BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

第6話 過去の恋 act.31~40




クリスはコミニュティーカーが消えている事に気付いた。
銃も携帯電話もスキャナーも消えていた。おまけに着ていたバーチャルの服もすっかり消えており、メンバー全員は機体に乗る時のパイロットスーツ姿に戻っていた。

神田 「あれ、洋服が消えとる。俺のお気に入りのパンクファッションが……。」

委員長「なにが”パンクファッション”よ?!全然似合ってなかったわよ。
それよりクリス君、着ている物が消えたって事は?」

クリス「とにかく転送が成功したって事だ。
だが、ここに僕たちがいる事も基本的にはプログラムで再現されているのと変わりない。僕らはこの世界には本当は存在していない。ここに本当の実体は無い。」

豪 「すると?」

クリス「あの時のローレンスと同じく、僕らはここでは幽霊みたいな存在だ。」

部屋の床には小さな陶器の花瓶が転がっていた。クリスはそれを手に取った。

クリス「本当の実体はない筈だが、物がつかめる。」

委員長「どうなっているの?」

クリス「半分実体があるんだ。それは電子体を実体化したようなものだ。
もし、本当にバーチャルリアリティーシステムのカプセルからこの世界に入っていたら、僕達の肉体は消えて、全て電子体に変換されていただろう。
でもスポルティーファイブのパイロットスーツがそれを防止している筈だ。」

豪 「でも、半分実体があるとなると……、もしかすると僕らがここで攻撃を受けると、直に身体に影響が出るような気がします。」

豪は試しに自分の胸を叩いてみたが、ちゃんと痛みの感触もあった。

クリス「ここで物がつかめる以上、半分は実体がある。だから影響は出てしまうだろう。注意して行動しないと。」

神田 「でも、これからどうすんのや?銃もスキャナーもないんやで。」

神田がいつになく真剣な表情で言った。すると…、

委員長「もーーーーー!いきなりマトモな事と言わないでよ!」

豪 「そうですよ、神田さんがマトモな事を言ってはいけません。神田さんは常に”ボケ”役でないと。僕らが”ツッコメ”なくなりますから。」

神田 「なんだよ、それ?!」

クリス「とにかく通信機も無いので矢樹博士とも連絡が取れない。だけどゲートはまだここに存在してると思う。」

クリスは自分の少し前の壁を見た。花瓶を差し出すと、そこに空間の歪があり、花瓶が半分消えていた。

クリス「帰りたい時は、ここに戻って来るしかない。」

神田 「ところであの話はどうなったの?
”矢樹ちゃんが非常の際は回線切って俺らを元の世界に戻してくれる”っつーーー話は?
矢樹ちゃんに通信が通じないんじゃ、向こうでは俺たちのピンチをわかりようがないジャン。」

クリス「確かに向こうは僕らの事を追跡できない。だから、非常の際は僕らが自力で戻って来るしかない。」

委員長「………。」

委員長は急に心細くなった。

クリス「注意が必要だ。この世界での行動には。とにかくこの場所を忘れない事だ。」







スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.32]


クリス達は歩き始めた。

神田 「うわたた!ちょっと待てよ、クリスぅ!」

クリスはドアを開けて廊下に出た。
通路には誰もいない。
よく見るとそこもボロボロだった。床の絨毯はほうぼうシワが寄っていて、ホコリがうっすらと積もっていた。壁紙やポスターがはがれて床に散乱していた。

神田 「うわあああ~~~~!これはいったい?!」

委員長「ひどい荒れ方ね……。」

豪 「クリーンキーパーさんがいらっしゃらないようですね。」




クリスは皆の先頭に立って歩いた。
ホテル内部は一応照明が点いていたが、壊れて一部しか点いていなかったり、電球が切れかけで点滅している場所もあった。

豪 「まるで演劇の舞台の中を歩いているみたいですね。」

神田 「”お化け屋敷”と言った方が早いんとちゃうか?」

飾りの壁にかけられた額縁は曲がっていた。床に落下して割れている陶器の花瓶が数多くあった。
壁際の飾棚は倒れ、中の皿が割れて散乱していた。

神田 「なんやこの有様は?」

豪 「営業はしてないようですね。」

歩いていても人に会わない。また人がいる気配も無かった。辺りには自分達の靴音だけが響いていた。その他には「パチッパチッ」という切れかけの電球が発する音が聞こえるのみ。
クリスは非常階段を使って降りようとした。重い鉄の扉を開けた。
手すりから身を乗り出すと、下の方まで階段が続いているのが見えた。今いる”最上階”はかなり高い位置だ。

