素盞嗚(スサノオ)の日本古代史

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Jan 13, 2005
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カテゴリ: 古代史レポート
昨日は夕方から酒びたり、最近は二日酔いが激しくて、午前の会議はきつかった・・・
さて、昨日のつづきを書きます。
中国の国史「旧唐書」には、7世紀の日本は「倭国」と「日本国」の2国が列島に存在したとあり、その記事に対して日本の学者は、旧唐書は信用できない、でたらめだ。と言っています。
学校で習った歴史の授業では、当然列島の王者は大和朝廷だけですから、いきなり2つの国があったと言われても信じられないですよね。
古代史を探求する際、文献学と考古学という二つのアプローチがあります。7世紀の定説はどのように作られたのでしょうか。大半は720年に完成した「日本書紀」という日本の国史によって、文献学の立場で定説は作られてきました。日本書紀では、7世紀の王者は大和朝廷のみである、と言っています。これまでの研究者は旧唐書よりも日本書紀のほうが正しい、と認識している訳です。
はたしてそうでしょうか。
国史の編纂とは、時の権力者が作るのですが、自分に都合の悪いことは粉飾したり、平気で抹殺してしまうんです。それは日本であれ中国であれ一緒ですが、中国の国史の中にある外国紹介で、日本が2国に分かれている、とわざわざデタラメを書くとはどうしても考えられない。逆に日本側が、2国あったものをあたかも昔から私の国しかありませんでしたよ、と他の1国を抹殺してしまう、ということは充分考えられますよね。
文献学の立場で、古代史のことを研究する場合、国内文献より外国文献のほうが信憑性は高い、ということは常識なんです。
もしかしたら日本の古代では、2つの国が並列して存在した可能性があるんです。

次回は「隋書」について考えます。





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Last updated  Jan 13, 2005 04:35:09 PM
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Re:間違えだらけの日本古代史VOL.3(01/13)  
住医 さん

第三者機関(外国)の文献の方が信憑性高いという考えは目からウロコでした。
(Aug 12, 2005 02:12:22 PM)

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