K/Night

K/Night

外伝-紅いリボン-


「う・・・・ん・・・・」
布団の中で、もぞもぞと寝返りを打つ。長い、黄色の髪が布団の中から覗いた。そこから見える顔は、まだ少年のようにも見えるが、これでも17歳のれっきとした青年である。
「起きて。ジール」
透き通るような声が部屋に響く。『ジール』と呼ばれた青年は、枕から数センチ顔を上げると自分を呼んだ人物に虚ろな目で見つめた。肩までの赤茶色の髪に意志の強そうなこげ茶色の瞳、女性の身体を包む服は男物のシャツとズボン、足にはやはり男物のブーツが履かれている。
「あ・・・・おはよう・・・・リィラ」
ジールののんびりぶりにリィラは眉にしわを寄せると、荒々しく掛け布団を取った。
「おはようじゃない。もう、お昼。わかっているの?今日は一緒に買い物に付き合ってくれるって約束したじゃない」
「うん・・・・でも、眠いから・・・・あと、5・・・・」
「5分でもダメ。寝ると絶対起きないんだもの」
「時間・・・・寝させて・・・・」
「・・・・・・・・じゃあ」
また、すやすやと寝息をたてるジールに、リィラはにっこり笑った。
「永眠しちゃえ」
手にはいつの間にかジールの剣が握られている。嫌な予感、と言うのか、殺されると確信したジールは慌てて身体を起こす。
「起きます。起きさせていただきます」
「よろしい」
リィラは剣を鞘に納めるとベッドのすぐ横に置く。まだ完全に起きていない身体を動かし、ジールはリィラの傍に寄ると、きゅっと抱きしめた。
「改めて、おはようございます」
「おはよう。ジール。髪、ずいぶん伸びたね」
背中に流れる黄色い髪をリィラは触る。ジールは少しばかり身体を離すと自分の髪を触った。
「うん。ろくに切ってないからな。ちょっとウザイかも・・・・」
「ん~・・・・でも似合っていると思うな。後で結んであげるよ」
「よろしくお願いします」
ジールは頭を下げて見せる。リィラは笑うとジールの頬を両手で挟んだ。
「かわいいね、君は。じゃあ、着替えたら下においでね。結んであげるからさ」
「ん。わかった」
返事を聞くと、リィラは部屋を出て下に行った。ジールは戸を閉めると服に着替える。少し深めの青色の服に腕を通し、袖のボタンをとめる。不揃いの長さの髪は、流れるままに背中に流した。
「お腹すいたな・・・・」
ぼそりと呟くと、ジールは部屋を出た。

「はい、揃えて切っておいたからね。後は結ぶだけだけど、そうだなあ。赤いリボンなんかでどう?」
「遠慮しておきます」
「そう?似合うと思ったんだけどな」
肩を落としたリィラはテーブルの上に置いた紐を取り、ジールの髪を結わく。一つに結わかれた黄色い髪は、またジールの背中に流れる。
「ありがとな、リィラ」
「どういたしまして」
リィラはにっこりと微笑む。一つの曇りもない笑顔だった。三年前、この村に初めてリィラが来たときには見られなかった笑顔。
「もう、この村には慣れたか?」
ふと、ジールは気になって聞いてみる。その問いに、リィラは笑って答える。
「えっ?うん。三年間もいるんだもの。さすがに慣れるわよ」
「じゃあ、『あの人』のことは?」
ジールの言葉にリィラの顔から笑顔が消えた。
『あの人』・・・・それは三年前、野賊に殺されたリィラの恋人のことだ。リィラは目の前で恋人を殺されたショックで、この村に、ジールの両親に引き取られてからずっと何も口にせず、笑いもしなかった。それほどまでに愛していた人を、今でも思っているのだろうか・・・
「『あの人』のことは今でも好きよ。忘れるつもりなんかない。前までは『あの人』が居なくてすごく寂しかった。でもね、」
手を伸ばすとジールの手を握った。顔には笑顔が戻る。
「今はジールが傍に居てくれているから平気。前にね、『好きだ』って言われたときすごく嬉しかった。私、ジールが一番好きだよ」
「リィラ・・・・」
嬉しさに口元をほころばせると、リィラの身体を引き寄せた。
「俺もリィラのことが好きだよ。一番好きだ。初めてだったんだ。人を好きになったの。守りたいと思った。
俺、リィラのこと絶対守るよ」
「ありがとう・・・・ジール」
ジールの腕の中で、リィラはそっと目を伏せた。

