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よく、幽体離脱や臨死体験という言葉を耳にします。これは、アストラル体 (あるいはエーテル体)が、肉体から離れる時に生じる体験である―――とい う言われ方をします。 その字が示すように、幽体離脱とは、肉体から幽体が離れる―――ということ ですが、厳密に言えば、肉体から離れた魂の状態が、幽体ではない場合もある のです。 例えば哲学者のクラテスなども、生前、幽体離脱をし、あの世の世界を垣間見 ていた―――ということですが、ソクラテスはあの世に帰れば、8次元世界の 住人ということですので、厳密に言えば、幽体離脱ではなく、光子体離脱をし ていた―――と言えます。 ちなみに、8次元世界は仏教用語で、如来界とも言いますが、如来界は大きく 分けて、4段階に分かれるそうです。 如来界の一番下の段階は“梵天界”(ぼんてんかい)と言い、その上が“亜 神霊界”(あしんれいかい)、その上が“光神霊界”(こうしんれいかい)、 そして、如来界の最上段階が、“太陽界”(たいようかい)と呼ばれます。 ソクラテスは、この“太陽界”と呼ばれる世界の住人―――ということですの で、ここまでの悟りを得ている方というのは、よっぽどのこと(=堕落)がな い限り、魂が抜け出す時は、幽体や霊体といった状態ではなく、光子体の状態 なのです。 魂は、悟りが高くなればなるほど、人間のような形態ではなく、光の塊、ある いは、光そのものの形体となります。 ですから、死んでいる人が、生前の姿で現れたりする―――といった現象は、 死後間もない人であったり、それほど、悟りが高くない場合、もしくは、地上 に居る人に、誰だか分りやすくするために、あえて、生前の時の姿を現わして 登場している―――といったことが考えられます。 泥水をかき混ぜて、数時間経つと、下に泥が溜まり、上の方は、透明な水とな るように、魂も、悟りが低い場合、その形状は肉体に近い状態にあり、悟りが 高くなりますと、肉体的な形状ではなく、ほとんど光の状態となって、その光 の輝きが大きくて強いものであればあるほど、悟りが高い―――といった具合 になります。 ですから物理学の世界で、4次元や5次元以降といった世界を探ろうとする研 究は、人間の認識(=悟り)に関わってくるものですし、この地上のように物 質世界のような形で、4次元や5次元が存在しているのではないので、肉眼の 目で見ようとしても無理なのです。
2008.04.30
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魂が“アストラル体”を脱ぎ捨てると、“光子体”と呼ばれる状態になりま す。“光子体”は、あの世の世界の6次元以降の世界に通じています。 6次元界は別称“神界”とも呼ばれ、ここでは、5次元世界の“善”という要 素プラス、“真理知識”という要素が入ってきます。 “神界”と言うように、4,5次元の人から見れば“神様”的な扱いをされる こともあります。実際、“神界”のレベルの方は、地上で神社などで祀られて もいます。 本ブログで既に述べていることですが、6次元世界に入るには、道徳的な善人 であり、尚且つ、仏(神)の教えについての知識を兼ね備えている人であるか どうか―――が、条件になります。 “真理知識”をいかに多く有しているのかが、同じ6次元の世界の住人でも、 段階が高くなります。これは、どの次元でも通じていることですが、同じ次元 の中でも、悟りの差によって、細かく分類されるのです。 ですので、この世と違ってあの世の世界では、認識のズレなどは生じません。 同じ認識レベルの者同士が住むので、とても居心地が良くなります。価値観や 趣味趣向が同じなので、争うことがないのです。 地上においては、仕事上の人間関係などで悩みが生じ、かなりのストレスとな ることが多いのですが、あの世に帰れば、そういった煩わしさはないのです。 しかし、かといって、この世が嫌だ―――という理由で自殺をしても、自分の 居心地のいい世界に帰ることはありません。命は与えられているものであり、 その人にとって、必要な修行であるからこそ生かされているので、それを自ら の意志で、勝手に終わらせることは、“違反”となります。 この世は、仮の舞台であり、あの世に帰れば、自分の魂に相応しい世界に帰れ るのだ―――という認識を持てば、この地上のストレスも、少しは我慢できる でしょう…。 それでも、この地上を生きていくのが辛すぎる―――と思う人は、それは、そ の人自身の“カルマ”であって、誰のせいでもない―――と受け止めるより他 ありません。 自らが選択した結果が、今、現状に現れているのだ―――という自己責任を持 つことです。 話がややズレていますが、最近、“硫化水素”による自殺が増えています…。 楽に死ねる―――という理由が、自殺の増加の理由となっているようです。 本ブログで何度も述べているように、肉体は死んでも、その中に潜む魂は生き 続けるので、自殺しても、苦しみから逃れることが出来ないばかりか、その苦 しみは、肉体がある時よりも、もっとダイレクトになり、増長するのです。 自殺をすると、その苦しみはより鮮明になる―――という事実を知るべきで す。このような“真理知識”を有していないので、人は安易に自殺を図るので す。 ですから、自らがかわいいのであれば、絶対に自殺をしてはいけません―― ―。自殺をすると、その苦しみは10倍になる―――とも言われているからで す。 この世でした行いは、良い事にしろ、悪い事にしろ、あの世では10倍になる ということを認識しているといいでしょう…。
2008.04.28
