シリウスの叡智―――魂の記憶―――

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2008.01.15
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カテゴリ: 前世




       また、キリスト教の説く教えの中で、イエスは“贖い主”であった―――
       というものがあります。これは、どういうものかと申しますと、
       イエスは、人類の罪や過ちを償うために、十字架に架けらて命を落とした――
       という解釈によるものです。



       教会では、イエスは人類の罪のために、自らの命を捧げたのだ――という
       言い回しで人々に罪の意識を植え付けています。
       そして、我々の主は、私たち人類に、そこまでの犠牲を払っておられる
       のだから、その償いに報いるために、主を信じなさい―――というのが、
       彼らの誘導であり、常套手段なのです。




       命を捧げなくてはならないのでしょうか???
       それでは、どこかの息子が親殺しをして、その罪は、イエスが死ねば
       帳消しになるのとでも言うのでしょうか???
       この教えは、まったくもって“ナンセンス”であり、邪道です!



       こういう話を、カトリック教会の神父やプロテスタントの牧師がしたとしても
       罪の意識を持つことは、まったくありません。
       “贖い主”という考え方は、断じて間違っているからです。



       これでは、イエスが信じていた天なる父が、まるで息子を生贄にした―――
       というような解釈にも、とれなくありません。そうではありません。
       なぜ、このような思想が浮上してしまうかと考察しますと、




       イエスを十字架に架けたのは、崇り神の仕事であったことは
       既に述べましたが、これは、どうしてこのようになってしまったのかと申しま
       すと、イエスは、天上界から表側の神々と裏側の神々の指導を受けていたので
       すが、イエス自身は残念ながら、その区別が付かなかったのです―――。




       それに怒った裏側の神々は、イエスを十字架に架けることにしたのです。



       “崇り神”が崇り神と言われる由縁は、彼らの言うことを聞かなかったら、
       その人に崇りが起こる―――ということなのです。
       ですから、崇り神と縁を持つと、必ず崇り神の指示通りに従わないと
       その人に不幸が起きてしまうといった怖さがあります。



       日本で言えば、規模が小さいですが、お稲荷さん信仰も裏側です。
       お稲荷さんとはキツネですが、この動物信仰も、裏切ると崇りが起きるので、
       私はできるだけ近付かないようにしています。



       話が逸れてしまいましたが、何が言いたかったかと申しますと、
       キリスト教の説くところの“贖い主”という解釈がこのまま続けば、
       イエスが生まれ変わった時、また人類の罪の償いのために
       死んでもらうのですか???と、聞きたいのです。



       今より数百年後に、イエスが生まれ変わって、法を説き始めた時に、
       ユダヤ教など、崇り神信仰の因子が残っていたら、
       「 お前がイエスなら、人類の贖いの為に、もう一度死ね! 」
       「 人類を救う救世主なら、死んで償え! 」
       と言う人が出てきてもおかしくはないのです。なぜなら、イエスを信仰する
       教団が、自信を持ってそう説いているのですから―――。



       ですから、こういう邪道な教えは、間違えであると訂正した方がいいのです。
       にも関わらず、1978年3月25日には、教皇ヨハネ・パウロ二世が、
       聖母マリアを贖い主の母とする回勅を出しました。
       ヨハネ・パウロ二世自身は、大きな仕事を成し終えたと思っておられるかも
       知れませんが、聖母マリアにしてみれば、全くの迷惑であったと思われます。



       こんな回勅が出されてしまうと、聖母マリアの魂は、何度生まれ変わっても、
       自分が聖母マリアの生まれ変わりであること公言出来ないでしょう―――。
       「 贖い主の母なら、お前も贖え――― 」という思想も含まれるからです。
       また、自分が聖母マリアであることを公言する際には、子供を産むのも
       一苦労です。なぜなら、処女のままで懐妊したといった邪道な教えが
       あるからです…。



       このように、色々と間違った教えをくっ付けられてしまうと、
       聖母マリア自身、本当の自分を言うに言えないといった不幸がある
       と思います。






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Last updated  2008.01.16 06:48:41
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