BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

魔法少女 桜木由美


魔法少女 桜木由美 [act.1]





 お昼頃。



都心の大きなターミナル駅に向かって走る1本の快速電車があった。 
その車内の運転席近くに、この世のものと思えない異形の姿が突如として出現した。

デビル「ぐははは!我が名は”デビル”!悪の化身だ!この世界に棲む人間どもを皆始末してやる!」

異形の者が右手を上げると、その列車の運転士に向かって怪しげな光線が浴びせられた。
すると……、列車の速度が上がり始めた。
それは恐ろしいぐらいにどんどん上がった。
そこに乗り合わせていた乗客達は皆恐ろしさで震え上がった。




そこへ……、





? 「そんな事はさせないわ!!」




突如、乗客達の中から18歳ぐらいの少女が現れ出た!

デビル「誰だ、貴様は?!!」

? 「私は魔法少女エルフィーネ!正義の味方です!
私が貴方を退治します!」

デビル「私を退治するだと?
ぐははは!出来るものならやってみろ!
私には強大なパワーがあるぞ!お前ごときが私の相手になるのかな?」

デビルは魔法を唱えて、蓄えたエネルギーの塊を放出してエルフィーネに向けて発射した。

エルフィーネ「”魔法シールド”!!!」

エルフィーネは魔法のシールドを手前の空間に形成して、敵のエネルギーを跳ね返した。

エルフィーネ「いくわよ!今度は私の番ね!
”スターサンシャイン”!!」

エルフィーネの持つ魔法スティックの先から、光線が相手に向かって発射された。
そして相手の身体に当った。

デビル「ぐわあああーーーーーーーーーー!!!!」

デビルはその光に飲まれて消滅した。




エルフィーネ「悪は滅んだわ!!」








 パチパチパチ……。

神の1人である”アーサー”は、下界のテレビ番組に映った”魔法少女エルフィーネ”の活躍する姿を見て手を叩いた。
アーサーの横に立っていた綺麗で上品そうな女神”メイ”は少し呆れ気味に頭をかしげた。

アーサー「これじゃよ!これこれ!正義を守るにはこれじゃ!!」






 ここは天上界。
周りが光に満ち溢れた世界。
少数の建物が建ってはいるが、基本的には壁などが存在しない世界。そこにあるのは”雲”のような煙のみ。それが壁の代わりになっていた。
足元にも常に白い煙が立ち込めている。


ミカエル「アーサー様、”これ”とは………。」

そこへ16歳ぐらいの少年が現れた。
アーサーに仕える天使の1人である。







魔法少女 桜木由美 [act.2]


アーサー「これじゃよ!これ!”魔法少女”じゃ!!」

ミカエル「”魔法少女”と言いますと…………。」

アーサー「人間界は悪の心を持つ異形の者によく狙われておる。
ワシはかねてからそれに対向する策を模索しておったのじゃが……、
それには”魔法少女”が良いと思う。」

そう言ってアーサーは鍵のかかった”宝物を入れる頑丈な箱”をどこからとも無く持ち出して来た。
そこには厳重そうな幾重にも掛けられたチェーン式の錠と魔法の封印がかけられてあった。
アーサーは苦労してその鍵と封印を開けた。
中には一本の”スティック”と小さな”ロボットのような物”が入っていた。
そして、まずはそのスティックを大切そうに取り出した。

アーサー「これは”魔法スティック”。これを使えば人間でも”神”のような力を発揮できる。
もちろん神のパワーに比べればその威力はたいした事は無いが……。
しかし、訓練しだいではかなりの力が出せるようになる。

人間界に存在するあの”魔法少女”というイメージは、もともといにしえの過去の時代に存在した”魔法を使う少女”のイメージを、昔の人間が見て物語として書き残したものじゃよ。それが今日伝わってあのような形に変化したのじゃ。”魔法少女”とは、もともとは”魔法を使って悪と戦った美しき少女”の姿なのじゃ。」

ミカエル「そうですか!つまり魔法少女は実在していたのですね!」

アーサー「……人間界には”ストレス”と言う物が存在する。ストレスは我々天上人にとっては大敵じゃ。我々はあれがあるから人間界に住む事は出来んのじゃ。我々はストレスに極端に弱いからな。
あれさえなければ、我々が直接人間界へおもむき、悪の化身の攻撃から迅速に人間達を守れるというのに。」

ミカエル「我々はあそこには”続けて1日”滞在するのが限度ですからね。あそこに充満している”ストレス”というものだけは我慢なりません。」

アーサー「そうなのだ。
それで昔の神々は自分自身が向こうへ行く代わりに、このスティックを人間の少女に持たせたのじゃ。
これは悪に対向出来る強大な力を発揮出来るスティックじゃ!
悪魔と戦える唯一の武器じゃ。