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“魂”の一番外側にある層のことを“エーテル体”といい、この部分は、霊界 の4次元世界に属する部分であることを説明しましたが、“エーテル体”を脱 ぎ棄てると、“アストラル体”という層があり、“アストラル体”は、霊界に ある5次元世界に属するのです。 霊界の4次元世界は、大きく分けて、天国と地獄に分かれる―――と説明しま したが、5次元世界は天国に属し、その特徴として、“善人”が赴く世界―― ―となっています。 つまり、4次元世界は地獄界に通じもし、悪人も住める世界であるのに対して 5次元以降の世界においては、悪人が住むことが出来ないので、4次元世界よ りも、高次の世界となり、上に進めば進むほど、魂の霊格が高い者が住む世界 となるわけです。 5次元世界は別称、“アストラル界”や“善人界”と呼ばれたりします。地上 に居る大部分の魂は、4~5次元世界の住人であるわけですが、地上に住む半 数以上の魂は、その行いの悪さから、死後、地獄に赴く―――という統計が出 ています。 地上の3次元世界では、法律を犯さなければ、悪人とはなりませんが、地上を 去ったあの世の世界では、地上の法律ではなく、宇宙に蔓延する法則が、その 基準となっています。 宇宙の法則は、その人の行動のみならず、心の中で思っていたことも裁かれる のです。 ですから、実際に人を殺していなくとも、心の中で「 あいつなんて消えれば いい―― 」「 あいつなんて死んじまえ! 」などと、念いの中で人を殺し ていた人は、人を殺したことと同じことなのです。 このように、心の中で否定的な事ばかり思っていた人は、死後、地獄の世界に 赴くこととなります。天国の世界とは波長が合わないからです。
2008.04.27
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“原子”が“原子核”を中心に、その周りを“電子殻”と呼ばれる層が重なり 合って取り巻いているように、“魂”も“仏性”を中心として、その周りに取 り巻いているものがあるのです。 例えば、人の肉体は、この物質界の3次元の地上に適応しています。そして、 人は死ぬ時、この肉体を脱ぎ捨てるわけですが、そうすると、魂はあの世に旅 立ちます。 肉体を脱ぎ捨てた状態の魂は、“エーテル体”と呼ばれる状態にある―――と 言われます。 “エーテル体”は、別称“幽体”とも言いますが、よく「幽霊を見た」とい うのは、この“幽体”を指している場合が多いです。 人間の魂の一番外側にあるこの“エーテル体”(“幽体”)は、あの世の4次 元と呼ばれる世界に適応します。死後、大部分の人は“エーテル体”の状態に て、4次元世界に以降するのです。 あの世の4次元世界を別の言い方で、“エーテル界”や“幽界”と言います。 この世界は、単純にたとえますと、天国と地獄の世界に分かれます。 おおざっぱに言えば、地上で生きている時、人生の半分以上、良い行いをした 人は天国に赴き、逆に、人生の半分以上、悪い行いをした人は、地獄に赴くわ けです。 この世界は、地上で生きている時に、まったく霊的な認識がなかった人が赴く 世界であります。この4次元の世界の上の世界は、5次元世界になるわけです が、5次元世界は、“エーテル体”を脱ぎ捨てた状態の“アストラル体”が住 む世界となっています―――。
2008.04.26
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“原子”の構造は、“原子核”を中心に、その周りを“原子核”の近い順か ら、「K殻」→「L殻」→「M殻」→「N殻」…と呼ばれる“電子殻”が層状 に取り巻いている―――ことを説明してまいりました。 この構造は、そのまま“魂”の構造とよく似ているのです―――。 “魂”の構造では、その中心に、仏教用語であらわすと“仏性”と呼ばれる ものがあります。(“神性”とも言う) “仏性”あるいは“神性”でもいいですが、それは、仏(神)と同じ性質のこ とです。“魂”とは、仏(神)が、その“念い”にて創造したものなので、同 じ性質を有しているのです―――。 キリスト教では、神と人間は、まったく違う存在として教えています。人間に とって神は崇めるもので、決して追いつくことが出来ない存在―――という考 え方です。 一方、仏教では、悟りを開き、仏になった“仏陀”の教えに基づいて、人は、 修行し、悟りを開けば仏に至ることが出来る―――と説いています。 キリスト教は、ユダヤ教、イスラム教と同じで“一神教”(一神のみを崇拝す る宗教)なので、神と人間は平行線のままなわけです。 しかし、こうした“神人隔絶型”の教えは、イエスが説いたものではありませ ん。これは、イエスが亡くなった後に形成された教義であり、こんな教義をい くら信じたところで、魂の成長・救済は、一向にのぞめないでしょう…。 本ブログで既に述べていますが、キリスト教の中でも“グノーシス主義”とい う、「 至高神と人間の魂の本質は同一のものであり、人は魂を磨くことで 至高神と合一することが出来る――― 」という教えを信じていた一派があり ました。 しかし、こうした“グノーシス主義”の教義は、“正統派”と自負しているキ リスト教の聖職者をはじめとする信者らによって異端扱いされ、根絶するまで 迫害された結果、そうした“グノーシス主義”の教えは排斥されてしまった― ――という事実があります。 ですから、初期キリスト教においては、人間の本質は、神と同一のものがある という考えがあったのですが、長い年月が流れる中で、そうした教えは失われ てしまった―――という歴史的経緯があったのでした。 このように、宗教によって、神と人間の立場は変わってくるわけですが、魂の 本質は、“仏(神)”と同一なものを有してあり、それはちょうど、“原子” の構造と似ていて、“原子”の中心に“原子核”があるように、“魂”の中心 には“仏性”と呼ばれるものがあるのです。
2008.04.24
