世界で一番愛する人と国際結婚

グレーの街~運命





やがて冬がやってきた。だが、まだ、私がピンと来る人は現れなかった。
パリの空は、毎日どんよりと雲が低くたれこめていた。



職もない、お金もない、恋人もいない。



私ときたら、一体ここに何をしにきたんだろう。



今私が10代の学生なら、こんな思いをしなかったろうに。



私は、もう結婚して子供がいてもおかしくない年齢なのに。



フランス語を勉強したって、将来何かの役にたつわけではないのに。



趣味の留学なら、40代、50代になってからでもよかったのに。



同じ一年間、お金を使って、仕事から離れるなら
イギリスに留学してマスターを取ればよかったのではないか。



例えようもない焦りが生まれていた。



寒いグレーの空の下で、私は鬱病寸前だったと思う。



このままではいけない。
贅沢をしなければ、1年間滞在できるお金は貯めてきた。
長い人生の一年間だけ、リフレッシュするのだと割り切って楽しもう、
また日本に帰ったら、死に物狂いで働けばいいのだ。


せっかくパリに住んでいるのに、私はフランス人と
あまり交流する機会を持てないでいた。
パリに来て3ヵ月後、私はシャモニーのフランス人家庭に1週間ほど
ホームステイをしてみた。


パリ滞在中にスキーをして、用具を捨てて帰ろうと、古いスキー
ウェアやスキー板、ブーツを日本から持ってきていたのだ。


ホームステイ先は、男の子が3人いる、とても明るい家庭だった。


自転車を借りて、リュックをかついで、私は一人でスキーに行った。


シャモニーの町の麓から、エギーユ・デュ・ミディという、
富士山より高い場所にロープウェーで一気に登る。
空気が薄いから、途中で止まらないと具合が悪くなると言われていたが、
目の前に迫りくるモンブランの雄姿に、そんな忠告など忘れて
しまっていた。


スキーで、3kmくらいを一気に滑り下りた。
そそり立つ巨大な岩の間を縫って、そして氷河を真横に見ながら、
滑っても滑っても360度見渡す限り、私一人。
シャモニーは、あまりの雄大さに恐怖を感じるほどだった。


シャモニーに行って、私は軽い鬱病が消えてしまった。
私の焦りなど、なんだか小さいことのように思えてきた。


恋人がいないことすらも、ありがたいと感じるようになっていた。


長い人生、自由な1年間を楽しく過ごさなければ。


シャモニーに行ってよかった。
私は、晴れ晴れとして、非常に明るい気分でパリに戻ってきた。
何だか、いいことが待っているような気がした。



そして、その翌週のことだった。


まだ寒い冬の日の夕方、
私は一人でデパートに買い物に来ていた。


ふと気がつくと、すぐ近くで素敵な男性が品物を選んでいた。


スーツ姿なので、恐らくこの辺で働いている人なのだろう。
年のころは30代後半。たぶんもう結婚しているのだろうな。


私は、その男の人をついチラチラ見てしまったが、私よりも
30cm近く背の高い彼は、私に気づきもせずに行ってしまった。


私はその後、近くの日本食スーパーで買い物をして、レジに並んでいた。


その時、さっきの男の人が同じ店に来ているのに気がついた。
でも、探しているものがなかったのか、彼は何も買わずに
もう店を出ようとしていた。


『嘘。待って!』


私は買い物かごを放り投げて、彼を追いかけようかと思った。
実際、私がバタバタと、慌てて買い物かごを下に置いたので
前に並んでいた人が、振り返って私を見た。


お店を出ようとしていたその彼も、私のほうを見た。
そして、目があって数秒見つめ合ってしまった。


ああ、恥ずかしい。そこで買い物かごを置いて追いかける
わけにはいかず、私はそっと視線を外して、そして諦めた。


私はおとなしくレジの順番を待って買い物をすませて、外に出た。


外は気温が下がって、更に肌寒くなっていた。


オペラ座に続く大きな通りまで歩いた。


そこには信号があって、信号機の横に、さっきの男の人が
立っているのが見えた。


え?どうして?信号がずっと赤だとか?いや、今は青だ。
何で渡らないの?誰か待っているのかな。


でも、嬉しい。


私は彼の立っている横断歩道に近づいた。


また彼と目が合ったので、私は軽く微笑みを浮かべた。



つづく



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