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紫色の月光
第六話「ダークネス・アイ」
その時、カイト・シンヨウは床に倒れこんでいた。連邦に捕まり、逃げ出す決意を固めたのだが、まるでタイミングを計ったかのようにカイトに対する実験はエスカレートしていった。
精神、肉体強化剤を必要以上に飲まされ、時にはよく分からない謎の薬も大量に飲まされたのだ。これで精神を保っていられるのが異常なのだが、生憎カイトはその異常者であった。
しかしそれでも限界はある。
その限界は近づいてきた事にカイトは自身でも薄々と感づいていた。そしてそれはスバル達から見ても明らかであった。
何分この体中の血液が逆流するかのような嫌な感覚が一晩中カイトの身体を襲うのである。このおぞましい感覚の痛みと恐怖は本人しかわからないのだろうが、それでもその苦しみが想像を絶するものなのだと言う事は見ていても明らかであった。
このままではカイトはモタナイ。
そう考えたスバルとユイは自分達の力でカイトを連れて行こうと思った。しかし二人の能力は三人でコロニーから脱出するには余り役に立たない能力であった。
そんな時である。
彼らが入れられている牢屋の入り口に一人の少女と青年がやって来た。
青年が「パチン」と指を鳴らすと同時、鉄格好が変な方向にぐにゃりと曲がった。それを当たり前のように見ている青年はスバルとユイに言う。
「さあ、行くよ。カイトは私に任せたまえ」
青年はカイトを背負い、それから二人に手招きをして牢屋から出て行った。
青年は自らの名前をエリオットと名乗った。その名前は以前カイトから聞いたことがある。スバルとユイはそのまま二人についていった。
「く………降ろせエリオット。一人でも立てる」
するとカイトがようやく苦しみから脱した。彼はエリオットから半ば無理矢理離れると一回深呼吸をする。
「……まさかお前が来るなんて思わなかったぜ。お前がいると言う事はエイジ達もいるのか?」
「いや、今回は彼らは関係ない……といえば嘘になるが、何とも複雑な状況でな」
「こっちが分るように話せ」
カイトが半分苛立った口調で言うと、エリオットはふむ、とだけ言ってコンピュータ室へと入っていった。
「これはお前が……お前達がずっと知りたがっていた正体に関わっている。知る覚悟があるなら付いて来い」
状況がまるで分らなかったが、カイトは黙ってエリオットについていった。そしてその後に少女がついて行く。スバルとユイはどうするか戸惑ったが、こんな所に二人だけ残っても何にもならないと思うのでついていく事にした。
「さて、断っておくが今回の件は私も2ヶ月前に知ったことだ」
「2ヶ月前に知ったことだと? それじゃあ俺達の正体ってのは?」
「軍の中でも一部の人間しか知らない事実だ。それが30年前に計画された『プロジェクト・ジーン」
「『プロジェクト・ジーン』? 聞いた事が無いな」
「さっきも言ったが、これは今の連邦の中でも本の一握りの人間しか知らない。そしてそのプロジェクトの内容がこれだ」
エリオットは大画面の前のキーボードを操作する。すると画面に一つの映像が映し出された。
そこにはプロジェクト・ジーンについての事が書かれている。
「この画面の見てもらえば分るとおり、プロジェクト・ジーンとは『人型大量殺戮破壊兵器』の実用化計画だ」
エリオットが言った言葉に3人は絶句した。それはつまり自分達が『軍に作られた人型兵器』なのだという事実を突きつけられたと言う事なのだ。
「ちょ、ちょっと待て! 俺には親父がいたんだぞ! それはお前だって知ってるだろうが!」