赤い炎に包まれている自分の村。みんな死んでしまった。父親も、母親も。
「・・・・っ・・・・どこだ!リィラ!!」
傍に居ない大切な人の姿を求めてただひたすら走る。生きていてくれ、無事でいてくれと願いながら・・・
「お願いだ!返事をしてくれ!!」
ジールの叫びが村に響く。それは自分の居場所を野賊に知らせているという意味もあった。
「まだ生きている奴がいたのか・・・・その剣の血、俺の手下たちを殺ったのか・・・・」
突如目の前に現れた人物。灰色の髪を一つに結わいて、右手には剣を握っている男。心臓がドクンとなった。ただ目の前に居るだけなのに、薄く笑っているだけなのにこの威圧感。ジールの額から嫌な汗が流れ落ちる。
「っ・・・・誰・・・・だ・・・・お前・・・・」
声が震えているのがわかる。手から剣が何度も滑り落ちそうになった。男は笑みを浮かべると、口を開く。
「これから死ぬ奴がそんなことを聞いてどうする?」
「まさか・・・・お前がこの村を・・・・!!」
「だとしたらどうする。俺を殺すのか?その震える手で、この俺を?」
「―――――!!」
小馬鹿にした目でジールを見下す。殺してやりたいくらいなのに殺せなくて、悔しくて唇をかみ締める。楽しそうに眺めていた男がふと、思い出したように口を開いた。
「そう言えばお前、『リィラ』とさっき叫んでいたな。お前の女の名か?」
「だったら何だっていうんだよ!」
「お前の前でその女を殺したらさぞ楽しいだろうな」
「な・・・・に・・・・?」
「ジール!!」
聞き覚えのある声がして振り返る。
「リィ・・・・ラ?」
「ジール!危ない!!」
「え―――――!」
気づいたときはもう遅かった。振り向いて見たもの ――――― それは剣を振り下ろす男の姿。その瞬間、
ジールの右目から光りが失われた。永遠に・・・・・
「う・・・・あ・・・・うあああああああああああああああぁぁぁ!!!」
「ジール!」
「馬鹿な男だ。敵に背中を向けるとは」
深紅の瞳がジールと、リィラを見る。男の握っている剣からは血が滴り、それと同じように斬られた右目を
押さえているジールの指の間からも血が滴り落ちる。
「お前が『リィラ』か?」
ジールの傍に駆け寄ったリィラに男は問う。
「何で私の名前を・・・・」
「・・・・・・・・」
無言で男は剣を握り返すとリィラに向けた。
「安心しろ。ひと思いに殺してやる」
「―――――!!」
「や・・・・めろ・・・・」
痛みに震えながら身体を起こし、リィラを庇う。が、
「ぐっ・・・・」
男に蹴られ、地面に倒れた。少しの間、冷ややかな目でジールを見ていたが、男は剣を振り下ろした。
「やめっ―――――っ!!」
鈍い音と呻き声とが聞こえ、鈍い光を放つ剣から血が滴り落ち地面を濡らす。目の中に入った映像は無意識に拒否していた。それは、背中から剣がはえたリィラの姿だったから・・・・
「り・・・・いら・・・・」
ずるりと身体が力なく地面に倒れる。それと同時に男がまた血に濡れた剣を振りかざした。
「リィラあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
男が剣を振り下ろし、ジールが叫ぶ。花びらのような紅い血が宙を舞った。

