BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

古城の人形 


古城の人形 [act.1]


 時は中世ヨーロッパの終わり頃。ここはドイツの山奥に近い場所。
ある日1人の少年がこの地の城にやって来ました。その城は古く、もうかなり長い間人は住んでいませんでした。少年はここに1つの”人形”を探しに来ました。それはとても値打ちのある品で、この城のどこかにあるという噂でした。この城の絵画や彫刻などの金品は既に盗難に遭って持ち去られていて、城にはもう高価な品物は何も残っていないと思われていました。しかしどこかに伝説の人形が残されているという噂話があったのです。それは名のある人形師によって命を吹き込まれた特別な人形でした。

しかし、この城にその人形を探し求めてやって来た人間はこの少年だけではなかったのです。
以前にもそうした盗人や冒険家達は何人かいました。しかし、この城に入ったまま行方知れずになり、帰って来る者は少なかったのです。
この城の建物は今や朽ち果てる寸前で、中に進入する事はだんだん危険になってきました。ですが命がけでその幻の人形を手に入れようとする者が後を絶ちません。その人形は命をかけるだけの見返りがあると考えられて来ました。もしそれを持って帰れば、闇の市場で一生遊んで暮らせるだけのお金と交換できる事でしょう。



 ”ディートリッヒ”と言う少年が言いました。髪の毛は綺麗な発色の良いブラウン。顔立ちは美しく少女のように見えました。
この少年は銀色の甲冑を身に着けてこのお城にやって来ました。腰にはロングソードも装備していました。











 思えば数日前、ディートリッヒはこんな話を聞いたのです。
それは酒場とレストランが一緒になった店のテーブルに座っていた時、後方のテーブルで男達がしていた話でした。それはこの人形を狙って城に進入した男についてでした。

「”ヴェルナー”のヤツがあの城に行った。例の人形を盗りに。」

「そうかい?どうりでヤツの姿がここ2~3日見えない筈だ!」

「いや、もうヤツの姿は一生見られねえだろうよ」

「本当かい?もうやられちまったのかい?」

「ああ、たぶんそうだ。ヤツは城から帰って来ないらしい。ヤツの奥さんが泣いていた。」

「一体どうしたんだ?ヤツほどの腕の持ち主が!じゃ、やっぱり本当だったんだな。あの”人形”の噂は………」

「そうさ、おそらくヤツは人形に殺された。」

「人形にかい?」

「そうさ、”生きている人形”によってな」

「本当だったのか!その話は!じゃあ、ヴェルナーの遺体は?まだあの城の中にあるのか?」

「あの城の扉はもう朽ち果てる寸前。しかも城壁のあちこちは隙間だらけだ。そこからハゲタカやオオカミが進入して、中に転がった死体を食っちまう。
もうヤツが城に入ってから3日経った。今ごろ白骨になっているんじゃねえか?」

それを聞いてテーブルの男達はなんともいえない表情をしました。

「誰か助けに行かないのかよ?」

「よせよ!助けに行ったヤツまでやられちまう!どうせ、ヤツも最初から死を覚悟してあそこに行ってるんだよ!」

「それにしても、あの人形を求めて城に入るヤツは後をたたねえな。よっぽど凄いもんらしいなあ」

「何せ、噂が本当なら”生きている人形”だからな。」

「だが”生きている”と言ってもよ、それは呪いがかかって動いてるって意味じゃないのか?!人形が人を襲うってのは?」

「そうだ!きっと呪いがかかってるよ!人を襲う魔物と同じだ!」

「呪いか?じゃあ、いったい誰がその呪いをかけたんだ?」

そのテーブルに座っていたローブをかぶった老人が答えました。

老人「わからぬ。何かの理由で魔法使いがかけたか、もしくはその人形を作った人形師がかけたとも考えられる。
あるいは、もともとそういう性格の人形として作られたやも知れぬ。」

「……………………。」

老人「そう、その人形はおそらく”あの人形師”が作ったものだ」

「だとしたら………、相当な値打ち物かもな、その人形。
”ヴェルナー”のヤツがそいつを取りに行ったのも頷ける。もし成功していれば大金になるからな。
そう言えば、ヤツは最近借金で困っていた。”近々家を手放さなくてはならない”と言っていた。」

少年は振り返り、そのテーブルまで歩いて行きました。
周りの男達は、急に現れた少年を見て”いかぶしげな顔”をしましたが……、少年は臆せずこう聞きました。

ディートリッド「その人形師の名は何と言うのですか?それはどんな人形ですか?」

老人「お前さん、まさか、あの城に入ろうってんじゃないだろうね?」

それを聞いてテーブルの男達が罵る様に笑いました。

「あはははははは!」

老人「………その人形師の名は”ローゼンバーグ”。名工だ!人形に命を吹き込める唯一の人形師だ。」

ディートリッヒ「ローゼンバーグ?」

老人「さよう」

ディートリッヒ「その人形にはなぜそんなに値打ちがあるのですか?」

「おいおい、この”坊ちゃん”やる気だぜ!わはははは!」

「わははははは!」

またテーブルの男達が笑いました。腹を抱えて大笑いする者もいました。
しかし、老人だけは笑いませんでした。真剣な眼差しを少年に向けてこう答えました。

老人「それはな、その人形の完成度が高いからだ。この世でもっとも完成度が高い品かも知れぬ。」

ディートリッヒ「なぜ”もっとも高い”と言えるのですか?人形なら他にもいくらでもあるでしょう?」

老人「その人形には他には無い”いわれ”がある。それは………、
少し長い話になるが、聞くかね?」

ディートリッヒ「ぜひ聞かせてください!」

老人が手を指し示すと、少年の隣の男が「椅子を持ってこい」と少年に告げました。そこで少年は椅子を持って来て、テーブルの輪の中に座りました。

老人「………ローゼンバーグには愛娘が1人おった。名を”メイリア”と言う。妻を亡くしたローゼンバーグはその子を大切に育てていた。
しかしある日その子が人質として誘拐された。誘拐したのはその国のメルダーズ王だった。」

ディートリッヒ「王がなぜ誘拐をしたんです?それに”人質”とはいったい?」






古城の人形 [act.2]


老人「メルダーズ王はローゼンバーグの人形を使いたかった。王の娘にそっくりの人形を作らせたかったのだ。
実はメルダーズの王女は大国カイエルに花嫁として差し出される事が決まっていた。カイエル国は表面上はメルダーズ国と親戚関係を築こうとしていた。
だが、実はカイエルの王はメルダーズを滅ぼしたかったのじゃ。メルダーズは弱小国の割りに、工芸では非常に優秀で、金を儲け大きな資本力を持っていた。
カイエルの王は、メルダーズの王女を嫁にもらい、資金を手に入れた後は、メルダーズの国を滅ぼすつもりだった。

カイエルからメルダースに婚姻の申し出、それはあからさまな政略結婚だった。メルダーズ王にはカイエル王の手の内が読めていた。
そこでメルダーズ王はカイエル王を暗殺したかった。
それにメルダーズ王は娘を愛していたから、たとえ戦略結婚の為とは言え、差し出すのは気が引けた。
そこでローゼンバーグの人形に目をつけたのだ。



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”もし王女そっくりの生きた人形が作れるなら………。
その人形をカイエル王の元へ送り込めばいい。
さらに、その人形にカイエル王を暗殺させるようにすれば……。
その後人形が敵の手に落ちて処分されようとも、本当の娘ではないのだから痛くも痒くもない。”



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メルダーズ王はそう考えた……。
そしてローゼンバーグに、王女そっくりの人形を作れと命じた。さらに暗殺者としての力と技を持たせるようにも命令した。

だが……、人形師ローゼンバーグは王の命令を断った。ローゼンバーグにとって、作った人形は自分の”子”も同然。そんな目的の為に使われるのは嫌だった。それに「生きた人形」を作れるのはこの世でローゼンバーグただ1人。もし仮にカイエル王の暗殺が成功しても、その暗殺者たる人形を作ったのが自分だとすぐに知れてしまう。その後ローゼンバーグはカイエルから命を狙われる事となる筈だ。それで断った。