カイトは珍しくうろたえながらエリオットに言う。エリオットはカイトと共に、彼の父であるアサドが殺された所を目撃している。だからこそカイトはこの事実に納得が出来なかった。
「アサド・シンヨウは確かにお前の父親とも言える人物だ。何と言ってもこの人型兵器、ジーンを作り上げた一人だからな」
「何だと!?」
「しかしアサド・シンヨウは同じくプロジェクト・ジーンに関わっていたユウジ・カミトリと共に軍から脱走。作り上げた30人のジーンを逃がし、自身には最初に作られた二人のジーン。カイト、お前とお前が今でも探しているソウマ・カミトリの二人を連れ去って火星に落ち着いたのだ」
その作られたジーンは全部で30。作られた順番にナンバーが振り分けられ、ナンバーの数が小さいほど強い証である。
カイトはナンバー1
ソウマはナンバー2
スバルはナンバー30
ユイはナンバー16
シデンはナンバー4
エイジはナンバー7
エリオットはナンバー21
作られた30のジーンの中にはカイトが知っている名前がいた。この面子全員が作られた存在なのだ。
「……ジーンが作られた目的は『人型の大量殺戮兵器』だ。その身体能力は人間離れ、そして一人一人に不思議な能力が備わっている。カイト、お前が手から電撃を出せるように、な」
それはある程度予想はしていたが認めたくは無かった、最悪の事実だった。
「人型の大量殺戮兵器………それが、ジーン」
「そして俺達やお前等はそのジーンだってのか?」
シデンとエイジはスバルから聞いた話を驚きもしない様子である。
「……驚かないんですか?」
「そうなんじゃないか、と何回か思った事があるね」
シデンは頷きながらスバルを見た。しかしやはりショックの色が驚きよりも多いだけのようだ。流石に自分が兵器だと知ったら誰でもこうなるだろう。人間として少しでも意識した事があるなら尚更だ。
「じゃあ本題、君達の目的は何? あんなに派手にコロニーを破壊するくらいだから相当な事があるんだろう?」
「簡単に言えば二度とジーンの様な兵器を作らせない、と言う事でしょうか。作られたジーンは30いますが、今では半分近くに減ってしまった。その理由がわかります?」
「軍に捕まって、色々と実験させられて最終的に殺された……ってとこかな?」
スバルは黙って頷く。そのまま彼は静かに話を続ける。
「そしてその結果、今の軍は新たな人型兵器、アンチジーンを作り出したんです。そして彼らはそのまま秘密を知った、俺達残りのジーンを抹殺せんが為に活動しているんです」
「抹殺だと!?」
「はい、既にこちらの仲間も何人か彼らの手によって殺されています。彼らの身体能力や固有の能力は驚異的といってもいいです。こちらには彼らに太刀打ちできるジーンが数人しかいないのに対して彼らは10人、それでも戦わないとこっちが殺されるんです」
「新しい戦力が手に入ったから古い僕等はいらない。だから殺してしまえ………これじゃあ子供の玩具じゃないか」
カイトの目的はそのアンチジーンの抹殺とプロジェクト・ジーンに関する資料の消滅。そしてそれに関わって良からぬ事をたくらむ者の抹殺と言う事だろう。
これは復讐と言うよりは自身の生き残りをかけた決戦ともいえる。
そうなればカイトは本気でかかってくるだろう。少しでも手を抜いたら自分が殺されるからだ。
しかも仲間が既に殺されているのなら彼はそれを何倍、何十倍にしてでも返す男だ。目的を果たす為ならどんな手段でも使うだろう。
「………じゃあジーンである僕達を狙うアンチジーンはもしかしてこの艦にもいるんじゃないのかな?」
ふと、シデンは気付いた。連邦に所属している自分達が連邦に狙われていると言う事は、ここに自分達を狙っているアンチジーンがいる可能性があると言う事に、だ。
「ええ、確かにいると兄さんも言ってました」
