ビジネス便利屋兼ライター 永嶋信晴のブログ

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2008年05月24日
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 花粉も飛ばなくなって、ウォーキングにはいい季節になったと喜んでいたら、一気に気温が上がってきましたね。

 また今年も、地球温暖化の影響を骨身に感じるシーズンが到来っすか。

 今のうちに、たくさん歩いておかねば…。

 と、毎年思うものの、暑くなってからも歩き回っているのですが…。

 さて、今回行ったのは江東区にある亀戸。

 当然何度か来ているのですが、亀戸天神など駅の周辺がほとんど。地図を見ていて、隣接する墨田区周辺にも見所がたくさんあることに気付きました。

 まだ行ったことがない場所も多いので、これは行くっきゃない、と…。

 ちょうどテレビで、亀戸天神の「藤まつり」も開かれていると聞きましたし。



 一見して、「藤まつり」へ向かうとわかるお年寄りのグループも多いような。

 オイラはそれだけがメインではないので、北口から歩き始めます。

 まず目に留まったのが、駅前公園にある亀のモニュメント。

亀のモニュメント


 亀戸だから、亀っすか。

 だけど、この土地の亀にまつわるネーミングがかなり古いみたい。

 昔、この辺一帯は、亀ノ島と呼ばれる海上の島だったとか。

 江戸幕府がおかれる前は、都心部は海だったとよく知られていますが、島もあったのですね。

 佃島は今でも島だとわかりますけど、この辺りはまったく見分けがつかないっす。

 何でも、古墳時代や石器時代の遺跡もあるのだとか。

 それはともかく、やがてこの島に亀村という村ができ、村にあった亀ヶ井という湧水が有名になった。

 その後、亀村と亀ヶ井が混ざって亀井戸村になり、井がなくなって亀戸になったらしい。



 それにしても、親亀の背中に小亀、そのまた背中に孫亀を乗せた形は珍しくないのですけど、三匹とも甲羅から羽が生えている。

 作者の意図がわかりませんが、ガメラとラドンが合体した新種の怪獣をイメージしたものだろうかと考えました。

 ガメラは大映だから、ラドンではなくギャオスかもしれませんが。

 その後ろにある塔が、荒川の水位を示したモニュメントらしい。現在の荒川の水位と過去水害を起こしたときの水位が表示されておりました。

荒川の水位を示したモニュメント


 かつて洪水で、オイラの身長をはるかに上回るところまで水が来たなんてとても信じられませぬ。



亀戸銭座跡


 江戸時代、この場所で寛永通宝を鋳造していたのですね。

 寛永通宝がなじみのない方は、銭形平次が投げる銭をここで作っていたと言うほうが、イメージがわくでしょうか。

 『銭形平次様御用達』の幟が立っている町工場をイメージしましたが、平次親分は架空の人物なのでした。

 川沿いをさらに進み、天神橋の交差点を右折すると、今日のウォーキング前半の注目ポイント、亀戸天神へ到着。

亀戸天神


 さすが、都内随一の藤棚が満開というだけあって、境内は混んでいましたね。

 亀戸天神は、ご存知、学問の神様・菅原道真公をまつる天満宮。江戸時代初期、九州の太宰府天満宮の神官であった道真公の子孫がこの地に創建されたらしい。

 そういえば、思いっきりミニチュアですが、九州の太宰府と雰囲気が似ているような。

 藤の花は、西洋の花みたいにゴージャスではありませんけど、奥ゆかしくて上品な色。

 本来はそれほど目立つ花ではないような気がしますが、境内からこぼれおちんばかりに咲いていると迫力があります。

 太鼓橋の赤と藤色、そして木々の緑が春を実感。

太鼓橋の赤と藤色


 境内には立派な本堂や石碑、史跡があるのですが、このシーズンばかりは藤に主役を奪われた感じがしました。

 ネットで調べたら、日本の絶景ベスト120で、東京からは柴又帝釈天とこの亀戸天神だけがランクインしていました。

 どういう基準で選んだのか調べませんでしたけど、東京が誇る絶景というのは間違いないですね。

 と言っても、それほど広くはないので、ぐるっと境内を三周して次の目的地へ向かいます。

 亀戸天神からすぐのところにあるのが普門院。

 森の中にあるようなお寺で、喧騒から静寂への対比が面白かったです。

 家屋が建て込んだ下町の中でしたが、静かな雰囲気がいいですね。

 ここには、「野菊の墓」で有名な作家の伊藤左千夫の墓がありました。墓地の隅っこの比較的目立たない場所。

伊藤左千夫の墓


 まわりに野菊はないだろうかと探したのですが、思ったより質実で、でも威厳に満ち溢れたお墓ですね。

 普門院を出て、住宅街の中をテクテク歩き、二世歌川豊国の墓がある光明寺、萩寺と呼ばれ江戸時代からの名所であった龍眼寺をまわります。

 墨田区に入って、北十軒川をわたり、住宅街の中に点在する押上公園、文花公園をめぐりました。

 墨田区は、昔ながらの商店街やスーパーが多い下町情緒の残るところですね。

 古い喫茶店の店頭にメニューが掲げてありました。

 何気に見たら、「ほぼブラジル」というコーヒーがあるらしい。

 これはおそらく「ボボ・ブラジル」をもじったものですよね。

 これを渋谷や原宿の街に持っていっても、お客さんは????の反応かも。

 オイラと話が合いそうな人たちの多い街なのだなと思ってうれしくなりました。

 それから、意外と公園が多い。

 小学校や中学校の近くには必ずある程度の広さをもった公園があるのはいいですね。

 小学校時代、家の近くに広い公園がなくて、狭い小道で三角ベースの野球をやっていましたから。

 民家の庭にボールが飛び込むし、近所のおっさんに怒られるし、あまりいい思い出がないっす。

 そんなことを考えながら歩いて、宮前橋公園にたどりつきました。

 その隣にあるのが、すみだ環境ふれあい館。

 ここは読んで字のごとく、環境学習の拠点で、「環境学習室」「雨水資料室」「関野吉晴探検資料室」に分かれているらしい。

 元文花小学校の校舎がそのまま使われているのですね。

 ちなみに無料ですよ。

 雨水資料室は、世界でも珍しいものだとか。小学校の入り口ホールと中庭が使われていました。

雨水資料室


 雨水をタンクにためて、トイレや冷房、草花の散水に使おうという提案ですか。確かに、地球環境が激変しているから危機管理の選択肢のひとつになりますね。

 世界各国の雨水の利用法とか、グローバルな視点で考えられ、なかなか面白かったです。

 オーストラリアだったと思うのですが、雨水をビニールシートにためて集め、殺菌してそのままミネラルウォーターにして売っている会社があるのですね。

 それだけ大気がきれいだということでしょうけど、日本でも、雨の日はみんなが空に向かって口を開けられるようになればいいと思いました。

 小学校の教室を利用した手作りの展示も、学園祭みたいで面白かったです。

 廊下の水飲み場やトイレの小さくて、みんな位置が下にあって、自分もこんなにちっちゃいときがあったのだとノスタルジックな気分にもなりましたね。

 2階は、探検家関野吉晴の探検資料室。

 確か、テレビでグレートジャーニー5万キロという番組をやっていた記憶がありますけど、人類のルーツをたどる旅だったとは行ってみて初めて知りました。

 人類はアフリカで誕生し、その後世界へ散らばって行ったのですか。それを逆にたどる試みでしょうか。

 南米大陸を出発し、中米、北米、アラスカ、モンゴル、ヒマラヤ、西アジア、アフリカと旅した時、その土地にすむ人々を撮ったパネル写真が展示されていました。

 過酷な環境で暮らしていると思うのですが、皆、明るく助けあって元気に暮らしているのがその表情からわかります。

 現在の日本人にカメラを向けて、これだけ明るい表情ができる人がどれだけいるだろうかと考えました。

 暮らす環境に関しては、はるかに恵まれていると思うのですが、恵まれている分、別な部分でいろいろストレスを感じているのかもしれませぬ。

 環境ふれあい館を出て、アフリカの熱帯や極寒のアラスカと比べ、はるかにすみやすい温暖で快適な街を歩きます。

 あずま百樹園、そして緑と花の学習館。公園だけじゃなく、美しい花も多いですね、この街は。

 そういえば、緑と花の学習館なんて、「文花」という町名そのものっす。

 香取神社、東漸寺とめぐり、後半の注目スポット、立花大正民家園へ。

立花大正民家園


 ここは大正六年に建てられた民家を保存、公開しているのですね。

 農家と町屋の特徴を兼ね備えた住宅だそうですが、普通のお宅として建てられたみたい。

 それでも、庭をふくめた敷地が400坪以上あって、延べ床面積は34坪。

 創建当時は4部屋だったみたいですが、どれも6畳以上、10畳間もあってとても広々していました。

 奥座敷には5月人形が飾られていて懐かしかったです。

5月人形


 中にいたのは数分でしたけど、ゆったりくつろいだ気分を味わうことができましたね。

 関東大震災や東京大空襲の大災害を免れて立つ姿に威厳も感じられました。

 民家園を出て、東あずま公園、立花公園でまた藤の花などを観賞し、最後に向かったのは亀戸香取神社。

 社伝によると創建はなんと665年だとか。

 亀戸村の総鎮守で平安時代の中期、関東で起こった平将門の乱を平定した藤原秀郷が、戦勝の返礼として弓矢を奉納して「勝矢」と命名したらしい。

 その古事にちなみ、毎年5月5日に勝矢祭が行われているそうな。また塚原朴伝や千葉周作などの剣豪からも崇拝されたのですね。

 そのようないきさつから、現在はスポーツ振興の神として、多くの参拝者を集めているそうです。

 それはともかく、境内でオイラの目を引いたのは亀戸大根の碑。

亀戸大根の碑


 以前、練馬大根の碑を見に行ったことがありましたが、江戸時代には亀戸でも大根が栽培されていたのですね。





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最終更新日  2008年05月24日 13時43分50秒 コメント(11) | コメントを書く


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