「タントラ・ヴィジョン」(上)
サラハの王の歌を語る Osho 1996/10 UNIO 改訂再版 「サラハの歌」2006/6
講話1977/4 Poona/India
サラハは仏陀よりおよそ2世紀後に生まれた。彼は枝分かれした一方の枝の直系だった。ひとつの枝は、マハーカーシャッパからボーディダルマへと伝わり、禅が誕生した。その枝はいまも花に満ちている。もうひとつの枝は、仏陀から彼の息子であるラーフラバドラ、ラーフラボドラからシュリーキールティからサラハ、そしてサラハからナーガルジュナへと伝わっていった。これがタントラの技だ。それはいまもチベットで実を結んでいる。
タントラはチベットを改宗させた。そして、ボーディダルマが禅の祖師であるのと同じように、サラハはタントラの祖師となった。ボーディダルマは中国、韓国、日本を征服した。サラハはチベットは征服した。
p11
本はさまざまな意図でつくられている。記録、宣伝、表現、情報、その他、一応に「読書」という形で並べていくのはどうかと思うが、「読書」として異質なものを容易に並べてしまうことができるのも、本というものの魅力でもあるだろう。Oshoの本もまた、本という範疇に入れてしまっていいのかどうか悩むが、じゃぁ、それ以外どのような範疇を考えるのか、と問われれば、これと言って名案はない。
サラハはタントラ・ヴィジョンの祖師だ。それはとほうもなく重要だ。人類の歴史の上でも、とりわけ現在という時点においては---。なぜなら、新しい人間が生まれ出ようとして奮闘し、新たな意識が扉をたたいているからだ。そして来るべき世界はタントラのものになるだろう。というのも、もはや二元的な姿勢が人の心をとらえることはできないからだ。
p13
私にとっては、この部分を読むことができただけで、この本を読む目的のほとんどが達成されてしまった、とさえ感じる。
「サラハ」とは美しい言葉だ。それは「矢を射し者」という意味だ。「サラ」とは「矢」のことで、「ハ(ン)」とは「射た」という意味だ。「サラハ」とは「矢を射し者」という意味になる。彼がその女性の行為、その象徴的なしぐさの意味を悟り、その女性が与えようとしたもの、示そうとしたものを読み取って解き明かしたとき、彼女はうれしそうだった。彼女は踊りあがって彼を「サラハ」と呼び、そしてこう言った。「さあ、今日からあなたはサラハと呼ばれることになることでしょう。あなたは矢を射たわ。私の行為の意味を理解して、あなたは射ぬいたのよ」
p28
Oshoの手にかかると、すべての道は黄金とダイヤモンドに満ちた、バラや蓮の花々に囲まれた天国のような世界へと様変わりする。タントラの行者たちが火葬場でしゃれこうべを隣に愛を交わす時、そこにどのような世界が展開されていたのだろうか。
もし愛に魅かれるなら、シヴァがあなたを魅きつけるだろう。「ヴィギャン・バイラヴァ・タントラ」があなたのタントラバイブルになる。もし瞑想に魅かれるなら、サラハがあなたを魅きつける。それはあなたしだいだ。どちらも本物だし、どちらも同じ旅へと向かっている。どちらと旅したいのか、それはあなたの選択による。
あなたがひとりで至福に満ちていられるなら、そのときはサラハだ。ひとりでは至福に満ちていられないなら、関係することではじめて至福がおとずれるなら、そのときはシヴァだ。
これがヒンドゥー・タントラと仏教タントラのちがいだ。
p59
ここでOshoは簡単にこう言い切ってしまう。明瞭でありつつ、明瞭でありすぎるとも思う。しかし、こう断定してしまうことによって、本来、愛や瞑想の道が、本の中に留められているものではなくて、生きている私自身が生きていく道なのだ、ということを思い出させてくれる。うろうろ迷っているときではない。
タントラとは、あなたをもっと意識的にする努力だ。「タントラ」という言葉そのものが、気づきの拡大を意味している。それはサンスクリットの「タン」という語根から派生した。「タン」とは拡大を意味する。タントラとは「意識の拡大」という意味だ。そして理解すべき根本的な事実、もっとも基本となる事実は、人はすっかり眠りこけているということだ。人は目覚めなければならない。
p204
この本の元となっている講話は1977年4月のプーナにおいて10日間にわたって行なわれている。そして、それに続く5月の10日間のタントラ講話も一冊の本となっている。
「タントラ・ヴィジョン2」
に続く
GATI チベット文化圏 2007.05.13
西蔵回廊 カイラス巡礼 2007.05.13
チベットの民話 2007.05.12
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