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既に述べているように、物質を構成している最小の粒子を“原子”といいます が、この“原子”の構造は、その中心に“原子核”と呼ばれるものがありま す。 “原子核”の大きさは、“原子”の約1万分の1ということですので、厳密に 言えば、“原子核”の方が“原子”より小さい―――と言えます。 “原子”の中心にある“原子核”には、正(+)の電荷を持つ“陽子(+)” と、電荷を持たない“中性子”があります。 そして、その“原子核”の周りを、負(-)の電荷を持つ“電子(-)”が回 っている―――というのが“原子”の構造です。“原子”は電気的には中性に なっています。 “原子”について考える時、その中心にある“原子核”を太陽たとえ、“原子 核”の周りを周る“電子”を、惑星として、よくたとえられます。マクロコス モスとミクロコスモスの違いは“比率”であり、その原理は連動している―― ―という考え方です。 物理学を専門としない学校の通常の授業では習わない内容ですが、“原子核” の周りには、“電子殻”(でんしかく)と呼ばれるものがあります。 “電子殻”とは、「 電子が存在できる領域 」のことで、“原子核”の周り には、この“電子殻”が層状に重なり合っています。 専門用語で言いますと、“原子核”に一番近い“電子殻”を「K殻」、次に 「L殻」、続いて「M殻」→「N殻」というようになっており、第一軌道の 「K殻」には電子が2個存在し、第二軌道の「L殻」には電子が8個存在し、 第三軌道の「M殻」には電子が18個存在する―――といったように決まって います。 第一軌道=K殻(電子数2個) 第二軌道=L殻(電子数8個) 第三軌道=M殻(電子数18個) 第四軌道=N殻(電子数32個) ・ ・ ・ ・ そして、このような“原子”の構造は、あの世の霊界層や、魂の構造とよく似て いるのです。
2008.04.23
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アメリカの雑誌Newsweekは、2006年に“キーパーソン”に選び、続いて、 翌年にはTIME誌が、“世界で最も影響力のある100人”の一人に、リサ・ラ ンドール博士を選んでいます。 彼女の素晴らしいところは、その明晰な頭脳だけではなく、“美人”である― ――ところにもあります。 彼女が提唱する5次元の世界とは、私たちが住む地球を4次元とし、それ以外 の目には見えない世界のことです。 本ブログでは、この地球上を“3次元”として話をすすめてきていますが、物 理学の世界では、縦・横・高さで構成されている空間を“3次元”とし、それ に時間が加わると“4次元”として解釈しているようです。 つまり物理学では、私たちの住む地球上のことを“4次元”の世界として捉え ているようなのですが、それは理論上のことだと思います。 本ブログで既に述べていることではありますが、この地球上での“時間”とい う概念は、一方通行であり、過去→現在→未来と進んでいます。しかし、目に は見えない世界――あの世の世界――においては、時間は一方通行ではなく、 現在も未来も過去も、同時に進行・混在している―――という事実があるので す。 それゆえ、“時間”という概念は、地球上の目に見える世界と、目に見えない あの世の世界では変わってきます。あの世は、思ったことが直ぐに現実化する ので、未来へ思いを向ければ、未来を垣間見ることが出来る―――といった特 徴があります。 ですから、この世とあの世の時間における概念が違うので、同じ尺度で語るこ とは難しいのですが、本ブログでは、仏法物理学の理論を取り入れて、この地 球上を“3次元”とし、4次元以降は、目には見えないあの世の世界として話 を進めています。 そういった意味から、リサ・ランドール博士の語る5次元の世界とは、私たち が住む地球を「縦・横・高さ(3次元)+時間=4次元」とし、それ以降の世 界を“5次元”としているのです。 つまり、物理学で言う“5次元”とは、本ブログでは“4次元”以降の世界を 意味しています。そうした表現の違いがあるので、少しややこしくなっていま す。
2008.04.22
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全ての物質は分子・原子より成り、原子は原子核と、それを取り巻く電子から 構成されています。 そして原子核は、陽子(プロトン)と中性子(ニュートロン)の結合したもの であり、陽子と中性子はさらに、3個のクォ―クから構成されていることが分 かっています。 現在、素粒子と考えられているものは、クォ―クとレプトン(レプトンの一種 にニュートリノがある)、そして、これらの素粒子の間に働く力を媒介するゲ ージボソンの3つの種属である―――ということです。 素粒子についての詳細は、話が難しくなるので、専門的な事柄は避けて話を続 けますと、素粒子の性質の一つに、突発的に消えたり現れたりする―――とい った性質があることが分かっています。 そうした素粒子の特性を研究していくことで、近年になって、この3次元では ない、他の次元の世界が存在する―――といった考えを導き出す結果となった わけです。 そうした流れの中で、今最も注目されているのが、アメリカの理論物理学者で ハーバード大学教授のリサ・ランドール博士(1962~)です。 リサ・ランドール博士は、1999年に、一つの数式でもって、私たちが住む 3次元の世界は、目には見えない5次元の世界に組み込まれている―――とい う理論を打ち立てました。 彼女の領域は、理論物理学・宇宙論(ひも理論)・素粒子論で、これらに共通 していることは、「 物質とは何か 」と「 宇宙の成り立ちについて 」で す―――と、彼女自身が語っています。