神田 「なんやエレベーター使わんのか?」

豪 「ちょっと、神田さん。このホテルの有様を見て使う気になれますか?途中でエレベーターを吊っているロープが切れる恐れがありますよ。
それにもし途中で電力が来なくなったら………。」

神田は痛んだホテル内部を思い出した。

神田 「それもそうやな。」





そして皆は延々と階段を下り続けた。まだ50階分は降りなくてはならない。

神田 「はぁはぁ……。委員長!おんぶしてえや!」

委員長「はん?!」

委員長が何をバカなと言う目で神田を見た。






そして、やっとの思いで一階に出た。

神田 「かなりあったな。はぁはぁ……。」

そこには広々としたロービーが広がっていた。
クリスはすぐそばに見えるホテルの玄関に向かった。前面が広いガラス張りだった。
本当なら見ごたえのある物だろうが、あいにく今そこから見える景色は全て灰色だった。
ガラスの向こうは大雨だったのだ。ここもガラスが多く割れており、雨が吹き込んでいた。外の雨は大変な雨量だった。

クリス「どうしようか?」










降りしきる大雨。しかしこれでもこの世界では小雨の部類に入るのだろうか?

その雨の中を長いレインコートを着て、ブーツを履いて歩いて来る男がいた。
その男は幅の広い階段を登って行った。

ローレンスだった。
ローレンスはその階段を一番上まで登って行った。そしてそこの一画に建つ家の中に入った。












スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.33]


クリスは降りしきる雨の中を歩く事より、まずこのホテル内をくまなく捜索する事にした。

クリス「ホテル内を探してみよう。何か1つでも手がかりになるような物を見つけ出すんだ。」

委員長「そうね。とりあえず雨が止むまでそうしましょう。」

豪 「もっとも”止む”という保証はどこにもありませんが。ここはいつもこんな気象が続くようですし。」



ホテル内の照明は薄暗いので、クリス達はまず懐中電灯を見つけなくてはならなかった。
いたるところにホテルの備品が散乱していたので、床を探すとすぐに懐中電灯が転がっているのが見つかった。

神田 「あったで!」

それを握ってホテル内を一室一室見て回る事にした。
そろりそろりと委員長が歩く。”抜き足差し足”と言った感じだった。

委員長「確かに営業していないようだわ。まったく、人気が無いもの。」

豪 「ガードマンもいませんね。ここはすでに放棄されたという事でしょうか?」










ローレンスが着いた家の中にはレイチェルがいた。
レイチェルに取ってここは見覚えのある場所だった。ここは”アンナの家”。
ここは自分にとっても思い出の場所に当るらしかった。
でもその事ははっきりとは思い出せない。うっすらと頭の中に”感覚”が残っているだけである。

レイチェルは今そこにとらえられていた。

ローレンスがリビングに立っていた。彼はその手に持ったリモコンでこの家の全てのドアロックをコントロールしていた。その為、家のあらゆる鍵はレイチェルの意思では開く事が出来なかった。
”窓も内側から開かない”という状態だった。
なんとかこの家のロックシステムを解除しなくてはならない。そうしないと出られない。レイチェルは今やカゴの中の小鳥だった。

帰って来たローレンスをレイチェルは睨んだ。
ローレンスはまるで自分の家に帰って来たかのように振舞っていた。
まずレインコートを脱ぎ、それを玄関のハンガーにかけた。そしてタオルで拭いた。
ローレンスはもう何も遠慮していなかった。