じゃが…………、
その反面、人間にこれを持たせるのは危険なのじゃ。
人間は本来そのような力を持てないように作られた。なぜだと思う?
彼らは”欲”がありすぎる。強大な力を持てば必ず”おごり”が生まれ、今度は彼ら自身が邪悪な心を持つようになる。
そして、その力を悪の為に使うようになるかも知れん。」

ミカエル「では……、私めにそのスティックを持たせてください!それで悪と戦います!」

アーサー「たとえこれを持ったとしても、我々はあの世界に留まると”ストレス”に汚染される。人間界に居続けるのは辛い。

かと言って、ここからでは人間界まで少し遠い。悪の化身が人間界に現れてもすぐに向こうに行き着く事は出来ない。
やはり、向こうの世界の事は向こうの世界の人間に託すのが一番じゃ。」

ミカエル「そうですか……。」

アーサーはさっきの箱の奥から、今度は”ロボットの犬”のような物を持ち出した。
それは子猫ぐらいの大きさだった。
そしてそのロボット犬の顔をミカエルに向けた。
その犬の口からは泣き声のような物が発せられた。





「クィーーーーーン!クィーーーーーン!」





ミカエル「何ですか?それは?」





アーサー「うむ、これは良心や純真さを量る機械じゃ!
通称”ハートメーター”と言う。
魔法スティックと対を成すアイテムじゃ。」





「クィーーーーーン!クィーーーーーン!キャン!キャン!」





その犬型ロボットはアーサーに抱かれながら尻尾を振った。








魔法少女 桜木由美 [act.3]


アーサー「このメーターで見ると……、
お前は”55”という数字が出た。優秀じゃ!
大体100が最高値とされている。
じゃが”55”もあれば普通は優秀じゃ!
純粋な心だけでは社会の中で生きて行くのは難しいからな。
うむ、その程度あれば良い。合格点じゃ。」

ミカエル「……………………。」

アーサー「しかしな、今回授ける魔法スティックによる力は強大なのじゃ。
もっと高い数値を出した者に授けてくれ!
人選はくれぐれも慎重にな。」

ミカエルは少しがっかりしてしまった。

ミカエル「人間界のストレスの件はともかくといたしまして………、
”55”と言う事は、私ではそもそも”ダメ”だという事ですか……?」

アーサー「そんな事はないがのう……。確かにお前も無欲じゃからのう…。
そうがっかりするな。
一度これを授けてしまうと変更が効かなくなるのじゃよ。
他の者においそれと”渡し直す”という事は出来ない。
特に人間の場合はな。」

ミカエル「と、言いますと?」

アーサー「やはり、人間が魔法を持つのは大変な事なんじゃ。魔法を使えるように身体も変化する。
そうしないと魔法パワーを受け止められん。その為に、見た目に変化が無くとも身体は変化するのじゃ。」

ミカエル「そうですか……。」

アーサー「それにお前はもともと少し魔法が使えるではないか?」

ミカエル「でも、攻撃魔法はほとんど出来ませんが。」

アーサー「しかし、これを人間に渡すと、魔法を使えるのはお前とその魔法少女の2人になる。
だから良いのだ。
それにな、このロボット犬にも魔法スティックほどではないが、攻撃魔法を使える能力がある。
お前はそちらを使いなさい。」

ミカエル「そうですか!わかりました!」

アーサー「それに魔法スティックは人間の少女が持たぬと最高の力が発揮できぬように作られておるのだ」

ミカエル「なぜそのように人間の少女が持たないと駄目なのですか?」

アーサー「うむ、おそらく”少女”というものが人間の中では一番無欲で純粋な心を持っているとされるからだろう。
一番”天使”の心に近いと思われているからな。」

ミカエル「なるほど!では私めがその少女を探しに行って参ります。」

アーサー「うむ。実はその事をお前に頼もうと思っていたのだ。
行ってくれるか?!
では”ハートメーター”を持って行くが良い。
これには、

心やさしく、純粋で、正義感に溢れ、
ヨコシマな気持ちや邪心の無い者

に反応するようにセットしてある。
これを持って直ちに人間界に行くのだ。頼んだぞ。」

ミカエル「わかりました!」








魔法少女 桜木由美 [act.4]


 ……………数日後、
ミカエルはアーサーの元に帰って来た。
天上人である彼はあまり長くは人間界に滞在し続ける事は出来ない。
人間界にいると、どんどんストレスが溜まっていくからだ。
それで”行っては帰って来て、行っては返って来て”を繰り返していた。