2008.04.21
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アインシュタインが説いた光の二重性は、「量子力学」の形成へと導いた―― ―と言われています。 また、ドイツの物理学者プランク(1858~1947)が、1900年に、 熱放射のエネルギー分布式(=“プランクの放射公式”)を提出し、その理論 的基礎づけの中で、“プランクの定数”を導入して、量子仮説を提唱、量子論 への道を開きました。 プランクは、量子力学の基礎の諸発見を成したことから、1918年に、ノー ベル物理学賞を受賞しています。 その後、1926年に、ドイツの理論物理学者のハイゼンベルク(1901~ 1976)が、量子力学の形成の一つとなる“行列力学”(または“マトリッ クス力学”という)を説き、翌年、オーストリアの理論物理学者のシュレ―テ ィンガー(1887~1961)が、“行列力学”に対して、物質の波動性に 基づいた“波動力学”を発表します。 この両力学は、数学的に同等であることが証明され、「量子力学」と総称され るようになります。この二人によって、「量子力学」が完成したと言われてい ます。 「量子力学」の形成に至る過程で、指導的な役割を果たしたのが、デンマーク の理論物理学者ニールス・ボーア(1885~1962)です。 ボーアは、1913年、ラザフォードの原子模型とプランクの量子仮説を組合 せて、水素原子のスペクトルの説明に成功し、1922年にノーベル賞を受賞 しています。 ボーアは、アインシュタインと論争したことでも有名です。「量子力学」の世 界では、光の粒の動きは、確率でしか予測できない―――というものですが、 それに対しアインシュタインは「 神はサイコロ振りをしない 」とし、ボー アに対して反論したのでした。 しかしアインシュタインは結局、「量子力学」の基礎を成す“不確定性原理” を打ち破る理論を見つけることは出来ませんでした。“不確定性原理”とは、 人間がミクロの物理の位置と運動の両方を正確に知ることは出来ない―――と いう理論ですが、これを超える理論を提唱することは出来なかったのです。 それでも、アインシュタインが目指した「 未来を予測する―― 」は、最新 の物理学において、3次元世界ではない世界(=パラレル・ワールド)へと至 る方法を導き出した時に、タイムマシンなどの開発によって、未来を予測出来 る―――としています。
2008.04.20
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アインシュタインは1905年に、“光速度不変の原理”と“相対性の原理” からなる“特殊相対性理論”を発表します。 それまでのニュートンの理論では、時間は絶対であり、光に追いつくことが出 来たわけですが、アインシュタインは、時間は絶対的なものではない―――と したのです。 アインシュタインの“特殊相対性理論”では、速く運動するほど、時間がゆっ くり進み、質量が増加し、距離が縮む―――といったもので、時間は絶対的な もにではない―――と説きました。そして、観測者のいる慣性系によって異な るものは、唯一、不変なものは光速度Cのみである―――というものです。 “特殊相対性理論”は、重力場のない状態での慣性系を取り扱った理論ですが 彼はさらに、宇宙全体に行き渡っているのは“重力”ではなく、むしろ、“布 地”のようなものだ―――という考えに至ります。 例えば、ベットのマットレスの上に重いボーリングの球を置くと、マットレス はその重みで沈みます。このマットレスの上に、小さなビー玉を転がすと、ビ ー玉は、最初はまっすぐと進みますが、ボーリングの球のある沈んだマットレ スの中に入ると、その窪みに引き込まれて、ボーリングの球まわりを回る―― ―といった運動を見せます。 この現象は、ボーリングの球に引力が働いているからではなく、たわんだマッ トレスの上を、ビー玉が転がっているに過ぎません…。この現象から、アイン シュタインは、重力とは、宇宙にみなぎるれっきとした力ではなく、時空とい う布地の“たわみ”がもたらす見かけ上の効果である―――と説いたのでし た。 アインシュタインは、“特殊相対性理論”を発表した同じ年に、“光量子論” も発表しています。“光量子論”とは、「 光は波動であると同時に粒子であ る 」という光の二重性を説いたものです。 アインシュタインは、1921年に、ノーベル賞を受賞していますが、このノ ーベル賞は、“特殊相対性理論”ではなく“光量子論”に贈られたものなので す。
2008.04.19
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ヘルツによって、電磁波の存在が実験で実証されたことで、光も電磁波の一種 とみなされたわけですが、ニュートンは、光を粒子と考えていました。 現在では、光は、波動性と粒子性の両方の性質がある(=「光の二重性」)こ とが判っていますが、その当時はまだ、光には二重の性質があることは判明さ れていませんでした。 早くから、光を粒子と考えていたニュートンでさえ、光の屈折現象を説明する 際には、“エーテル”の存在を認めていた―――といいます。 光の媒質であろう“エーテル”を調べるために、様々な実験が行われていまし た。中でも有名なのが、アメリカの物理学者A・マイケルソン(1852~1 931)とE・W・モーリー(1838~1923)によって行われた実験で す。 二人のこの実験は、エーテル媒質の静止系に対して、地球が、どのような速度 で運動しているのかを測定する―――というものでしたが、地球が、光エーテ ル系に持つはずの相対速度が検出されなかったため、「 最も有名な失敗した 実験 」と呼ばれています。 