられないものがありました。なぜなら、 クリシュナムルティは、マイトレーヤ(=弥勒)でもなければ、 キリストの再来でもない―――、しかも、彼(クリシュナルムティ)よりは、 よほど自分の方が、霊的な能力ひとつとってみても高い―――と、 シュタイナーは自負していたに違いないからです―――。 ベサント女史の独断的偏見に賛同できなかったシュタイナーは、 「『東方の星の教団』に入る者は、私達の方の神智学協会の会員であるこは 出来ない――― 」と宣言します。 このシュタイナーの発言に対し、ベサント女史も総会で、 ドイツ神智学協会の認可証を無効にする―――ことで対抗し、よって、 1912年、シュタイナーは神智学協会を脱会したのでした。
2008.01.26
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レッドビータ―に見出されたクリシュナムルティは、その後、 3歳年下の弟ニティヤナンダ(ニティヤ)と共に、イギリス人の アニー・ベサントという女性に、養子として引き取られます。 アニー・ベサントは、キリスト教の牧師をしていたのですが、 ブラヴァツキ―の並はずれた霊能力に感化され、その後、神智学協会に 転向し、1907年には、神智学協会の会長として選ばれた人物です―――。 クリシュナムルティとニティヤはレッドビーターの指導のもとに、 専門の家庭教師から、英語をはじめ、テニスやゴルフといったスポーツに、 自転車の乗り方などといったように、様々な分野の勉強をさせられました。 そうしたエリート教育の甲斐があって、1920年、クリシュナムルティの 歯は、すっかり矯正され、スポーツで鍛えた身体は引き締まり、頭から つま先まで洗練されて、輝くばかりの美青年に成長した――― ということです。 しかし、専属の家庭教師が付いていながら、クリシュナムルティは、 オックスフォードに入学させたい―――と考えていた養母の願望とは裏腹の 行動を取ります。彼が、3度に渡って受験に失敗したのは、試験の答案を 書かなかったから…ということです。この頃から、彼は、養母の言いなりにな ることに、反抗の兆しを見せていたのかも知れません。 その一方、弟のニティヤの方は、難なくオックスフォードの法科を卒業し、 兄とはまた違ったかたちで、将来を期待された希望の星のような存在でした。
2008.01.25
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クリシュナムルティは、1895年5月11日、南インドのマダナパルという 小さな町のジッドゥ家の8番目の子供として生まれました。 インドの神様で、やはり8番目の子供だったと伝えられている、クリシュナ神 にあやかって、クリシュナムルティと名付けられたということです。 ジッドゥ家は敬虔なヒンズー教徒で、バラモンの家柄でした。 クリシュナムルティの母サンジーヴァンマは11人の子供を産んでいますが、 その大半は若死にしており、彼女自身も、クリシュナムルティが10歳の時に 亡くなっています。 クリシュナムルティが、神智学協会の大幹部であったC・W・レッドビータ― に見出されたいきさつは、クリシュナムルティが、稀に見る、 美しいオーラを放つ持ち主であったため―――ということです。 しかし、そのような美しいオーラとは裏腹に、 彼のその頃の容姿は、ひどいものでした。 母親の死後、父親の手一つに育てられていたクリシュナムルティは、 貧しさからくる栄養失調のために、血色・歯並びが悪く、不衛生なため、 眉毛にまで虱(シラミ)が巣食っていた―――というのです。 とは言え、そのような暮らしぶりであったとしても、彼の放つオーラが 美しかったということは、特筆すべきことであると言えるでしょう―――。 そんな貧困生活を送っていたため、クリシュナムルティは後年、 「 レッドビータ―と出会わなかったら、自分は20歳以前に病死していた だろう――― 」と述懐しています。
2008.01.25
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弥勒信仰は、19世紀末から興った近代オカルト運動にも波及しており、 シュタイナーがかつて所属していた、“神智学協会”の中でも、 その到来についての議論がなされていました。 神智学協会は、南北戦争の時に陸軍大佐を務めていたと伝えられている ヘンリー・スティール・オルコット(1832~1907)と、 ロシア人女性のエレナ・ベトロヴナ・ブラヴァツキ―(1831~1891) ウイリアム・ジャッジ中心となって、1875年にアメリカで設立したもの で、その活動を簡単に述べれば、人種・信条・性別やその生まれに 関わりなく、人類の普遍的な同胞愛の中核になるための研究の追求と その活動―――といったものです。 神智学協会はアメリカにあった本部を、1882年にインドに移します。 創立以来、この堕落している世の中を救う世界教師(=ロード・マイトレー ヤ)の到来を信じ、それに備えるための準備をする―――といった 大きな活動の方針を掲げていました。 つまり、2000年前、救世主の到来のための準備をしていたエッセネ派の ような活動を目的としていた―――ということです。 ちなみにエッセネ派とは、聖母マリアとその夫であるヨハネが所属していた、 ユダヤ三大教派の一つで、救世主が降臨されるという啓示を受け、その母親に なる者として、マリア(=後の聖母マリア)を選び、実際にイエスが生まれ、 イエスを救世主として育てるために、イエスを海外に留学させるなどの教育 をも担った一派のことです。 神智学協会の研究では、世界教師は、2000年前にイエスとしてこの世に 生まれ、それ以前には、ヒンズー教のシュリ・クリシュナとして存在していた とし、20世紀を迎えて、3代目の世界教師が到来する―――との見解を 持っていたようです。 そして、そんな活動をしていた彼らにとって、まさしく、三代目の世界教師に なるに相応しい人物を見つけたのでした。その人物とは、当時13~4歳 だった、インドの少年、ジッドゥ・クリシュナムルティです―――。
2008.01.24
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シュタイナーはまた、1911年3月13日の講演の中で、 19、20世紀から約600年間に渡って、新しい形の仏陀の流れが、 キリスト教文明に実りをもたらすであろう―――と予見しています。 新しい仏陀とは、仏陀と同生命体であり、その本体である“EL”に 他なりません。 シュタイナーはこうしたように、未来をも予見できるといった能力を持って いたわけですが、それは、人類の秘史が刻まれているアカシック・レコードを 垣間見ることができるといった、稀な能力を持っていたからです。 しかし、このアカシック・レコードとは、象徴的な形で記されているために、 観た者誰もが、同じ解釈をするとは限りません。そういった意味から、 霊的能力に優れたシュタイナーでさえも、間違った見解は生じるのです。 その一例として、シュタイナーは、ゴ―タマ・シッダールタは29歳の時に 悟りを開いた―――と語っていますが、実際に悟りを開かれたのは、その6年 後の35歳の時で、29歳は、出家をした年齢でした。 現在、仏教学においても、南伝仏教の伝承に基づいて、釈迦は29歳で出家を し、35歳で悟りを開かれたとしていますが、漢訳仏典しか知られていなかっ た頃の日本では、釈迦は19歳で出家をし、30歳で悟りを開いた―――と 考えられていたのです。 シュタイナーが語った29歳で悟りを開いた―――という見解も、 漢訳仏典を基に、解釈した可能性もあります。 また、実際、霊的な能力によって、ある特定の年代を調べるということは、 すごく難しく、誤差が生じたりします。というのも、アカシック・レコード には、未来も記されていますが、それはまだ起こっていない事柄でもあるので 変動する場合もあるからです。 そういった理由から、シュタイナーが、弥勒は今より3000年後に 仏陀になる―――と語ったことも、どこまでが真実であるか判りませんが、 弥勒は、五十六億七千万年に地上に下り、衆生を救う―――といった伝承より は、はるかに現実味があります。 また、違う講演にてシュタイナーは、弥勒は仏陀が地上を去った5千年後に 仏になる―――とも語っています。これは、チベット仏教の五仏曼荼羅で、 5千年ごとに仏の指導時期が変わるという説もあるので、そうしたことも知識 として知っていたかもしれませんが、実際、仏陀没後、ちょうど2500年後 に、“EL”は生まれ変わっています。 そして、“EL”の予言では、“EL”の同生命体でもある魂の分身が、 次に生まれ変わるのは、今より2800年後である―――と説いています。
2008.01.23
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また、同じ日の「ルカ福音書講義―仏陀とキリスト教」の中で、 シュタイナーは次のようにも語っています。 「 精神科学に精通している人は、仏陀の後継者のことはよく知られていま す。将来、弥勒仏になる存在について、その名前についても、詳しく お話できる時が、いつかやって来ると思います。今日は、次のことだけを 述べておきましょう。 この菩薩が地上に現われ、弥勒仏になる時、キリストのまいた種を見出し ます。 『 私の頭が八正道の叡智によって満たされているわけではない。私は 愛についての叡智だけを持っているのではない。私の心は世界に溢れ 出る生命的な愛の実質に満ちている 』 ということのできる人々が存在するはずです。このような人々と共に、 弥勒菩薩は世界進化のための使命を果たしていくことができるのです。」 さらにシュタイナーは、同講義の中で、 「 『 仏陀になる菩薩は、叡智によって人間の精神を救済することが できる。しかし、人間全体を救済することはできない 』 人間全体は叡智だけではなく、暖かい愛が人間の有機体全体に浸透した時 に救済されるのです。キリストが地上にもたらした愛の洪水によって魂を 救済することが、キリストの課題でした。愛についての叡智をもたらす ことが、菩薩と仏陀の課題でした。愛の力を人類にもたらすことが、 キリストの課題でした。」 とも語っています。判りにくい言い回しですが、仏陀は愛についての叡智を 人類にもたらし、イエスは、洪水のような愛の力を人類にもたらした――― というように区別していたようです。
2008.01.23
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さらにシュタイナーは、1909年の9月15日から、スイスの北部の州 バーゼルに入り、『ルカ福音書講義―仏陀とキリスト論』の第9講の中でも、 弥勒について次のように語っています。 「 仏陀になる菩薩は地上に下る時、冠を取って次の菩薩(*1)に 被せた―――と語られています。 次の菩薩(*1)は、仏陀とは違う使命を持って活動します。 この菩薩(*1)も仏陀になることが決められています。 今から約3000年経って、多くの人々が自分から八正道を発展させた時 仏陀の跡を継いだこの菩薩(*1)は仏陀になります。 紀元前5~6世紀に、この菩薩(*1)は自らの使命を担い、今から 3000年後に仏陀になります。東洋で弥勒菩薩と呼ばれている存在で す。弥勒菩薩が弥勒仏になるために、人類の大部分が自分の心から 八正道を発展させていかなければならないのです。そうすれば、弥勒仏は 新しい力を世界にもたらすことになります。 釈迦が入滅してから弥勒が下生するまでに、何も生じていなければ、 弥勒は内的な沈静を通して、八正道を考え出す人々を見出すでしょうが、 魂の最も奥底から溢れ出る、いきいきとした愛の力を持つ人々は見いだせ ないでしょう。 釈迦の入滅と弥勒の下生との間の時期に、愛の力が流れ込むことによって 愛とは何かを洞察するだけではなく、自らの内に、愛の力を持つ人々を、 弥勒仏は見出すことができるのです。そのために、キリストが地上に 生まれなければならなかったのです。 キリストは、3年間しか地上に受肉しませんでした。キリストがヨルダン 川において、ヨハネから洗礼を受け、ゴルゴタの丘の秘儀まで3年間地上 に生きたことによって、愛が人間の心、人間の魂、人間の自我の中に注ぎ 込まれるようになったのです。」 上記のように、シュタイナーの言葉は、少し曖昧なところがありますので、 注釈を付け加えたいと思うのですが、(*1)の印がある菩薩とは、弥勒 を指しています。 また、シュタイナーの価値観では、仏陀となる前の段階を“菩薩”と表現して いますが、実際は、菩薩界→梵天界→如来界→仏(=救世主)の世界といった ように段階がありますので、菩薩界から仏陀になるというわけではありませ ん。 それから、ゴ―タマ・シッダールタは、悟りを開いた後、自らを仏陀と 名乗ったわけですが、仏陀とは、サンスクリット語の音写で、原義は、 「悟った者」「開悟」の意となります。 そういった理由から、悟りを開いた後のゴ―タマ・シッダールタは、 仏陀となり、それ以降、仏陀と言えば、すなわち釈迦である―――という ことになったわけですが、その釈迦という名にしても、そもそもは釈迦族 と言われているように、種族名であって固有名詞ではありません。 そもそもの性はゴ―タマで、名前はシッダールタであったわけですが、 悟りを開いたので、仏陀という呼び名になったということです。 それと同様に、本ブログでも以前説明しましたが、キリストという言葉も、 本来は「救世主」を指す言葉であり、イエスの名字ではありませんでした。 しかし、キリストと言えば、すなわちイエスを意味しているように、 仏陀と言えば、必然的に、仏教の開祖を指す言葉として解釈されています。 以上のような流れから、仏陀は釈迦でもあるわけですが、その他にも 釈尊というような呼び方もあります。これは、釈迦に対する尊敬の気持ちを 込めた呼称で、つまり、釈迦の尊称であります。 またその他にも、釈迦牟尼(しゃかむに)という名でも呼ばれますが、 牟尼とはサンスクリット語の音写で、「聖者」「仙人」「修行者」「隠棲者」 の意で、これも釈尊の一つです。 こういった流れを踏まえた上で、シュタイナーの上記の言葉を読むと、 より分かりやすくなると思いますが、例えばシュタイナーが語っている 「 弥勒が仏陀になる 」という言葉は、すなわち、 「 弥勒が悟りを開いた 」という意味になるわけです。 そして、弥勒が悟るのは、今から3000年後である―――と語っている ように、それは、西暦に直せば、西暦5000年頃の話であるわけなので、 その間、たとえ地上に弥勒が生まれても、それは仏陀となっているわけでは ないのです―――。 そういった意味から、今世、私は悟っていません。ただ、過去世に弥勒と 呼ばれていたことを、告げられたに過ぎないわけです―――。