だが、メルダーズ王としても退くに退けなかった。このまま娘を嫁にやってもカイエル国はいつ裏切ってメルダーズ国に攻めて来るかわからなかった。
カイエル王は”メルダーズ王の娘”と”工芸で得た莫大な資金”が欲しいだけで、メルダーズ国自体は潰してもよいと思っている。メルダーズ国が潰れれば、カイエル国が工芸でトップになるのは明らかだったからな。




…………そこでメルダーズ王はローゼンバーグの愛娘メイリアを誘拐し、ローゼンバーグに人形を作る事を強要した。
愛娘を盗られたローゼンバーグは仕方なく人形を作った。4ヶ月かかってそれは完成し、王女の代わりにカイエルに贈られた。その後人形はカイエル王の暗殺に成功した。

しかし……………、
カイエル王の実の息子がすぐに即位し、軍勢を率いてメルダーズ国に攻め入った。それはまさに復讐だった!カイエルは強い憎しみを持って襲いかかった。
ローゼンバーグはカイエル国が侵攻する前に国外に脱出していた。だが、愛娘のメイリアは城のどこかに捕らえられたまま行方がわからなかったので、やむなく残して国を出ていた。

その後メルダーズ国は滅ぼされて消滅した。

戦争が終わって、ローゼンバーグは城に向かったが、すでに国の形は無く、城も朽ち果てていた。
城内をくまなく探し回ったが、そこにメイリアの姿はなかった。




その後隣国へ戻ったローゼンバーグはメイリアそっくりな人形を作る事を決めた。今後はその人形と共に暮らそうと思ったらしい。
落ち延びた先で工房を立ち上げ、そこで密かに娘そっくりの人形を完成させた。
完成した人形を見てローゼンバーグは喜んだ。しかし、それもつかの間、彼の元にカイエルからの暗殺者達が復讐にやって来た。
ローゼンバーグは殺され、その工房も焼き払われた。だが、そのメイリアそっくりな人形だけは生き延びたらしい。
おそらくその人形も暗殺者の人形と同じ力を持っていたのやも知れん。
それが今、朽ち果てたメルダーズの城に住んでいる…………。

……と、言うのだ」

ディートリッヒ「……………………。」

「ふぅーーーーーーーーーー!すげえ話だぜ!!もしその話の全てが本当なら、その人形の価値ははかり知れねえ。」

「ああ、歴史的な付加価値が付く。コレクターや貴族には高く売れるぜ!」

「”本当だとしたら”……だろ?」

「……………………。」




老人「だが、あの城の中でその人形を見たという者は確かにいる。生きて帰った者は少ないがね」

「お前もその話を信じて行くのかい?坊ーーーーーーーや!」

ディートリッヒはそう言った男の目を睨んだ。

「わはははははは!!!この坊や本気らしいぜ!がははははは!!!!」

「やめとけやめとけ!小僧!お前この地の”ヴェルナー”を知らんのか?傭兵の中でも一番の弓の名手だぜ!」

「兄ちゃんにどんな腕前があるのか知らんが…、やめとけよ!返り討ちに遭うだけだぜ。あはははは!!」

「あはははははは!!」

少年は怒ったのか、その席から立ち上がりました。そして椅子を元のテーブルに丁寧に戻し、老人に一礼してからその場を去りました。








老人「もしや、あの少年”ディートリッヒ”では?」

「ディートリッヒ?あーーーーーそうだ!きっとそうだよ!大きくなったなあ!」

「ヤツはいつも仕事場と病院の往復だからな。あんまりそこ以外じゃ姿を見かけねえ」

老人「あの少年の父親は先月病に倒れて死んだ。その妻のレダも同じ病で3年ほど前に死んでおる。
今はディートリッヒの肉親は妹が一人いるだけだ。だが、その妹も最近同じ病にかかってしまったらしい。その治療に大変な金がかかるそうじゃよ」

「なるほど、だから、金の話に聞き言ったわけだ!」









 家に帰ったディートリッヒはさっそく鎧を着込みました。
今は貧乏ですが、この鎧は先代から伝わる品質の良い品です。それにたいそうよく切れるロングソードもありました。これも実は高価な品です。
しかし、妹の治療費を得る為、この鎧と剣ももうすぐ売ってしまわなくてはなりません。
ディートリッヒとしては、その前になんとしても伝説の人形を手に入れたいと思いました。





 夜、ディートリッヒはかつてのメルダーズ王の城にやって来ました。ここに着くまでけっこう時間がかかりました。もう真夜中です。
この城は山の中の巨大な岩の上に建てられ、地表から約100メートルほどの高さの所にありました。そこから長いつり橋が伸びており、隣の小高い山まで続いていました。もし、この城の外壁から下に転落すると、100メートルほど下に落下します。そうなってはひとたまりもありません。
つり橋を慎重に渡って、ディートリッヒは城門の前までたどり着きました。
剣を抜き、朽ち果てた城門の隙間から、城の中へと入ります。
明かりは腰に吊り下げたランプのみ。

城の天井の崩れて開いた大穴から月明かりが差し込んでいました。
その為、目に映る物は全て紺色がかった闇の色一色と言った感じです。

長い回廊をゆっくり歩いて城の奥へと進みます。
そして城内の深い所へとやって来ました。

突然目の前に、オオカミの集団が何かを食べているのを見つけました。オオカミはディートリッヒを見つけると牙をむき、「グルルル………」と低い唸り声を発しました。そしてディートリッヒに襲いかかって来ました。少年は剣を抜き、3匹ほど切り捨てました。それを見た残りのオオカミは慌てて逃げて行きました。オオカミが食べていたのは人間の遺体のようです。しかし、すでに肉片は無く、白骨化していました。遺体には衣服が残っており、側には弓矢を入れる筒のような物が転がっていました。さらに弓矢も何本か壁に突き刺さっているのが見えました。






ガタン!!





静まり返った城内に突然物音が響き渡りました。
振り返ったディートリッヒが見たものは…………、







古城の人形 [act.3]

それはヒラヒラのレースが付いた分厚い生地のドレスを着た一人の少女でした。
しかしドレスの色は暗くて分かりません。いえ、全てがモノトーンに見えました。色が着いていないように見えたのです。
年齢は7~12歳ぐらいの小さな少女のようです。でも、顔は薄暗くてよく分かりませんでした。少女の豊かな髪の毛に隠れて影になっていましたし。

ディートリッヒ「……………………。」

この空間に不似合いな少女でした。そこでディートリッヒは訪ねました。

ディートリッヒ「君は誰?」

少女「私は……………………。

それより……………、

あなたはだあれ?」

それは紛れもなく人間の少女の声でした。少し甘く、はっきりとしないやわらかな口調、それでいて美しい小鳥のような声。幼い少女の声に間違いありません。

ディートリッヒ「僕は”ディートリッヒ”」

少女「何にしに来たの?」

ディートリッヒ「”メイリア”を探し来た。」

少女「メイリアを」

ディートリッヒ「君は誰?」

少女「わからないの?本当に私が誰だかわからないの?」

急に少女の声がはっきりとした低い声に変わりました。それはさっきまでとは別人のように聞こえました。

少女「私が”メイリア”だよ。貴方は私に何の用?」

ディートリッヒ「ああ、君がメイリアなんだ。君は”人形のメイリア”だね?」

少女「だとしたら…………、それが何なの?」

突然、「がーーーーーーー!!!」と言う唸り声のようなものがその少女から発せられました。

ディートリッヒ「用があるんだ。君に。」

少女はディートリッヒに向かって両手を突き出しました。すかざず剣を構えるディートリッヒですが……。
少女の手からはエネルギーの波動のような物が発せられて、ディートリッヒの体を無理矢理後方に押し流して行きました。目には見えない力でグイグイ押された少年の体は、その後円柱に当たって止まりました。円柱に押し付けられて、少し宙に浮いた状態です。靴底は床から離れました。

ディートリッヒ「くーーーーーーーーー!!」

大変な力です。胸が圧迫されます。

少女「なぜ、私を探しに来た?!」

ディートリッヒ「ぐっ!……………………」

少女はさっきの白骨の死体を指差し、「言わぬとあのようになるぞ!」と言いました。それはもはや少女の声ではなく、大人の……、それも得たいの知れない何者かのようでした。

ディートリッヒ「…………妹の病気の治療費を払うため、メイリアの人形を取りに来んだ。それを売ればお金に代えられる。」

ディートリッヒは正直に言いました。

少女「ほうら白状した!お前も金が目当てでここに来たのだろう?!」

ディートリッヒ「確かにそうだ!でも、お金が無いと妹の治療費が払えないんだ!」

少女「あはははは!では、お前の着ている甲冑はなんだ!売れば金になるだろう!どうしてそれを売らん!」

ディートリッヒ「売るさ!この戦いが済んだら売ろうと思っていた!!」

少女「あーーーーーーーーーーーーはははははははは!嘘を付くな!!!」

少女はディートリッヒの方に歩いて来ました。
少女の顔が、ディートリッヒが腰に下げていたランプの光ではっきり見えました。その顔はまるでミイラのように干乾びていました。シワが何本も走り、老婆のように見えました。その表情には深い憎しみが満ち溢れていました。

少女「あの男も、嘘をついた。だから、あのように白骨になって床に”寝る”事になったのさ。
お前も嘘をつくな!!!!」

少女はまるで幽霊のようにゆらりとディートリッヒに寄り添い、その顔のすぐ近くに自分の顔を持って来ました。なんともいえない顔です。好きにはなれない顔でした。

ディートリッヒ「父も病で死んだ。そして母も…………、このまま妹まで死なせたくはない!」

ディートリッヒは嘘を付いていない事を照明する為、この少女に妹の病状の事を詳しく説明しました。
すると…………………。

少女「あーーーーはははははははは!
それは”不治の病”に違いない!諦めろ!
この地方に住む者は遺伝的にその病に侵されやすい!残念だが…………、どんなに手を尽くしても助からない!」

ディートリッヒはガクッと頭を垂れました。
実は医者からも同じような事を聞かされていたのです。高額な治療費を払っても、おそらく妹は助からないだろうと……。

少女「あーーーーーはははは!図星だな?」

ディートリッヒ「なぜ、君がその病について知っている?!」

少女「この地方に古くから伝わる病だ。これまで幾多の悲劇を生んできた。そう、何を隠そう”メイリア”もその病が元で死んだのだ!」

ディートリッヒ「何だって?」

少女「お前もこの城で”メイリア”を探そうとしたのなら……、少しは知っているだろう。我が父”ローゼンバーグ”の事を。」

ディートリッヒ「………ああ」

少女は少年から離れ、後方の広いスペースまで戻りました。そこは月光の光がスポットライトのように差し込み、まるで演劇の舞台のように見えました。少女はそこで身振りを交えて語り始めました。

少女「………”メイリア”はメルダーズ王によってこの城に閉じ込められた。しかしストレスからか、メイリアはここに着いてすぐ発病してしまった。看守達にもそれが”不治の病”だとすぐにわかった。なのに、牢獄の中につながれたままだった。
そしてメイリアは苦しみながら死んだ。城に捕らえられてほんの2ヶ月後の事だった。遺体は火葬され、その骨は粉になるまで砕かれて川に流された。証拠を無くすためにな。
我が父はそれを知らぬまま、今だメイリアが生きていると思い込み、王の命令で王女そっくりの人形を制作した。4ヶ月かけて人形は完成し、メルダーズ王に引き渡された。人形と交換にメイリンは父の元に返される約束だった。しかし、メルダーズ王はメイリアを我が父に返さなかった。
それはそうだ!
もうとっくに天に召されていたのだからな!」

ディートリッヒ「……………………。」

少女「その後、我が父は人形工房の弟子達の手によって国外へ脱出する計画を聞かされる。ここにいると命が危ないと言う事で。その時も我が父は”メイリア”がまだ城のどこかで生きていると信じ、城の中を探したいという想いにかられていた。しかし、それは当時としてはどだい無理な話であった。父は最後まで国外脱出に反対したが、弟子達は聞かなかった。結局父は脱出を決断せざるを得なかった。」

ディートリッヒ「……………………。」

少女「それから父は隣国へ落ち延び、そこに潜んだ。このメルダーズの城は、その直後カイエル国に攻め落とされ、メルダーズ王とその娘も自害した。
王は遺言で、自分達の亡骸をすぐに家来に焼かせるよう指示していた。カイエルの先王の息子にその亡骸を辱められるのを恐れた為だ。
しかし……………、それが災いした。
遺体が見つからぬ事で、カイエルの新王の怒りを買い、メルダーズの生き残りは全て抹殺される運命となった。
その為、我が父もその命を狙われた。