そして……、







ミカエルは、







別人のように頬が痩せこけていた。







アーサー「ぐわっ!どうしたのだ、ミカエル!その顔は?!」

ミカエル「この数日間、人間界の上空を飛び回って、この”ハートメーター”を都市や街にかざして調べましたが……、」

アーサー「もしや、”いなかった”と言うのか?」

ミカエル「はい!」

アーサー「やはり、そう簡単に見つかるものではなかったか…………。」

ミカエル「……………………。」

アーサー「しかし、ミカエルよ。
すまぬが、しばらく休んでからもう一度行ってくれまいか?」

ミカエル「はっ?」

アーサー「最近なにか不穏な気配を強く感じるようになって来たのじゃ。」

そう言ってアーサーは頭を押さえた。

アーサー「何か、邪悪な者が……、人間界に接近しようとしているようじゃ……。」

ミカエル「”予感”がされるのですね。」

アーサー「うむ、そうじゃ。以前より強く感じる。」

ミカエル「わかりました!すぐにまた人間界に行って参ります!」

アーサー「すまんが頼んだぞ!」







 少し休んだ後、ミカエルは再び人間界に降り立った。

ミカエル「なんとしても早く探さなくては……。」

しかし、急速に体内に”ストレス”が溜まっていくミカエル。

ミカエル「人間界にいると疲れる。そうだ!今度来るときは”あれ”を借りて来よう!そうすれば、少しはマシになる」






 そしてさらに、数日後。

アーサー「おお、ミカエル。よく戻った。それで見つかったのか?”ハートメーター”に反応する少女は?」

ミカエル「…………………はい。」

アーサー「なんと!そうか!それはでかした!!
それでその時のメーターの数値はいくらを示していたのだ?」

ミカエル「はい、”80”です。」

アーサー「それは凄い!そのような”少女”はメッタにおらん!その少女の名はなんと申す?」

ミカエル「”桜木由美”と申します。」

アーサー「”桜木由美”!なんと知性的な名だ!学生か?」

ミカエル「はい。”教育機関”に通っておりました。現在も在学中です。」

アーサー「そうか!それはいい。
ワシは知性で教養深い者にこの力を与えたかった!
人間界とは複雑だからな。最近では何かに付けて善悪の判断をするのが難しくなっておる。
あそこで活躍するには”法律や司法”を学んでおく必要があるからな。学生なら適材じゃ!」

ミカエルはなぜか急に頭を押さえた。頭が痛そうな感じだった。

ミカエル「ううっ……。
すみません、アーサー様。私は少し休みたいのです。
休暇をくださいませんか?
少し静養に行って参りたいと思います。」

アーサー「おお!そうであったか!今回の件ではお前に苦労させたからな。
あそこにいるとさぞかしストレスが溜まる事だろう!
すぐに休むが良い!
後はワシが桜木由美をここからモニターで観察する。

で、その学生は今どこに…………?」





アーサーが振り返ると、もうミカエルの姿はそこには無かった。







魔法少女 桜木由美 [act.5]


アーサー「なんじゃ、つまらん。
せっかくやっと見つかった魔法少女の勇姿が見られると思っていたのに……。

これ、メイ!」

呼ばれて女神のメイがそこに現れた。

アーサー「ミカエルに聞いてまいれ。”桜木由美”はどこにおるのかと?」

メイ「まあ、ミカエル様はもう静養先へとお出かけになられましたわ。
すでに向こうの窓から空へ飛び立たれました。
それに、静養先では誰からの連絡もお取りにならないそうです。
行く先も告げずに出て行かれました。」