この実験の結果、“エーテル”は、地球の運動に引きずられて一緒に動いてい る―――と考えられたり、他にも様々な議論がなされました。 中でもアインシュタインは、絶対静止のエーテルなどという考えを捨て去り、 光速度は、どのような慣性系から測定しても同じなんだ―――という、新しい 観点に立ちます。それを、「 光速度不変の原理 」と言います。 「 光速度不変の原理 」とは、例えば、Aという電車が動いているとして、 そのA電車に並ぶように、同じ速度でB電車が走ると、B電車から見たA電車 は、まるで止まっているように見えます。 同じ発想で、もし、飛んでゆくAという光を、同じ速度の光Bで追いかけた時 光Aのはどう見えるのか―――ということで考えると、光Aは、止まって見え ると考えられますが、アインシュタインの説いた「 光速度不変の原理 」で は、光はどのような速度から見ても、光の速度は変わらない―――とする考え です。 マイケルソンとモーリーが、エーテルのドリフトを検出できなかったことによ って、「 光速度不変の原理 」を導くことになった―――とも言われていま す。
2008.04.17
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古代ギリシャの哲学者で、「万学の祖」とも称されるアリストテレス(前38 4~前322)は、この世のものは、火・水・空気・土の4大元素から出来て いる―――としました。 そして彼はさらに、この4元素の周囲には、その4元素とは異なる完全元素で ある“エーテル”が存在し、その第5元素によって、太陽の熱や光などが伝え られる―――と説きました。 “エーテル”とはギリシャ語で、「天上の空気」を意味し、天上に居る神々が 呼吸する聖なる炎である―――とも考えられていました。 例えば、“音”は、空気が媒質となって音が伝わり、海の波は、海水が媒質と なって波が伝わっています。しかし光は、“真空”の宇宙空間でも突き抜けて 伝って来るので、光の媒質は空気ではないことが判ります。 としますと、光は何を媒質としているのか―――ということが議論となり、そ こで登場した概念が、光の媒質となる、目に見えない“エーテル”が、全ての 空間に充満している―――といった考え方なのです。 光の媒質を“エーテル”と名付けたのは、イギリスの物理学者R・フック(1 635~1703)でありますが、光は波動であり、それを伝える媒質を “エーテル”と説いたのは、オランダの物理学者ホイヘンス(1629~16 95)でした。 その後、19世紀の半ば過ぎに、イギリスの物理学者で、電磁気学を確立した マクスウェル(1831~1879)が、電気振動によって電磁波が発生し、 その際の電波速度が光速度に等しく、また、それは横波である―――との予言 をします。 マクスウェルのこの電磁理論によって、光の電磁波説が生まれます。電磁波と は、電気的な作用によって生じる波で、当時はまだ、検出されていない波でし た。 しかし、その20年後の1888年に、ドイツの物理学者ヘルツ(1857~ 1894)によって、電磁波の存在を実証します。電磁波は、それを伝播させ る媒質が必要であることから、同時に、“エーテル”の存在を実証したものと 受け止められたのです。 この実験により、“エーテル”の存在は、動かし難いものとなったわけです が、ドイツの理論物理学者のアインシュタイン(1879~1955)によっ て、一時、その説もくつがえされるのでした。
2008.04.15
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ニュートンの「万有引力の法則」の発見は「重力の発見」にあると解釈される ことが多いですが、これは間違った解釈である―――と言います。と言います のも、「リンゴが木から落ちるのを見て、ニュートンは万有引力を発見した」 という巷間に流布している逸話が、この誤解を広める原因になっているそうな のです。 地球上にある物体を、地球上が引っ張る力としての“重力”は、ニュートンの 時代には周知の事実であったので、ニュートンの業績は、重力の発見ではない のです。 ニュートンは、太陽や惑星を中心に、全質量が集中した質点とみなし、それら の間に“万有引力”が働くとして、太陽のまわりの惑星の運動に関する“ケプ ラーの法則”を説明しました。 “ケプラーの法則”とは、ドイツの天文学者ケプラー(1571~1630) が、地動説に基づいて導き出した3つの惑星運行法則のことで、ニュートンの 万有引力説の数学的基礎となっているものです。 ニュートンの業績は、太陽系の惑星の運動と、地球上にある物が落下する現象 が、同じ力に由来する―――という事の発見であったと言われています。 つまり、“重力”いうのは、単に、地球が地球上にある物体を引く力に限った ものではなく、惑星・恒星を含めたすべての質量を有する物体間に存在する力 である―――というのがニュートンの発見であったということです。 しかし、電子などの非常に小さい物質では、ニュートン力学の中の万有引力は 成り立たなくなり、量子力学が適用されます。 ある実験によれば、亡くなる前に計った体重と、亡くなった後に計った人の体 重では、13g減った―――という実験結果があります。 魂に13gの質量があれば、万有引力の法則によって、落下してもよさそうで すが、肉体から抜け出した魂は、地面に落下せず、浮上します…。これは、質 量があるにも関わらず、万有引力の法則に従ってない例―――と言えるかも知 れません。 魂の質量が13gある―――という実験報告が、正しいものであるのか否かは 判らないのですが、魂は、このように、万有引力の法則ではなく、量子力学に 分類される分野である―――と考えられます。
2008.04.14
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ニュートンの万有引力の発見も、ポーランドの天文学者コペルニクス(147 3~1543)の「地動説」も、イタリアの物理学者・天文学者のガリレオ・ ガリレイ(1564~1642)の「感性の法則」「落体の運動」「運動の相 対性」などの力学上の緒法則も、その着想は、ヘルメス・トリスメギストスの 『ヘルメス文書』にあると言われています。 本ブログで既にご紹介しましたように、『ヘルメス文書』はイタリア・ルネサ ンス期に、大富豪のコジモ・デ・メディチの命を受けて、その養子になった フィチーノが、ギリシャ語写本をラテン語に訳しました。 フィチーノ訳の『ヘルメス文書』の出版は、1471年でしたが、ニュートン は、フィチーノの翻訳に満足せず、自ら翻訳し直しています。 こうして翻訳し直した『ヘルメス文書』の内容に従って、万有引力の法則を編 み出していくのですが、そもそも、万有引力の法則とは何であるのかと申しま すと、「 質量を持つ全ての物体の間に働く互いに引き合う力 」のことをい います。 この法則を違う言い方にすれば、「 一方の物体から他方の物体へと、瞬時に 作用が伝播する遠隔相互作用 」とも言えますが、この作用が日常生活の中に おいて、「 これが瞬時遠隔相互作用だ!! 」と実感することはない――― と思います…。 では、どういうことにおいて、瞬時遠隔相互作用と言えるのかと申しますと、 これは率直に言えば、“幽体離脱”にその着想がある―――ということなので す。 ニュートンが、リンゴの木からリンゴが落ちるのを見て、万有引力を発見した というのは有名な話ですが、この表面的な事実だけでは、単なるそれは、当た り前の話だ―――で、終わってしまいます。なぜなら誰でも、リンゴが木から 落ちれば、それは地面に落下することなど知っているからです。 私が思うに、ニュートンは、リンゴの木からリンゴが落下する際に、今まで木 についていたリンゴが落下するその瞬間に、リンゴの霊魂(=魂)が、抜け出 す瞬間を見た―――ということであったのだろうと考えています。 この説明については、話が長くなるので、続きは次回にしたいと思います。
2008.04.12
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錬金術の寓意画には、必ずヘルメスが登場し、その手には“カドゥケウスの杖 ”があります。この“カドゥケウスの杖”には、特徴的な装飾があり、2匹の 蛇が中心軸に螺旋を描くように絡み合うようになっている―――といったもの となっています。 “カドゥケウスの杖”の原型は、“ケリューケイオンの杖”にある―――と、 私は思っています。“ケリューケイオンの杖”とは、ヘルメスが、今より4千 3百年前に、ギリシャの地に生きていた時に、彼の前世であり、彼の守護霊で もあった“オフェアリス”神より、直接、物質化現象により授けられた――ー といった代物です。 “ケリューケイオンの杖”は、“カドゥケウスの杖”の寓意画にあるような、 2匹の蛇が絡まっている―――といった装飾ではなく、“EL”によれば、長 さは1メートル20センチぐらいで、様々な装飾がほどこされていたが、その 中でも、ヘルメスの妻アフロディーテの顔が黄金の女神像として彫られていた ―――ということです。 ギリシャ神話などでは、カドゥケウスは、アポロンが7弦の竪琴と交換に、ヘ ルメス神に与えた―――となっているようですが、この伝説は、、先に述べた ように、ヘルメスの魂の兄弟でもあるオフェアリス神から授けられた“ケリュ ーケイオンの杖”が,その話の原型であると思われます。 そして、ヘルメスはこの杖を授かる時、オフェアリス神から、「 その杖の力 を信じて使えば、願い事は全て叶えられるであろう―――しかしその時に、決 して、私利私欲のために使ってはならない――― 」と言われます。 ケリューケイオンの杖は魔法の杖なのですが、その魔力を自分の欲を満たすた めに使用してはならない―――というのが、この杖を使う時の条件だったので す。 私はこのオフェアリスの言葉に、錬金術を連想しました。つまり、私利私欲が あるような精神では、決して、卑金属が貴金属になることはない―――という ことです。 私利私欲を断ち、心底、世の人々のために生きる―――といった精神を有して いなければ、錬金術は成功しない―――と考えられるのです。
2008.04.11
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ヘルメス主義は錬金術とまとめて論じられます。例えば、錬金術主義は イタリア語で“エルメティズモ”と言います。 この“エルメティズモ”の“エルメ”は、「エルメス:Hermes」のことで、 “エルメス”と言えば、フランスの皮革製品を主に手掛けている有名ブランド の名前ですが、これは、ギリシャの神ヘルメスのフランス語読みなのです。 西欧において錬金術は、卑金属を貴金属に錬成する技術の意としてとらえられ ていることが一般的です。しかし錬金術は、このような表面的な解釈だけでは ありません。 この卑金属から貴金属への錬成において、成功したという歴史上の人物がいま す。それは、リンゴの木からリンゴが落ちたことをヒントに、「万有引力」の の法則を発見したアイザック・ニュートン(1642~1727)です。 ニュートンは1667年に、イギリスのオックスフォード大学に次ぐイギリス 最古の大学・ケンブリッジ大学の数学教授に就任されたことはよく知られてい ますが、彼は晩年、『聖書』や錬金術の実験に没頭していました。 20世紀になって、ニュートンの遺髪を分析したところ、水銀が検出されたと いうことです。 錬金術において、水銀はとても大切な金属であり、また、常温で液体である唯 一の金属でもありますが、ヘルメス主義者ないし錬金術主義者(=エルメティ ズモ)たちは、原初のカオス(=混沌)の“水”を“水銀”としてとらえてい ました。 しかし、このカオスとしての水銀は、象徴的なものであると私は考えていま す。と言いますのも、水銀は英語で“マーキュリー”と読みますが、このマー キュリーとは、ローマ神話のメルクリウスであり、メルクリウスこそギリシャ 神話のヘルメスであるからです。 古代エジプトの神話で、ベンヌ鳥が、原初(=カオス)の水である“ヌン”か ら出現した原初の丘に最初に降り立ったことは既に述べましたが、この霊鳥の ベンヌが、アトゥム、ラー、オシリスの魂をあらわしているように、ヘルメス もまた、これらの古代エジプトの神々と同じ生命体であるからです。 古代エジプトの神話では、アトゥムもラーも、原初の水である“ヌン”から生 まれた―――と伝えられています。 以上のようなことから、ヘルメスも、アトゥムやラーと同じ生命体であること を知れば、ヘルメス主義の人達が、原初の水をヘルメスを意味する“水銀”と 考えていた意味が判るわけなのです。
2008.04.10
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“EL”の過去世の一形態であるオフェアリスは、今より約6千五百年前に、 ギリシャの地に生まれたことは既に述べました。 このオフェアリスが、古代エジプトにて、どのような経緯でオシリスと呼ばれ るようになったのか、詳しいことは判りませんが、オシリスという名も、どう やらギリシャ名のようで、エジプトでは“ウシル”、あるいは“ウセイル”な どと呼ばれていたようです。 エジプトの神話で伝えられているように、オシリスであるオフェアリスは、殺 されてしまったようです。そのためか、オフェアリスの次の転生であるヘルメ スも、同じくギリシャの地に生まれています。 古代エジプト人がベンヌについて、ラーやアトゥム、そして、このオシリスの 魂とも考えていたということは、当時のエジプトは、とても霊性が高かった― ――と言えます。普通はそこまでの真実を認識出来ないからです。 そして、このオフェアリスがヘルメスに転生した―――ということは、神秘家 の間では理解していたようです。なぜなら、ヘルメス主義の人達は、ベンヌの 別称であるフェニックスを重視していたからです。
2008.04.09
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ベンヌが、アトゥムやラーの魂として崇拝されていたことは既に述べましたが、さ らに、古代エジプトの神話に登場する“オシリス”と呼ばれる神の魂でもある―― と伝えられています。 オシリスは生前、「良き存在の王」として善政を行ったと神話では伝えられていま す。そして彼は他にも、神々を礼拝することの大切さや、農耕の正しい法を教えた ということです―――。 しかし神話では、オシリスは弟の“セト”に殺された―――とあります。そのため オシリスの妻であるイシスは嘆き悲しみ、魔法を使って、夫であるオシリスを復活 させた―――とも伝えられています。 しかし、その復活とは、イエスの復活と同様に、肉体の復活ではなかったようで、 オシリスは殺された後は、“冥界の王”として支配した―――とされています。 古代エジプトの神々の一人であるオシリスは、その姿を表わす時、身体を緑色に塗 られて描かれているのが特徴です。緑色は、再生と復活を意味するとの解釈があり ますが、詳しいことは判りません。 ただオシリスは、殺されて復活した――という神話から、それは大地の植物も同様 であるという考え方とも繋がって、「 死と再生 」の象徴としての農耕神としも 信仰されています。 古代エジプトでは毎年、農作業の始まる季節に、「 大地の再生サイクル 」を再 現する祭りが行われていたそうです。 各地に、農耕神であるオシリスを祀る神殿“オシレイオン”(ギリシャ語名称)が 建てられ、そこで「 オシリスの墓 」と呼ばれる儀式的な墓が作られました。 この墓は、“原初の丘”を模して作られた小島に、オシリスの棺とされた石棺を置 き、この棺の中には、枯れた作物が入れられており、それを、新たに芽吹いた植物 と取り換える―――という儀式が執り行われていたとのことです。 オシリスは、古代エジプトの神として有名ですが、実はその原型は、ギリシャの神 “オフェアリス”であった―――と“EL”は説いています。
2008.04.08
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ベンベン石は、古代エジプトにて、太陽神を象徴するものとして崇拝されてい た聖石であることは既に述べましたが、この聖石は他にも、“原初の丘”とし ても考えられていました。 “原初の丘”とは何であるのかと申しますと、混沌としていた世界に、原初の 海(または、水である)ともされる“ヌン”から出現した“丘”のことで、神 が最初に降りた地球の大地の“基”とされています。 このように、神が最初に降りた地球の大地の基を表現しているベンベン石に、 ベンヌという鳥の姿を取って、太陽神ラーや、アトゥムが降り立つ―――とさ れている古代エジプトの神話が、何を意味しているのかと申しますと、この、 ラーやアトゥムと呼ばれている存在が、実際に、地球に最初に降りた神である ー――ことを意味しているのです…。 本ブログでは、古代エジプト人が信仰していた神である、ラーやアトゥムが “EL”と同じ生命体であることを何度も述べていますが、“EL”自身、自 らが最初に地球に降りた存在であると説いています。 “EL”の著書には、46年前に地球が誕生したこと、そして、30億年位前 に、アメーバ―やプランクトンの類をつくりはじめ、26年億年位前に、カビ などの菌類をつくりはじめ、これを植物の祖とした―――ことが書かれていま す。 それから徐々に低級霊界をつくりはじめ、初期の微生物や低級植物などは、こ の低級霊界と地表での生命活動との間で、転生輪廻を繰り返していた―――と のことです。 そして、今から約6億年程前に、地球惑星大霊たちは、地球に高級生命を創造 する時期が訪れたことを悟り、そこで、“EL”が地球最初の人格大霊として 招かれたことが記されています。 このように、この地球という星に最初に訪れた人格大霊が“EL”であったこ とを知れば、何故、古代エジプトの神話の中で、“原初の丘”と称される“ベ ンベン”からラーやアトゥムが降り立つ―――と語り継がれた意味が分かるわ けなのです。