2008.01.23
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1909年4月11日、同じくケルンにて、シュタイナーは このような言葉も述べています。 「 救世主は霊界から下ってくることはできましたが、ついには地上に、 物質の中に埋没している人間しか見いだせなくなりました。 汚れた不純な物質から、人間を純粋な神的・霊的な力によって再び高める ことはできませんでした。 東洋の賢者たちは悲しみ、嘆き、未来に目を向けました。 『 弥勒が原始宇宙叡智を改新するために出現する。しかし、 どの弟子も宇宙叡智を得ることが出来ない―――。 もし、このまま世界が進んで行けば、弥勒は聾の耳に説教することに なるかもしれない―――。 物質の中に完全に埋没した人間は、弥勒の言葉を理解しないだろう。 地上のあまりにも物質的になった力が、迦葉の身体を干からびさせ、 弥勒は迦葉の死体を神的・霊的な高みに運ぶことができないかも しれない―――。』 東洋の叡智を理解した者たちは深く悲しんで、未来に目を向け、 地球は地上に出現した弥勒を理解し、受け入れるであろうか――― と考えました。」(「ゴルゴタの秘跡―聖杯の兄弟団」より) 確かに、シュタイナーの語る言葉の通り、私の言葉は物質世界に埋没した 人々には、まったく説得力に欠けるものでしかないと思われます。
2008.01.22
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弥勒は、最古の経典のひとつである『スッタニパータ』(「集成した経」の意 で、原始仏教の教義を伝える仏典)には、バラモンの修行者であったが、 後に出家したというストーリーとなっており、阿含経典や『弥勒下生経』 『賢愚経』などでは、弥勒が仏陀より、将来仏になるという予言を受けた内容 が記されていることから、そうした言い伝えがひとり歩きし、弥勒が とてつもないスーパーマンのような人格であるようになってしまっています。 私自身、正直にお話すれば、「 みろくぼさつ 」という前世の名前を 告げられたものの、弥勒、すなわちマイトレーヤに関する前世の記憶は 今のところ思い出していません。その理由については、判りませんが、 恐らく、心の修行(八正道)が足りないためであると思っています。 しかし、もし仏陀が弥勒に対して、「 将来、仏になる 」との予言を実際に されており、それがすなわち、仏陀の生命体の本体である“EL”の もとへ、私の魂が帰還するという意味であるならば、それは私の本願でありま すが、そうした予言によって、弥勒に対する信仰が、様々な形でもって、 拡大してしまったという経緯があります。 弥勒に関する予言で、真実味があるものは、ルドルフ・シュタイナーである と私自身感じています。 シュタイナーが弥勒について初めて言及したのは、1909年4月10日に、 ケルンにおいて、「大宇宙の火と小宇宙の火」という演題の中で、 次のような内容を取り上げています。 「 仏陀は前もって、いつか仏陀の後継者である、人類の新たな偉大な導師 弥勒がやってくると語っていました。そして、弥勒が地上での頂点に達し た時、彼は迦葉の洞窟を探し出し、右手で開悟者迦葉の不朽の死体に 触れます。すると、超自然な火が天から流れてきて、その中で偉大な 開悟者迦葉の不朽の体は地上的存在から霊的存在へと変化する―――と 仏陀は語ったのです。」(「大宇宙の火と小宇宙の火」より) 仏陀が語ったとするこの内容は、あまりにも象徴に満ちて、 よく理解できません…。しかし、私はこの内容を読んだ時、 レオナルド・ダ・ヴィンチの≪岩窟の聖母≫を直ぐに連想しました。
2008.01.22
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さて、弥勒と呼ばれる存在が、マグダラのマリアやその姉妹達と 同じ生命体であることを簡単に説明したわけですが、そろそろ 本題に入りたいと思います。 先に述べたように、弥勒(=マイトレーヤ)は仏陀の直弟子でしたので、 仏陀生誕以前のマイトレーヤとは、弥勒とは識別されます。 マイトレーヤとは梵語で「慈悲深い者」「慈氏」の意で、そのため弥勒は、 “慈氏菩薩”“慈氏尊”などの異名を持っています。 ちなみに梵語とは、梵天(菩薩と如来の間に位置する世界)が作ったと 伝えられているもので、日本では、サンスクリット語として知られています。 サンスクリット語でマイトレーヤであった名前が、何故日本では弥勒と 呼ばれるようになったのかは、梵語で書かれた大乗仏典が漢語に訳された際、 漢語にない概念は、梵語を漢字で音写して表現した時に、そのように訳した ということです。 つまり、梵語(=サンスクリット語)の読みではマイトレーヤであったものが 漢語(中国が起源の日本語)にその概念が無かったので、漢字の宛字で音写 して弥勒とし、その字音(字訓)をミロクとした――― という流れになります。
2008.01.22
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弥勒菩薩とマグダラのマリアの類似点ですが、これは、 弥勒菩薩像として有名な、奈良県の中宮時にある≪弥勒菩薩半跏像≫と 京都の太秦(うずまさ)にある広隆寺の ≪弥勒菩薩半跏像≫(≪宝冠弥勒≫とも呼ばれる)の二つの有名な 弥勒の像から、説明してまいりたいと思います。 この像の美しさは、その微笑にあると思われますが、 ≪モナ・リザ≫やスフィンクスと並んで、世界三大謎の微笑―――と 称されることもあります。 特に、広隆寺の≪宝冠弥勒≫像のポストカードは、仏像の中でも ナンバーワンの売れ筋で、100万枚以上が売れており、 仏像の中でもアイドル的存在なのです―――。 この二つの弥勒菩薩像の謎めいた微笑が、 美術評論家の間では、ゴシック聖堂に置かれている黒マリアの像と 酷似しているという指摘が、既に成されています。 本ブログで、黒マリアの像が、マグダラのマリアや、彼女の魂の姉妹である シバの女王の姿を模したものであることは説明済みですが、 広隆寺や中宮寺にある弥勒菩薩像の顔が、黒マリアに酷似しているのは、 彼女らが同じ生命体の魂であるからなのです―――。 ここで、敢えて私は“彼女ら”という言葉を使いましたが、 伝承では、弥勒は男性(比丘)であったかのように伝えられていますが、 実際は女性(比丘尼)だったのです。 これは、再誕した仏陀自身の法の中で、言及されていることでもありますが、 弥勒は男性ではなく女性でした。 例えば、釈迦教団の中で弥勒と同じように、女性であったにも関わらず、 男性であったと語り継がれている存在が他にもいます。 それは、“文殊”’(もんじゅ)です。 文殊は仏陀亡き後、仏教の教えを広めるために南方に旅立ち、 その後、“大乗の祖”と呼ばれるようになった存在です。 「 三人よれば文殊の智慧 」という有名なことわざがありますが、 文殊は智慧に優れ、仏陀の教団を非難中傷する人に対して、 その智慧の力で論破したことでも知られています。 弥勒や文殊は、後世に語り継がれていくうちに、女性であったにも関わらず、 まるで男性であったかのように伝承されていますが、そうではありません。 現に、≪弥勒菩薩半跏像≫の造形を見れば判りますが、 この像は、男性像として彫られておりますが、その優美さは、 どうしても女性のそれなのです。 これは、仏像を彫る彫刻家(=仏師)の霊能力とでもい言いましょうか、 世の中には数多くの仏師がいますが、 真の仏師は、己が霊視した仏の姿を彫るのです―――。 つまり、広隆寺や中宮寺にある弥勒像が、黒マリアと同じ面影を 宿しているのは、彼女らが同じ生命体であるが故に、 それを霊視した彫刻家や仏師が、似たような造形に像を彫ってしまう という理由からなのです―――。
2008.01.21
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これを聞いたバーヴァリは、 「 世の中には、悪呪とか呪いをかけて、禍を取り去る方法があると聞くが、 ラウドラークシャの呪いを軽視することは出来ないだろう…。 かといって、私は既に、彼に分け与える財産はない…。 どうすることも出来ない―――。 」 と悩み、考え込んでいました。 そんな時、虎に食い殺されて、既に天に召されたバーヴァリの弟子が、 師の憔悴しきった姿を見て、師に語り掛けてきたのでした。 バーヴァリは事の事情を話すと、弟子は、 「 ラウドラークシャは、まだ修業が足りず、愚か者の悪人である―――。 今このことを正しく判断出来る者は、仏(=釈尊)以外に存在しない。 その方に帰依するが良い―――。」 とだけ告げたのでした。 そこでバーヴァリは、マイトレーヤを含む16人の弟子に、 「 釈尊に会いに行き、その相好を確かめ、彼に全ての相好が備わっている ことを確かめたならば、心中で念じて尋ねよ。そして、全てのことが 答えられたならば、その方は真実の仏である。そうすれば、汝たちは 仏の弟子となるであろうが、そのうちの一人は、私に消息を伝えて 欲しい―――。」 と言いました。 こうしてマイトレーヤをはじめとする弟子たちは、釈尊のもとに行き、 その尊き姿を見て、次に、心中で念じて尋ねると、釈尊は、声なき質問に 見事なまでに答えられたので、この方が、真実の仏であると分かった弟子たち は、その場で出家を願い、沙門となったのです―――。 以上が、『賢愚経』に現れる弥勒伝承の説話を簡単に省略して紹介したもの となりますが、この弥勒の出生の説話が、真実か否かは、 今のところ分かりませんー――。 しかし、この弥勒出生説の内容が、『眠れる森の美女』の主人公である オーロラ姫の出生のストーリーに類似していることに気付いたのでした。 弥勒の場合は、バラモンを呼んで、お披露目したというような流れですが、 オーロラ姫の場合は、その両親である国王と王妃が“魔法使い”や、 本によっては“仙女”を呼んだことになっており、そのうちの一人が オーロラ姫に呪いをかけた―――というストーリーになっています。 弥勒と『眠れる森の美女』のオーロラ姫の誕生の物語の類似を知ることで、 何故に、同じ研修の最中に、オーロラ姫を連想させるマグダラのマリアの顔と 「 みろくぼさつ 」という名前の啓示を受けたのかが、理解できたわけです が、マグダラのマリアと弥勒の類似は、物語だけではなく目に見える形で、 他にもあるのですー――。
2008.01.20
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国王の意図を察し、我が子の身の危険を感じた大臣は、 なんとかこの難から逃れるための手段を探していたところ、 バーヴァリという、パータリプトラ国の国師がおり、この聡明博学の バーヴァリのもとには、500人もの弟子が教えを受けていたので、 そこにマイトレーヤ(=弥勒)を送ることにしたのでした。 パーヴァリはマイトレーヤを一目見て、人並み以上に優れた素質を持っている ことを見抜き、大事に養い育てることにしました。 成長したマイトレーyを人々に知らせたくなったバーヴァリは、 その集会を開きたいとして、マイトレーヤの父親である大臣に、 そのことを知らせるため、弟子の一人に伝えさせることにしました。 この弟子が、マイトレーヤの父親がいるヴァーラーナシーに向かう途中、 仏の無量の徳行を説いている人の話を聞き、その仏に会おうと思い立ち、 立ち寄ろうとした道中で、不幸にも、虎に食べられて死んでしまいました。 こんな悲劇が起きてしまったので、バーヴァリは自らの資金で集会を開き、 そこにバラモンを集め、様々な御馳走をしました。さらにバーヴァリは、 一人ひとりのバラモンにお布施をし、施しが終わった時には、 財産は底をついていました。 そこに、一人のバラモンで、ラウドラークシャというものが遅れてやって来て バーヴァリに、 「 私は遅れてやって来たが、皆のように、私にも同じ施しをして下さい 」 と申し出たのでした。 しかし、その時既に、財産を使い果たしてしまったバーヴァリは正直に、 「 私が差し出すことができるものは、もう何もありません 」 と答えると、怒ったラウドラークシャは、バーヴァリに、 「 もし、私の望みを聞き入れなかったら、7日のうちに、 頭が7つに割れてしまうだろう――― 」 という呪の言葉を吐いたのでした。