「おい! じゃあ俺達ピンチなんじゃねぇのか!?」
「ええ、その為にもう一度ここに行ってアンチジーンを抹殺すると兄さんが」
つまり、スバルはこういっているのだ。カイトはもう一度この艦にやってくる、と。
「それじゃあ、もう一つ聞きたい事がある。あのダーインスレイヴやヴァイサーガといい、君達には協力者がいるだろう? それもかなり強力な組織だ」
「正確に言えば『居た』になります。俺達ジーンを保護してくれたのはNS社の社長でして。でも、あの人は……殺されました」
社長、という単語に驚いた二人だったが、驚きはその後に再び訪れた。それも二人が予想だにしない形で、だ。
「因み名前はアルフレッド・ノーザンフィールドと言いまして」
「………ノーザンフィールド?」
はて、何処かで聞いたことがあるような名前だ。それも身近で。
そこまで考えた所で、二人の思考はある人物の姿を映し出した。リーザ・ノーザンフィールドである。名字が同じノーザンフィールドだ。
「ま、まさか………あいつの親父さんってか!?」
そんなリーザは噂をされているとも知らずに格納庫に居た。彼女はヒュッケバインのコクピットの中でダーインスレイヴの映像を何回も見ていた。
近・中・遠距離全てがあの機体の攻撃範囲だ。しかもパイロットの戦闘レベルは並じゃ無い。悔しいけど、自分では勝てそうにも無かった。
「コロニーを一発でぶっ飛ばすような奴だしねぇ………」
そんな非常識相手にどう勝つというのだろうか。少なくとも自分では見当もつかない。
「………凄かったなぁ、本当に」
目茶苦茶とはいえ、確かにその強さは凄まじい物だ。何をすればあんなに強くなれるのか是非とも聞いてみたいものである。
(確か………あの時少尉はカイトって言ったけ)
カイト、その名前は前にシデンから聞いたことがある。過去に『ハゲタカ』と呼ばれ、人々から恐れられた殺人鬼である。
J2コロニーの件で一度カイトを見たのだが、イメージとは違って随分と美形で、そして何とも言えない黒い空気の持ち主であったと彼女は記憶している。
「そーいえばこのヒュッケバインってあの人が整備してたんだっけ。よっぽど好きなのね、これが」
「ああ、その通り」
すると、何処からか男の声が聞こえた。
「ヒュッケバインは大好きさ。―――――俺の大事な相棒だからね」
ふと見ると、何時の間にか彼女の隣に、何故か般若の面をつけたカイトの姿があった。
「いやはや、まさか先客がいるとはね」
「―――――――え?」
一体何時の間に、いや、そもそもどうやってこんな所に?
リーザの頭の中はもうパニック状態であった。
「あのー、リーダー。幾ら好きだからと言っても何時までも此処にいるわけには……」
「分ってる、行くぞ!」
よく見ると彼の横には赤髪の少年とエメラルドグリーンの髪の少年の二人がいる。つまりは先ほどまでコクピットはすし詰め状態だったわけである。
それならますます疑問である。どうやっていきなりヒュッケバインのコクピットの中に――――それも三人で一瞬にして出現したのだろうか。
その理由は赤髪の少年――――カイトと同じく何故か般若の面をつけているガレッドのジーンとしての能力である。
簡単に言えばそれは『テレポート能力』である。
その場所をイメージして、少々集中するだけで彼は簡単に瞬間移動することが出来るのだ。勿論、今回のように複数の生命体を連れて移動する事も可能である。
しかし『場所をイメージ』すると言う事は移動する場所を知っていなければ可能ではない事だ。ガレッドはこの艦に一度も来た事が無いし、ヒュッケバインのコクピットの中に入った事すらない。
それを可能にさせたのがエメラルドグリーンの髪の少年――――こちらも何故か般若の面をつけているトリガーの能力である。
彼の能力は簡単に言う所の『記憶のデータライブラリ』だ。
一度触れた相手の記憶をそのまま共有する事が出来、それを他人に見せる事も可能である。
つまりこういうことだ。
以前この艦に整備員として潜入していたカイトの記憶をトリガーが自身の能力を使うことによってガレッドに渡し、彼の能力でそのままヒュッケバインのコクピット内にテレポートしてきたのだ。
流石に一瞬にして内部に潜入されたら潜入された側としては混乱する物だ。
「だ、誰だ!?」
「邪魔だ!」
艦内の連邦兵は銃を持っているが、カイトは動じない。今の彼は銃弾が放たれた後でもそれを回避する事が出来るほどの身体能力と動体視力を持っている。
しかし流石にここまで常識離れした身体能力は後ろの二人にはない。だからカイトはそれこそ弾丸の如くのスピードでこちらにマシンガンを構える連邦兵を『殴った』。それだけで連邦兵は簡単にノックダウンされてしまう。
今回の彼の目的は此処に潜むアンチジーンの抹殺とスバル救出の二つである。はっきり言うとそれ以外は今の所邪魔でしかないのだ。
「リーダー、このT字路を右です!」
「OK」
スバルを見つける事は簡単に出来そうだった。何故ならトリガーはスバルの記憶を見ながら彼のもとに向かっているからである。それは探している張本人からの直接メッセージの様な物なのだ。
しかし、ここで『お邪魔な10人のうちの1人』が3人の前に立ちふさがった。
「………操舵士のチェン・ルイフォンか。もしくはアンチジーンナンバー7とでも呼ぶか?」
「ふん、正体に気付いているなら何で攻撃してこなかったんだ?」
「J2コロニーのジーン資料の抹消が最優先だったからだ。ま、ナックが出てきたのには驚いたけどな」
「そうか、貴様ナックを殺したのか」
チェンは真っ直ぐカイトを睨みつける。するとカイトはチェンを目掛けて疾走した。そのまま掌でチェンの顔を掴み、思いっきり壁に叩きつける。
「二人とも、こいつは俺が殺す。お前等は先に行け―――――気をつけろ、艦内にはまだ何人かいるぞ」
殺す、と言う単語を発した時にガレッドとトリガーはカイトから言葉に出来ない不安と恐怖を感じた。それだけカイトが本気だと言う事である。
「分りました、では!」
「逃さん!」
二人が走り出したと同時、チェンは素早く起き上がってから疾走する。しかし彼の前にはカイトと言う壁が存在していた。それはやたらと攻撃的な壁である。
「俺が殺すって言ったろ?」
カイトは右のストレートをチェンに腹部に叩き込む。
強烈な一撃は相当なダメージで、チェンは思わず口内からこみ上げてくる物を堪えきれずに吐き出してしまった。
「くっ……! まさかジーン最強の男がここまでとは……」
チェンは何とか体勢を立て直す。すると、今度は更に速いスピードでカイトに向かって走り出した。
シデンとエイジは艦内の異変に気付いた。
次々に聞こえる銃声で『何かある』と思わない方がおかしいのだが、その原因は大体わかっている。
スバルから聞いた話が本当だとすると、カイトが此処に来ているのだ。そして今、相変わらず大暴れしているのだろう。
「暴れるとなるとかなり凶悪だぞ。下手したら艦の人間がもう何人か殺されてるかも……」
「彼は容赦が無いからね……敵だと判断したら女子供関係なしだから」
「……兄さんってそんなに恐いんですか?」
スバルが何気なく聞いた一言に二人は反応した。
「……恐いも何も、あいつを怒らせて生きて帰ってきた奴なんていないぞ。アンセスターのマシンナリー・チルドレンやシャドウミラーのヴィンデル・マウザーなんかがいい例だな」
「でも、家では結構面倒見が良くて、皆から便りにされてますけど? それに近所付き合いも結構いいですし」