この家のベッドにはアンナが寝かされていた。
ローレンスは目を閉じて気絶しているアンナの額にしぼったタオルを当てた。

ローレンス「アン……。」

そして彼女の顔色を見た。




レイチェル「これはいったいどういう事?!アンナさんに何をしたの?!」

ローレンス「アンは疲れているだけさ。じき目が覚める。」

しかし、レイチェルは心配であった。

レイチェル「私達をもといた場所に返してください。」

ローレンス「それは……、できない。」






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.34]








クリス達はホテル内をすみからすみまで探した。

神田 「いないねえ。」

クリス「ああ。」

豪 「アンナさんやレイチェルさんの姿はおろか、ここには人っこ1人いませんでした。手がかりも何もありません。」

そこで神田は長く続く通路の奥の方へ向かって大声で呼んだ。




神田 「アンナちゃ~~~~~ん!!レイチェルさぁ~~~~~~ん!!
どこにいるの~~~~?!」




しかし、返事はなかった。

委員長「ホントに”彼”はどこにいるかしら?」

クリス「こうなったら”アンナの家”に行ってみよう。」

神田 「そうやな。それがええで。パスワードに”アンナ・エリス”と入れるぐらい単純な男や。そこにおるに違いないで。」

委員長「……………………。 (>_<) 」

豪 「神田さんの言う事には一理あると思います。
”ゲート”も閉じられずに開いたままですし。
あれがワナなら、もうとっくに何かあってもよさそうですが、それらしい事は起こっていません。
ローレンスは時々感情的なものが優先するような気がします。
普段はいろんな事に注意をはらっていても、”アンナ”さん達の事になると他の事がおろそかになるのかも知れません。」

クリス「そうだね。僕もそうだと思う。
ローレンスが今回の事件を起こしたのは、全てアンナ・エリスさんやアンに再会したい為だった。
と、すると、彼はあのニュータウンのアンナの家にいる確率が高い。」

委員長「”ニュータウン”って、あのニュータウンの事?一度行った事のある?」

神田 「そうそう、委員長が”酔いつぶれた”あの時のニュータウンや!」

委員長「”酔いつぶれた”って、それじゃ、お酒に酔いつぶれたみたいな言いかたじゃない?!」

神田 「♪~~~♪」

神田は口笛を吹いた。委員長をからかって楽しそうである。












アンナは気が付いた。

そしてベッドのすぐにわきに寄り添うようにして座ってるレイチェルの姿を見つけた。
レイチェルはアンナを心配してずっとそこにいたようだ。疲れて目を閉じて下を向いていた。

アンナ「レイチェルさん……。」

レイチェルもアンナが起きた事に気が付いた。

レイチェル「大丈夫?気が付いて良かったわ。心配した……。」

その後、部屋の中を見周すアンナ。

アンナ 「ここは?」

レイチェル「”貴方の家”よ。」

言われて家の中をもう一度見回すと、見つけたくもない物を見つけた。
ローレンスの姿である。
アンナは思わずレイチェルの方へ身を寄せた。レイチェルはアンナをかばう様に抱きしめた。まるで自分の子供のように。
そしてローレンスを睨みつけた。

レイチェル「私達を帰して!」

ローレンス「君達を帰すわけには行かん。
これからはここで私といっしょに暮らすんだ。
君達に危害は加えない。ある程度の自由も与えよう。
それに私には金がある。君達に裕福な暮らしをさせてあげられる。」

レイチェル「私には婚約者がいるんです!貴方とは暮せません。」

それを聞いてローレンスの顔付きが変わった。

ローレンス「もう忘れろ。私は君達を元いた場所に送り届ける気はない。」

レイチェル「……それでも、貴方とは暮しません!」






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.35]









ローレンス「そうか。どうしても暮せないと言うのだな?」

ローレンスを直視するレイチェルの瞳はよどみなかった。彼女の瞳の奥にはアイクしか住んでいなかった。レイチェルはローレンスのこの様な行為を軽蔑さえしていたのだ。

ローレンスは小型のノートパソコンのような物を取り出して、その画面をレイチェルとアンナの方に向けた。画面にはクリスが映っていた。それを見てアンナが驚いた。

ローレンス「どうやら、君の仲間が助けに来たようだね?」

急にアンナの表情が曇る。

ローレンス「私と暮らせないと言うのなら……、彼がどうなるかわからんぞ。」

アンナ「なんですって?!」

ローレンス「もう一度2人に聞く。私といっしょに暮せるのかね?」

アンナ「……。」

アンナは答えなかった。ただ激しくローレンスをにらんでいた。







クリス達はもうアンナの”家”のすぐ近くまで来ていた。

クリス「頂上が見えた!あの向こう側に”アンナの家”があった筈だ。」

階段の終焉、頂上付近が見える。もうすぐである。クリスは勢いづいて走り始めた。

神田 「気を付けえや、クリス!俺たちは皆丸腰なんやで!」

豪 「どこかで武器を入手できればいいんですけど。」

クリスは振り返った。

クリス「とにかくあの家まで先に行って見て来る。そこにアンナとレイチェルさんがいるか確かめる。君達はその後で来てくれ」

豪 「しかし!」

神田 「待てよ!クリス!」










ローレンス「来たな、地球人の若者達よ。」

アンナ「やめて!」

ローレンスはアンナの方を見た。

ローレンス「では、私と暮せるというのだな?」

アンナ「それは嫌!」

ローレンス「…………では、そこで見ているがいい。」

ローレンスはドアロックを開けて、いきなり部屋から飛び出した。

そしてその家の半地下駐車場に止めてあった車に飛び乗った。そこから外に飛び出した。
向かった先はニュータウンの向こう側。そこの斜面には樹木が植えられ、人工的な森林が広がっていた。そこの中にザークが隠してあったのだ。ローレンスはザークのハッチを開けて、コクピットに滑り込んだ。






一方クリスはアンナの”家”の玄関前にたどり着いた。

クリス「これだ!間違いない!」




ゴゴゴゴゴゴゴーーー!




轟音と共に辺りの落ち葉が空中に舞った。
ニュータウンの頂上の向こう側からザークが現れた。神田達もザークの姿を発見した。

神田 「ザークだ!」

豪 「なんでこんな時に!」

委員長 「とにかく逃げましょう!」







スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.36]







純白に近い白さの機体のザークだった。
そのコクピットに座ったローレンスは、今や復讐心に燃え上がりながらコントロールレバーを握りしめていた。そして、アンナとレイチェルにいう事きかすためなら、クリスなどどうなってもよいと感じていた。目の前の大型モニターにはクリスの姿を望遠で捉えた映像が映っていた。

ローレンス「くくく………、クリス。君には気の毒だが……。」

ローレンスはレバーを引いた。極めて正確なジェット噴射が行われ、ザークは空中に舞った。身軽で軽快感があった。

ローレンス「さずがザークだ。これを造った者達には敬意を表する。
我々レイドは高い技術を持っているのだ。今から君達地球人にそれを見せてやる。」

ザークは超低空飛行でクリスに接近した。地面からわずかに離れた距離を飛行した。しかもかなりのスピードで。それで地上のクリスを追いたてた。
機体はクリスのホンの3メートル付近まで接近した為、ザークの巨体からは風圧が発生し、それがクリスの体を押した。クリスは大きくよろめいた。

委員長「クリス君!」

委員長が心配している。









アンナ「なんとかしなきゃ。」

アンナもまたクリスを心配していた。
アンナは家の窓から外を見たのだが、そこからでは背の高い植木にジャマされて、外で何が起こっているのかよくわからなかった。
しかし上空にいるザークは少し見えた。ザークが地上にいる者を狙っている事は確かだった。
その狙われているのはクリスに間違いない。アンナは気が焦った。

そこで玄関に行ってドアを開けようとしたのだが、やはりローレンスによってロックされていた。
窓もやってみたが、結果は同じだった。家のどこの窓も通気口も開かなかった。

アンナ「全部ロックされているわ……。」

アンナはローレンスがますます嫌いになった。

アンナ「こんな事を本気でするなんて。」

レイチェルは家の中に食べ物が残されていないか探していた。
そして探しながらやれやれといった感じで「ひどい人ね。ローレンスという人は……。」と、言った。ローレンスさえいなければ、たとえ閉じ込められていようが、この家は居心地がよかった。
ここにいれば安心感を感じる事が出来た。
食べ物を少し見つけたので、それをアンナに渡そうとした。でもアンナは今は食べ物の事などどうでもよかった。そんな事よりクリスの方が心配である。

アンナ「まずこの家から出なきゃ!ああ、どこかにパソコンは無いかしら?そうすれば、あのキーロックのプログラムを解除できるかもしれない。」

家のキーロックはいまやローレンスが携帯していた小型のノートパソコンから全てコントロールされていた。そしてローレンスはこの家のパソコン持ち去ったらしく、ぱっと見ここにはパソコンはなかった。

レイチェル「待って……。」

レイチェルはそう言って両手で頭を押さえた。何かを必死で思い出そうとしているようだ。
そして、急に何かを思い出したかのように、家の中のある場所に向かった。アンナもそこへついて行った。
それは”女性の部屋”のように見える一室で、そこに置かれている机の引き出しの一番下の段からノートパソコンを見つけた。

レイチェル「以前……、これを使っていたような感覚が残っているわ。」

レイチェルはこの家のキーロックに通じるネットのコネクターの位置もすぐに見つけた。
そして、机の上に座ってパソコンとコネクターをつなぎ、起動スイッチを押した。
そのパソコンはいつ頃から使われていないものなのかわからないが、レイチェルとアンナは無事パソコンが起動したので嬉しくなって顔を見合わせた。

でも起動直後、パソコンからパスワードを求められた。アンナはしまったという顔をしたが、レイチェルはまったく動揺していない。
『アンナ・エリス』と入力するとそのパスワードは解除された。
その後、レイチェルは自分でも信じられないぐらいのすばやいスピードで検索し、家のキーロックのプログラムを見つけた。
アンナもパソコンを扱うのは超人的な速さを持っているが、レイチェルはそれを上回っているように見えた。「手馴れている」のだ。かつてこのパソコンを使いこなしていたかのように。

レイチェルはキーロック解除を試みた。
そしてすぐに成功した。

レイチェル「ああ、これはやはりアンナ・エリスさんが使っていたパソコンだわ。間違いない。
彼女は仕事でいつもこれを使っていたんだわ。私にはわかる。このキー打つと彼女が思い出されるわ。まるで私に彼女がのり移ったみたいだった。アンナ・エリスさんが操作するように、私も素早く操作できたわ。」

こうしてアンナとレイチェルはこの家から脱出する事に成功した。







スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.37]







委員長は必死でクリスに近づこうとするが、近づけなかった。
ザークが右手を伸ばして、その手で直にクリスをつかもうとしていたからだ。

委員長「危ない!」

クリスは必死に逃げる。建物と建物の細い通路等に入って何とかしのいでいた。
クリスだけが狙われていた。神田・委員長・豪はローレンスのこの行動になすすべがない。
委員長達も建物の影に身を隠していた。

委員長「なんとかしてよ!」

神田 「そんな事言っても、どうしようもないで。クリスだけが狙われとるんや。イヤガラセやな。たぶんアンナちゃんを苦しめるための。」

豪 「やはり、どこかに武器がないか探しに行きますか?」

神田 「いまからか?いったいどこを探すちゅーねん?!この世界には土地勘がないんや。間に合わんで!」

委員長「じゃあ、どうするの?!!」

神田 「そや!」

豪 「なんです?」

神田 「いい事、思いついた!」

そう言うなり、神田はクルリと2人に背を向けて一目散に走り出した。この傾斜を下ってふもとの方に向かって走って行った。

委員長「え?」

タッタッタッタッタッタッ!

見る見る内に小さくなっていく神田の姿。

豪 「……。」

豪と委員長はこの突然の行動にただただ驚いていた。

豪 「かっ、神田さん……。」

神田は全力疾走でその場から去り、すぐに視界から消えた。



委員長「逃げたわ……。」



豪 「いくらなんでも……これは………。神田さん、見損ないました。」








一方、家から外へと飛び出したアンナとレイチェル。
アンナはすぐにクリスの元へ走って行こうとした。
その上空をローレンスの乗るザークの機体がかすめる。
アンナのスカートと髪の毛がその風を受けて激しく揺れた。

レイチェル「危ない!引き返して!」

レイチェルはアンナを引きとめようとした。
アンナは自分を呼ぶ声に一度レイチェルの方を振り返り、

アンナ「私が行けばたぶん大丈夫……。ローレンスはきっと私には手出ししないわ。」

と言った。しかしレイチェルは心配顔のままである。
一歩間違えば、ザークの巨体に踏み潰されてしまう事だってあるのだ。






クリスがまたもピンチになり、アンナは走り始めた。レイチェルも彼女を追いかけた。

レイチェル「アンナさんーーーー!!待ってーーー!!」

ローレンスがザークに搭載されているカメラでアンナとレイチェルの姿に気付いた。

ローレンス「アン……!アンナ……!」





その時、委員長もやっとアンナの姿を確認した。

委員長「見つけたわ!アンナがいた!レイチェルさんも!」

豪 「本当だ!やっと見つけた!」

豪は嬉しさのあまり大声でアンナを呼んだ。

豪 「アンナさんーーー!」









アンナ「クリスーーーー!!」

アンナはクリスの名を呼び続けた。
クリスはその声を聞いて、アンナの方を向いた。

クリス「アンナ!」

やっとアンナの無事な姿を見つけるクリス。一瞬安堵感が訪れた。
その一瞬の油断を突いて、ローレンスはクリスをつかみ上げた。
大きなザークのハンドがクリスの身体をすっぽりと手の中に包み込んだ。

クリス「くっ!!」

それを見た委員長が思わず建物の影から飛び出してザークの元へ走った。

豪 「委員長!!待って!危険です!」





スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.38]


ローレンスはクリスをつかんでいる方の”手”をザークのカメラアイが搭載されている頭部に近づけた。
そして外部スピーカーとマイクを使ってクリスに話しかけた。

ローレンス「クリス君、ひさしぶりだね。今、君の顔がよく見える。」

クリス「……………。」

ローレンス「”エミオット”……、”アイク”……、そして”クリス”君……。
君達は私の人生のジャマをして来た。それは……、許すわけにはいかない。」

クリスの自由を奪っている”手”にまだパワーはかけられていないが、その力で握り締められたらひとたまりもない。ザークはもともと凡庸の作業型ロボットでもあるのだ。力は特に強い。
クリスはそのコクピットのシートに座っている筈のローレンスに話しかけた。