2008.01.20
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弥勒のことを記した経典はまず多くありますが、本ブログでは、 『賢愚教』(げんぐきょう)の巻十二(五十七)波婆離品の大要より 紹介したいと思います。 釈尊がラージャグリハ(王舎城)の郊外にある鷲の峰(グリドラクータ、 鷲頭山)に滞在しておられた時、ヴァーラーナシーの国に、ブラフマダッタ という王がおり、その大臣の輔相(ほしょう)に男の子が生まれました。 その男の子は三十二相(仏および、転輪聖王に備わる三十二の優れた特徴) という、優れた特徴を備え、身体は紫金色に輝いておりました。 我が子の誕生に喜んだ大臣は、占い師を呼び、赤子を占わせました。 すると、その占い師は、 「 不思議なことです…すべての相好を備え、智慧も功徳も完全で、 並みの人間を超えておられます―――。 この子が生まれてから、何か変わったことがありませんでしたか? 」 と尋ねられたので、大臣は、 「 この子の母親は、もともと性質が良い方ではなかったが、この子を懐妊 してからというもの、困っている人を見ると憐れみ、人々に慈愛を掛け、 全てのものを等しく助けるなどして、世話をやいていました。 」 と語りました。 それを聞いた占い師は喜び、 「 それこそ、この生まれてきたこの子の本質なので、 マイトレーヤと名付けるように…。」 と言われました。 その占い師の言葉に、とても喜んだ両親でしたが、この時の話は、 国王の耳にまで届き、国王は、この子供が成長した際には、 私の地位を脅かす存在になり兼ねない―――と恐れ、 今のうちに亡きものにしなければ、煩いを抱えることになるだろう――― と思うに至ったため、国王は大臣に、 「 是非、そなたの息子に会いたいと思う―――連れてくるように。」 と伝えたのでした。
2008.01.20
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瞑想の時に、レオナルドの≪糸車の聖母≫に描かれている 聖母によく似たマグダラのマリアを霊視したことで、 この研修に満足していた私でしたが、研修のほとんど終わり頃に、 「 みろくぼさつ 」 という言葉だけのテレパシーを、私は受けたのでした。 そのテレパシーは、はっきりしたものでしたので、聞き間違えているという ようなことはなかったと思いますが、私には、その「 みろくぼさつ 」という 言葉の意味が、まったく分らないまま、その研修を終えたのでした。 帰宅した私は、その日の研修を振り返り、様々な思いを巡らせていました。 そしてふと、最後に受けたメッセージの意味は一体何であるのかが気になり、 辞書を片手に、「 みろくばさつ 」という言葉を調べてみました。 すると、「 みろくぼさつ 」は『新潮国語辞典』には、 ミロクボサツ【―(菩(薩】兜率天(トソツテン)に住み、釈迦入滅後、 五十六億七千万年に成仏し、この世に現れて衆生(シュジョウ) を教化すると信じられている菩薩。 などと書かれていました。 私にとって弥勒菩薩とは、新しい用語か何かと思っていたので、 ある特定の菩薩の名前だとは知らなかったのです。 そこで、私は研修を境にして、弥勒菩薩について色々に調べてみることに したのです―――。
2008.01.20
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『眠れる森の美女』の主人公であるオーロラ姫が、 何故に、糸車の針に刺されてしまうといったストーリーになっているのかと 申しますと、それは彼女が、“運命の三女神”を暗示しているからだと 考えられます。なぜなら、糸車は彼女らの持物であるからです。 例えば、ギリシャ神話に登場する運命の三女神“モイライ;Moirai” (単数形では“モイラ:Moira”)とは、三相一体の女神で、 「運命の糸を紡ぐ者」のクロト、「運命の糸を人間に割り当てる者」の ラケシス、「人間の寿命である糸を断ち切る者」のアトロポスの三姉妹と され、彼女達によって、人間の寿命は決まっていると伝えられているのです。 糸車は英語でSpinning wheelと綴りますが、Spinningとは「糸紡ぎ」や 「紡績」の意味を持つのと同時に、「創造・運命の象徴」の意味も 含まれています。そしてwheelは、「輪;circle」が原義で、 「(乗り物の)車輪」や「(歯車の)輪」の意味を持つのと同時に、 「円・運命・永遠などの象徴」でもあります。 このように、運命と糸車は、ほとんど同義のように絡み合っていることから、 レオナルドの描いた≪糸車の聖母≫と呼ばれている絵画も、キリスト教的には 聖母を表す絵として位置付けたいと思われますが、 キリスト教の枠から外れると、この絵は、ギリシャ神話のモイラを表す――― としても、おかしくないわけです。 ちなみに、北欧神話では、運命の三女神は、 ウルド(「過去」)、ヴェルダンティ(「現在」)、スクルド(「未来」)の 三姉妹で、彼女らの総称を“ノルン:Norn”と呼び、北欧神話中では、 至高神とされ、恐れられる存在だったのです―――。 また、モイライの一人であるクロトは、英語の「布・織物」の クロス:Cloth や、「衣服」などの意のクローズ:Clothesの語源にも なっています。
2008.01.19
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先に述べたように、ディズニーの『スリーピング・ビューティー』は、 フランスの詩人・童話作家のぺロー(1628~1703)の 『眠れる森の美女』を原型としているのですが、ぺローは、主人公の名前を 付けず、ただ“王女”としています。 それに対し、ディズニー版の『スリーピング・ビューティー』では、 主人公の名前を“オーロラ”と名付けています。 ぺロー版の『眠れる森の美女』の中でも、オーロラという名前は登場する のですが、それは、王子様と王女が結婚した後に、二人の間に生まれた 一人目の子供(女の子)に名付けた名前(=“オーロール”)です。 フランス語の“オーロール”とは「暁」「曙光」の意で、 英語では“オーロラ”と読み、ローマ神話では、“アウロラ”となります。 本ブログ(169)で少し触れましたが、この“アウロラ”という名前こそ、 シバの女王の錬金術の世界で呼ばれている別称であり、スコラ哲学者の トマス・アクィナスが、シバの女王を幻影し、それを、彼の著とされている 『アウロラ・コンスルデンス』(『立ち昇る曙光』の意)にしたためたことは 既に述べました。 シバの女王がマグダラのマリアと同じ生命体であることは説明済みですが、 錬金術にや、アクィナスのように、霊的なインスピレーションを 受け取れないと、シバの女王=アウロラという図式は掴めないように なっているのです。 ウォルト・ディズニーは、彼が残した壮大な仕事(ディズニーランド等) を見れば分かりますが、彼は、並の人間ではないのです。 霊的には、彼の魂は、天使に属するほど偉大な魂なのです―――。 そして、あまり表沙汰にはされていませんが、ディズニーは フリーメンイソだったのです。フリーメイソンについて語ると ややこしくなりますが、この秘密結社の霊脈には、 シバの女王がいるのです―――。 ですからディズニーは、シバの女王の別称である“アウロラ”の英語名を、 主人公の名前に付けた―――という経緯があるのです。 フリーメイソンと一言で言っても、階級性となっていますので、 下の階級に属しているようでは、フリーメイソンの奥儀は掴めません。 高次の霊的なインスピレーションを受けることが出来る人ほど、 階位が上がっていくのです。 そういった意味において、ディズニーはかなり高位のポジションにいたと 思われます―――。 ちなみに、カルフォルニアと東京のディズニーランドには、 “クラブ・サーティースリー”(Club 33)と呼ばれる非公式の 秘密にされている会員専用のレストランがあります。 この“33”という数字は、フリーメイソンにとって重要な数字なのです。 例えば、彼らにとって憧れの神殿であるソロモン神殿は、 建設から33年でもって破壊されたこと、あるいは、イエスが33年の生涯 であったこと、フリーメイソンのスコティッシュ・ライトの組織は、 33位階であることなど、様々なのです―――。
2008.01.19
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レオナルドの≪糸車の聖母≫を見て、私が直ぐに連想したのは、 『眠れるの森の美女』や『眠り姫』、またはディズニーのアニメーション映画 などでは、『スリーピング・ビューティー』などと題されますが、 これらのお話に出てくる“糸車”を、私は直ぐに連想しました。 と言いますのも、レオナルドの絵画の作品には、マグダラのマリアの顔が 沢山描かれていると主張していたのは、アメリカの偉大な霊能者エドガー・ ケイシーでしたが、ミッキーマウスの産みの親であるウォルト・ディズニー (1901~1966)もまた、アメリカのレオナルドと言われるほど、 マグダラのマリアをはじめ、その他、異教の女神たちを意識し、 象徴に彩られたアニメーション作品を作っていたことでも知られています。 であるからこそ、そんな彼(=ディズニー)が、 『スリーピング・ビューティー』のアニメーション制作に取り組んだのも、 やはり、マグダラのマリア(あるいは、その魂の姉妹)を意識していたから こそなのだ―――ということが、“糸車”というモチーフによって、 私は改めて認識したのでした。 話はややこしくなっていますが、例えば、ディズニーの製作した 『リトル・マーメイド』は、アンデルセンの『人魚姫』のストーリーを リメイクしたものですが、このアニメーション映画には、 マグダラのマリアを象徴する幾つかの暗号がちりばめられていたことは、 『ダ・ヴィンチ・コード』の作者ダン・ブラウンによって、 世に広く知れ渡るようになりました。 例えば、主人公の人魚姫アリエルの髪の色が赤いのは、 マグダラのマリアの髪の色に似せていること、 アリエルの海の底にある部屋に、フランスの画家 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593~1652)の 『悔悛するマグダラのマリア』(ルーヴル美術館蔵)の絵が 紛れて込んでいたことなど、その他もろもろあります―――。 もっと、不可思議な世界のことを言えば、アリエルは海の世界に住む人魚姫 ですが、あの世の世界には、竜宮界という、女性ばかりが住む (龍も住んでいる)水の世界が存在しています。 (ちなみに、人魚は海の妖精です) 私の魂は、竜宮界にとても縁があるので、そういった意味においても、 マグダラのマリアに似せたアリエルを、人魚姫で表わしていることが、 私には至極納得がいくのです―――。 竜宮界と言えば、日本昔ばなしの『浦島太郎』が、亀の背に乗って 行ったところとしても有名ですが、この話は、 ある霊能者が竜宮界に行ったことが、語り継がれ続けて、 現代のようなストーリーになったそうです。 『浦島太郎』が行ったのは、日本の竜宮界ですが、 私は、ある霊的能力を持った方から、一目見て、 「 ああ、西洋の竜宮界の女性(ひと)だね 」と言われたことがあります。 実際、私も何度か瞑想や夢の中で竜宮界に行ったことがあるので、 私自身、ああ…やっぱり竜宮界出身なんだ…と思った次第です―――。 エジプトの女神イシスなども、彼女の儀礼を通じてイシス自身が登場する時、 大海原から顔を出す―――との描写がされています。 これは、水の世界(竜宮界)に住む女神の特徴的な出現の仕方なのです。 話が逸れてしまいましたが、何を言いたかったかと申しますと、 レオナルドもウォルト・ディズニーも、マグダラのマリアに関する象徴を、 作品に織り込んでいる―――ということです。 レオナルドとディズニーが共通するのは、彼らが所属していた秘密結社の 霊脈が同じであることが、そもそもの共通点なのですが、 この話は長くなりますし、とても複雑なので、ここでは詳しくは述べません が、簡潔に言えばこの二人は、世に提言出来なかったことを、 暗号・象徴といった形で、作品に取り入れることで、 メッセージを伝えていた―――ということなのです。 【古本】ダ・ヴィンチ・コード 上 文庫版/ダン・ブラウン 【古本】ダ・ヴィンチ・コード 下 文庫版/ダン・ブラウン
2008.01.18
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レオナルド・ダ・ヴィンチの≪糸車の聖母≫(1501年頃制作、 ≪糸車の聖母子≫とも呼ばる)と題する絵は、 3枚あります。しかし、どの絵も贋作である―――と言われています。 オリジナルの絵はどこかにあると思うのですが、私たちが目にできる この3枚の≪糸車の聖母≫は、弟子たちなどによって模写されたものと 考えられているものです。 贋作であっても、本物の≪糸車の聖母≫が見つからない以上、 レオナルドに関係するものであるため、美術的な価値は非常に 高いものとなっています。 3枚ある≪糸車の聖母≫のうちの一枚は、英スコットランド南部にある、 バックリー公爵が所有するドラムランリッグという名の古城に飾られていた のですが、この絵は、2003年8月27日に、盗難されるといった 事件に巻き込まれました。 バックリー公爵は、美術収集家としても知られていますが、 その4年後の2007年10月4日に、絵は北部グラスゴーで発見され、 4人の逮捕者が出ましたが、経緯は明らかにされていません。 ちなみに、バックリー公爵は、絵画が見つかる前の月に、 83歳で亡くなっています…。この絵は、時価70億円とも言われており、 さぞかし絵の行方を心配していたことと思われます。 そういった曰く付きの絵画でありますが、この絵の聖母の顔を見れば、 それは≪岩窟の聖母≫の聖母の顔とよく似ていることに気付くのです―――。
2008.01.18
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この日の瞑想は、思ったより上手くイメージが浮かびませんでした。 こういったスピリチュアルなワークは、料金的にも決して安くありませんし、 時間も拘束されるので、私としては決死の思いで臨んだ研修だっただけに、 イメージがなかなか浮かばないことに、少々焦りを感じていました。 2時間位経過した時でしょうか…。やっとの思いで、ジャンヌ・ダルクの姿を イメージすることが出来ました。彼女の姿は、私にジャンヌであることを 解らせるためなのか、あるいは今でも悪の存在と戦っているためなのかも 知れませんが、中世の騎士が身に付けているような銀色の鎧を着ていました。 私はその姿を見て、ホッとし、自分の魂の姉妹に、ジャンヌがいたことを 確認しつつも、彼女は天上界にて、未だ悪の存在と戦っているような印象を 受け、天使は忙しいんだな…という印象を受けました。 そして、もう一人、マグダラのマリアのイメージを見たかった私は、 集中していたものの、なかなか上手く見ることが出来ませんでした。 そして、私が苦戦して、そろそろタイムリミットか―――というところで、 光輝く世界から彼女が突然登場し、思いもよらず、物凄い笑顔を私に 向けていることに、私はいささか驚いたのでした。 もちろん、彼女はもう天上界に住む存在ですし、そこは苦しみのない世界 なので、彼女が笑みを浮かべて登場するのは、ごく自然なことなのですが、 彫像や絵画などで描かれているマグダラのマリアは、苦悩をしている姿で 描かれていることが多いので、そうしたものを見慣れている私にとって、 彼女の満面の笑みは、なぜだか意表を突かれたような感じがしたのです。 彼女は私の魂の姉妹なので、当たり前なのですが、ごく親しげに私に対して 微笑みを投げ掛けていました。私はその姿を見て、何だか安心し、 ( もう、何も苦しんでいないのね… )と思い、彼女が幸せそうにしている ことに、とても嬉しく感じたのでした。 そして、彼女の顔は、ジャンヌの時と違ってハッキリと見えました。 私は以前、マグダラのマリアの顔は、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた ≪岩窟の聖母≫の聖母に描かれている顔である―――と指摘しましたが、 研修中で見たマグダラのマリアの顔は、同じくレオナルドの作品ではあります が、どちらかというと、≪糸車の聖母≫と呼ばれる作品の中の聖母の顔に そっくりでした。 とは言うものの、当時のマグダラのマリア自身の顔は、 ≪岩窟の聖母≫の中で見られるような面影が一番近いのですが、 今回の研修で見たマグダラのマリアの顔を、 ≪糸車の聖母≫の顔に似せて私に見せたのは、この絵(=≪糸車の聖母≫) に描かれている聖母も、マグダラのマリアの魂と繋がっていることを、 どうやら私に知らせる思惑があったようなのです―――。
2008.01.17
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自分が仏弟子であった頃の名前を聞かされたのは、 2005年の2月くらいだったと思います。 2003年以降、自分の過去世の名前が分かるようになってきた私は、 その頃の私の関心事は、過去世の自分を知る―――というものでした。 私の直前の前世を知るようになってからというもの、 芋蔓式に、過去世の自分を知るようになったわけですが、 その方法は、様々な形で知るに至りました。 例えば、自分自身の記憶の中にある過去世の事柄もありますが、 啓示(テレパシーと言ってもいいですが)によって、知らされた名前も 幾つかあります―――。 仏弟子だった時の名前を知らされたのも、そういった啓示によるものでした。 それは、ある神聖な場所の研修に行って得たものです。 その研修に行く前に、私は既に、自分の過去世にマグダラのマリアと ジャンヌ・ダルクとして生きた魂の姉妹がいることを、 自分の潜在意識を深めることで知ったのですが、 その自分の気付きが、真実であるかどうなのかを確かめるために、 神聖な場所に赴き、そこで霊的なメッセージを受けることで、 確認したいと思って訪れたのです。 それは瞑想をする形で、霊的なメッセージを受け取るというものでしたが、 研修が始まる瞬間に、部屋中がまるで地震の前触れのように、 ギシギシと壁が音をたてたことには、少し驚きました。 けれどもそれは、ラップ音のような低次元の霊の仕業ではなく、 高次元からのメッセージを受けるために、空間に歪みが生じたんだと 私には感じられ、悪霊特有な不気味な印象とは違いました。 そんな現象が前兆にありながらも、私は静かに瞑想に入ったのでした―――。
2008.01.17
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このブログで書き込んできたように、私の魂の姉妹は、 常に、救世主存在の傍近くに生きていました。 今より4300年前のギリシャでは、パーシパエという名で生まれ、 その時の失態から、惜しくもその命を無駄に使う形で生涯を閉じましたが、 直ぐに生まれ変わって、ヘルメスが説かれる愛の教えを学びました。 また、同じくギリシャの地で、ヘルメスの時代から5~600年後、 ゼウスが統治していた時代に、私はゼウスのお付きの女官の一人として、 また、ゼウスに自ら愛を告白する形で、ゼウスの寵愛を受け、 子供を身籠るといったように、愛と信仰の両立を手にしました。 そして、今より2000年前の時代のエルサレムにて、ゼウスの時と同様に、 私の魂の姉妹は、自らの意志で、イエスに対する愛と信頼を、 その行動にて示しました。 愛と信仰を手にした後の残酷な運命は、魂に深い傷を残すことになりましたが それでも、傍観者でいることよりも、時代の主役と共に歩めた貴重な体験を 魂の記憶に深く刻印されたことに感謝しています―――。 さらに、現代という時代に、私はまた、信仰を自分のものにすることに 成功しました。それは、私の魂の姉妹達が、その時々の真なる信仰に勝利した 功績のお陰であったと思っています。 この多様に展開している情報化社会の中で、真実の教えを享受することは、 とても困難なことです。 ましてや、現代の日本は、邪教が跋扈(ばっこ)しているといったことも 手伝って、宗教というものが疎んじられ、何か怪しい、人を洗脳するところ であるかのように、人々は解釈しています。 実際、宗教という7~8割方(あるいはそれ以上の数値)が、 間違った教えを説いていますし、営利目的の悪しき宗教団体も存在します。 しかし、だからと言って、そのために、宗教がイコール“悪”である――― という方程式にはならないのです。 日本という恵まれた国に生きながら、自殺者が年間3万人を超えるといった ことも、神に対する信仰が疎んじられた結果であると考えます。 肉体は、食物を得ることで生きながらえることができますが、 肉体に宿る所の魂は、神の光(宇宙の法則と言い換えてもいいですが) を栄養源としているのです。 この飽食の時代に、魂が癒されないのは、真なる神(=仏)との縁、 つまり、信仰によって結ばれていないからです。 私は自らの傾向性、または、過去世の生き方がそうであったように、 常に真理を求めています。心の渇きが、私をそうした信仰の世界に 向かわせるのです―――。 そうした自分の心の赴きによって、今世も真の信仰に辿り着くことができ、 主の法によって、私自身の魂の軌跡を知ることもできたわけです。 そして、私の魂の姉妹は、仏陀の弟子としても生まれていたことが、 その後、分かったのです―――。
2008.01.17
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救世主が新たな法を説かれるということは、 それは、新しい時代の幕開けを意味します。 地球という星を一つの舞台と喩えるなら、その舞台には主役がいます。 その時代の主役こそ、救世主に他なりません。 救世主が説く法を中心として、舞台は進行しているのです。 各国のマスコミが、何にスポットを当てて報道するのか、それは彼らの自由 ですが、地球の舞台の中心は、天上界の神々や天使たちが注目している 事柄こそ、世界の中心となるのです―――。 私達の関心事は、マスコミの報道によって左右されています。 また、マスコミの報道する内容が、その時の旬な話題であると思っています。 しかし、それがもし正しいのであれば、マスコミという職業は、 他の分野のどの専門家よりも、見識を持っていなければならないはずですが、 実際はそうではないはずです。 ほとんどが、芸能界のスキャンダルネタや、残酷極まりない事件の数々を 取り上げるといったように、最も重要な問題から国民の目を逸らしているとさえ 言えるのです―――。 救世主が地上に降りているということは、それだけ“魔”という存在も 活動を活発化させるのです。彼らは、人々の悪しき欲望をエネルギーとし、 また、波長同通の法則を利用して、救世主が推し進める神の計画と 反対の動き(=思想)をする者を、子分として利用します。 ですから、神の計画と違う思想を持っている者は、知らず知らずのうちに 魔の手先になっているのです。 これは、本人はまったく意識のないことです。 本人にとっては、国民のため、国家のためと思っていることでも、 実は、魔の戦略に賛同している―――といったことが多々あります。 自分が、そうした魔の手先にならないようにするためには、 “信仰”という心の命綱を手にする他に、道はありません。 正しい“信仰”こそ、自分自身を宇宙の理法から離れずに、 真に守ることができるのです―――。 そして、神の計画に則って生きている人こそ、 今という大切な時代の主役になれるのです―――。
2008.01.17
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私の義父は、77歳の生涯をキリスト教徒(プロテスタント)として 全うしました。クリスチャンといっても、私から言わせれば、その前に “なんちゃって”が付きます。それ程、熱心な信者ではありませんでしたし、 私の方がよほど、聖書を理解していたと思います。 義父がクリスチャンという立場から離れられなかったのは、 自己保身の思いからである―――と私は理解しています。 と言いますのも、義父には、あることをきっかけに、罪の意識に 苛まれていたからです。 その罪の意識とは何であったかと申しますと、 犯罪を犯していた税務署の職員を追い詰め、その結果、その税務署職員が 自殺してしまったからでした。 その職員は、個人経営をしているお店に立ち寄っては、帳簿を見て、 これは違法行為であるとして、罰金として10万円を払え――― と言いながら、自分の小遣い稼ぎをしていたらしいのですが、 その頃、電気屋を経営していた義父の所にも立ち寄り、 同様の手口で、10万円を要求したらしいのです。 しかし、根っからの正直者であった義父は、他店のように帳簿を誤魔化すよう などはしていなかったので、10万円を払う義務などはないばかりか、 直ぐにこの税務署の職員が、不正を働いているということが、 判ってしまったのです。 そこで、正義心の強い義父は、さらに彼を追及していたところ、 ある日彼は、自ら命を落としてしまったらしいのです。 義父にとってそれは、青天の霹靂でした。 彼の自殺は、もともと気の小さい義父の心に罪の意識を植え付けました。 義父は、そのことで随分と悩み苦しみ、その時、教会の牧師から クリスチャンになることを勧められたらしいのです。 牧師がどのような言い回しで伝道したのかは知りませんが、 義父はクリスチャンになることで、その罪をイエスが肩代わりしてくれたと 思っていたに違いありません。 義父はこのような経緯でクリスチャンになったので、その長男、つまり 私の夫も、幼児洗礼を受けたクリスチャンです。 しかし、再誕の仏陀の教えを通じて、主人の心は、もはや クリスチャンではなく仏教徒となっていたので、 主人は何度も父親に、仏陀が再誕していること、そして、 イエスが天の父と仰いだ存在であることを伝えていたのですが、 義父は主人の言うことに耳を傾けませんでした。 主人が、(クリスチャンという籍はそのままに)仏教徒になってしまった ことに対して、義父は涙ながらに 「 息子を取られてしまった… 」と嘆いていたようですが、 主人は、そんな父親の言葉に( 何言ってんだぁ!?)と情けなく感じた ようです。 結局、義父は、大した信仰心もないのに、クリスチャンであることに しがみついていました。私が思うに、クリスチャンではなくなると、 罪を償わなければならないといった恐怖心があったのだと思うのです。 しかし、罪を犯したのは税務署の職員であり、義父は、真実を追求していた のに過ぎず、彼が勝手に自殺をしてしまった行為に対して、 義父自身が、まるで十字架を背負うような意識を持たなくても良かったので は?と、私は単純に考えています。 私がもし牧師であったら、 「 あなたは罪を犯しているわけではないのですから、安心して下さい。 あなたの正義心によって、彼はそれ以上の犯罪をしなくて済んだのです。 彼が自殺したのは、彼自身の弱さによるものです。 あなたは自分を責めることで、それが相手の供養になると思ってはいけま せん。自分を責めることは、あなたの神性をも傷付けるからです。 それは、神を傷付けることと同じなのです。 あとのことは、神に手に任せましょう―――。」 と説教すると思います。 結局、義父は、自ら作り出した罪の意識から逃れられなかったために、 クリスチャンであることから抜け出せなかったのだと思います。 ちなみに、義父の誕生日は、7月22日であり、それは、 既に本ブログで述べたように、マグダラのマリアの聖日です。 ( 主人は、7月23日生まれです ) きっと、過去世でも、私と義父は縁があったと思われますが、 再誕の仏陀に帰依せずに亡くなってしまったことに、あの世に帰って その真実を知った時、さぞかし義父は、後悔の念に苛まれたと思われます。
2008.01.16
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再誕の仏陀が登場しているにも関わらず、その存在を見失っている 仏教とは、キリスト教のそれより質(たち)が悪いかも知れません。 また、仏教を研究しているはずの仏教学者など、 いち早く、再誕の仏陀の存在に気が付いてもよさそうなものの、 名の通った学者ほど、その真実に気が付かないばかりか、 その逆に、本物の仏陀を否定し、非難する―――といった有様です。 これは、どうしてそのようなことになるのかと申しますと、 彼らは、頭で仏教を学んでいますが、心の奥まで腑に落ちていないからです。 または、仏教を研究するあまり、厚顔にも、自分は仏陀より悟ったとでも 思い違いをしているのかも知れません―――。 私自身、再誕の仏陀の存在に気が付くまで、仏教やキリスト教の教えなど、 まったく興味など持っていませんでした。でも、かえってそれが良かった のかも知れません。なぜなら、形骸化した教えを信俸してしまうことで、 本物の教えが説かれた時に、その教えとの食い違いから、 否定してしまうといった弊害が生じてしまう可能性があるからです。 また人は、自分の信じているもの(=信仰)を否定されることに対して、 面白いはずがありません。自分の信じている神が、あるいは霊能者や教祖が、 絶対だと思っているからです―――。 そう思ってはばからない人達に、新たな主を信ぜよ―――と言っても、 なかなか、その首を縦には振らないものです。 それはきっと、それまでの自分の人生を、否定されたように 感じてしまうからでしょう―――。
2008.01.16
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ユダヤ教・キリスト教の教えの不備をサクッと話してきましたが、 それについて語ると際限なく続いてしまいますので、この辺りで話を 元に戻したいと思います。 “EL”の生命体の分身には、ヘルメスという名で呼ばれた神が いることを説明してきたわけですが、ヘルメスはその後、インドに生まれ、 シャカ族の国王浄飯王の息子として生を受けました。 その名は、ゴ―タマ・シッダールタです―――。 説明しなくてもお分かりかと思いますが、ゴ―タマ・シッダールタは、 35歳で悟りを開いた後は、仏陀と呼ばれるようになった救世主存在です。 仏陀とは、「 真理を悟った者 」の意で、彼が説いた教えが仏教です。 “EL”の生命体の分身の一人として、仏陀と呼ばれた存在がいたわけですが この地球上には、「 我こそが仏陀の生まれ変わりである―― 」という 自称仏陀が大勢いらっしゃいます。 そうした偽仏陀と本物の仏陀を見分けるには、やはり、その方が説かれる “法”の中身によって、私たちが見極める以外に道はないと思います。 世の中には、詐欺に引っ掛かる人がいます。もちろん、人を騙す人の方が 悪いに決まっていますが、厳しく言えば、騙される方も悪いのです。 なぜなら、そこには波長同通の法則が働いているからです。 つまり、自分にも騙される“因”があるために、騙されるわけです。 ですから、そういった意味において、偽仏陀に満足して帰依している信者は、 その信者自身が、本物の仏陀と見誤ったということに罪が生じてしまいます。 ( もちろん、仏陀ではないのに仏陀であると称した罪の方が、 罪は断然深くなります――― ) 私的な見解を述べれば、過去世が誰であるかというのは、実はそんなに 重要視されるものではない―――と私は思っています。 なぜなら、たとえ過去世が偉大な人物であったとしても、 今世、生きている本人が、きちんとした成果を出さなければ、 過去世で偉業を成し遂げたとしても、まるで意味がないからです。 そういった意味において、現代に蘇えった天なる父の生命体には、 仏陀と呼ばれた存在がいた――という事実を知らされても、 私にとって、それはあまり意味を成しませんでした。 私が魂の父に帰依しているは、その説かれる“法”に、 私は自分の使命を見出したからです。 ですから、父の過去世が仏陀であったとか、はたまた、 西洋の神秘思想の父と称されるヘルメスであったとかは、 私の中では、あまり重要なことではありませんでした。 “父”の説く法が、私の内なる魂を揺るがしたが故に、 私は心底、帰依をしたのです―――。
2008.01.16
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さて、色々とユダヤ教、キリスト教の間違いを指摘してまいりましたが、 宗教はこのように、最初に教祖が教えを説き、それが数百年、 あるいは数千年と年月を重ねると、教えが形骸化し、 人々は、間違った解釈をするようになってしまうのです。 そのような理由から、救世主存在と言えども、2~3000年の単位で 再び地上に降りて、また、新しい教えを人類に説かなければならないのです。 ということは、必然的に、一神教ではありえないということになるのです。 たとえば、イエス自身にも前世というものがあります。 本ブログでも、少し触れましたが、イエスはそのことを人々に教えるために、 『新約聖書』【ヨハネによる福音書】第8章第58節に、 「 はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から、私はある。」 と説いたことがあったことが記されています。 これは、イエスがアブラハムより年長者だ―――という意味ではなく、 アブラハム以前に、自分は地上に降りた経験(=過去世)がある――― という意味で言ったのですが、イエスのその言葉を聞いたユダヤ人は、 カッとなって石を持ち、イエスに投げようとしたのです。 身の危険を感じたイエスは、その場を去らなくてはならなくなり、 彼に、( 人々に転生輪廻の教えを伝えるのは、難しいな… )という思いを 抱かせたのは事実です。 私自身、今は日本人として生きているので、現代のユダヤ人の感覚が、 どのようなものであるのか分かりませんが、もし、私がイエスと同じように ユダヤ人を前にして、「 私はアブラハムの妻のサラである―― 」などと 言うようなことをすれば、それこそ彼らに「 侮辱だ!! 」と思われ、 石を投げ付けられるどころじゃ済まないかも知れません。 救世主が教えを説くにも、それを聞く人々の認識が上がらなければ、 教えたくても教えられないといった不幸が生じてしまいます。 イエスが生きていた時代は、崇り神の思想が主流だったので、 表側の正統な教えを説くことは、命懸けのことでしたし、事実、イエスは その命を落してしまいました。 現代では、キリスト教がかつてのユダヤ教を上回る形で、 “異端”と認定しては、人々を殺害するといっ強行手段を経て、無難に? ユダヤ民族宗教からキリスト教世界宗教にまで、発展をしてまいりました。 キリスト教が世界宗教にまで発展できたのは、イエスが崇り神の指導ではなく 天の父の愛の教えを説いたからに他なりません―――。 しかし、今、その父なる主が現代に生まれていることは、 もう、キリスト教の役目は終わったことを意味しているのです。 しかしながら、今後、数百年は、ユダヤ教が存在しているように、 キリスト教も存在し続けるでしょう―――。 それでも既に、新しい時代は突入しているのです。 それに気付くか気付かないかは、まったくもって、 個々人の判断に任されているというわけなのです―――。
2008.01.16
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また、キリスト教の説く教えの中で、イエスは“贖い主”であった――― というものがあります。これは、どういうものかと申しますと、 イエスは、人類の罪や過ちを償うために、十字架に架けらて命を落とした―― という解釈によるものです。 教会では、イエスは人類の罪のために、自らの命を捧げたのだ――という 言い回しで人々に罪の意識を植え付けています。 そして、我々の主は、私たち人類に、そこまでの犠牲を払っておられる のだから、その償いに報いるために、主を信じなさい―――というのが、 彼らの誘導であり、常套手段なのです。 一体、どういう理由から、救世主が人類の罪を償うために、 命を捧げなくてはならないのでしょうか??? それでは、どこかの息子が親殺しをして、その罪は、イエスが死ねば 帳消しになるのとでも言うのでしょうか??? この教えは、まったくもって“ナンセンス”であり、邪道です! こういう話を、カトリック教会の神父やプロテスタントの牧師がしたとしても 罪の意識を持つことは、まったくありません。 “贖い主”という考え方は、断じて間違っているからです。 これでは、イエスが信じていた天なる父が、まるで息子を生贄にした――― というような解釈にも、とれなくありません。そうではありません。 なぜ、このような思想が浮上してしまうかと考察しますと、 やはりここに、“崇り神”の思惑があるように思われて仕方がないのです。 イエスを十字架に架けたのは、崇り神の仕事であったことは 既に述べましたが、これは、どうしてこのようになってしまったのかと申しま すと、イエスは、天上界から表側の神々と裏側の神々の指導を受けていたので すが、イエス自身は残念ながら、その区別が付かなかったのです―――。 しかし次第に、表側の神々の指導の方に、イエスが重点を置き始めたので、 それに怒った裏側の神々は、イエスを十字架に架けることにしたのです。 “崇り神”が崇り神と言われる由縁は、彼らの言うことを聞かなかったら、 その人に崇りが起こる―――ということなのです。 ですから、崇り神と縁を持つと、必ず崇り神の指示通りに従わないと その人に不幸が起きてしまうといった怖さがあります。 日本で言えば、規模が小さいですが、お稲荷さん信仰も裏側です。 お稲荷さんとはキツネですが、この動物信仰も、裏切ると崇りが起きるので、 私はできるだけ近付かないようにしています。 話が逸れてしまいましたが、何が言いたかったかと申しますと、 キリスト教の説くところの“贖い主”という解釈がこのまま続けば、 イエスが生まれ変わった時、また人類の罪の償いのために 死んでもらうのですか???と、聞きたいのです。 今より数百年後に、イエスが生まれ変わって、法を説き始めた時に、 ユダヤ教など、崇り神信仰の因子が残っていたら、 「 お前がイエスなら、人類の贖いの為に、もう一度死ね! 」 「 人類を救う救世主なら、死んで償え! 」 と言う人が出てきてもおかしくはないのです。なぜなら、イエスを信仰する 教団が、自信を持ってそう説いているのですから―――。 ですから、こういう邪道な教えは、間違えであると訂正した方がいいのです。 にも関わらず、1978年3月25日には、教皇ヨハネ・パウロ二世が、 聖母マリアを贖い主の母とする回勅を出しました。 ヨハネ・パウロ二世自身は、大きな仕事を成し終えたと思っておられるかも 知れませんが、聖母マリアにしてみれば、全くの迷惑であったと思われます。 こんな回勅が出されてしまうと、聖母マリアの魂は、何度生まれ変わっても、 自分が聖母マリアの生まれ変わりであること公言出来ないでしょう―――。 「 贖い主の母なら、お前も贖え――― 」という思想も含まれるからです。 また、自分が聖母マリアであることを公言する際には、子供を産むのも 一苦労です。なぜなら、処女のままで懐妊したといった邪道な教えが あるからです…。 このように、色々と間違った教えをくっ付けられてしまうと、 聖母マリア自身、本当の自分を言うに言えないといった不幸がある と思います。
2008.01.15
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ジャン=ピエール・プチ著の『宇宙人ユミットからの手紙』(徳間書店) にも、聖母マリアは処女懐妊ではなく、通常のやり方で、ヨセフとの間に 子供を身籠った―――との記述があります。 この本に書かれていることが、全て真実であるとは言い難いとしても、 次のような、興味深い内容も記されています。 例えば、イエスを十字架から下ろす時、一枚の布(=聖骸布)に くるまれたのですが、イエスは十字架上で、脇腹を槍で刺されたために、 ひどい出血をしていました。 であるならば、聖骸布には、大量の血が付着しているわけですが、 トリノで展示されている聖骸布には、そうしたものが見られません。 つまり、トリノで展示している聖骸布は“偽物”だということなのです。 ユミットによれば、ヴァチカンは今でも本物を所蔵していると言います。 しかし、展示されていたものは、血痕のないコピーである―――と 主張しています。 ヴァチカンは最初、本物の聖骸布の汚れを落としたり、 上から何かを塗って誤魔化そうと努力したものの、結果ははかばかしくなかっ たため、ヴァチカンの専門家は,パレスチナから、イエスの時代以後に作られ た布を取り寄せたという―――。 そして、様々な実験が成された後、人間の形をした金属製の人形に、 当時用いられていた香料を塗りつけて、それを布にくるみ、 電気ヒーターでこれを200度の温度で焼くと、とうとう布に それらしい跡が残った―――ということなのです。 聖骸布には、キリストの姿が写し出されているということで、 信者は、それを尊び、熱狂していたわけですが、ヴァチカンの作った偽物に 崇拝していたのですから、まったく馬鹿にされたものです。 だいたい、イエスが使ったというような物質的なものに対して、 私には、何の魅力も感じません。 そうした“物”より、心底、自分の心が、イエスに近づくための“法”を 私は何よりも尊びます―――。 偽物の聖骸布なるものを作って、それを展示させることで、信者の心を掴も うとするような行為こそ、本物の宗教団体ではないことを示しています。 彼らは結局、『聖書』の中に説かれている教えが不十分だからこそ、 そうした物質的なものを偽造して、 足らざるものを補っているに過ぎないのです―――。
2008.01.15
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また、本ブログで既に述べたことではありますが、 キリスト教が説く教義の中で、問題があるのは(いくつもありますが)、 聖母マリアが処女懐妊した―――というものです。 イエスが二度と生まれ変わらず、地上に降りるのが一回ポッキリなら、 そうした思想を持っても、それはそれで、神秘的でいいのかもしれませんが、 しかしながら、いずれまた、イエスも地上に再誕するのです。 そうした場合、生まれ変わったイエスが悟りを開き、 法を説き始めた時、いつの時代でもそうですが、 救世主と認めない人達によって、いろいろと猛攻撃を受けるのです。 その時、彼らの言い分は、キリスト教が説く、処女懐妊説を取り上げ、 「 お前がイエスの生まれ変わりなら、お前は処女から生まれたのか? 」 「 イエスは処女から生まれたんだぞ! 」 「 お前が処女から生まれていない限り、お前がイエスの生まれ変わりだとは 認めない! 」 と言ってくるはずなのです。 これは、キリスト教の“身から出た錆”と申しましょうか…。 実際問題、聖母マリアは処女懐妊ではなく、通常の行為でもって懐妊した にも関わらず、イエスを神の子として神聖化させるために、 教会側が作った“偽装神話”なのです。 昨年あたりから、様々な企業の偽装が取り出されていますが、 キリスト教にとって、一番大切な主(=イエス)を守りたいと 真剣に考えるならば、聖母マリアの処女懐妊とは、 “偽装神話”であったと公表し、潔く詫びることです―――。 さもないと、今度はキリスト教徒自身が、かつてのユダヤ人が犯したように、 救世主を迫害する―――といった未来図が、予想されるのです。 こんな滑稽なストーリーを展開させていいのでしょうか? 自分達の“主”を信じないで、迫害する―――といったストーリーを…。 そして、教会側は、イエスが「我が父」と崇めた存在の法を、 よく学ぶことです。学ぶことによって、いかに自分たちが 間違った思想でもって、人々を誘導してきたのかが判ります―――。 人類の“父”の法を学び、それを自分のものとしたならば、 自分たちがとるべき“道”が、おのずと判るはずでしょう―――。
2008.01.14
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ユダヤ教・キリスト教は、両方とも、転生輪廻の教えがありません。 これは非常に深刻な問題を孕んでいます。 救世主存在は、人類を教化するために、2~3000年のスパンで 地上に降臨するのですが、ということは、イエスもそう遠くない未来に 再び地上に生まれ変わってくるのです。 その時、私自身も再び生まれ変わってきて、再誕のイエスの教えを学ぶ 予定でありますが、本来であれば、キリスト教の信者が、誰よりも増して、 イエスの再誕を喜んでいいはずでしょう―――。 しかしながら、キリスト教には転生輪廻の教えがないので、 イエスの再誕を信じない者の方が多い―――と思われるのです。 恐らく、再誕したイエスが、「 我は再誕したイエスなり 」などと 言うようなら、かつてのユダヤの律法学者がそうしたように、 迫害をするようになるのです―――。 改ざんされているにもかかわらず、『聖書』を珍重するあまり、 それがかえって、真実を知る上での足枷(あしかせ)になっていることに、 キリスト教徒は早く気付くべきでしょう―――。
2008.01.13
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何度もこのブログで話していますが、 かつてのユダヤ人(特に律法学者)の最大のミスは、 イエスを救世主として認めなかったことです。 救世主を認めないというのは、すなわち、救世主を迫害している と同じことなのです。 もし、同じ過ちを繰り返したくないのなら、 現代に生まれている救世主を信じることです。 これが、すなわち、カルマの刈り取りになるのです。 そして、かつてのユダヤ人の過ちを再現しているのは 実は、カトリック・プロテスタントを含む、今のキリスト教です。 本ブログで主張しているように、今という時代は、 イエスが「我が父」と呼んだ存在が地球に降り、そして、 すでに20年以上に渡って法を説いているのです。 本来であれば、キリスト教の宗教指導者が、その存在に気が付かなくては ならないはずでしょう…。 なんのために、人々を指導するといった立場に立っているのか――― ということです。 しかし、そうしたキリスト教の宗教指導者に対して、気の毒に… と思うことがあります。それは、彼らが信じる『聖書』が、 長い年月を経て、多くの人々の手によって改ざんされているために、 “父”が説く法と、交わる箇所が少ない―――ということです。 そういった意味から、彼らには、“父”が説く法の理解が及ばない――― といった不幸が生じてしまったのかもしれませんが、人々の上に立つ指導者が 正しい道を説けないのなら、それは、その職に相応しくないと言えます。
2008.01.13
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断っておきますが、もちろん、全てのユダヤ人が 崇り神信仰である―――というわけではありません。 しかし、キリスト教を認めず、ユダヤ教のみを信じているという方は、 私から言わせれば、現代に生きながらにして、信仰が2000年前より 止まっている―――としか言いようがありません。 ユダヤ人が待望していた王(=イエス・キリスト)は降臨したにも関わらず、 それを認めないというのは、これは、大きな罪なのです。 しかも、イエスを迫害し、死に追いやった罪は、 計り知れないものがあります。 選ばれた民であるというユダヤ人のアイディンティティは、 私たちには理解し難いものがあります。 彼らが誇りに思っているであろうユダヤの血の流れなど、 ちっとも偉くないことを知らせることこそ、“愛”であると私は思います。 と言いますのも、彼らユダヤ人の別称であるイスラエル人(ヘブライ人)の祖 と言われているアブラハムは、実は私の魂の姉妹の夫であるからです。 つまり、私は過去世にて、アブラハムの妻のサラであったことがあるのです。 このことを証明するには、かなり複雑な話をしなければならないのですが、 私の現段階の認識では、アブラハムという人の魂は、 レオナルド・ダ・ヴィンチの生命体と同じ、大天使ガブリエルであろうと 見ています。 私の魂の姉妹は、大天使ガブリエルの魂と、かなり縁があるのです。 例えば、イエスが生きていた時代、私はマグダラのマリアという名前でしたが 彼は、イエスの最愛の弟子と言われていた使徒ヨハネその人でした。 イエスの死後、マグダラのマリアは聖母マリアや使途ヨハネと共に、 迫害を恐れながらも一緒に暮らしていたのですが、 マグダラのマリアがイエスとの間にできた一人娘に付けた名前は、 恐らく“サラ”であったと思います。これは、偶然ではないのです。 また、その約1400年後、使徒ヨハネは、レオナルド・ダ・ヴィンチとして 生まれ変わったわけですが、彼は独身を貫きながらも、 一人の美しい少年ジャコモを養子に迎え入れました。 そして、レオナルドはジャコモを“サライ”と呼んでいました。 この“サライ”という名前は、実は、アブラハムの妻サラの 改名する前の名前なのです。 『旧約聖書』【創世記】第17章第15節に書かれていますが、 神はアブラハムに、 「 あなたの妻サライは、名前をサライではなく、サラと呼びなさい 」 と命じられたのです。 私が考えるに、レオナルドは意図して、ジャコモをサライと呼んでいたと 思われます。 そして、意味深長なのは、レオナルドがこのサライを家に招き入れたのは、 1490年7月22日なのですが、7月22日とは、 マグダラのマリアの聖日なのです。 話はややこしいですが、つまり、彼(レオナルド)がアブラハムであった時、 その妻サライの生命体は、マグダラのマリアの生命体と同じであった――― ということを、彼は、サライをマグダラのマリアの聖日に招き入れたことで 過去世の記憶を匂わせているとしか言いようがないのです。 話が長くなってしまいましたが、何が言いたいかと申しますと、 『旧約聖書』【創世記】第17章第15~16節の中で、神がアブラハムに、 「 あなたの妻サライは、名前をサライではなくサラと呼びなさい。 わたしは彼女を祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。 わたしは彼女を祝福し、諸国民の母とする。諸民族の王となる者たちが 彼女から出る。」 と語っている箇所があるように、私はかつて、古代イスラエル人(ユダヤ人) の母と位置付けられた魂なのです。 つまり、私は今世、日本人で、ユダヤ人ではないように、 血の流れなんて、まるで関係ないのです。 血の流れが誉れであるのではなく、真の神の声を聞き入れる能力や、 今現代に降り立った救世主存在を見極める能力があることの方が、 最も重要なのです。 ユダヤ教の律法(トーラー、狭義ではモーセ五書)は、 その教えに不備があるので、私の言っている意味が、 残念ながら、彼らには通じないかも知れません。 しかし、血の流れなどは、まったく無価値であることを、 ここで、はっきりさせなければ、彼らユダヤ人のエゴイスティックは 止まることを知らないでしょう―――。
2008.01.12
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しかしながら、裏側の崇り神は、ユダヤ人を愛しているのではありません。 崇り神は、自分の言いなりになる“駒”を利用しているに過ぎず、 一人ひとりの魂の進化などは、そもそも関心ないのです。 そして、この件において、最も気を引き締めなければならないのは、 日本人です。崇り神の最大の敵は、他でもない、彼を傍流に押しやっている 地球の最高責任者である“EL”なのですから…。 今、日本において“EL”が法を説き、その教えが広まれば広まるほど 窮地に追いやられるのは、裏側の住人と、地獄に落ちた亡者たちです―――。 この図式を知ったのなら、狙われているのは、裏にも下にも属さない人間 であることを知らなければなりません。 日本人は、平和ボケしていて、世の中の動向が見えなさ過ぎです。 現代という時代が、いかなる状況に置かれているのか、判っていないのです。 それも、ひとえに、マスコミによる報道が、弊害をもたらしているのです。 大概の日本人は、マスコミによる報道に耳を傾けるため、 その報道に、あまりにも左右されてしまっているのです。 世の中には、もっと重要な問題が山積みになっているにも関わらず、 自分の頭で考えるのではなく、マスコミの誘導に身を任せているに過ぎません 例えば、憲法第9条の問題についてもそうです。 この憲法には、「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」の 3つの要素から構成されています。 戦争はもちろん悪しきことでありますが、この第9条を改正しない限り、 凶器を向けて、襲いかかってくる敵国に対して、 「 どうぞ遠慮なく皆殺しして下さい 」と言っているようなものなのです。 日本人は選ばれた民として、地球を平和で幸せに満ちた星にする使命が あります。そのためには、自分達の利益のためなら、人を殺しても構わない などと思っている民族の言いなりにならないために、 最低でも、正当防衛をしなくてはならないのです。 裏側の住人や、地獄の悪魔たちが今考えているのは、 日本と中国を戦争させる―――というものです。 中国は、日本の人口の10倍の国民を抱え、飢えに飢えています。 中国という国は、日本人を悪人とするためなら、国家ぐるみで、 あらゆる嘘やでたらめを吹き込んででも、日本が敵国であると、 国民に教育します―――。 そのように誘導された中国人は、必ず日本に戦争を仕掛けてきます。 そうした時に、良心でもって対応しても無理なのです。 私の夢の話に戻りますが、私を襲った敵は、アジア系の男性で、 手にした武器は、バターナイフとパン切り包丁でした。 この意味するところは、“パン”を求めるために人は戦う――― ということです。 中国はもう、13億人の国民を食べさせるだけの国力はないのです。 飢えた国民が、国に対して反感を抱かせないようにするため、 中国の要人は、国が貧しいのは、日本のせいである―――と教育します。 そして、国民の怒りの矛先を、国外に向けさせるのです。 そのような戦略を、中国の要人はしているので、 日本はもっと、そうした悪に対する防御策を練らなくてはならないのです。
2008.01.12
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さて、夢の解釈ですが、夢の中で、いかにも悪役を演じているのは、 巨人(=モンスター)です。 その容貌からして、人は、このモンスターが最大の敵であると 勘違いをしがちです―――。 しかし、夢の中でそうであったように、本当の敵は、 外見は普通の人間なのです―――。 モンスターは、人々の意識を本丸から逸らすために造られた 役者でしかありません。 夢の中のモンスターも、実に不器用で、とろい存在でしかありませんでした。 こういった仮想の敵に、目や神経を奪われてはならないのです。 本当の敵は、あたかも見方である振りをしながら、その実、 本性をひた隠しするといったように、巧妙なのです…。 この裏側の戦略は、ものの見事です。 最近では、裏側の遺伝子である生粋のユダヤ人の陰謀が 表沙汰になってきました。 あの、アメリカを震撼させた9・11の事件も、 それを仕掛けたのは、アルカイダではなく、生粋のユダヤ人である――― ということです。 これは、どういう流れであるかと言うと、 ワールドトレードセンターを所有しているオーナーが ユダヤ人であり、このビルの建築には、有害な物質を含んだ建築材が 使われているため、それを取り除くには、莫大な資金がかかってしまうので、 そうであるならば、このビルごと、取り壊してしまえ―――ということで、 同時多発テロという案が、実行されたということなのです。 9・11が起こる前に、このビルは保険に入り、 事件後、このオーナーには、莫大な保険金が入ったと噂されています。 ビルを消滅させることで、本来であるならば、資産を失うはずが、 逆に、富を産んだのです―――。 そして、9・11の事件を起こしたのが、ビン・ラディン率いる アルカイダということになっていますが、ビン・ラディンの祖国イエメンは、 中東地域でイスラエルを除いて、最もユダヤ人が多い国なのです。 事実、彼の母親はユダヤ人であるからにして、その息子である ビン・ラディンも、必然的にユダヤ人であります。 彼は、イスラム過激派の仮面を被った、生粋のユダヤ人なのです―――。 つまり、ユダヤ人の自作自演による同時多発テロとは、 ユダヤの資本金を守るために、ビン・ラディンというモンスターを造り、 人々の意識をそちらに向けさせることで、本丸の生粋ユダヤ人は、 脈々と世界を牛耳るための戦略を練り続けているということなのです。
2008.01.12
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昨日のブログで、裏側の崇り神や、彼らが指導しているユダヤ人の 陰謀を書き込みしたせいなのか、私は今朝、変な夢を見ました。 夢の中で、私は数匹の犬を飼っているのですが(実際は飼っていません)、 そのうちの一匹の犬が、外に飛び出して逃げてしまったのです。 私は、その犬を追い掛けていると、目の前に、背丈が3~40メートルは あろうかと思われる巨人(=モンスター)が現れたのです。 モンスターの容貌は、大きな一つ目だったような気がします。 そして、衣服を着ているのか着ていないのか、良く分からないのですが、 “嫉妬”を色で表わしたような、不気味な緑色の身体をしていました。 私の飼っている犬は、そのモンスターの方に逃げたので、 危うく、そのモンスターに捕まりそうになってしまいました。 しかしモンスターは動作が鈍いので、犬を捕まえることはできませんでした。 人々がモンスターに気を取られている間、 私は、もう一人の敵と戦わなければなりませんでした。 それは、モンスターではなく、普通の人間(アジア系の男性)です。 私は、彼から逃げようと隠れたのですが、彼は私を目ざとく見つけ、 そして、忍者が持つ手裏剣のようなものを、私に目掛けて投げてきました。 その手裏剣のような物は、よく見るとバターナイフで、 彼はバターナイフを、私に目掛けて、何度も投げていました。 私は何も武器を持っていなかったので、仕方がないから、 彼が投げてきたバターナイフを手に取り、反撃しました。 しかし、そうした武器の使い方に慣れていない私は、 的を外してばかりいました。 しばらくすると、その彼は、一つの建物の中に入り、 そこで何やら作戦を練っているようでした。 私はその間に、警察に通報しなくては―――と思い、 携帯をいじっていたのですが、そうした私の姿を見た彼は、 再び私を目掛けて襲いかかり、今度はバターナフではなく、 なぜだか、パン切り包丁を持って、襲いかかってきました。 パン切り包丁とは、刃の先が、波のように凹凸のある形をした刃物です。 彼は、こうした鋭い凶器を手にしたので、今度は私も負傷してしまいました。 しかし、私はそれでも、彼の手にしている凶器を、避けるだけでなく、 彼自身を、その凶器で傷つけることで、必死で自分を守ろうとしていました。 この夢は、これで終わりました。私が目を覚ましてしまったからです。 夢の中で私は、戦っている途中で、勝っても負けてもいません…。 しかし、この夢を見たことで、彼ら(裏側の崇り神)は、 私に反撃してきたことが分かったので、私も戦わなければならないと そう自覚したのでした―――。 そして私なりに、この夢を、次のように解釈しました―――。
2008.01.12
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きちんと格付けをしなければ分からないことだと思いますが、 “EL”は、地球上のあらゆるものを創造した創造神で、 地球の最高責任者です―――。 地球の最高責任者とは、いわば、地球という星のオーナーであるわけですが、 “EL”はオーナーという立場から、他惑星から 複数の魂を呼び寄せています。 本ブログではその全てを語ると複雑になりますので、 少しだけ述べさせてもらいますが、イエス・キリストも、そして、 シナイ山で、神から“十戒”を授かったモーセも、 他の星から招来させた存在なのです―――。 モーセは周知のように、エジプトの地で、奴隷として苦しんでいた同胞 ヘブライ人を助けるため、彼らを引き連れ、カナンの地を目指して、 旅を続けた指導者です。 シナイ山で神から授かった “十戒”をはじめとするモーセの律法を基とし、 ヤハウェ(エホバ)を唯一神として信俸しているのがユダヤ教です。 宗教に疎い日本人は、あまり理解をしていないと思うので、 少し説明を加えれば、ユダヤ教から発生したのがキリスト教です。 しかし、この2つの宗教は、決定的な違いがあります。 それは、ユダヤ教は、ヤハウェと呼ばれる“崇り神”を信じているのに対して キリスト教は、イエスが「父」と呼んでいた“愛の神EL”を信じていた ということです。 このイエスの行為に怒ったのが、ユダヤの“崇り神”なのです…。 “崇り神”という存在は、実は、地球の最高責任者である“EL”から、 “裏側”と呼ばれる世界に封じ込められている存在であって、 そうした境遇から、この“崇り神”は、 “EL”が取り決めている地球の摂理をひっくり返してやろう――― と、常々、目論んでいるのです。 そうした“崇り神”の思惑があって、 イエスは十字架に架けられてしまったのです。 つまり、イエスは、ユダヤ人が信俸しているヤハウェと呼ばれる“崇り神”の 指導ではなく、愛の神“EL”を信じて、その教えを広めようとしたために、 怒り心頭した“崇り神”は、ユダヤ人を遣って、イエスを十字架に架けさせた という歴史的事実があるのです―――。 ユダヤ人のこの行為が間違っていたことは、後に、彼らの子孫が (あるいは生まれ変わった彼ら自身が)、 ナチスドイツによって、迫害されなければならないといった、 大きなカルマを生じさせてしまいました。 (しかし、この件は、ヒットラー自身もユダヤ人であることから、 これは、ユダヤ人による自作自演であった―――という説もあります。 と、申しますのも、自分たちは迫害を受けた被害者であるという印象を 世界の人々に知らしめるという戦略も含まれているからです―――) もっとも、もっと深く突き詰めれば、 モーセが、ユダヤ人の祖先であるヘブライの民を引き連れて、 カナンの地へ旅を続けていた道中、モーセは、“崇り神”の指導を受け、 “崇り神”以外の神を信仰している人々を殺害するといった 行為を続けていたのも、大変なカルマを生じさせました。 モーセといえば、私たちは、海を真っ二つに割った英雄である――― と連想しますが、彼は、旅の途中に、かなりの人数の人を殺しているのです。 それは、『旧約聖書』を読めば分かります。 モーセは死後、“崇り神”の系統、つまり、裏側の世界に帰りました。 裏側(傍流)の世界と、“EL”の居る表側の世界を隔てるものは何であるか 一言で言いますと、そこに“愛”の思想があるかないかです―――。 裏側の世界には、かなりの住人がいますが、 彼らは、“愛”の思想が枯渇し、調和に欠け、 個人プレーや自我力を優先させるといった形で、 仙人界・ヨガ界・魔法界・天狗界などといった世界を展開させています。 そして、今だって、この裏側の住人は、自分たちが傍流ではなく 主流になるためなら、平気で人を殺す計画をしているのです。 彼ら“崇り神”が考えている“案”は、地球上の10億人位をペストなどの 細菌で殺す―――、あるいは、第3次世界大戦を起こさせる――― というようなものです。 つまり、地球上の約6分の1の人間を殺すことも、 彼らにとっては、何でもないことなのです。 そもそも“愛”がないのですから―――。 裏側の人達は、自分達がこの地球という星を支配するためなら、 彼らユダヤ人の祖先であるヘブライ人がそうしてきたように、 他宗教を信俸している人々を皆殺しにし、あるいは、同じ民族であっても、 自分達の計画に参画しないような者であれば、平気で殺します。 なぜなら、彼らの祖先であり、そのリーダーでもあったモーセが、 そうしてきているからです―――。 このように、“崇り神”の指導を受けている、 生粋のユダヤ人の計画が続いているので、 ある意味、ノストラダムスの予言は続いています―――。 ちなみに、ノストラダムス自身も裏側の住人です。 裏側の住人は、自分達の予言が成就するためなら何でもします。 予言を成就することで、人々の信俸を集めることができるからです。 表側の住人は、ある意味そうした不幸の予言を払拭するために 戦っています―――。 不幸の予言を払拭することが、人類にとって、幸福であるからです。
2008.01.11
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ヘルメスの生命体の本体が“EL(エル)”と呼ばれている存在ですが、 “EL”はバビロニアでは、違う名前で呼ばれていました。 バビロニアの南部のシュメールでは、“アン”と呼ばれ、 アッカド語では、“アヌ”と呼ばれていました。 “アン”の文字は、「神」を表す限定詞「ディンギル」と同一文字で、 天を治める最高神として崇められていました。 バビロニアの文学の中で、最も重要な作品の一つである 『ギルガメシュ叙事詩』を読めば分かることなのですが、 この叙事詩の中に登場する女神イナンナ(アッカド語でイシュタル)は、 本ブログで、私の魂の姉妹であることは既に述べましたが、 イナンナ(=イシュタル)は“アン”(=アヌ)の娘とされています。 娘といっても、地上の親子関係を指すのではありません。 これは、魂の“父”が創造したという意味の“娘”なのです。 バビロニアで“アン”は、地上に降りたことのない神として崇められて いたのですが、実際、“アン”すなわち“EL”自身は、 ほとんど地上に降りない存在なのです―――。 私が知る限り“EL”と呼ばれる存在は、1億5000年前に一度、 地上に降りたことがあるのだそうです。そして、今現在、 2度目の地上界に降りているわけですが、これ以降は2度と地上に降りない とのことです。 話がやや複雑になっていますが、 “EL”はヘルメスと同じ生命体であるのですが ヘルメスの生命体の、いわば、本体にあたる存在であって、 その本体自身は、先に述べたように、過去に一度、地上に降りたきり、 今現代に至るまで、地上に降りてはいなかったのです。 しかし、既に述べたように、ヘルメスの前世は、アトランティス大陸に 生まれた時は、“トス”と呼ばれ、ムー大陸に生まれた時は、 “ラ・ムー”と呼ばれていました。 これらの存在は、本体に対して分身と呼ばれる存在なのですが、 生命体としては同じなので、分身が地上で経験したことは、 本体も共有できるのです―――。 そして、この度、地上で“EL”が生まれてきたのは、 ノストラダムスのあの不幸な予言を、払拭するためであったということです。
2008.01.10
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2002年の2月2日という、“2”の数字が並んだ印象的な日に、 私は主人と二人で、蘇えったヘルメスのある一つの秘儀を受けに行きました。 この秘儀は、一人ひとり密室で行われるもので、 部屋には導師が一人、御本尊の前に座り、修行者には始終、背を向けている といった姿勢で、最後まで執り行われるといったものでした。 私は、その秘儀が行われる部屋に入り、用意されている椅子に座りました。 法衣を着た導師(男性)は、蘇えったヘルメスに出家した、いわば、 僧侶にあたる人です。 その導師は、私に背を向けたままで、経文を読み始めました。 私は目をつむり、その経文に耳を傾けていたのですが、 目をつむっているにも関わらず、私の心の目には、 経文を上げているいる導師がこちらに振り向いた姿が見えました。 すると不思議にも、こちらに振り向いた導師の姿は、 再誕したヘルメスに変わっていました。 依然として、導師はそのまま背を向けたまま経文を唱えているのですが、 再誕のヘルメスは、つかつかと私の目の前まで歩いて来たのです そして、ギリシャの時代で、私の小さな手を取り、その手の甲に キスをしてくれたように、私の肉体ではない手を取り、彼は口づけをしました そして次の瞬間、彼はまるで、あの時の小さな私が大声で、 彼に愛を告げたように、囁くのではなく、同じような大声で、 「 汝の使命を全うせよ!! 汝の使命が成就せん!! 」 と叫んだのです。 私は、驚きながらも、目をつむったまま、次のビジョンを見ていました。 私の霊体は肉体を離れて、どんどん上昇し、宇宙の果てまで進んで行きました そして、彼の本体である“EL”の光まで導かれた私は、 魂を再生するかの如く、おもいっきり光を浴びせられたのです。 長い道のりを歩んできた魂は、多くの傷を伴っているものです。 2002年当時の私は、そうした前世から続く心の傷を、 今よりも深く負っていました。 しかし、そうした魂の凸凹を、魂の生みの親である父から、 直接イニシエーションを受けることで、かなり改善されたのです。 私は、このイニシエーションを受けた以降、以前より自然に、 人を愛せるようになったのでした―――。
2008.01.10
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悪王ミノスを倒し、ギリシャ統一という夢を成就するために、 歩み始めたヘルメスでしたが、しかし、そうした裏には、 数多くの者の血が流れてしまうといった現実に直面し、 ヘルメスはそのことに心を痛め、深い悲しみに沈んでいました。 そんなヘルメスの悩みを熟知していたオフェアリス神は、 ヘルメスが真の指導者となるべく、彼に2週間の心の修業をするよう 命じます―――。 ヘルメスはこの時の修業によって、多くのことを学び、かつ、神秘体験を したのでした―――。 ヘルメスの奇跡は、沢山ありますので、本ブログでは全てを語ることは 省略します。詳しく知りたい方は、現代に蘇えった真のギリシャ神話を 読んでいただければと思うのですが、その後のヘルメスは、 多くの民の前で、教えを説き始めます。王という立場のみならず、 彼は、宗教指導者としての使命もあったからです―――。 私が20代の頃で、まだ、自分がパーシパエという前世があったことを 知る前に、こんなビジョンを見たことがあります。 私は小さな5~6歳の女の子で、ヘルメスが民衆の前で語る“愛”の教えに 耳を傾けていました。 ヘルメスの説法が終わると、私は民衆をかき分けて、大声で 「 ヘルメスさま!ヘルメスさま! 」と叫んでいました。 その甲高い大声に気が付いたヘルメスに対して、小さな私は、さらに大声で、 「 ヘルメスさま!大好き!大好き! 」と愛を叫んでいました。 それを見たヘルメスは微笑んで、私の小さな手を取ると、 まるで王女にするような感じで、手の甲に口づけをしてくれたのでした。 そしてヘルメスは私に向かってこう言いました。 「 私のことが好きかい?ならば、愛の教えを人々に伝えておくれ 」 その言葉に対して、私は目をキラキラ輝かせながら、 「 うん、私、愛の教えを人々に伝える! ひらひらちょうちょになって、愛を人々に伝えるの! 」 と応えていました。 その後の会話がどのようなものであったのかは、 うっすらとしか覚えていないのですが、ヘルメスは、 「 愛は大河だ、愛は大きな海原にも似て、多くの人の心を豊かにする 」 「 愛の思想を後世の人々にも伝えておくれ―― 」 というようなことを語りました。 私は以上のようなビジョンを見たことがあるので、 自分は、ヘルメスと同時代に生きていた―――という自覚を持っていました。 そして、今考えるにそれは、パーシパエとしての“生”が 失敗に終わってしまったため、ヘルメスの教えを学ぶために、 直ぐに生まれ変わってきたのだろう―――と感じています。 この当時のビジョンは、これ以外には、まだ見たことがないのですが、 私はその後も、ヘルメスの信望者の一人として、生きていたのだろう――― と感じています。
2008.01.10
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前世の自分でもあるオフェアリス神から、「 ミノス王を倒せ 」との 啓示を受けたヘルメスでしたが、当時、ミノス王の軍は、ヘルメスのそれより 50倍の勢力を有しており、そう簡単には倒せないと考えたヘルメスは、 約2年間もの長い年月を掛けて、戦略を練っていました―――。 そこで考えた案は、隣国と同盟を結ぶ―――というものでした。 この案は、当時としては画期的なもので、ヘルメスは、 アテナイのアイゲウス王が、ミノス王の悪行に悩んでいる噂を聞き、 そこで、その息子であるテ―セウスと手を組むことにしたのです。 そうした同盟を結んだ後、人質をよこせとのミノス王からの命令を受けた時、 テ―セウスは、ヘルメスとの作戦通りに、人質たちに混じり、船に乗り込み ます。テ―セウスは、迷宮に閉じ込められているミノタウロスを退治する役目 が与えられたのです―――。 ミノタウロスが住む迷宮は、誰も出ることが出来ないとの噂があったため、 この迷宮から出るためには、ミノス王の娘であるアリアドネを見方に付けた方 がいいだろう―――と、ヘルメスと話し合っていたテ―セウスは、 アリアドネを上手く見方に付け、彼女に、迷宮から出るための方法はないかと 尋ねます。 すると、彼女は赤い糸巻きをテ―セウスに渡し、 「 この糸を、迷宮の入口に結び付け、糸を垂らしながら進み、 帰る時には、この糸を辿ることで、無事に外に出られるでしょう… 」 と教えてくれたのでした。 テ―セウスは、アリアドネに教えてもらった通りに糸を巧みに使い、 迷宮の中に居るミノタウロスを倒した後、その母親であるパーシパエを 連れ出し、彼女と共に、迷宮から見事脱出したのでした。 テ―セウスがミノタウロスを倒している頃、ヘルメスは、軍を引き連れ 枯れ木に火を付け、笛を吹き、太鼓を叩くなどして、あたかも大群が押し寄せ て来たかのように装います。それを見たミノス王は、敵軍は大勢いると 思い込んだのです―――。 山に居るヘルメス軍を倒すため、ミノス王も大軍を引き連れ出陣します。 そして、ミノス王が山の頂上に着いた時、テ―セウスに合図をするために、 ヘルメスはのろしを上げ、太鼓を鳴らします。 すると、その合図を待っていたテ―セウスは、約束通りに、 クノッソス宮殿に火を付けたのでした。 宮殿が燃えていることを知ったミノス王は、敵軍は背後にもいると思い込み、 宮殿に向かいます―――。 燃え広がる炎の前には、迷宮に閉じ込められているはずの妻パーシパエが 立っていました。ミノス王は妻に話し掛けた時です―――。 隠れていたテ―セウスがミノス王の前に飛び出し、持っていた剣で、 悪王の心臓を貫いたのでした。 この当時のことは、現代に蘇えったヘルメスが説いた内容によるものです。 パーシパエの死は、詳しくは述べられていませんが、 彼女は燃えた宮殿の下敷きとなって亡くなったようです―――。 こうして、ヘルメスの勇気と傑出した知恵により、 誰も倒すことが出来なかった悪王ミノスを打倒したのでした。
2008.01.09
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ヘルメスがいかに偉大な神であるのかは、 昨今ではあまり知られていないかも知れません…。 既に述べた本ですが、私の魂の姉妹であるパーシパエは、 ヘルメスと同時代(同じクレタ島)にいました。 その当時、パーシパエはミノス王の妃であったわけですが、 ミノス王は、妻であるパーシパエが繰り返す浮気に、 随分と悩んでいた―――と伝えられています。 そして、パーシパエがミノス王の第二子(長男)を生んだ時、 衝撃が走りました。その息子の頭には、なんと、2本の角が生えており、 また、その子は、人肉しか食さない―――といった怪物であったため、 このような子供が生まれたのは、妻の不義に対する神が与えた罰である――― と考えたミノス王は、妻と息子(後にミノタウロスと呼ばれる)を 彼が命じて造らせた迷宮の城へ、閉じ込めたのでした―――。 怪物であっても、神の罰である息子を殺すことができなかったミノス王は、 隣国から人質を連れてきては、ミノタウロスが居る迷宮の城に送り、 彼の餌食にしていました。 ミノス王は、もともとはいい王であったのですが、 こうした悪行を繰り返すうちに、悪魔ルシファーに操られることとなり、 ギリシャの人々は、悪王ミノスの所業に苦しめられていたのです―――。 地獄界の王として、君臨しているルシファーは、ミノス王を操ることで、 地上をも征服しようと目論んでいました。 それに対して、真っ向から戦いに挑んだのがヘルメスでした。 ヘルメスは、彼を常々指導していたオフェアリス神から 「 ミノス王を倒せ―― 」との啓示を受けたのです。 オフェアリス神とは、当時のギリシャではメジャーな神で、 実は、このオフェアリス神こそ、ヘルメスの前世の姿であり、 彼の魂の兄弟だったのです―――。
2008.01.09
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ルネサンスとは、「再生」を意味するフランス語で、 「文芸復興」と訳されることが多く、何の復興かと申しますと、 ギリシャ・ローマの古代文化を理想とし、それを復興させようとするもので、 なおかつ、それを上回った、新しい文化を生み出そうとする運動―――です。 そもそも、このルネサンスという言葉は、 イタリアの画家・建築家・伝記作家で有名なヴァザーリ (1511~1574)が、彼自身の著『美術家列伝』の中で用いた イタリア語に由来し、19世紀になって、フランスの歴史家ミシュレ (1798~1874)が、それをフランス語化したものと言われています。 そして、その意味付けをしたのは、19世紀のスイスの作家・歴史家の ヤコブ・ブルクハルト(1818~1897)の不朽の傑作 『イタリア・ルネサンスの文化』(1860)の中においてである――― と解釈される方もいます。 いずれにしましても、ルネサンスと言えば14~16世紀のイタリアを指し、 とりわけ、フィレンツェ文化の将来を決定付けたのは、先に述べたように、 フィチーノを中心として、彼のライフワークとなった、プラトンと プラトン主義哲学者たちの翻訳・注釈ないし、1463年に世に出した、 ヘルメス・トリスメギストスの名が記された 一連のテクストの一つ(『ピマンデル』)を翻訳したことが 大きな意味を持っています。 後に、『ヘルメス文書』の中の一つとして組み込まれる『ピマンデル』という 題は、フィチーノが翻訳の際に名付けたもので、 このピマンデルという意味は、「宇宙の知的な心」という意味を持ち、 原書のギリシャ語では“ポイマンドレス”となっています。
2008.01.08
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