アーサー「なんと!気が早いのう!まあいい、ミカエルが静養から戻るまで待っていよう」











 ここは『人間界』。

ある幼稚園では新築の大きな校舎内で、先生がオルガンを弾いていた。

先生 「では、お歌を歌ってもらいます。まずお手本になる上手な人に歌ってもらいましょう。
”桜木由美”ちゃん!前に出てください」

由美 「はあ~~~~~~い、先生!」

由美ちゃんはテクテクと歩き出て、先生の横に立った。
そして自慢のお歌をひろうした。

パチオパチパチパチパチ……。

先生 「はい、お上手でした。今日もよく出来ましたね。由美ちゃんはいつもお歌が上手ですね。」

由美ちゃんはニコニコと微笑んだ。







 そして今日の幼稚園のおけいこの時間は全て終わった。
帰る時になって、稚園児の両親達が迎えに来ていた。
幼稚園内の運動場はその両親達の車で満杯になった。




だが……、由美ちゃんは今日は1人きりで帰るようだ。

先生 「由美ちゃん。1人で帰るのは危ないわ。誰かといっしょに帰ってね。」

由美 「大丈夫だもん。ママからもらったGPS携帯があるから!」

先生 「でもそれだけじゃ心配だわ。」

その時、担任の先生を教頭先生が呼びに来た。

「愛子先生、職員室に電話が入っています!教育委員会の方からです。」

それで先生は慌てて職員室に向かった。

先生 「ちょっと待っててね、由美ちゃん」

と、由美ちゃんに言い残して。

でも、由美ちゃんは1人で帰る事に決めた。

由美 「1人で大丈夫だもん!」






 由美ちゃんは幼稚園の門までやって来た。
横には車で送られて行くお友だちの姿があった。皆大きな車で迎えに来てもらっていた。
だが、その車は台数が多すぎて渋滞を引き起こしており、幼稚園からすぐ外の公道に出るだけでもずいぶん時間がかかりそうだった。
その全然動きそうにない車の列の横を由美ちゃんはすり抜けて門を出た。




そして家に向かって歩いた。由美ちゃんの足でもだいたい20分ぐらい歩けば家に着く。
そこへ……、由美ちゃんの後方から一台の鈍いガンメタリックのゴツイ乗用車が近づいて来た。
高級車という物はエンジン音がまったくしない。この車もそうだった。
はいている極太タイヤは空気圧が柔らかめで、こちらもほとんど音がしなかった。







魔法少女 桜木由美 [act.6]


 由美ちゃんはその時、ふと立ち止まって、もう一度自慢のGPS携帯をポケットから取り出して見た。それはピンク色のカラーにクマさんのキャラクターマークが入ったかわいい物だった。

由美 「これがあれば大丈夫だもん!」

その時、由美ちゃんのすぐ後にさっきの乗用車が停車した。
由美ちゃんはその事に気付かなかった。

自動車から背広姿の男が出て来て、由美ちゃんの身体を軽々と持ち上げ、助手席のドアから無理矢理車内に放り込んだ。

「きゃーーーーーーー!!!」

と由美ちゃんは叫び声をあげたが、すぐにドアは閉められた。

バタン!

ドアは気密性が高く、閉まると同時に由美ちゃんの鼓膜がツンとした。そしてすぐに反対側の運転席から男が乗り込んで来て素早くドアを閉めた。

「きゃーーーーーーーーーー!!!」

男はサングラスをかけていた。その目は見えず、表情は物静かでよくわからない。
男は車を急発進させた。由美ちゃんはその加速で身体のバランスを崩し、シートに倒れこんだ。
車はすぐ近くの人気の無い建物の影に停車した。
その後、男は初めて由美ちゃんの方を向いた。

由美 「はっ?!」

それにすばやく反応して身構える由美ちゃん。

由美 「ゆっ、”誘拐”でちゅね!それはいけません!」

由美ちゃんは素早くクルリと男の方に背を向け、ポケットに手を突っ込んだ。そしてチラリとGPS携帯の画面を見たが……、電源が落ちているようで真っ暗だった。

由美 「はわわわわわ~~~~。」

由美ちゃんはすばやく助手席ドアにあったレバーに手をかけた。

ガチャガチャ!

そしてドアを開こうした。しかし開かない!
それでもそこに付いているいろんなレバーや取っ手を引いたり、ボタンを押したり引いたりしたが、ドアはいっこうに開かなかった。

ドンドンドン!

またすばやく振り返る由美ちゃん。

由美 「ドアを開けてください!私をここから出してください!!」

男は無言でサングラス越しに由美ちゃんの目をじっと見つめているだけだった。

由美 「はわわわわわ~~~~~!」

そして由美ちゃんは再び、

ガチャガチャ!ガチャガチャ!ガチャガチャ!

と、懸命にドアを開こうと試みたのだが、ドアはいっこうに開かなかった。

由美 「もう~~~、この~~~~~!!!」

またすばやく振り返って男の方を見る由美ちゃん。









由美 「 やい!出せ!私をここから出して!
でないと警察を呼びまちゅよ!