2008.04.07
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本ブログでは、このベンヌと呼ばれる鳥が、東洋では“鳳凰”と呼ばれ、西洋 においては、“フェニックス”と呼ばれるようになった―――と主張している わけですが、ということは、つまり、ベンヌとは、目に見える鳥ではなく、霊 鳥である―――ということです。 この霊鳥が、どのような時に出現するのかと申しますと、太陽神殿に置かれて いたベンベン石の上に止まる―――と伝えられています。 その出現に関する内容のテキストは、残されていないのか、よく分らないので すが、個人的な意見を述べれば、ベンベン石というのは、神殿内に置かれた祭 壇の役割で、そこで聖職者が、太陽神であるラーや、それ以前に崇拝されてい たアトゥムに対して祈りを捧げた時に、霊視出来た聖職者などが、ラーの魂と もアトゥムの魂とも言われていたベンヌ鳥の姿を霊視したのであろう―――と 思われるのです。 古代エジプトの太陽神殿にあった、ピラミッド型をしていたベンベン石は、 ムーの時代でも、各家庭に置かれていました。その時はもちろん、ベンベン石 と呼ばれていたわけではないのですが、ピラミッドの形をしていたものに対し て、祈りを捧げる―――という行為をしていたのです。 ムー文明の時代では、都市の中心に1辺の長さが30メートルほどもある、正 三角形で出来たピラミッドがあり、そこで、吸収・増幅された太陽エネルギー は、今度は、町の中心にある1辺の長さが10メートル位のピラミッドに放射 され、そこからさらに、各家庭の屋上にある1辺の長さが1メートル位の小さ なピラミッドに供給されていた―――と言います。 詳しい仕組みはよく解かりませんが、太陽のエネルギーはこのように、ピラミ ッド型のものによって、そのパワーが吸収・増幅されるといったように、ムー 人にとって、化学的にも、そして精神的にも、なくてはならない存在であった わけです。 この時の人々の習慣が、後の文明であるアトランティス文明にも引き継がれ、 その後、アトランティス文明の末期に、エジプトに逃れたアトランティス人に よって、古代エジプト人にも受け継がれていきました。 もちろん、そうした流れの他にも、古代エジプト人の聖職者達などに、天上界 に居るラ・ムーや、ラ・ムーが次のアトランティス時代に転生したトスの霊的 指導を受ける形で、受け継がれていた―――という事実があります。それ故、 古代エジプト人は、ラ・ムーである“ラー”や、トスである“トート”ないし “トト”を信仰していたのです。
2008.04.04
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さて、ベンヌがどのようにエジプトの神話に登場するのかと申しますと、既に 述べましたように、太陽神ラーが、「太陽の都市」ヘリオポリスにて、信仰さ れていたアトゥムを吸収する形で、信仰されるようになった時、この都市にあ るラー神殿に、“ベンベン石”と呼ばれる石が置かれていました。 “ベンベン石”とは、古代エジプトで太陽神を象徴するものとして崇拝されて いた聖石ということですが、ピラミッド型で、大きいものでは、1メートルほ どの大きさがあったということです。 古代エジプトで、神殿の塔門などに対になって立てられている“オベリスク” は、この“ベンベン石”から発達したものとも考えられています。 そう考えますと、ベンベン石という聞きなれない言葉にも、多少親しみを覚え てくるのですが、ベンベン石は、太陽神の象徴であると考えられていように、 太陽神である“ラー”そのものとしても崇拝されていたわけです。 本ブログでは、太陽神ラーが、今より1億7千年前に地上に降りた時の名前が “ラ・ムー”であり、それが「ムーの光大王」の意であり、ムー文明の一時に おいて、この大王が統治していた時代があったのです。 ラ・ムーが地上に降りていたムー文明に関して、もう少し詳しく話しますと、 ムー文明は、ラ・ムーが誕生する以前から、太陽における科学技術を重視し ていたと言います。 その当時の考え方として、太陽の光パワーについて、二つの意味を持たせ、そ の一つにまず、太陽の光は神の栄光を表すものとして、「 聖なるもの 」と 位置付け、もう一つは、「 有用なるもの 」と位置付けた―――というこで す。 太陽の光を「 聖なるもの 」と位置付けられていたことから、ムー人は、太 陽を見ると手を合わせ、片ひざを付き、お辞儀をする―――といったしきたり があったそうです。 この儀礼が後の東洋文化の源流となって、人々は必ずお辞儀をするようになっ たー――ということなのです。 ムー文明の末期は、アトランティス文明と同様に、大陸の沈下によって海中に 没したわけですが、その時のムー人の一部の人達が船で北上し、ベトナム人、 日本人、中国人の源流となり、または、太平洋を渡って、南米アンデスの山に 住みついたり、大西洋上のアトランティス大陸へと逃れたー――といった流れ があります。 それ故に、太古の日本は、“太陽信仰”だった―――ということです。
2008.04.02
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