流石にこの言葉には驚いた。ひょっとするとあの男は心を許した奴には徹底的に見方を変えてくるものなのかもしれない。
何分、甘えたい時期に甘えられなかった経験があるためか、彼は妙に恐いと言う印象がある。最初から親がいなかったらまだ諦めがついていたかもしれないが、6歳の時まで親と呼べる存在があったのだから尚更だ。
もしかするとカイトは温かい家庭が、ずっと欲しかっただけなのかもしれない。
エイジとシデンがそう考えていると、背後から声が聞こえてきた。
「おや、何とこんなタイミングにジーンが同じ場所で3体もいるとは」
振り向くと、そこにはフィティング艦長。ノアロ・ロイザーの姿があった。
「その単語が出てくるって事は……貴方は!」
「イツキ君。君は優秀な部下だったが、生憎これも我々が作られたときから預かっている『命令』なのだよ。――――悪く思わないでくれたまえ」
「残念ですけど、こっちは命令どおりに死ぬ気は無いんです」
そういうとシデンは、上官に銃を向けた。
チェンの両手には何時の間にかナイフが握られていた。そのナイフは光の孤を描きながらカイトに襲い掛かる。しかし、
「遅いな」
カイトはチェンを挑発するかのようにズボンのポケットの中に両手を突っ込んだ。その状態のまま彼は次々に襲いかかってくるチェンのナイフ攻撃を軽く回避していく。
「どうした、早いところ能力を使え。素のお前では俺には勝てんぞ?」
「そうか、なら―――――後悔するなよ!」
すると、チェンはナイフを持って再び突進してきた。カイトは「またか」と言いながらも回避行動をとる。しかしその瞬間、本来ならありえない『三回目のナイフ攻撃」が来た。
「何!?」
その一撃により頬を裂かれながらもカイトは後退していく。彼はチェンの異常な姿に思わず舌打ちを打つ。
「お前もナックと同じ、獣化能力か。―――――しかし、蛇手男の次は蜘蛛か」
今のチェンの腕の数は6本。足の数を入れたら合計で8本の手足があることになる。それは正に蜘蛛の人間版なのだ。
「くっくっく……覚悟しろ」
チェンは笑みで顔を歪ませると、そのまま再び疾走を開始する。そのスピードは先ほどまでとは比べ物にはならない。
(速い!)
カイトはそのスピードに思わず舌打ちを打つと、自身は右手に真紅の刀を構える。『紅蓮血鳥』と呼ばれるその刃は構えられると同時に、チェンの六連続攻撃を迎撃する。
しかし流石にナイフ六本を刀一本で迎撃するのはキツイ。しかも向こうの身体能力は先ほどとは比べ物にならないほどにアップしているのだ。
(さっきとはまるで別人だな。流石に獣化能力だ)
するとカイトは一旦チェンから距離をとった。その右手に持つ真紅の刀はそのままの位置に存在するが、左手には何もない。
「では、少々本気をお見せしよう」
するとカイトは左手に柄を持った。その先の刀身は真紅ではなく銀色である。
俗に言う、二刀流という奴だ。
「行くぞ!」
シデン・イツキは上官――――いや、自身を狙ってくる敵に対して銃を向けている。このノアロには何度か世話になっているが、彼がこちらを敵と認識しており、尚且つ命まで狙おうと言うのならシデンは遠慮なく引き金を引くつもりでいる。
「おやおや、そんな事をしてもいいのかな? 艦長の私、いや私以外のクルーを撃ったとしても君はもう此処にはいられないのだよ?」
「構いません。だって僕は死にたくはありませんから」
するとノアロの後方に一つの影が出現した。それはまるで映画にでも出てきそうな人間サイズのカマキリである。人食いカマキリとでも名付けられそうな化物はノアロに言う。
「おい、俺にやらせろよ。ナンバー7はカイトとやってるんだ。俺にも楽しみをくれ」
「楽しみをくれ、という割にはやる気満々ではないかね。――――ま、いいだろう。幸い向こうは三人もいるわけだからね」
ノアロからの承諾を得たカマキリ男は両手の鎌を不気味に輝かせながら室内に入り込んでくる。彼が着ている服装には名札がついていた。
その名札には『バーシャル・レーザン』とある。
バーシャルはこの艦の通信士の男だ。普段から真面目な彼にはその内ラーメンでもおごってやろうか、と思っていたのだが流石にこんな形で裏切られるとは思ってもみなかった。
「どけ、シデン。俺が相手をしてやる」
すると、シデンの前にエイジの巨体が現れる。彼が目の前にいるカマキリ男を睨みつけると同時、そのカマキリ男―――――バーシャルがエイジに切りかかってきた。
「一つ言っておく。俺はお前の事が嫌いじゃなかった」
しかしエイジはそれをかわすと同時、バーシャルの懐に素早く入り込む。そのまま彼はカマキリ男にアッパーを繰り出した。
鈍い音がしたと同時、バーシャルは顎に強烈な一撃を受け、そのまま後方に飛ばされる。が、エイジはそのまま再び右ストレートと叩き込むべく突進していく。
「俺のパンチは痛いぞ!」
右ストレートがバーシャルに向かって真っ直ぐ繰り出される。しかしそれを遮るかのように『人間の手』がエイジの胸に当たる。ノアロの手だ。
「そうだね、君は恐竜の遺伝子が使われているためかやたらと怪力だ。確かに私たちでも君の怪力には敵わないだろう。だが、力では私には勝てない」
ノアロの表情が不気味な笑みで歪んだ。と、同時。エイジは言葉にならない痛みと衝撃を体中に受けた。
その痛みに堪えきれないエイジは口内から血を吹きながら倒れこむ。
「このノアロの能力を特別サービスで教えてあげよう。私はバーシャルの様な獣化は出来ないが、しかし確実に敵にダメージを与える事が出来る方法をもっている。『臓器への直接攻撃』だ」
「くっ!」
倒れたエイジを見たシデンはノアロに発砲する。しかしノアロはそれを超高速のスピードで回避した。
「我々に銃なんて通用しないよ、イツキ君。私たちアンチジーンは銃弾が発射された後でも十分にかわすぐらいの身体能力を持っているのだよ」
それを聞いたシデンは「にやり」と笑った。彼は銃を捨てると、次にナイフを取り出す。
「それなら直接斬りつけるコイツの方がよっぽど効果があるってわけですね」
「君に出来るのなら」
出来るか出来ないか、そんな問題じゃない。やるしかないのだ。でないと問答無用で殺される。
「おや、イツキ君。1対2で我々に勝てるつもりでいるのかね?」
「いや、流石に二人で一緒に来られたら面倒です。残念ながら、僕一人では無理です、けどね」
シデンが続きを言う前に、バーシャルに向かって何かが猛突進してきた。エイジのアッパー攻撃から起き上がろうとした彼はその存在に気付くのが遅れてしまい、正体に気付くのに数秒かかった。
「味方はもう一人います。僕の友達の、そして僕の弟とも言える、スバル・シンヨウ君が……!」
「そー言う事! 忘れられてるっぽいけどね!」
スバルの能力は『足が速くなる』。ただそれだけである。その為、30もの数のジーンの中でも最弱の位置に立たされることになったのだが、そんな能力もいざとなれば結構役に立つ。
「脚力強化の蹴りは地味だけど痛いんだよ!」
スバルが吠えたと同時、バーシャルは素早く起き上がってからきらりと光る鎌をスバルに向けた。
カイトが持つ真紅の刃と銀の刃が次々と交差していく。
チェンはその交差スピードに驚きながらも後ろに後退していく。あの連続斬撃を一度でも受けたらそのままバラバラにされるからだ。
「切る! 斬る! KILL!」
カイトは左手に握る銀の刀、『白銀狼牙』と右手に握る『紅蓮血鳥』の振るうスピードを緩める気配はまるでない。
寧ろスピードはドンドン増している。
(くっ! このままでは……!)
チェンは内心焦っていた。まさかカイト・シンヨウがこれほどにまで強いとは思いもしなかったのだ。少なくとも、獣化した自分では歯が立たない。
彼に勝てるのは、恐らくは自分よりもランクが上のアンチジーンの3人だけだろう。特にナンバー1,2の2人なら彼に絶対に勝てるはずだ。
チェンはそう考えたが、今の状態では彼は確実に殺されるだろう。
悔しいが、今の身体能力ではカイトには勝てない。しかしそれはあくまで「身体能力」の話だ。
ナックはただ身体能力が強化されるだけの獣化だが、彼は違う。蜘蛛男なりの特殊な技を持っているのだ。
「食らえ!」
「!?」
チェンは口内から『蜘蛛の糸』を吐き出した。至近距離でマトモに受けてしまったカイトは回避する事が出来ずにそのまま動きを止められてしまう。
「くそ!」
手足を動かそうとするが、粘着性が非常に強いそれはびくともしない。カイトに絡み付いている粘着糸は逆に絡まっていく一方だ。
「ナックと一緒にするなよ。俺はナンバー7、ナンバー10とは格が違うんだ」
チェンは得意げに言うと、ナイフを振りかざす。お遊びは無し、一撃でカイトの顔面を突くつもりだ。いかに再生能力を持つカイトと言えども心臓や脳をやられたら死んでしまう。
しかし、
「なら、こっちからも言ってやる。俺はジーンナンバー1だ。他と一緒にするなよ、クズが」
カイトが言ったと同時、彼の左目の漆黒の瞳が怪しく光りだした。
「邪眼、発動」
彼が静かに言ったと同時、左目が闇色の漆黒に生まれ変わる。それには憎悪と殺意が、憎しみと悲しみが全てを飲み込んでしまいそうに渦巻く強大さがあった。
「あ、あ………あああああああああああ!」
それを見たチェンは思わず腰を抜かして倒れこんでしまった。その表情は明らかに『恐怖』という感情が支配している。
「感じるか? 俺の左目に宿った、邪眼の恐ろしさを……俺でもたまに震えるくらいだからな……」
カイトは不気味な笑みを浮かべると、すぐにチェンを睨みつける。
「邪眼のエネルギー源は簡単に言う所の『負の感情』だ。俺やお前は勿論、全ての生き物の怒り、悲しみ、妬み、そういう負の感情が全て、この邪眼には詰まっている。しかもな、そられは永遠に尽きる事はない。そういう意味ではこの邪眼は天然の永久機関といえる!」
しかしそんな邪眼にも欠点が存在する。使用後には頭痛と吐き気の凶悪なダブルコンボが襲ってくる事だ。故に、こういう生身での戦闘ではあまり使いたくないと言うのがカイトの本心である。
元々、ジーンは自身の能力を使う事には何のリスクも負う事は無い。しかし完全戦闘用として作られたカイトを初めとするジーンナンバー1から10までのジーンは違う。カイトの場合は電撃が手から放出されるのだが、彼の場合はその電撃は永遠に止める事は無い。故に彼は普段は黒の手袋をつけることによって周囲に被害を与えないようにしているのだ。
ダーインスレイヴの動力源も実を言えばこの邪眼なのだ。つまりダーインスレイヴは邪眼が発動していない時は動く事さえ出来ないただのポンコツと化してしまうのである。
倒れこんだチェンの目の前に黒い渦が生まれていく。それはまるで、
「ブラックホール!」
黒い渦は止まることなく、勢いを増していく。それはチェンと言うゴミを吸い込む為にカイトが用意した掃除機のように見える。
「ほらほらぁ、さっさと逃げないともう二度と出て来れないよ?」
カイトは先ほどから黒い渦から逃れようと逃げているチェンを見て笑っていた。それは正に下等生物でも見るかのように見下す目であった。
性格がかなり変わったように見えるのだが、そもそもカイトが精神不安定になった理由は邪眼にある。
全ての生物の負の感情を自身のエネルギーに変える邪眼は確かに凶悪な永久機関だ。しかしカイトはそれを全てまともに自分の身で受け止めているわけである。いかにジーンとはいえカイトは全てにおいて万能なのではない。精神面で常に邪眼のプレッシャーと戦いながら日々を過ごしているのだ。
「ひっ……!」
チェンは迫ってくるブラックホールから必死になって逃げようとするが、足が宙に浮き始めてきた。そのままゆっくりと、六本腕の男は黒い渦の中に吸い込まれていく。
「アバヨ、蜘蛛男………これで、後8人」
カイトが冷たい声で言うと同時、蜘蛛の糸が光の粉となって霧散した。それはチェンの消滅を意味するものである。
「この艦にいるのは後3人……早いところ始末しないとな」
襲い掛かってくる吐き気と頭痛に耐えながらもカイトは歩き出す。次の敵を『消す』為に。
第七話「マリオネット」
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