「リ・・・・ィラ・・・・リィラ・・・・」
意識が戻った後からずっとジールはリィラの身体を揺すり続けていた。抱えている体は酷く重い。
「お願いだ・・・・目を・・・・開けてくれ・・・・」
斬られた右目と背中の傷からはもうほとんど痛みは消えていた。ただ、心の方を除いて・・・・
「リィラ・・・・リィラ・・・・っ・・・・」
どのくらい呼び続けただろうか。不意にリィラの目がうっすらだが開いた。
「―――――!リィラッ!」
「じ・・・・る・・・・?」
自分の身体を抱えている相手の姿が誰かとわかると、リィラは苦痛に耐えた、でも柔らかい笑みを浮かべた。
「良かった・・・・無事・・・・だったんだ・・・・ね・・・・・・グッ!・・・・」
口から紅い血が吐き出される。
「もういい!リィラ。もう、しゃべるな。今、医者の所に連れていくから」
「間に合わないわよ・・・・もう・・・・」
「そんなのやってみなくちゃわからないだろ!」
リィラの発言にジールは声を荒げる。死なせたくなかった。
――――― もう、人が死ぬのは見たくない・・・・失いたくないんだ・・・・ ―――――
だが、彼女は笑っている。まるで死を恐れていないかのように。自分は大切な人を失うかもしれないという恐怖に恐れているのに彼女は笑っている。
リィラはポケットに手を入れると赤いリボンを取りだし、ジールに差し出した。
「これ、『あの人』からもらった物なの・・・・私には似合わなくて一回しか付けたことがなかったけど・・・・でも、ジールにならきっと似合うから・・・・」
「何言ってんだよ!大切な物なんだろ?!」
突然の言葉に目を見開く。だがリィラは笑っていた。
「だって・・・・私は・・・・死ぬもの・・・・」
「―――――!!」
「でもね・・・・」
リィラは言うと手を伸ばす。震える冷たい手がジールの頬に触れる。自分が泣いていると知ったのはそのときだった。
「でも、『私』は死んでも私の『魂』は・・・・『心』は死なない。いつもジールの傍にいるわ。そしていつか生まれ変わるの。だってこの世はいつも『始まり』だから。『終わり』なんてないの。『命』も『人生』も『私』
も・・・・」
「リィ・・・・ラ・・・・」
ジールは泣き続ける。いまやリィラの言葉は慰めにもならなかった。大切な人を守れなかったと言う事実が頭と心を支配していて・・・・
リィラはそんなジールの頬を手で包むと優しく笑った。
「ジールは死なないでね・・・・自分で命を絶つようなことはしちゃだめよ・・・・もし私が生まれ変わったときジールがいなかったら寂しくて泣いちゃうから・・・・」
「リィラは酷いよ・・・・そんなこと言われたら俺は死ねないじゃないか・・・・」
「だって、ジールに死んでほしくないもの。私の分まで生きて、幸せになってもらいたいから・・・・」
クスクスとリィラは笑う。その目に光りがないのにジールは気づいた。
「リッ・・・・」
「ジール・・・・生きてね・・・・私は傍・・・・に・・・・いるか・・・・ら・・・・」
「リィッ・・・・!!」
頬から手が離れる。その手は力なく地面に落ちた。抱えている身体はずっしりと重い。死んだ人の身体は生きていたときよりも重いと以前誰かから聞いたことがある。リィラの身体はまさにその話通りだった。
「嘘だ・・・・」
現実を受け入れることが出来なかった。
「嘘だよな・・・・嘘だと言ってくれよ・・・・嫌だよ、リィラが死ぬなんて・・・・」
とめどもなくあふれる涙は血と混ざり頬をつたる。
「嫌だ・・・・嫌だよ・・・・俺を一人にしないでくれ・・・・」
だがリィラは瞳を閉じた顔に微笑を浮かべることはない。
「りぃらあぁ・・・・!!」

燃え尽き始めてる村に、唯、男の悲痛の声が響いていた。

TOP 大切なものMENU


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: