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K/Night
9
彼等家族がこの村を発つのは明日…
随分急な話だった。
「…どうだった?」
広場に戻って来たソウルとシャナ、テーベーは、待っていたキースとラノアに首を振った。
「今はそっとしておいた方が良いわ」
「白夜の話だと食事は取っているから大丈夫だと聞いたが…」
言葉は全員に暗い影を落とす。
「そっちは?」
テーベーが聞き返すとキースとラノアも首を振った。
「部屋から出て来ないそうよ」
「……」
沈黙が落ちる。
誰も、なす術を知らなかった。
「…気持ちを伝えても、伝えなくても…想いが通じ合っても、合わなくても…どっちにしろ辛いから…2人は何も言わないのね…」
自分が納得するように呟いて、シャナは沈黙を破った。
ソウルは空を仰ぐ。
「2人が離れた後、また会えると考えるか、もう会えないと考えるかで明日からの日々が変わっていくんだな…」
友人、そんな言葉では表せない2人の関係にどう終止符を打たせるつもりなのか…
「憎いくらいに澄みきった空だ」
だけどその空が、2人の行く道を照らしてくれればと…
どうか、彼等を壊さないで…
切に願う。
馬のいななき。
家に馬が2頭繋がれたままに飼われていたのが今になって理解出来た。
この日の、この時のためにあの馬は存在していたのだ。
最小限の荷物を馬の背を跨いで掛け、ダンガンは入り口に集まった村人を見渡した。
『…これを渡して来て欲しい』
自身にとって大切な物であるはずのそれを手渡して、彼女は背を向けた。
「急がないと間に合わんな…」
揺れるそれの重みを感じながら走る速度を上げる。
「世話になったな。達者に暮らしてくれ」
簡潔な言葉で別れを告げる。
誰1人、笑顔の者はいなかった。
長年、共に暮らして来たのだ。
『戻って来ない』と聞かされたら当たり前の反応だろう。
ノインは辺りを見渡して表情を曇らせた。
懐には今だ渡す事の出来ないあの、小袋が入っている。
これを渡して、言いたい事があった。
少しでも繋がりが持てるようにしていたかった。
「…エリクは?」
見送りに来てくれていた友人にノインは尋ねる。
しかし返ってきたのは知らないと、否定の言葉だけだ。
「エリク、朝から姿を見せていないの。白夜もいないし…」
シャナは傍に来ていたジルに問うように視線を向ける。
しかしジルは首を振るだけだった。
「そうか…」
肩を落とすノイン。
表情は落胆の色が濃くなる。
ノインは諦めたように小さく息を吐き出すと、懐から小袋を取り出してシャナに渡した。
「エリクに渡しておいてくれるか?」
「でも…」
「頼む」
本来なら自らの手で渡したかっただろう。
それを他人の手に渡すのにどれだけの決心が必要だったのか…
シャナは躊躇いながらもそれを受け取った。
「…渡しておくわ」
「ありがとう」
弱々しく微笑むノインの姿が痛かった。
「もうそろそろ行くぞ」
ダンガンがノインに声を掛ける。
「…分かった」
それに返事をしてもう一度友人を振り返った。
ソウルが前に出てノインの肩を抱く。
「一段落したら遊びに来い。俺達も行くから」
「そうそう。王都を案内してくれよな?」
「手紙、書くからね?」
「道中気を付けて」
「体を大切にね?」
続いてテーベーやシャナ、キースとラノアがそれぞれ声を掛けた。
頷いてソウルの背中を強く抱く。
「また会おう。会いに来るよ。必ず」
「あぁ」
ソウルも強く抱き返す。
背中を落ち着かせるように撫で、それから離れた。
「じゃあ…」
名残惜しそうに離れ、ノインは再度別れを告げると家族の元に戻った。
馬の手綱をダンガンとアルマが引き、ハンナとノインは村人に頭を下げる。
「元気でな!」
「気を付けて!」
それぞれ村人が声を掛けていく。
それを背に4人は村を後にしようとした。
「…間に合ったか」
馬がいなないて歩を止める。
白い影が先の道を塞いでいた。
「白夜!」
エリクとの繋がりを今唯一持つ白夜が現れたのを見て、ノインの表情は僅かに明るくなった。
白夜はそのノインに気付くと近寄って首を上げた。
歯の隙間に挟まっている物がある。
取り上げるとそれはエリクが大切にしていた翠の石だった。
「これ…」
目を開き確認を取るノインに白夜は、
「『元気で。それはノインが持っていて欲しい』エリクからの伝言だ」
来た道を引き返そうとしながら頷いた。
「ま…待ってくれ!」
慌ててノインは白夜を引き留める。
「エリクの居場所知ってるんだよな?」
白夜は否定も肯定もしない。
それに構わずのにノインは白夜の行く手を塞いだ。
「俺をエリクの所まで連れて行ってくれ!」
「……」
しかし白夜は何も答えなかった。
代わりに顔を上げてノインの背後を見遣る。
気付いたノインが後ろを向くと、ダンガンの姿が目に入った。
「…父さん。頼む。俺に少し時間を与えて欲しい」
必死になって頭を下げた。
これを逃したらエリクともう二度と会えない気がしたから。
「……」
ダンガンが小さく溜め息を吐くのが聞こえる。
一呼吸あって、
「行ってこい」
ノインの頭を撫でてダンガンは言った。
「話しが全部終わるまで帰って来るなよ」
「父さん!」
ノインの表情が明るくなり、白夜の表情が笑みになる。
「乗れ。乗せていってやる」
「あぁ!」
背を向ける白夜にノインは焦るように乗った。
シャナはノインに近寄る。
「これ。渡すんでしょ?」
シャナが手渡したのは先程ノインがシャナに預けた小袋だった。
「ありがとう」
諦めていた事を今一度心に決めてそれを受け取った。
嬉しそうにシャナは微笑む。
「エリク、きっと待ってるわ」
口ではそうとは言わないだろうけど。
頑張って、ノインを励まして送り出す。
白夜はダンガンに少し頭を下げてからノインを乗せて森の中へ姿を消した。
白夜の行為にダンガンは周りに気付かれないように苦笑する。
「頼んだよ」
もういない背中に向かって呟いた。
大樹に背を預け、エリクはもう何度も見たあの場所をまた見つめる。
あそこ―――この場所、森の中に存在するこの大樹のある小さな空間に入る場所にある木の後ろ―――そこに、まだエリクが村に馴染めていない頃ノインがいた。
変な人間―――初めの印象はそうだった。
自分の傍にくるなんて…
馬鹿なのか、それとも気が狂ってるのか…
本気で思っていた。
しかし、実際あの時ノインに見付けてもらわなかったら今の自分はいなかっただろう。
考えただけでゾッとする。
そう、ノインがいたからこそ今まで過ごして来れたのだ。
「…なのに突然いなくなるんだ」
突然目の前に現れたように…
エリクは力が抜けたように座り込むと膝に額を付けた。
目を閉じてしまおう。
気が付いたら全てが終わっているように。
そうしたら、きっと傷付く事も少ないだろうから…
エリクは固く瞳を閉じると、意識を沈ませた。
「―――」
声が聞こえる。
目の前には何かの気配。
ああ、ヤバい…
まだ起きてない脳でとっさに考え、剣を取ろうとして止めた。
殺気ではなかったからだ。
「―――ク、エリク」
聞こえてきた音が自分の名前だと分かった。
呼ぶ声は随分聞き慣れた音。
誰だったか…
動きの鈍い脳を必死に働かせる。
あぁ、そうだ…
会いたくて、会いたくない人間…
エリクは膝に埋めた顔を上げる。
逆光で目を細めた。
考え通りの人物がそこにいる。
エリクに、手を差し出して。
「なんでお前がここにいるんだ?…ノイン」
今にも泣きそうに、それでも何とか笑って見せてエリクはその手を取って立ち上がった。
ノインは立ち上がる体を支える。
「時間をもらったんだ。だから白夜に連れてきてもらった」
会えずに別れるんじゃないかと思ったと、ノインの声は震えていた。
その声に思わず視界がぼやける。
「…っ…ノイン…私、私は…」
会いたくなかった…
言葉を飲み込んで涙を落とす。
会いたくないなんて嘘だから…
一瞬でも会いたかったから…
「ノイン、お願い…何時か、何時かまた…」
泣きながら、鳴咽を堪えながら言葉を紡ぐ。
「エリク」
その言葉を、名前を呼ぶ事で止める。
顔を上げるエリクに懐から小袋を取り出して、手に乗せた。
「…これ?」
「開けて見て」
首を傾げるエリクに微笑むノイン。
素直に紐を解いて中身を掌に出す。
「―――これ…っ!」
驚いて目を開くエリクの中指にノインは出てきたあの、行商人から買った指輪を填めてやる。
「5年…5年待ってくれないか?5年経ったら俺は大人になってる。エリクの傍にいても恥じないような、エリクを守っていけるような大人になってるから…その時必ず迎えに来るから…だから…」
「…長いね」
緩い指輪を落とさないように大事に握り締める。
「すぐだよ。すぐだから」
「…うん」
ノインの手に絡まる翠の石が付いた紐を解き、首に掛けてやる。
そのまま背伸びをして首に手を絡めた。
「待ってるから…ずっと待ってるから…だから約束だからね…?」
「…あぁ」
首に当たる暖かい滴を感じながら、ノインはエリクの背中に腕を回した。
姿が見えないように、声が聞こえる事のないように、白夜は木々の間に身を沈める。
どうか、幸せになって欲しいと…
ありし日の人を想いながら願う。
ガサリと茂みが揺れたのにダンガンは警戒を強めた。
しかし知った気配に緊張を弛める。
「話し合いはどうやら終わったようだな」
「ご迷惑おかけしました」
腕を組むダンガンの姿に、白夜の背から降りたノインは頭を掻いた。
すぐ後ろでエリクも白夜の背から降りる。
「悪かったな、エリク。うちの馬鹿息子が迷惑かけて」
「いえ」
意地悪く言うダンガンにエリクは小さく笑って首を振った。
ノインはばつの悪い表情を見せる。
「どうせ馬鹿息子だよ」
口調はいじけていた。
周りから吹き出す声が静かに聞こえてくる。
ムッとしてノインは睨むがたいして効果はない。
そんなノインを笑いながら、エリクはダンガンに向いた。
「今までありがとうございました。道中気を付けて下さい」
「ああ。元気でな」
「皆さんも」
差し出される手をエリクは軽く握る。
握り返してダンガンはエリクの頭を撫でた。
「では、行くか」
どちらともなく手を離し、ダンガンは待つハンナとアルマに、そしてノインに声を掛けた。
「元気でね、エリクちゃん」
「何時か会えるのを楽しみにしてるわ」
ハンナとアルマがそれぞれエリクに声を掛けるのに、エリクは頷く事でそれに応えた。
ノインは一度家族を振り返ってからエリクに向く。
「…約束だからね?」
何とか笑う、なんとも寂しそうな表情を浮かべながら指輪の填った手を差し出すエリク。
握手のつもりなのだろう。
しかしノインはそれを分かっていながら握手はしなかった。
手を取って中指に填る指輪に唇を寄せる。
「―――っ!」
「あぁ、約束だ」
名残惜しそうに唇を離しながら微笑んで、ノインは自らの首に掛る翠石を指で叩いた。
真っ赤になったエリクは文句を言おうと口を開くが、理性で言葉を飲み込む。
指輪を片方の手で握り締め、代わりの言葉を吐き出す。
「…待ってるから」
「あぁ」
表情を赤くしたまま囁くように言った言葉に微笑んで、ノインはエリクの頬に触れて離れた。
家族の下に戻り、村人達の方を振り返る。
「じゃあな!皆元気で!」
全員がダンガン達に手を振った。
ノインがエリクの姿を捉えると、エリクは小さく手を振る。
それはダンガン達の姿が見えなくなるまで続いた。
「大丈夫。また会えるから」
だからもう、泣かないよ。
日が落ちる。
周りの木々が黒く染まっていく。
ダンガンは辺りを見渡してから少し開けた場所を見付けると、そこで馬を止めた。
「今日はここで休もう。まだ先は長いからな」
少しの荷を降ろしながらダンガンは告げる。
「やっと休めるのねー!」
伸びをして嬉しそうにアルマは顔を綻ばせた。
ノインも疲れた表情を見せながら木に持たれ掛った。
ハンナは食糧を取り出して食事の支度を始めている。
その横を通りすぎ、ダンガンはノインの隣に座った。
「お前に話しておかなければならない事がある」
「何?」
「…お前の事だ」
家族以外誰もいるはずはないが小さく声を落とす。
「俺の…事?」
自分が一体何だと言うのか?
ノインは首を傾げる。
ダンガンは一度大きく息を吐き出すと意を決したように口を開いた。
「ノイン…お前には名前は『ノイン』だけとしか教えてなかったが、続きがあるんだ」
「…どういう…?」
「お前の名前は―――」
「な―――っ!どういう意味だ…っ!?」
辺りを急激に包む殺気にノインは立ち上がった。
ハンナは火を消す。
暫くして草陰から何かの唸り声が響いた。
闇色をした魔物―――
自らの足元を埋め尽すかのようなその数。
鋭い牙を剥き出しに、その間から涎を滴らせ地面を濡らしている。
白い目玉はどこを見ているか判らないが、ダンガン達を見ている事は雰囲気で判った。
「…アルマ、ノインを連れて逃げろ」
ダンガンよりも前で魔物と対峙するアルマを呼び寄せて命令する。
アルマは少しずつ後退さりすると隣に見えたノインの手を引いた。
「な―――!?姉さん!?父さん!母さん!?」
「あなた達だけでも逃げるのよ」
この数では逃げられないと悟ったのだろう。
「生き延びろ」
ダンガンとハンナは一度振り返り、ゆっくりと微笑むと、それから二度とは振り向く事はなかった。
「嫌だ!俺も残る…!父さん!母さん!」
だが、アルマに手を引かれているせいで戻る事も叶わない。
「お前は生き延びなければならないんだ」
最後に言い放たれた言葉。
何故―――?
「ノイン!早く…っ!」
その疑問の答えが、この後ダンガンの口から聞かされる事はなかった。
「ああぁあぁぁあああぁっっっ!!」
アルマの手が冷たく感じる。
冷たさがノインを刺す。
その後の4人の行方を知る者はいない…
年月は過ぎていき、何時しか彼等からの連絡がないまま4年が過ぎ、5年目になろうとしていた。
「後少しね」
シャナは見張りに立っているエリクを仰いだ。
「そうだな」
隣に座る白夜の頭を撫でながらエリクは頷く。
「彼奴なら大丈夫だろう。きっと元気にやってるさ」
あの時から便りない彼等の事を思うエリクに気遣ってソウルはそう言った。
「約束したんだろ?彼奴は必ず約束は守るさ。特にエリクとの約束ならな」
同じくテーベーも、しかし冗談めかして言う。
その言葉にエリクは小さく笑った。
「私なら、大丈夫だ。信じてるから」
今だ肩までの青銀の髪を掻き上げながら微笑むと、後ろで動く気配がした。
「俺に紹介してくれよ?何時もエリクが言っている人物、俺も早く会ってみたい」
「カイン」
呼ばれた男、カインは村の入り口から見える彼方の道を見つめる。
「楽しみだな」
「あぁ」
エリク達もそこに視線を向けた。
あそこから、来るだろう人物に思いを馳せて…
歯車が音を発てて動き始める。
他のもまた、命を吹き込まれたかのように動き始める。
彼等の運命の歯車もまた、今動き始めようとしていた。 END
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