クリス「何を言っているんだローレンス!君のやっている事はまちがっている!」

ローレンス「だまれ!何もわからないくせに!口出しするのは止めてもらおうか!」

クリス「こんな事をしていてはアンナやレイチェルさんにも受け入れられない!」

ローレンス「くくくく………、そうかな?君がいなくなれば、私が注目されるようになる。
そしてアイクがいなくなればレイチェルにも……。」

クリス「なんだって?!
やめろ!そんな事をして何になる!絶対受け入れてもらえないぞ!そんな考えはおろかだ!」

ローレンス「私の事を”おろか”だと?フッ!
よく言えたものだ。地球人の分際で。
君達はかつて”おろかな行為”を繰り返して来たというのに。」

クリス「過去の事は、僕には直接関係無い!」

ローレンス「フフフ…。よく言えたものだ。
だが、あの事は地球人全てに責任があるのだ。その責任からは免れられない。

君には気の毒だが……、消えてもらおう。
さらばだ。クリス君。」

ローレンスはザークを操作し、クリスを握り締めている方の”手”に、もう片方の”手”を被せた。

クリス「うっ!」

とたんにクリスの周囲は影に入り、真っ暗になった。





アンナ「やめて!ローレンス!!」

アンナがザークの足元に向かって一直線に走り寄って来た。
ローレンスは今度はアンナの方に話しかけた。

ローレンス「アンナ、では私と暮せるかね?一生。」

アンナ「クリス君を放して!」

ローレンス「質問に答えないのか?」

ローレンスはザークの両腕に力を込めるポーズをとって見せた。

委員長「きゃーーーーーーーーー!!!」

アンナ「クリス君ーーーーーーー!」

まだパワーはかけられていなかったが、それでもアンナに動揺を与えるには充分だった。
アンナは全身が震えた。

ローレンス「暮らすのか暮さないのか、どっちなんだ?」

アンナ「…………わかりました。それでいいなら。いっしょに…………、暮らすわ。
だから………、クリス君を放して。」

ローレンス「くくく……。物分りがいいな。さすが頭の良い娘だ。それでこそアンナ・エリスの子供だ。」

ローレンスはゆっくりとクリスを握った”手”を下ろした。そして地面に着いた時にその”指”を広げた。開放されたクリスは少しよろめきながら手の中から出て来た。
そこへアンナが駆け寄って来てクリスに抱きついた。
……クリスの温かさが伝わって来るような感じだった。今はクリスの身体は本当は擬似であるが、同時にこの世界に”実在”していた。それを確かめるように、アンナはしっかりとクリスに抱きついていた。

委員長「!」

委員長は離れたところでこの光景を見てショックを受けた。
そしてローレンスもそうだった。アンナがどれだけクリスの事を心配していたかがこれで痛いほどわかった。

ローレンス「……。」

それはローレンスがそうされたいと願っていた光景でもあった。だが彼はこれまでその機会に恵まれなかった。



アンナ「ああ、クリス、大丈夫?」

しばらく経ってもアンナはクリスから離れようとしなかった。




ローレンスの胸の中に言い知れない怒りがこみ上げて来た。
そして彼はそれをクリスにぶつけようとした。

ローレンス「アン!クリスから離れろ!」

アンナ「私は”アン”という名前じゃないわ!」

ローレンス「今後はそう呼ばせてもらう。クリスから離れろ!」

アンナはザークの外部マイクにひろわれないような小声でクリスに話しかけた。
そして逃げるように言った。

クリス 「君もいっしょに逃げよう。」

アンナ 「今はだめだわ。先に逃げて。」

クリス 「君を置いてはいけない。」

アンナ 「いいから先に逃げて!ここは私がなんとかするから!」







スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.39]

クリスはアンナに背中を押された。しかしその場を去らなかった。アンナだけ置いて逃げる事はクリスには出来なかった。

クリス「君もいっしょに逃げるんだ!」

2人はそこで見つめ合った。アンナは涙を流した。
この光景を見ていたローレンスは、ザークを操作しクリスを再びつかみ上げた。


委員長「きゃーーーーー!!」


委員長がまた叫び声を上げた。

アンナ 「ローレンス!」



ローレンス「クリス君。君がいれば…………、私にとって全ての事がうまく行かなくなる。
すまないが……、消えてもらう。」

アンナ 「やめてーーー!」

ローレンス「許してくれ。アンナ。」




その時、レイチェルがアンナのところまで走り寄って来た。

レイチェル「アンナさん!」

レイチェルはひどくアンナを心配していた。

レイチェル「隠れるのよ!危険だわ!」

アンナ 「でも、クリス君をほっておけない!」





クリスはザークの手の中でもがいていた。
まだパワーはかけられていないが、そこから出る事は出来なかった。

ローレンス「ははは……。」

ローレンスはコクピットの中で泣きながら笑っていた。

ローレンス「ははは…………、くくく……………。
クリス君……、君の言う通りだ。私はおろかだ……。
だが、どうにも止まらないんだ。自分で自分のしている事を止める事ができないんだよ。
これまで私を取り巻いて来た苦境が………、そうさせるんだ。」

クリスは今一度「やめろ!」と叫んだ。しかしすでにザークの両手が覆いかぶさっており、その声は外まで響かなかった。

そして、ローレンスはザークの両手にパワーをかけた。
ギューーーというザーボモーターの音がして、ザークの指と指が圧力によって擦れるような鈍い音が周囲に響いた。



委員長「きゃーーーーーー!!!」



クリスを握り締めていたザークの両手が明らかに収縮した。



アンナ「……。」

アンナは愕然とした。
そして、地面に膝を着いた。



ローレンスはそのまま泣き続けていた。



レイチェルはなかば放心状態になったアンナを無理に抱き起こした。そしてアンナの肩を抱いて歩き始めた。

レイチェル「どこかへ隠れないと!」

アンナ「嫌!」

それでもレイチェルはアンナを引っ張って行った。そしてニュータウン周囲の植え込みの中に隠れた。建物が密集して建っている場所と反対側の斜面は森林が受けられていた。さきほどまでザークが隠れていた森だ。レイチェルはその奥へと進んだ。