ついに大声を出して怒る由美ちゃん。
しかし男は身じろぎもせずに由美ちゃんをじっと見つめていた。

またすばやく男に背を向ける由美ちゃん。
そしてうずくまり、ゴソゴソと再びポケットから携帯を取り出した。

由美 「110、110………。」

しかし、いっこうに携帯電話の電源は入らない。

由美 「そんなあ!昨日充電したばかりなのに~~~!」

プチ、プチ、プチ。

どのスイッチを押そうが電源が入らない。

由美 「壊れたんでちゅね~~~。こっ、こんな時に~~~~!!」

由美ちゃんは素早くまた男の方を振り返った!
そして……、

由美 「やい!出せ!ここから出して!こんな事していいと思っているんでちゅか?!」

そう言って男を睨んだが、男はただ黙ってハンドルに手をかけているだけ。

由美 「何が目的でちゅか!うちのパパに身代金を要求しても1000円以上は出せませんよ!!!」

それでも男はたじろぐ様子も無い。
とにかくサングラスを外してもらわないと目が見えないので、男が何を考えているかわからない。
サングラスを引っ掛けて取ろうと、由美ちゃんは手に持っていた”スティック”を男の方へ突き出した。

由美 「パパは警察官でちゅ!誘拐は許しませんよ!!」

そうしてスティックを男の鼻先へピシッと向けた。
男は初めて身動きをして、そのスティックの先をつまんで自分からそらした。

男 「危ないから、こっちに向けないで。」

由美ちゃんは男からさっとスティックの先を振り払った。

由美 「とにかく誘拐は犯罪でちゅ!ここから出してください!!」

男 「別に”誘拐”したわけじゃないよ。」

由美 「じゃあ、ここから出して!!」

男 「話が終わったら出してあげる。」







魔法少女 桜木由美 [act.7]


 由美ちゃんはまたスティックを男の方に向けた。

男 「危ないから、こっちに向けないで。そんな事すると……、返してもらいますよ。そのスティック。」

由美 「”返す”って……、これは由美がパパからもらった物だもの!私のもんです。」

男 「朝起きたら、それは枕元に置いてあったのでしょう?」

由美 「そうだけど………、ママに聞いたら、”きっとパパが置いていってくれたのよ”って言ってたもん!」

男 「いいえ、パパは置いてません。」

男は首を振った。

由美 「置いたモン!」

男 「いいえ、置いてません!」

男はまた首を振った。

由美 「置いたモン!置いたモン!置いたモン!置いたモン!置いたモン!!!!!」

由美ちゃんは両手の拳を握り締めてダダをこねた。

男 「じゃあ、パパに聞いてみたら?」

由美 「うっ!」

由美ちゃんはポケットからGPS携帯を取り出した。

由美 「だって電池が切れてるんだもん」

由美ちゃんは正直に言ってしまった。

男 「いいから、パパにかけてみて」

そう言ってその男がさっと携帯に左手をかざすと、何か光り輝くオーラのような物がその指先から降りそそがれ……、携帯の電源が入った。
由美ちゃんは素早くパパの電話番号を呼び出してかけた。

由美 「パパ!パパ!あのね!スティックを私の枕元に置いた?」

パパ 「なんだい、いきなり?!あいさつも抜きで。
それはいけないよ。パパ、いつも言ってるだろ?」

由美 「それどころじゃないんでちゅよ!!!パパ!スティックを私の枕元に置いたかどうか答えて!!」

パパ 「はあ?”スティック”?スティックって何?パパは何も置いて無いよ。」

由美 「そうなの!パパ!あのね!!私、今、ゆうか……。」



プツ。



携帯の電源は再び切れた。

見るとその男がまた左手をかざしていた。

由美 「うっ、うう…。」

由美ちゃんは泣きそうになった。

男 「パパじゃないよ。
そのスティックを置いたのは………、
それは僕が置いた物だから。」

その男はサングラスを外した。
綺麗でやさしそうな少年の顔だった。

「僕は天使”ミカエル”。
君は選ばれたんだよ。だからそのスティックを渡したんだ。」








 その頃、天上界では………。

アーサー「ミカエルめ。どこまで静養しに行ったのじゃ。
連絡がさっぱり取れんではないか!
肝心の魔法少女はちゃんと良い人物に当ったのじゃろうか?心配じゃて……。」

メイ 「ミカエルさんのなさる事なら心配ないと思います。」

アーサー「うむ。そうじゃが………。」








魔法少女 桜木由美 [act.8]


ミカエル「君は”魔法少女”に選ばれたんですよ。」

由美 「魔法少女?あのテレビでやってるアレでちゅか?!」

由美ちゃんは”魔法少女エルフィーネ”の変身ポーズを取った。

由美 「とう!とう!」

ミカエル「……………………。」

由美 「でもなんで私が選ばれたんでちゅか?」

ミカエルは”ハートメーター”を取り出した。




「クィーーーーーン!クィーーーーーン!キャンキャン!」




尻尾を振るロボット犬。突然その犬は由美ちゃんにとびかかった!

由美 「ぎょ!!」

正体不明のロボット犬に由美ちゃんは思わず身をそらせた。

しかし…………、

ロボット犬は由美ちゃんの頬を舐めた。

「キャンキャンキャン!」

由美 「くすぐったいですぅ!」

ミカエル「このロボット犬は”心”を量る事が出来るんです。名前を”ハートメーター”と言います。」

由美 「”はーとめーたあー”?」

ミカエル「この数日間、僕は空を飛びながら、このメーターを人間達に向け続けたんです。
でも反応は少なかった。
反応があっても”良い心の持ち主”を示す数値が低く……。
どうも最近人間の心は皆すさんでいるようです。

そんな中……、
唯一高い数値での反応があったのが、”貴方”です!
だから、私のお使えする神であるアーサー様のお言いつけ通り、その魔法スティックを貴方に託したのです。

魔法スティックも貴方を受け入れました。
これで後は訓練さえすれば、貴方は魔法を使えるようになります」

由美 「??”魔法を使える”?」

ミカエル「はい。」

由美 「タダで?」

ミカエル「あっ、はい………。」

ミカエルは額に手を当てました。





ミカエル「(これがアーサー様にバレたら…、
いったいどんな顔をなさるのだろうか……?
いくら反応が高かったとはいえ、幼稚園児に魔法スティックを託すとは………。)」








魔法少女 桜木由美 [act.9]



 天気は快晴。
突如として空中に1人の正体不明の者が現れた。

「ぐへへへ……。力の弱い”人間ども”が!」

それは異形の者”デーモン”だった。

デーモン「ああ、いい空気だ!
今日も人間界には”ストレス”という物が充満している。実に気持ちがいい!

でも、”ストレスを蓄えた人間”より、”ストレスの無い人間”の方が食料としては価値があるがな……。
まあ、ストレスの無い人間等最近はほとんどいないが……。

どれ、ひさしぶりに人間を襲うとするか!
ぐへへへへ…!

しかし、このままの姿だと発見されやすい。
また誰か”パペット”になる者を探すとしよう……。ぐへへへ……。」

そうして下界を飛び回った。
するといきなり、1人の人間が目についた。
その人間はなんと、

人間 「ぐへへへ………!言う事を聞かぬか!
ならばその髪の毛を切ってやろう!」

ジョキジョキジョキジョキ!

相手の髪の毛を切り落とした!

人間 「ぐへへへ………!まだ言う事を聞かぬか!ならば腕を折るそ!」

ボキン!

相手の腕を折った!

人間 「ぐへへへへ!」

デーモン「ほう!
くくく……!おあつらえ向きのいいヤツがいた!
ヤツだ!ヤツを”パペット”にしよう!」







アーサー「うぐぐぐぐ…………。」

アーサーは呻きながら頭を垂れて、その額に手を添えた。

メイ 「アーサー様!どうなされたのです?」

アーサー「この間から、ずっとこうなのじゃ…………。
何か邪悪な物を感じて頭が痛む………。

ミカエルは?!!ミカエルはまだか?」

メイ 「はい、まだ帰って来ておりません。」

アーサー「アイツめ、肝心な時にどこに行きおった………?
もういい!
メイ!
すまぬが”桜木由美”という少女がどこにいるか、天上界のパソコンですぐに調べてくれ。
そう確か……、”教育機関に在学中”と言っておった。
まずは学校関係を当ってくれ。大学、高校、専門学校等を。

それから人間界に行き、邪悪な者がいるかどうか”ハートメーター”で調べて来てくれ。
あれは、邪心を持つ者を探し出せるメーターでもあるのじゃ。」

メイ 「”ハートメーター”はミカエルさんが持って行かれたままですが?」

アーサー「なんと!では調べようが無いではないか!」







 鉄道の駅で快速電車に乗って来る小さな女の子がいた。
名前は”魔夜ちゃん”。
幼稚園児だった。ちょうど由美ちゃんと同じぐらいの年恰好の。

魔夜ちゃんは片手にボロボロになった人形を持っていた。
そして電車の運転席のすぐ近くに乗り込んだ。

その人形は髪が切られてボロボロで、しかも片腕が折れていた。
魔夜ちゃんはそれを持ちながら電車の運転台の壁にへばり付いた。







魔夜 「ぐへへへ…………。」







アーサー「ううう、頭が痛い。急にまた痛くなった。
よからぬ事が起こらなければいいが…。
早くミカエルを探せ!
”桜木由美”は見つかったのか?」

メイ 「いいえ、どちらもまだです。」







魔法少女 桜木由美 [act.10]


 電車はドンドン速度を上げて行った。そして止まるはずの通過駅をいくつも通り過ぎた。
さすがに乗っている乗客達もこの事に気付き始めた。

「おい!今のは停車駅じゃなかったのか?」

そして皆段々恐ろしくなって来たので、乗客の内の1人が運転台の扉のガラスをドンドンと叩いたが…、中の運転士からは反応が無かった。
いくら叩いても運転手は席に座ったままこちらを向かなかった。

乗客「おい!どうしたんだ?!おい!」

魔夜 「ぐへへへ………。」

ますます電車は速度を上げ始めた。
乗客達は青ざめた。

その時!







「そこを退くんでちゅ!」








と女の子の声がした。
由美ちゃんだった!

そこに犬の唸り声がした!

「グルグルグル……………………!」

由美 「なに?その鳴き声?!」

ミカエルが横に来ていた。そして手には”ハートメーター”を持っていた。

ミカエル「やはり近くに邪心を持つ者がいます。
これはその事を”ハートメーター”が察知して鳴いているのです。」

「グルグルグル……………………!ワンワン!!」

”ハートメーター”は運転席の壁際にいた小さな少女に対して唸り声を上げた。
その少女はいままでこちらに背を向けていたが……、
吠え立てられて、クルッと由美ちゃん達の方を向き直った。

魔夜 「ぐへへへへへ……!」

普通の少女とは明らかに違う目付きだった。

「ワンワン!!ワンワン!!グルルルル……!」

ミカエル「あの子……、何かの魔法を運転手にかけたんだ!」

それを聞いて由美ちゃんがその子に向かって言った。






由美 「そんな事はやめなさい!」






魔夜 「ぐへへへへへ………!」

由美ちゃんは魔法スティックを前に突き出した。

魔夜 「はっ?!」

初めて相手に違う反応が出た。魔夜ちゃんはスティックを見て急に顔が青ざめた。
そしていきなり何かの魔法を唱えた。
魔夜ちゃんの手にはエネルギーが集まり、それを撃つためのポーズを取った。

ミカエル「危ない!」

ミカエルが魔法を唱えて、シールドを空中に作り出した。
由美ちゃん達の手前の空間にコンタクトレンズ型の大きな透明な障壁が形成された。
そして、相手からの攻撃魔法を跳ね返した。

その時の爆風で先頭車両の窓ガラスが粉々に割れた。
乗客達は悲鳴を上げる。

ミカエル「早く!後の車輛に移って!」

乗客達は言われるまま、後の車輛の方へ移動した。


由美 「次はどうしたらいいんでちゅか?」








魔法少女 桜木由美 [act.11]


ミカエル「相手を倒すしかありません!
相手もまだあの身体で魔法を使うには不慣れのようです。
しかし、あれだけ強力な魔法をスティック無しで繰り出すとは!
とにかく、由美さんは攻撃魔法を念じて出してください!!」

由美 「”こうげき魔法”って?」

由美ちゃんは真顔で聞いた。

ミカエル「こうするのです!」

ミカエルは”ハートメーター”を前にかざした。
そして呪文を唱えた。







ミカエル「”ライジング・ファイヤーボーーーーーール!”」








”ハートメーター”の口からファイヤーボールが吐き出され、魔夜ちゃん目掛けて飛んで行った!

しかし、それは魔夜ちゃんが突き出した人形から出された対向魔法によって阻止された。

ミカエル「あれが!
あれが”魔法スティック”なんだ!
あの人形は魔法スティックの擬装された姿です!
あの人形を狙って攻撃してください!」

言われた通り由美ちゃんは相手の持つ人形に魔法スティックを向けてから、呪文を唱えた。







由美 「”スターサンシャイン”!!」






しかし魔法は発動しなかった。

ミカエル「あのーーーー、由美さん。なにそれ?」

由美 「なにそれって……………。攻撃魔法の呪文!」

ミカエル「そんな呪文聞いた事がありません!」

由美 「”魔法少女エルフィーネ”ではそう言って魔法を出してましたよ!」

由美ちゃんはまた真顔で言った。

ミカエル「それはテレビ番組でしょう?!!!」

由美 「うん!」

ミカエル「違うんだ!君は本物の魔法少女なんだ!さっき僕が言った呪文を唱えてみて!」

由美 「うっ!なんて………、言ってましたっけ?」

すると相手は人形を前にかざし、そこからまた攻撃魔法を発生させた。






グオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!






またミカエルがシールドを作り出してこれに応戦した。

ミカエル「早く!今の内に由美さん!」

由美 「なんでしたっけ?呪文。」

ミカエル「”ライジング・ファイヤーボーーーーーール”!!!!」

由美 「あーーーーーーーー!

らいじんぐふぁいやーーーーーぼおおおおーーーーーーーーーる!!!!!!」






ドコーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!






勢いよく火の玉が魔法スティックから飛び出した。
それはさっきミカエルが放ったものより数段強力だった。

魔夜ちゃんは人形を前に突き出して魔法で対向したが……、由美ちゃんの魔法が当ってその人形は焼け焦げた。

魔夜 「けっ!」

魔夜ちゃんはその焦げカスになった人形を床に投げ捨てた。

魔夜 「なかなかやるな。
これで、もうこちらは攻撃魔法は使えぬ。」

そして、魔夜ちゃんは両手を前に突き出して、ミカエルが使ったのと同じようなコンタクトレンズ型のシールドを空間に形成させた。
そして、なんとそれを大きくして列車の車体を切断してしまう!列車は運転台側と後部側に分裂した。


ミカエル「うわ!」

由美 「きゃあわわわわわわ~~~~~!」


先頭車両は衝撃と共に大きく傾いた。
ずり落ちそうになる由美ちゃんを何とかミカエルがつかんで止めた。








魔法少女 桜木由美 [act.12]


そしてその切断面がレールに当って、ブレーキがかかった。

前の運転席側の車体も同じようにブレーキがかかったが、向こうは車体が小さいので、こちらよりはブレーキのかかり方が少ない。
魔夜ちゃんの乗った部分は、ミカエルと由美ちゃんの車体から離れて行った。
大きく傾いた車体にしがみ付きながら魔夜ちゃんは笑った。

魔夜 「あははは!さらば!!!!」





ミカエル「由美さん!早く!この列車を止めて!」

由美 「どうすればいいの?」

ミカエル「念じればいいんです!”止まれ”と!」

由美ちゃんは言われるまま、目を閉じて強く念じた!







由美 「電車を止めて!電車を止めて!」







すると、今までなぜか効かなかった列車の自動列車停止装置が効き始め、列車全体に強力な非常ブレーキがかかった。

そしてその為に、魔夜ちゃんの乗った列車の断片はどんどん離れて行った。

由美 「あーーーーーーーーーーーー!逃げる!逃げる!!」

ミカエル「これでいいのです!だってすぐに”終点”ですから!」

ミカエルがそう言うと、先の方に終点の大きな駅ビルが近づいて来るのが見えた。

魔夜 「うわわわわわわ……………………。」








ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!








大きな轟音とともに、魔夜ちゃんが乗った列車の断片は、終点の駅の車止めに”激突”した。
その衝撃で、電車の全長はさらに短くなった。







魔夜 「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」







バタッ!







魔夜ちゃんは電車から転がり落ちてしまった。

ちょうどそこへ由美ちゃんとミカエルが乗った車両が滑り込んで来た。
だが、幸いにも前の車両の残骸にぶつからずに停車する事が出来た。



ミカエル「ふうーーー」

由美 「はあ~~~~。」



2人とも胸をなで下ろした。”ハートメーター”もミカエルにしがみ付いていたので無事だった。






 見ると魔夜ちゃんが線路上に倒れていた。
その顔付きは普通の少女に戻っていた。

ミカエルはその子を抱き起こした。

由美 「あーーーー!なにするの?!その子はぁ!」

ミカエル「もう大丈夫です。この子から悪の化身は抜け出しました。
この子は”パペット”、つまり”操り人形”にされていただけです。
さあすぐに病院へ運んで行ってあげましょう!
僕が乗って来た”あの車”で。」








アーサー「メイ!
ワシのガレージから”特殊車輛”が消えておる!盗まれたのか?!」

メイ 「たぶんミカエル様がお持ちになったと思いますが。」

アーサー「なんじゃと!あれは特殊な車じゃ!あれの中にいると、たとえ人間界に行ったとしても、中にいる天上人は”ストレス”をほとんど感じなくて済むのじゃ!
ああ、あれに乗ってミカエルと魔法少女を探しに行こうと思ったのに……。」

メイ 「心配要りませんわ。ミカエル様はしっかりした方ですから。
きっと今ごろ、”悪の化身”を退治してくれている事でしょう。
だってアーサー様は頭痛がもう取れたのでしょう?」



アーサー「あっ……、そう言えばそうじゃ!」














THE END









この物語はフィクションです。
登場する人名・学校等は実在の物と一切関係ありません。



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