隣国に潜んだ我が父はしばらくは敵に見つからず、平穏な日々を過ごす事が出来た。そんな中で父はメイリアそっくりな”私”を作り、生活を共に始めた。
しばしの幸福が訪れた。
だが、カイエルの追っ手らは、父の居場所をついに突き止め、その命を奪った。弟子たちも皆殺しにされ、工房の建物には火が放たれた。

全てが失われたかに見えた……。

だが………、こうして”私”だけは逃げ延びる事が出来た。私には秘められたパワーがあったからな。」

ディートリッヒ「その力とは…………、これか…………?」

それは今ディートリッヒの体を押さえ込んでいるエネルギーの事のようでした。

少女「この力を使って、私は復讐する事を思いついた。
人間にはほとほと愛想が尽きたのでな。人間は自分達の勝手な都合で殺し合いをする。
おまけに人形を道具としてしか見ていない。カイエル王を暗殺した人形も最後はヒドイ仕打ちを受けて朽ち果てたのだ。」

ディートリッヒ「……………………。」

少女「ひひひひひひ!
さあーーー、お前はどうして始末してやろうかねーーーーーー?」








古城の人形 [act.4]


少女は笑っていました。

少女「世間一般の歴史認識では………、
その後、

”あの大国カイエルの新王も謎の死を遂げた。そして我が父の暗殺に加わった者たちも1人残らず謎の死を遂げた。”

となっている」

ディートリッヒ「それも全て君の仕業か………。でもなぜ僕を殺す?」

少女「あっははは!お前は私を捕らえに来たのではなかったか?
私を捕らえて売るだと?!
はん!何をさせるつもりだった?
見世物か?それとも暗殺者にでも仕立てると言うのか?
お前達人間と関わると、どのみち私に明るい未来はない。」

ディートリッヒ「……………………。」

少女「ならば……………………、
金に目がくらんだ人間どもをこうしていたぶりながら始末してやるのもいいものだ!
それは今の私にとっては唯一の喜びなのだよ!至福の快感だ。わははははは!」

ディートリッヒ「放せ!僕には妹がいるんだ!助けに行かなきゃならない!」

少女「もう無駄だ!!!行っても助からない!不治の病だからな!」

ディートリッヒ「君は一体誰なんだ?少女の”メイリア”なら、なぜこんな酷い事をする?
メイリアは苦しい人生を送った筈だ!それなのになぜ他人にはこんな酷い事をするんだ?僕を家に帰らせてくれ!」

少女「私は”メイリア”じゃないのさ!」

ディートリッヒ「何だって?!じゃ!誰だ!」

少女「誰かだって?
何を言ってるんだ?人の話を聞いていなかったのか?
私は”人形”さ!
メイリアに似せて作られた人形だよ!
似せて作られただけで、中身はまったく違うのさ!別の人間、別の人格さ!
メイリアはメイリア。私は私だ!
だから残酷だよ!私は人間が嫌いだからね!」

ディートリッヒ「くそーーーーーー!!」

少女「諦めな!もとはと言えば、この私を捉えて売ろうと思ったお前が悪いんだよ!」

確かに一理あります。
しかし、ディートリッヒは妹の為にどうしても帰りたかったので、何とか助かる方法が無いか考えてみました。

ディートリッヒ「わかった!僕が君を引き取ろう!」

少女「なんだと?!」

ディートリッヒ「君は誰にも優しくされた事がないんだろう?だから人間を憎むんだ!僕が引き取る。これからは僕が君に優しくしてあげるよ」

少女「黙れ!私とて亡き父には優しくされた!あの方は唯一私に優しくしてくれた人間だ。
だかしかし………、父に作られた王女そっくりの人形は父を恨んで消えていった。
当然だ!暗殺者として生まれ、暗殺者として消えていかねばならなかったのだからな。
だが………、私は、父に家族の一員として扱われた」

ディートリッヒ「わかった!僕も君を家族として迎えよう!これから君と僕は家族だ!」

少女「嘘だーーーーーーーーーー!!!!!!」

ディートリッヒ「本当だ。約束する!君を僕の家に連れて帰る!」

少女「人間は嘘を付く!だから嫌なのだ!」

ディートリッヒ「僕はメルダーズやカイエルとは違うよ!」

少女「いいや、嘘だ!!!」

ディートリッヒ「”メイリア”!僕を信じて!!!!」

少女「……………………。」

不思議な事に、少女の人形は動きをとめて、何かを考え始めました。まるでメイリアという呼び名が、亡き父の思い出を呼び覚ましたかのように、少女は感慨にふけった表情になりました。

そして城にはまた静寂が訪れました。



………しばらくして少女は顔を上げて、こう言いました。







少女「では、その剣を捨ててみよ」







少女はディートリッヒに手をかざしました。
少年の両手だけがなんとか動くようになりました。

ディートリッヒ「この剣を捨てれば……………………、それで信じてもらえるのか?」

少女「……………………まあ、そうだな。」

目の前に転がる白骨の遺体。先にここに入った者も、この話術によって武器を捨て、人形に殺されたのかも知れません。
ですが、剣を捨てると見せかけて人形に向かって剣を投げつければあるいは……………。
しかし、ディートリッヒは躊躇なく剣を手前の床に投げ捨てました。





カターーーーーーーーーーン!





剣の金属音が響きました。






少女「あーーーーーーーーーーーーーーははははは!」





少女の不気味な笑い声が城内にこだましました。

少女は少年の元にまた近づいて来ました。
少女が顔を上げるとそこにはやはり老婆のような顔がありました。
それは少年をあざ笑うかのようニヤリと笑いました。

少女「はははは!バカめ!まだ若いのう!
ここを訪れた者もこうやって私の話術にかかって武器を捨てた!相手を信じるから悪いのだ!
くくく…………、言ったろう。私は人間ではない。情などという物は私には存在しないのだ!
私なら、他人の言う事など決して信用しないがな!!」

少女は不気味に笑った顔を少年の顔のすぐ近くに寄せました。その笑いは勝ち誇った者の高笑いに見えました。
少年は右手をゆっくりと少女の後頭部に近づけました。
そしてゆっくりゆっくりと気付かれないように手を少女の頭に伸ばしました。

少女「自らの未熟さを呪うがいい」

サッ!

少年の手は少女服の襟首に届きました。
そして襟首をつかんで力いっぱい持ち上げました。相手は重かったのですが、何とか持ち上げられました。
少女は少年の腕をへし折ろうと自分の腕を回しましたが、少年はもう片一方の手で、少女の髪の毛に触れ………、





それを……………………、






撫でました。






それは、まるで猫の背中を撫でるようにやさしく撫でました。

それでも少年の腕をなおもへし折ろうと力をかける少女。
激痛が少年を襲います。しかし、少年はそれでもやさしく髪の毛を撫で続けました。





すると……………………、





少女は急に大人しくなりました。





少年の腕に回していた手からも力が抜けたようになりました。
少年は最近病床で弱りきった妹の髪の毛をよく撫でていました。それと同じように少女の髪を撫でたのです。

少女「ふぅーーーーーーふぅーーーーーーーー」

猫が息をするような声が聞こえました。
少女は下を向き、その仕草は恥ずかしがる様にも見えました。
すると、いままでモノトーンだった少女の洋服から、バラの花びらのように何かがはがれ落ちました。
そして、まるで昨日あつらえたような美しいスカーレットレッドの洋服がそこから出てきました。
少女が再び顔を上げると、美しい十代の顔立ちに変わっていました。それははにかむように少し笑っていました。

少年の体の自由を奪っていたエネルギーの波動はしだいに薄れて、ついに力が無くなりました。
それで少年の足はやっと床に着きました。

少女はなおも少年の方に寄り添って来ました。その様相はさっきまでとはまるで違い、人間の少女そのままの感じでした。
少年はなおもしばらく少女の髪を撫でてあげて、その後でこう言いました。




ディートリッヒ「僕は病院に行かなきゃ。ついておいで。」




少女は頷きました。

少年は剣を拾って鞘に収めました。そしてその人形、いえ、少女の手を握って城から出て行きました。





THE END












 この小説、最初書いた時点ではラストを決めかねてしばらく寝かせたのですが、結局このような形になりました。



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