数分経ってもローレンスはまだ泣いていた。彼は肩を落としてシートの上に座っていた。

ローレンス「……私はなんと言う事をしてしまったんだ……。クリス君……。すまない。本当にすまない……。」

ローレンスは急に感情的になった。やっと自分の行った行為がわかったようだ。
そして我に返り、レイドを操作してクリスを握り潰した両手を広げた。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.40]


しかし……、そこにクリスの遺体は無かった。

ローレンス「…………?」






その時、突然委員長は全身を強い光に包まれたような感覚を覚えた。
周囲は真っ白になった。
やがてその光が収束し、光量は通常の強さにまで弱まった。
その中に目が慣れた頃、周りの景色が見え始めた。そこに見える光景はさっきとは全然違っていた。傾斜のあるニュータウン、建物群、アンナの家、ザーク、アンナ、レイチェル、全てが消えていた。
それにさっきよりいくぶん暗かった。
まずキャノピーが見え、ガラスの反射の揺らめきが見えた。そこに計器版のランプ群が反射して、クリスマスツリーの電飾のように見えた。
そしてキャノピーの向こう側には装甲板のような天上が見えた。

委員長「ここは……?」

気が付くとそこはスポルティーファイブのコクピットの中だった。
委員長は倒したリクライニングシートに寝そべっていた。

委員長「?」

そこへ矢樹から通信が入った。

矢樹 「気が付いたか?」

委員長「……?クリス君は?」

委員長はまだ少し頭の中が寝ぼけた感じだったが、それでも真っ先にクリスの事を聞いた。

矢樹 「クリスは無事だ。」

委員長「え?!」

その委員長のところへクリスから通信が入った。

クリス「回線を切断したんだ。それで僕達は戻って来れた。ここは”現実世界”だ。」

委員長「クリス君!」

委員長はクリスが無事で嬉しくなった。

矢樹 「あのまま回線が切られていなかったら危なかった。
君達は向こうの世界で電子体という実体を持っている状態だった。
万が一、その状態で殺されるような事があれば、君達の意識は永遠に消滅していただろう……。
身体だけがここに残って、君達の”心”が失われるところだったのだ。」

委員長「よかった……。クリス君、無事で。」

そこへ豪も通信して来た。

豪 「クリス君、本当に良かった。グッドタイミングで戻れましたね!」

神田 「へへへ……。」

神田も帰って来ていた。そして得意気に笑っていた。

委員長「げっ!かっ…、神田ぁ!」

豪 「あーーーーーーー!かっ、神田さん!!!」

委員長「神田あ~~~~~!貴方、クリス君を放っておいて逃げたわねぇ~~~~~?!!」

それには矢樹が代わって答えた。

矢樹 「いや、神田が先にゲートをくぐってこちらの世界に戻って来た。そして君達のピンチを知らせてくれたんだ。
その連絡を受けて、私が回線を遮断した。」

委員長「え?」

豪 「え?」

委員長と豪はキョトンとし、神田はさらに得意顔になった。

委員長「神田君があの時逃げたように見えたのは…?」

豪 「実はゲートに戻る為だった?」

委員長「すると……、私達は神田君に救われた……?」

神田は得意気に笑った。

神田 「まあ、そういう事。今回の件は貸しにしとくぜ。なっ、クリスぅ~~~。」

委員長「くっ!」

委員長はなにやら不に落ちない表情をしていた。
クリスはそれに笑って答えた。

その後、クリスは矢樹に話しかけた。

クリス「”向こうの世界”にアンナがいました。場所もわかります。”アンナの家”があったあのニュータウンです。アンナの救助に向かいたいと思います。スポルティーファイブの出動を許可願います。」

委員長「そうだわ!アンナとレイチェルさんもいっしょにいるのを見たわ!助けに行かないと!」







© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: