アオイネイロ

不思議の国と闇の支配者


パクリ・コピペ等は止めてください。
キャラクターわかんねぇよっ!とか、何ソレ?という方は『Fantastic antasia』を見て下さい。
それ以外の方はどうぞ・・・。


~不思議の国と闇の支配者~


序章 木の下での読書

「音が、聴こえる・・・・」
 最初にそう言い出したのは、千歳だった。

「音? 何の?」
「えっとね・・・水の音と、それと・・・・足音。
はだしで濡れた廊下を歩くような・・・不気味な音」

 時歌の服の裾をぎゅっと握り締めながら、千歳はそう言った。

「何だそれ。廊下ってことは家だろ?
ここら辺に建物とかあったっけ~~?」

 葵がポリポリと頭をかきながらそう聞くが、周りを見渡す限りそんな物は見当たらない。

「ん~~、もっと遠くにあるのかもね。千歳、どこだかわかる?」
「うん。呼んでるよ・・・・ずっとずっと呼んでいる」

 時歌の問いに、千歳はすっと路地裏を指差して震えた声でそう言った。
「呼んでるって、ウチ等の事を?」
 るかがそう聞いて、狭く薄暗い路地裏を見た。
千歳は小さく頷いて俯いてしまう。

「う~ん。考えても仕方ないし、行く?」
「そうね~~、行くしか無さそうだしね~~」

 籟琉が奥に入って行くのに続いて、沙ゞがそう言って進み、なんやかんやで皆がその路地裏に入って行った。
 その時、壁のところに掛かっていた古ぼけたプレートが風に吹かれてぱたんとひっくり返って、そこに書いてあった文字が露になる。

『立ち入り禁止』


第一章 木陰でうたた寝

「あ・・・建物って、あれ?」
 葵が指差したその先には、ボロボロで今にも崩れそうな廃墟が重苦しい雰囲気を醸し出しながら立っていた。
「ね、ねぇ。入らない方がいいんじゃない?」
 その、いかにもな洋館を見上げて苺夢は震える声でそう言った。
確かに、恐ろし気で化け物でもいるのではないかと疑ってしまう。

「でも、ここまで来て戻るのもなぁ~~」
「いや、どうやら戻れないみたいだよ」

 籟琉がう~~んと唸って考えていると、時歌が多少緊迫感を滲ませた声色でそう告げた。
「えぇ!?時歌、嘘だよねぇ!嘘でしょ~~?」
 苺夢の今にも泣き出しそうな問いに、時歌は静かに首を横に振ると手をすっと今来た路の方へと出した。
 すると、手は見えない何かによって阻まれ、時歌の触れた場所に波紋が広がった。
「閉じ込められた、かな?どうするかねぇ」
 沙ゞが腕を組んでそう言いながら首を捻る。
「入れって事でしょ?」
「そうだなぁ・・・・入るしかなさそうか」

 るかの言葉に、葵が渋い顔をして頷くと、そのままゆっくりと中に入って行った。
 それに続いて籟琉やるかも入り、全員がその廃墟の中へと入って行った。

「うわ、いかにも幽霊屋敷だ。ちーちゃん、まだ音聴こえる?」

 崩れかけた屋敷に入ってすぐに、時歌が千歳にそう聞いた。
 千歳は小さく頷いて上を指差す。
 どうやら音は二階から聞こえているらしかった。

「えぇーー!上あがるの~~!?」
 苺夢が籟琉に抱きつきながら非難の声をあげた。
「だって行かなきゃずっとここから出られないかもだぞぉ、ご主人!」
 苺夢の少し先を歩いていた天音が振り返ってそう言う。
「うぅ・・・・何でみんな怖がらないのぉ~~!ねぇ、時歌・・・・・ってあれ?時歌!?」
 苺夢が同意を求めようと一番後ろを歩いていた時歌の方を振り返る、がそこに時歌はいなかった・・・・。
「え?時歌が迷子、なワケないよな。どこ行ったんだ?」
 葵の困惑した様な言葉に、珍しく時歌の後ろに隠れていなかった千歳がオロオロと辺りを見渡す。
「此方に違う通路が御座いますよ。奥に誰か、いる・・・・ようですね」
 蜻羅が細く続く通路を見つけてそう言う。見ると、奥の方にぼんやりと人影が見えた。
「あ、時歌かな?お~~い!!」
 るかが声を張り上げて声をかけるが、人影はピクリともせずに佇んでいて動かない。
「違うんですかね。行ってみますか?」
 凜がその人影を見つめながらそう言うと、皆がその人影に向かってゆっくりと歩き出した。

「時歌~~?聞こえてないのぉ?」
「もしかしたら、時歌じゃないかも知れないよ」

 苺夢が震え声で人影に声をかけるのに対し、苺夢にしがみつかれた状態の沙ゞが静かにそんな事を言う。
 その時、先頭にいた疾風がぴたりと止まった。

「どうしたの?疾風」
「鏡がある。主、此処は行き止まりだ」

 籟琉が不思議そうにそう聞いてくるのに対し、疾風が目の前にある鏡をコツコツと叩きながらそう返した。

「ああ、じゃあ人影って、鏡に映ったウチ等だったって事?」
「いや、それはありえないだろ」

 苺夢の安堵した様な問いかけを、葵が至って冷静にそう否定する。
「あの距離から私達の姿が鏡に映るとは考え難いでしょうね」
 蜻羅がきょとんとしている苺夢にそう説明した時だった。苺夢の肩の上に、誰かの手が乗った。
 苺夢は一番後ろにいたので、後ろには誰もいないはずだ。

「きゃあぁぁぁぁっ!!」
「え、ちょ・・・・苺夢?」

 苺夢が思わず悲鳴を上げると、背中からは聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「って時歌!?」
「な・・・?どうしたのみんな」

 思いっきり振り返って唖然とする苺夢達に、時歌は困惑した表情で聞いてきた。

「急にいなくなったから心配したんだよ~~!
勝手にどっか行かないでよ!」
「ああ、ごめん・・・」

 沙ゞの言葉に、時歌は少し不思議そうな表情をしながらそう言った。

「時歌、大丈夫?まだどっかおかしい?」
「・・・・それは一体どういう意味で言ったのかなぁ?
ねぇ、そこんとこよ~~く教えてもらえると嬉しいな♪」

 籟琉の言葉に、時歌がにっこりと笑ってそう言ってくる。
「ああ、いつもの時歌だ。ブラックだ・・・」
 隣にいたるかが、それを見ていてぽつりと呟いた。

「さて、もうどっかいなくなるなよ~~」
「あいさー!」

 葵の言葉に、時歌はビシッと敬礼してそう答える。

「で、そう・・・二階に行くんだよね」
「あそこに階段あるよー」

 奥にある階段を指差して、沙ゞがそう言う。

「よし、行くか」
「そだねぇ」

 ごくっと唾を飲み込んで皆はそう言うと階段をゆっくりと上りはじめた。
 一段ごとに、階段の板が軋んでミシミシと嫌な音をたてる。
「音が、止んだ・・・・」
 不意に千歳が空を振り仰ぐとそう呟いた。
「え?足音はもう聞こえないんですか?」
 凜の問いかけに、千歳が小さくこくりと頷く。
「う~~ん。取り合えず行ってみよう、みんな気ぃつけてね」
 葵の言葉と共に、階段の上に暗い影が一瞬だけ現れた。

「い・・・今、何かいたようね?」
「いた、気がする・・・」

 苺夢が震える声で尋ねると、るかが真剣な表情でそう言って空を仰いだ。

「でも、音はしない……さっきまで、ものを食べる音が……してた」
千歳が、1人でぴょこぴょこと階段を登りながらそう呟いた。
「千歳?先に行ってしまうと危険ですよ」

 蜻羅がそう言って止めようとするが、千歳は少し振り返って小首を傾げるとまた登って行ってしまう。
「…………?」
 今まで千歳が誰かの言い分を聞かないという事は無かったので、皆は顔を見合わせて不可解な表情になった。

「ねぇ、さっきから足音聞こえない?」
「え……?」

 天音が急に言い出したその言葉に、歩いていた皆の足がぴたりと止まった。

「何も、聞こえないですよ?」
「そう?ずっと足音が……引きずってる音と水で濡れた……」

 蜻羅の言葉に、天音が眉を寄せてそう言葉を紡いだ。

「千歳もそんな事は言ってなかったが?」
「だよ、ねぇ。気のせいかなぁ?」

 疾風の言葉に、天音が不可解そうな表情をして首を傾げた。
「ほら……あの扉から、ずっと、音……してた」
 階段を登り終えた千歳が、奥にあるひとつの扉を指差してそう言う。

「……ご主人。何か、おかしい気がする」
「え?何が、おかしいの?」

 天音の言葉に、苺夢が振り返ってきょとんと尋ねる。

「だって、千歳が時歌の傍を離れて1人で先行くのも、蜻羅の言葉に耳を貸さないのも……普段なら絶対にありえないじゃん」
天音が千歳をじっと見つめながらそう説明する。
「確かに、ちょっと引っかかるよな。コノカの傍を離れるのはまだ分かるけど蜻羅の言葉を全く聞かないなんてな」
 天音の言葉に、紅亜も小さく頷く。

「いや、でも早く敵を倒しちゃいたいとかあるかもしれないだろ?」
「いや、千歳の性格からしてそれは無い。
自分の御主人がピンチになってるとかの理由が無い限りはな」

 葵の反論をぴしゃりと否定すると、紅亜はそう言葉を紡いだ。
「ん~~、時歌はどう思う……、時歌?」
 話ながら扉を開けるべく扉に手をかけた沙ゞが振り返ってそう尋ねたが、時歌は皆とは少し離れた階段のすぐ近くに立って、俯いていた。
「早く、此処を……開けて?」
 千歳がぐいぐいと沙ゞの服の裾を引っ張りながら焦ったようにそう言う。
「ちょっと待って。何か、変だよ……。時歌?」
 るかがぴたっと動きを止めて、俯いて見えない時歌の表情を伺うようにそう声をかけた。
 しかし、るかの言葉にも、時歌は全く反応を示さずぴくりともしない。
「は、やく……行かなくちゃ……」
 千歳がか細い声でそう言うのを隣で聞いていた疾風が、突如としてその扉を開けた。
 皆の視線が一斉にそちらの扉に向かう。その時だった。
「動くナッっ!!」
 突如として、今まで無反応だった時歌が有り得ないくらいの大声で叫んだ。
「なっ!!?」
 慌てて振り返ると、時歌が短刀を自らの首に当てて立っている。

「ちょ、時歌?どうしたの……」
「其ノ中に入ルなッ!!」

 恐る恐る近づいて声をかけようとした苺夢に短刀を向けて制しながら、時歌は凄い形相でそう叫ぶ。

「これは……」
「全く厄介だね」

 籟琉の呟きに、紅亜がやれやれと肩をすくめる。
「まさか、魂がっ!?」
 沙ゞが驚きと焦りが入り混じった様な声でそう漏らした。

「っ!まさか、……あの時でしょうか。
マスター、コノカちゃんが消えてからどの位時間が経ったか分かりますか?」
「えっと……2・30分だと思うけど?」

 珍しく凜がいつもの笑顔に焦ったような表情を伺わせて聞くのに対して、るかが慌ててそう答える。
 しかし、それがどうしたと聞きたげだ。
「マだダ……まだ力ガ足リナぃ……。魔力ヲ……此ノ体を使っテモ…」
 時歌がぶつぶつと呟きはじめた。
 すると、時歌の体からは今までに無いくらいの負のオーラが滲み出てきて、その場の空気を圧倒させる。
 皆の仲間である時歌は、しかし圧倒的な差を持ってその場の空気を従わせていた。
「やべぇ、不利だ!早く逃げるぞ!!」
 紅亜が軽く舌打ちをすると、時歌から目線を外さずにそう叫んだ。
 疾風は近くにいた千歳と籟琉をひょいと抱えあげると走り出す。
 天音はまだ呆然としている苺夢の手を引いてそれに続いた……。
 皆が奥へと走って行くのを確認すると、紅亜も横で突っ立っている葵を抱えて走り出した。


第二章 ウサギを追いかけて穴の中に・・・。

 闇の中、少女がひとり。
 泣いていた。
 独りぼっちで、しゃくり上げて・・・。
 誰か一緒にいてくれる人を探している。
 誰もいない。傍には誰も・・・。
 その刹那、少女が闇へと溶けた。
 暗闇と静寂が辺りに広がったと思うと、真っ赤な雪が空からちらちらと降ってきて、闇を赤く染め上げた・・。

                               †

「ちょ、紅亜!何なんだよ!!」
「疾風もだよ、時歌がおかしいのは分かったけど置いてっちゃったらどうにもならないじゃん!」

 永遠に続くのではないかと思う程の長い廊下を駆けて。
 いくつもの扉が一定感覚に並んでいるその何個目かの扉を開けて中へと飛び込んでその鍵を閉めた。
 そして皆がほっと息をつくのと当時に、葵と籟琉が口を揃えてそう文句を言った。
「あのままあそこに居て、何の犠牲も無しにコノカちゃんを助けるのは難しかったと思いますよ」
 凜が困ったように微笑みながら、二人を諭そうとする。

「けど、だからって・・・」
「いいから御主人、少しは人の話を聞け!」

 それでもまだ何かを言おうとする葵の言葉を紅亜が斬って捨てると、皆が静かになったのを確認した蜻羅が静かに口を開いた。

「あれは、永魂幻夢想(えいこんげんむそう)と言い、闇の支配者(ダークマスター)という者の技の一種なのですよ」
「ダーク、マスター?」

 蜻羅の言葉にるかが聞き慣れない単語を耳にして、そう聞き返した。
「闇の支配者というのは、名の通りに闇を操る黒魔術師です。しかし、普通の黒魔術師とは勿論違います。闇を体の中で飼い、その為身体は闇に犯され、時にはその姿さえ闇によって失くしてしまう……」
 蜻羅が静かにそう説明する。
「ちょっと待って、って事はもしかしてその闇の支配者ってヤツが身体を失くして、変わりに時歌の体を乗っ取ったってコト?」
 考え込んでいた籟琉がぱっと顔を上げてそう言うのに対して、蜻羅はそっと頷いた。
「って事はつまり、時歌の身体で闇の支配者がその術を使うと……時歌の身体にも影響が出てくるって事になるよね?」
 今まで黙っていた沙ゞが、そう口を開く。
 その口調には、若干焦りが滲み出ていた。
「ああ、だから凜はルカに時間を聞いたんだ。このまま行くとコノカの体が完全に闇の支配者に犯されるのにあと1時間30分から2時間。それまでの間にどうやって助けるか……何だケド、あの闇の支配者の様子からして迂闊に近づくとこっちがまたコノカの二の舞になりかねないしね」

コツ……コツ……コツ……

 紅亜が説明していると、不意に遠くから足音が響いて来た。
 皆がはっと息を飲んで口を噤む。
 辺りに緊張が走る。
 その間にも、足音はどんどん近づいて来る。
 ギィィ……という軋んだ音で、足音の主が廊下に並ぶ扉のひとつを開けた事が知れた。
 バタンッという音と共に扉が閉まり、足音の主が次の扉へと向かう。
 次々に扉が開かれては閉まり、ついに足音の主は紅亜達のいる扉の前へと歩いて来た。
 皆が息を潜めている中で、ガチャガチャと乱暴にドアノブを鳴らす音が響き、目の前の扉が軋んだ音を立てて軽く揺れる。
「……みんな、いるの?お願い……此処を開けて。ねぇ……お願いだからっ!開けてぇっ……」
 扉の向こうから、時歌の今にも泣きそうな声が聞こえて来た。

「この、か……?」
「あ、けちゃ……だめ」

 呟く苺夢を、千歳が慌てて制した。
 その間も、ドアノブはガチャガチャと揺れている。

「千歳?ねぇ、千歳だよねぇ……お願い、だから開けてよぉ…」
「ーーっ!!」

 時歌のその言葉に、千歳はぐっと唇を噛んだ。
 握り締める手が微かに震える。
「ねぇ、開けて?ココヲ、開けテ……?開けテよ……オ願ィ、開ケテ……開けテ、開ケてお願イ、開けテ開ケテェ……ぁケテぇ」
 時歌の声が段々と醜く変わり、ガンガンッと凄い音で扉が叩かれる。

「ひっ・・・・・!」
「ちょ、こわぃって!!」

 たまたま近くにいた苺夢と沙ゞが互いに抱きつく。
「・・・・・」
 少しして、扉を叩いていた音も、時歌の声もぴたりと止んだ。
 辺りに静けさが広がっていき、皆の緊張の糸が緩む。
「こ、のか・・・?」
 ガァァァァンッッ!!!!
 苺夢が恐る恐る呼びかけたその時、扉が壊れるのでは無いかと思う程の轟音がして、扉に時歌の武器である鎌の切っ先が微かに覗いた。

「マ、スター・・・」
「力が欲しイノ、力を・・・マだ足リナい・・・」

 千歳が呼びかけるが、扉の向こうにいるモノはブツブツと呟いていて何を言っても反応しなさそうだった。
「フフ・・・ァハははハハハハアはハははハハハハハハあはハハハッッ!!」
 甲高い、不気味な声で笑い出してガンガンと鎌を扉に叩きつける時歌。
 その衝撃で扉がひしゃげて歪み、僅かに開いた穴から時歌の眼が覗いた。
「見ぃつケタぁァ・・・・」
 時歌がにやあぁと嗤ったのが、扉越しにも良く分かった。
 その時、暗く赤い光が瞬いて、その場にいた皆が思わず目をつぶった。
「っく、何をするつもりだ!?」
 疾風がそう叫んで、慌てて目を開けたその時にはもう、ひしゃげた扉の隙間に時歌の眼は無く、気配さえも消えていた。

「な、んだったんだ?」
「あ、るじ・・・?主!?」

 皆がゆっくりと瞳を開く中に、蜻羅の悲痛な声が響き渡る。
「な・・・沙ゞ、は?」
 籟琉が辺りをキョロキョロと見渡しながら戸惑った様な声と表情で呟いた。
「連れて、いかれたか・・・」
 紅亜が悔しそうにそう言って歯噛みする。

「暗い、クライ場所に・・・落ちて、堕ちて・・・」
「蜻羅・・・。少し、落ち着け」

 空を見上げながら虚ろな瞳で呆然と呟く蜻羅に、疾風が辛そうな面持ちでそう声をかけた。
 蜻羅はのろのろと顔を上げて疾風のことを見つめる。
「落ち着いて、今自分に何ができるかを考えよう。大丈夫だ。何と言ったって蜻羅、お前の主であろう」
 力強く頷いて、軽く微笑んでみせる。
 疾風自身、何か勝算がある訳でも無く内心若干焦っていた。
 しかし、そう言うしか無い。
「そう、ですね・・・。きっと大丈夫です」
 蜻羅もふっと微笑んで軽く頷いた。
「お~い、お願いだから2人の世界に入らないで~~」
 それを見ていた天音が妙に間延びした声でそう言う。
「いや、そんな事よりも今は時間が惜しい。早く2人を助けないとならないな。時間が少ないのであれば動いた方が得策だ」
 疾風が天音の言葉を気にかけた風もなくその場から立ち上がるとそう言った。
「でも、また沙ゞみたいにならないか?」
 葵が不安気にそう聞くと、凜がそっと微笑んで首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。姿が消えたという事は闇の支配者が2人の身体や魂の侵喰を始めた事を意味しますから。しばらくはあちらも動かないでしょう」
 凜がふわっと微笑んで説明する。
「いや。大丈夫って言うか何!?その侵喰って!!明らかにヤバい方向に進んでるじゃん」
 納得しかけたるかがそう叫んで凜につっこむ。
「はい。ですから、急ぎましょう?」
 凜が立ち上がって、疾風と蜻羅の隣に立つと、そう言った。

                               †

「うわあぁぁぁ……何か浮遊感が……」
 堕ちていく感覚に、沙ゞは思わず口元を抑えた。辺りは真っ暗で、夜よりも暗く、何よりも闇が重かった。
「詠え、叫べ、呪いたまへー。憎め、殺せ、痛みを感じ~~♪」
 堕ちている沙ゞの耳に、歌声が響いて来た。
 よく知っているその声に、思わず沙ゞはあ…と呟くと視線を巡らした。
 黒い闇の中で赤い雪を身に受けて、少女がくるくると踊りながら歌っていた。
「……時歌発見。てか見つけんの早っ!」
 それを見てそう呟いた瞬間、沙ゞは真っ赤な雪の上にどさっと落ちた。
「痛った……くはないなぁ~~、何ぞこの雪?実験に使えそうだな~~」
 呑気な事を言いながら、沙ゞはむくりと起き上がって時歌がいた方向に目をやる。
「雪……冷たい。誰も、いない……。誰を……探してる?」
 時歌はぽつりぽつりと呟いて、空を見上げている。
「お~い、時歌さーーん?何やってんの?」
 多少大きめの声で沙ゞが呼びかけると、時歌が驚いた表情で沙ゞの方を振り返った。
「………誰?」
 眉を寄せてしばらく沙ゞをじっと見つめていたが、思いだせなかったのか時歌が首を振ってそう尋ねて来た。

「わ!酷いよ時歌……。
友達の名前を忘れたのかい?」
「とも、だちって……何?」

 沙ゞの言葉に、不可解そうに首を傾げてそう聞いてくる時歌に、沙ゞは頭を抱えた。
 ……こりゃあ、重症だな。
「ん~~、待て。取りあえず頭を整理しよう」
 びっと時歌の目の前に手を出してから沙ゞはぐるぐると頭の中で考えはじめた。
 と、その時大地を揺るがすようにして地震が起こった。
 慌ててバランスを取る沙ゞと対象的に、時歌はストンとその場に座り込んだ。
「おとと……時歌、大丈夫?」
 少しして揺れが収まると、沙ゞは未だに座り込んだままの時歌に声をかけて手を差し伸べた。

「………あなた、誰?」

 …………………ホワイ?え?ちょっ、何?ってか何故!?
 思わずその場で座り込んで頭を抱える沙ゞを不思議そうに見つめる時歌。
「まじでかぁ…‥、ああ早く戻らないと皆に迷惑かけちゃうよぉ~~。
蜻羅ちゃん、心配してるんだろうなぁーー」
 自分で呟いてから、自分の言葉に奇妙な違和感を覚えた。
「蜻羅ちゃんって、誰だっけ……?ってえ、何言ってんのウチ……蜻羅ちゃんは私の使い魔で……?」
 自分で自分に言い聞かせてる間も、沙ゞ頭の中で警告が鳴り響いた。
 これ以上ココに居たらヤバい。

「ん~~。また地震が来たぁ……これで今日は8回目ぇ。記憶、消えて……痛み、失くなるぅ♪」
 赤い雪がちらちらととめどなく降ってくる空を見上げながら、隣で時歌が歌うように節をつけてそう言っている。
「これで8回って事は少なくとも7回目までに逃げない時歌のような末期症状になるか」
 ふむ…と顎に手を当てて考え込む沙ゞ。
 隣で時歌がそれをじっと見つめていたと思ったら、不意に口を開いた。

「おっきい棟の一番高いトコ。みんなの記憶のカケラが奉られてる。地震は20分に一回。棟の時計が2時を告げたらこのセカイは崩れて消える。私達の魂も、壊れて消えるよ」
「え……?」

 沙ゞがぱっと時歌の方を見ると、時歌がゆっくりと立ち上がった。
「ウサギさんが逃げる。裁判が始まる。女王様がいらっしゃる」


第三章 穴の中でウサギを探して・・・。

「女王様は真っ赤なドレス。トランプ兵が白薔薇を赤ぁく塗る。純白のココロ、ペンキで塗り潰す」
「女王様……?アリスかぁ。心が塗られるってのは壊れるってコト?」

 時歌の言葉を何とか解釈しようとする沙ゞだが、とりあえずこの子が意味のある事を言ってるのかさえ不明だったりする。
「危ないのは、あの子。お姫様は、純潔で純粋。真っ白なココロの少女」
 遠くに見える棟を目指して歩きながら話す時歌と沙ゞ。
 会話が何とか噛み合うのがすごい。

「え……?姫ってもしかして、ライの事!?」
「ライ?知らないよ」

 沙ゞの問いに、時歌がきょとんとしてそう言った。

「時歌、その歌なんで歌ってるの?」
「なんとなく~~。誰かに伝えなきゃいけない気がする。……何でだろ?」

 沙ゞの問いに時歌は首を捻りながらそう答えた。
「無意識……?時歌がココに来て調べた事かなぁ……」
 沙ゞがそう呟いた時、またあの揺れが巻き起こった。

                                †

「あーーもうっ!闇の支配者の姿はどこに消えたんだよ!!」
 屋敷の中を歩きながら葵が叫んだ。
「どこまで行っても、この廊下は終わらないの?」
 疲れたように、るかもそう言う。

「……おかしい、ですね」
「もうおかし過ぎるでしょ!!」

 凜の言葉に、籟琉がそうつっこむ。
「どう千歳、どうにか探れそう?」
 そんな時、天音が千歳にそう声をかけた。千歳は無言でコクリと頷き、すっと一歩前に出る。
「探り糸……一弦・二弦……六四方」
 目をつぶって両手を前に出すと、千歳は小さく呟きはじめる。
「………響けっ!!」
 キィィィ……ンと辛うじて皆の耳に音が届いた。
 余波のよな音が静かに響き、そして消えた時、千歳がはっとしたように目を見開いた。
「も、戻れっ!」
 慌ててそう言って、千歳がとんっと後ろに下がった。
「どうしたの、ちーちゃん?何か見つけた?」
 その千歳の様子に、苺夢がきょとんとして聞く。

「……人形が、沢山。深い闇に……赤い雪……。鏡を……媒介に…」
ぽつぽつと言葉を紡ぐ千歳に、蜻羅がはっとして今まで来た道を振り返った。
「まさか……。どうやら私達は終わらぬ道を歩いていた様ですね。多分、主達はあの時の鏡の中にいるようです……」

 蜻羅が厳しい表情でそう告げた。
「なっ!!今までのは無駄足かよ!早く戻ろう」
 葵がそう言うと共に走り出した。
 皆も急いでそれに続く。が、それは真っ黒な影によって阻まれた。

「誰だっ!?」
「…………標的(ターゲット)ヲ確認、直チニ排除シマス」

 葵の言葉に答える事無く、影は無機質な声でそれだけを言うと、背中からガシャンと音を立てて斧を二本取り出した。

「な……これは…」
「凜、申し訳ありません。少し下がって頂けますか?……危険なので」

 凜が呟くと、後ろから蜻羅のやけに静かな声が聞こえて、凜は素直にそれに従った。

「敵意ヲ持ツ者ヲ確認、戦闘優先順位ヲ一番ニ切リ替エマス」
「邪魔ですね……。それでアナタは、誰を排除すると仰りましたか?」

 影の言葉にそれだけ答えると蜻羅は空中に手をかざした。
 すると蜻羅の手の中に、光と共に一本のツルギが現れた。
「弾けて消えておしまいなさい……夢からの目覚め!!」
 キィンという音と共に、蜻羅が影に向かって思いっ切りツルギを突き立てた。
「ガ……標的、強スギテ排除不可……能。ザザッ……直チニ応援ヲ要求…ス…」
 ツルギの突き刺さった場所からピシピシとひびが入っていき、最後にはパキィンという硝子の割れる音と共に影は消えていった。

「な……今のって?蜻羅の武器……?」
「いえ、私の武器は扇です。あれは夢……つまり幻の様な物なのですよ。相手が同じ幻影の時のみ攻撃が有効になるんです」

 唖然として聞く天音に蜻羅はふと微笑んでそう答えた。
「じゃあ、早く行った方がいいね。また来るかもしれないし……何より2人が危ない!」
 るかがそう言うと、皆が一様に頷いてまた走り出した。
 階段を一気に駆け下りて鏡がある場所へと向かう。
 その時疾風が、闇の支配者が入る事を止めたあの扉を一度だけ振り返った。 しかし、皆がそのまま走って行くのを見て、疾風もまた扉から視線を外すと走り出した。
 あの時疾風が開けたはずの扉は、きっちりと閉まっていて、鎖が何重にも巻かれて先程見たよりも古ぼけて見えた…。
「あった!鏡!!」
 その時天音が、細く続く廊下の奥を指差してそう叫んだ。
「この奥に、時歌と沙ゞが……?」
 籟琉がぽつりと呟いて進んで行く。
「魔力は、感じられませんね」
 それに続きながら、凜が辺りを見渡してそう言った。
 鏡の前に立つが、鏡からは何の気配も感じられず、おかしな所など少しも無くただ自分達の姿が映るだけだった。
「でも、この中にいる……引っ張り出せる、かもしれない……」
 千歳が鏡をぺたぺたと触って確認しながらそう言う。
「引っ張り出す……?千歳、やれる?」
 天音の問いかけに、千歳はこくんと頷いてから鏡に触れたままぐっと力を込めて鏡を軽く押した。
「銀糸、誘い……」
 鏡がぽぅっと淡い光を放ったと思ったら、千歳が鏡に入り込んだ糸の先をぐいと引いた。
 すると鏡の中で人影が揺れて2人の少女、もとい沙ゞと時歌がどさっという音と共に出て来た。

「沙ゞっ!時歌っ!大丈夫かっ!?」
「う……、あなた、誰……?」

 慌てて駆け寄ってそう声をかけた葵に、沙ゞはそう言った。

「え……」
「ちょ、時歌も……どうしたの?」

 様子がおかしい2人を見比べながら、るかが困惑した表情でそう言う。
「時歌?それってこの子も言ってた。私のコトなの?」
 キラキラと瞳を輝かせながらそう聞く時歌。
 その言葉と、先程の沙ゞの言葉により皆は状況を理解した。

「やっぱり間に合わなかったか……でもイサザもコノカもこっちに戻って来れたんだから……」
「戻って?ああ……不思議の国のコトかぁ。まだ棟のてっぺんにたどり着いてないのにね。割れたココロは戻らない。カラダは王女様に喰べられる♪」

 紅亜の言葉に、きょとんとしてからそう歌う時歌。

「え……?何の事……」
「ほらぁ、ちっちゃぁい子~~♪かぁいいねぇ」

 聞き返するかに、時歌はぎゅうっと千歳を抱きしめた。
 しかし、時歌の体は千歳をすり抜けてしまう。

「え……?これってまさか……」
「嘘だろ……まじかよ」

 皆が呆然としてその光景を見つめた。
 魂だけがこちらに来ていて、本体の身体が向こうの世界にあるのだ。
「……時歌、棟に行かないといけないんでしょ?早く行かないと地震が……」
 沙ゞが立ち上がって服の埃を落としながらそう言った。
 そもそも、魂だけの2人の格好がおかしい。
 時歌は着物姿で、沙ゞは使用人が着るような感じの服である。

「主……?」
「えっと……あなたは……ウチ、知ってる気がする」

 蜻羅の呼びかけに、沙ゞが蜻羅の顔をまじまじと見つめながらそう言った。
「覚えて、いないのですね……。申し訳御座いません……私の力が及ばないばかりに…」
 蜻羅が悲痛そうな面持ちでそう一言、そう言う。

「いや、ウチは知ってるハズ……確か、とても大切で、一緒に……」
「蜻羅と、申します。主、貴女の使い魔ですよ」

 頑張って思い出そうとする沙ゞに、蜻羅は哀しそうに微笑んでそう言った。
「あ……、崩壊が……進む。王女様が、目覚めた」
 その時、未だにすり抜ける身体で千歳をぎゅうっとしてた時歌が、ぴょこっと顔を上げてそう呟いた。
「え、時歌?ちょっとそれヤバくないか……。棟のてっぺんどころかまだ中にも入って無いのに」
 沙ゞが焦ったように時歌にそう声をかける。
「うーーん。沙ゞがあっちでずぅっと連呼してた蜻羅ちゃんには会えたワケだし……、みんなで不思議の国に行くの?」
 その場にいる全員を見つめながら、時歌がそう聞く。

「皆……、連れて行くのは危険すぎるよ」
「そう、とっても危ないの~~」

 沙ゞの言葉に、時歌はこくこくと頷いた。

「いや、ウチ等も行くに決まってんじゃん!」
「配役は、何……?」

 葵達の言葉に、時歌が立ち上がってそう聞く。

「配役……?」
「ライは?沙ゞに姫だって聞いたよ」

 聞き返すと、時歌はキョロキョロと『ライ』を探しながらそう言った。
「私の事……?姫って何だよ」
 突っ込みながらも一応は一歩前に出る籟琉。
「姫は……アリスだよ。籟琉がそうなんだよね」
 籟琉を見つめながら時歌はにこっと笑ってそう言った。

「え、じゃあウチ等は?チシャ猫とか?」
「いや、チシャ猫は……違う。キミは多分傍観者」

 葵の言葉に、時歌はそう言うと鏡に向かって行く。
「拒まれた子は、狩人であり道化師である子と傍観者・想像者・破壊者……かな?行けるのは私と沙ゞ。アリスとウサギと帽子屋と三月兎、それに扉の番人と花の精霊」
 ズプ……と肘の辺りまで鏡の中に入りながら時歌がそう言う。

「ちょ……それは誰だっ!?てか傍観者なんてアリスの配役に無いぞ!」
「無いコは行けない、こっちでやるべき事があるから」

 鏡がぱぁっと光輝いて皆を包み込んだ。
 光が消えた時に、時歌と沙ゞ・雷琉・るか・千歳・蜻羅・疾風・凜の8人の姿が無かった。

「……まじかよ!!置いてかれた~~。どうすんの私等?」
「まず、自分の配役が何かを分からないとダメだね。多分流れ的に私は狩人かな?ってことは強制的に道化師でもあるよな~~」

 葵の質問に、紅亜が髪をくりくりと弄りながら考え考えそう言った。

「え…私は何?傍観者、破壊者どっち?」
「想像者では無いと言い切れるんだな……」
「いや、想像者は苺夢しかいないだろ」

 葵に対する紅亜のその突っ込みに、すかさずそう言う。

「ええ?ウチが想像者なの?」
「……僕もご主人が想像者だと思うよ」

 苺夢の問いかけに、天音がそう答えた。

「じゃあ、僕は何かな?」
「う~~ん、傍観者か破壊者かぁ……」

 天音の問いかけに紅亜が頭を捻って考えた。

「破壊者だったら攻撃型の葵じゃないのかなぁ?」
「そうかな?天音が傍観者ってのもアレだよなぁ……」

 苺夢がそう言うのに対して紅亜がそう考えた。

「とりあえず、今は動かないと……」
「だね。早くしないとみんなが危ない」

 天音がキョロキョロと辺りを見回しながらそう言うのに頷いて、苺夢も歩き出そうとする。
「行くってどこに?」
 紅亜が欠伸混じりに言ったその言葉に、その場にいた全員が固まった。

                                 †

 光に包まれたと思ったら、真っ逆さまに落ちていた。
「うわ……またこの浮遊感……」
 思わずそう呟いて顔をしかめる沙ゞ。
「わぁ、沙ゞ!雪が赤いよ」
 楽し気に隣でそう言うのは籟琉である。

「えっと……ライ、だっけ?」
「うん。ライだったり籟琉だったりだよ」

 沙ゞの問いかけに、落下したまま腕を組んでうんうんと頷く籟琉。
「ライか……そうだ。説明しなきゃいけない事があったんだ。この世界では20分に一回地震があって、その度に記憶が消えて行く。棟の時計が2時を告げるとこの世界は壊れて消えるんだと……」
 沙ゞが矢継ぎ早に籟琉にそう説明した。

「え……?」
「あ、因みに7回以上地震をくらうと時歌のような末期症状になるから」

 気をつけて、と言いながら時歌を顧みると、時歌は落下しながら空に手を伸ばして赤い雪を掴もうとしている。
 そして、掴めばすぐに溶けて消えてしまう雪を見ながら軽く首を傾げる。
「嗚呼、時歌がアホの子に……」
 籟琉がそう言った瞬間、背中からドサッと赤く降り積もった雪の上に落ちた。
「うぅ……気持ち悪い。棟はどこにあるの?」
 凜の手を借りながらふらふらと立ち上がってそう言うるかに、時歌がすっと横を指差した。
 遠くに棟が見え、大きな時計が11時を指しているのが微かに見えた。
「あと3時間ですか……急がないといけないですね」
 凜がそう言うと、棟の方へと歩き出した。
 その凜の姿は、頭に黒いシルクハットを乗せていて短めの兎の耳がぴょこんと生えているというものだった。
「あの子の配役は三月兎だよ?」
 なんとも言えない微妙な表情で凜を見つめる皆に、時歌がそう説明する。
「うっわ……またゴテゴテした服。スカートじゃなくてズボンが良かったぁーー」
 籟琉がアリスの服のスカートの裾をつまみ上げながら顔をしかめてそう言った。

「ライ、似合ってるじゃん。素敵だと思うよ?」
「……うん。沙ゞならそう言うと思った」

 沙ゞの言葉に、複雑な表情で頷く籟琉。
 その籟琉の台詞に、沙ゞはきょとんとした。
 その時、頭の端にふっと記憶が通り過ぎる。

『ぎゃあぁぁぁ!!ライのメイド姿カワユス★ちょ~素敵ー!』
そう言ってライに抱きついているのは……私?
『あーはいはい。も~いいよ、何でもいいよ』

 そっぽを向いて諦めた表情で私の頭をぽんぽんと叩くライ。

「沙ゞ、どうかしたの?」
「えっ……。何でも無いよ」

 ぱっと顔を上げると籟琉が心配そうに自分の顔を覗き込んでいて、沙ゞは慌ててそう言い繕った。その時、またあの地震が来た。
 …壊れてしまう。
 消えてしまう。無くなってしまう……。
 考えたら、急に怖くなった。
 また、忘れしまう……?
 忘れるのは嫌だ。
 消されたくない。
 覚えていたい。

「ーーーーーっ!」

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ……!!
 パキィンと……沙ゞの体の中で何かが弾ける音がした。

                                †

「ちょっと紅亜?どこに行くのさ!紅亜は行かなきゃいけない場所知ってるの!?」
「疾風がおかしいと言ってた場所があるから取り合えずそこ行くよ。他に行くあても無いしね」

 天音がぎゃあぎゃあと騒ぐのに対して、紅亜が静かにそう答える。
「疾風が……?いつそんな事言ってたんだよ」
 葵が脇で不信そうな表情をした。
「皆で鏡に向かってる時に、あの扉はおかしいってさ」
 時歌の姿を借りた闇の支配者が入る事を止めた扉を指差しながら、紅亜は振り返ってそう答える。
 その時、その扉が軋んだ音をたてて……ゆっくりと開いた。
「……入れってコトかよ。こんだけするからには歓迎パーティーの1つも開いてくれるんだろうなぁ……」
 葵がごくりと唾を飲み込んで、薄く笑いを浮かべるとそう言った。


第四章 不思議の国の森に惑う・・・。

「沙ゞ……?ねえ、大丈夫!?」
 地震が収まっても動かない沙ゞに、籟琉が慌てて駆け寄ると声をかける。
「沙ゞは今、追憶者の配役として動いている……追憶者は過去に思いを馳せる。だから、記憶を失わない。逆に私は助言者。必要以外の事は全て忘れ易くできている。沙ゞはきっと、全てを思い出す……だからアリスはアリスの仕事をしないと。折角ウサギさんが傍にいるんだから」
 そんな籟琉に時歌はそう言うと疾風を指差した。疾風は黒いシルクハットをかぶり、凜よりも長いウサギの耳がぴょこんとのびているという姿で立っている。
 その長い耳が視界の中に入って気になったのか、疾風は自身の耳をぎゅっと掴んで引っ張った。
 ぐいっと引っ張っられた耳は、そのまま疾風の手についてゆく。
 そして疾風がおもむろにぱっと手を離すと、耳はみょ~んと元に戻って揺れる。
 それを一通り目で追った後、楽しかったのか、疾風がまたむぎゅっと耳を掴んで引っ張った。
 そしてまた手を離す。
 耳はみょ~んと元に戻る。
 それを目で追う疾風。
 ………エンドレス。
 隣で蝶の様な羽を生やし、頭に綺麗な花の冠をつけた蜻羅が肩を震わせて笑っている。
「………この子疾風だっけ?かぁいいねぇ♪」
 時歌が、今まで多分真剣な話をしていたハズの時歌が、口を開いて……そう言った。
「あ~~もうっ!いいから疾風は自分の耳で遊ぶのを止めなさい!!」
 びしっと疾風を指差して頭を抑えながらそう言った籟琉の言葉に従い、疾風は耳を掴むのを止め、籟琉の方に向き直った。
「で……えっと、アリスの仕事だっけ?それって何をすればいいの?」
 籟琉の問いに、時歌は少し困った様な顔をしてから寂しそうに笑って口を開いた。
「それは言えない、私の役割はあくまで助言。コタエは自分で探さないといけない」
 首をゆるゆると振って時歌がそう言う。その時、今まで全く動かなかった沙ゞが、ガクンと前のめりに倒れ込んだ。
「ああぁぁぁぁっ!!」
 そのまま頭を抱えて叫ぶ沙ゞに、蜻羅が慌てて近づいてしゃがみ込むと顔色を伺った。
「消された大量の記憶達が戻って来た。全ての情報を処理するのに時間がかかるんだと思うよ」
 時歌が不安気に振り返って見つめてきた蜻羅に向かってそう言うと、頭や肩に降り積もった赤い雪を払い落とした。
「かぁいいウサギさんは、アリスを守るのかな?女王様は探しているよ。アリスの事を探してる♪」
 手を後ろで組んで、ゆっくりと籟琉の周りを回りながら、時歌は意味ありげにそう言った。
 その時、しゃがみ込んでいた沙ゞが蜻羅の手を借りて起き上がる。

「沙ゞ!大丈夫!?」
「るかぁ……うん。大丈夫だよ。蜻羅もありがとね」

 るかの言葉に、沙ゞはまだ若干ふらつきながらもそう言った。
「主……、記憶が、戻られたのですか?」
 立ち上がった沙ゞに、蜻羅が不安そうにそう聞いてくる。

「うん。蜻羅……ごめんね。あと、ありがと」
「っ……。良かった、です……」

 沙ゞがにこっと笑ってそう言うのに対し、蜻羅は瞳を揺らして今にも泣き出しそうな表情で、安堵したようにそれだけ言った。
「蜻羅……。お願いだから泣かないでくれぇ~~。
私蜻羅に泣かれるのが一番困るよ~」
 沙ゞが、顔を抑えて涙を堪える蜻羅の頬を撫でながらそう言った。
 それを見ていた疾風が、気が付いたようにポケットから懐中時計を取り出して開くと、時間を確認する。
 そうしてから皆が見てる中で懐中時計をぱたんと閉じると空を仰ぎ、籟琉の方に向き直った。

「もうこんな時間ですか。大変ですね、女王様に叱られてしまう…………お逃げなさいアリス。まだ間に合うでしょう」
「………はい?」

 疾風の言葉に圧倒されながら、籟琉は目を丸くして口をぽかんと開けた。そうしてから、ロボットのようにぎこちない動きで皆の方を振り返る。
 指はぷるぷると震えながらも疾風の事を差している。
「疾風が……疾風がぁぁぁぁ!!」
 籟琉の叫び声が、赤い雪がちらつく暗い空に響き渡った。

                                †

 葵達が扉の中に入ると、カタン……という奇妙な音がした。
「な、何なのぉ~~?」
 苺夢が震える声でそう言うが、部屋の中はしんとしていて、先程本当に音がしたのかさえも疑わしかった。
「ったく……何で灯りが何にも無いんだ?」
 葵がそうぼやきながら人差し指をぴっと出した。
 その指にぽぅっと火が灯って辺りを照らし出した。
「グルルルルルゥ……」
 獣が唸るような、そんな声のような音のようなものがした。
「…………」
 一同、無言で後ろを振り返る。
 そこには、頭に角を2本生やした。体長2メートル程の鬼狼がいた。
 確かに、いた。
「ねぇ紅亜、うちコレさぁ……確か歴史学の教科書で一回だけ見たことあったんだけどさ~~そこに危険度レベル6の要警戒魔物(モンスター)って一緒に書いてあった気がするんだよなぁ~~」
 あははーーと明るく笑いながら葵がそう言う。
「大丈夫だ御主人。大竜(ドラゴン)よりはましだ」
 ぴっと親指を立ててそう言う紅亜。笑顔が無駄に爽やかだ。

「ふっざけんなぁぁ!!アイツの弱点は何だよ」
「えっと……確か火だった気がするけど」

 激昂して叫ぶ葵に、苺夢がそう説明する。
 すると葵がよっしゃと叫び攻撃体制に入った。
「燃やし尽くしてやる……業火熱焼!!」
 葵がそう叫ぶと同時に、鬼狼の体が炎に包まれた。
「グギャアァァァァッ!!」
 鬼狼は炎に包まれたままのたうち回る。しかしゆっくりと炎が消えて行くと、立ち上がってけたたましい唸り声をあげた。

「グガァァァァァッ!」
「うっそぉーー……全然聞いてないじゃねぇか……」

 それを見て呆然とする皆。
「葵、危ないっ!」
 苺夢が叫ぶと同時に、結界を張った。
 鬼狼は雄叫びを上げると、それに突っ込んで来る。
「くっ……」
 何とか踏ん張ってそれに耐えるが、鬼狼が突っ込んだ場所から、結界に大きなヒビが入った。
「なっ……!桃花、結界強化!!」
 ぱんっと周りの空気が弾けて結界のヒビが元に戻った。
「グガァァァァ!!」
 しかし、鬼狼は直も結界に向かって突進してくる。
 その時、苺夢の隣に桃花が顕現した。
『……残念ですが、私の力だけでは耐えきれません。時間を稼ぐので、その間に逃げて下さい』
 桃花が、真剣な表情でそう言って両手を組んですっと前に出した。
 鬼狼の興味がそちらに向かう。
『源来香塑(げんらいこうそ)、灯火徠莱(とうからいらい)!!』
 桃花がそう叫んだ瞬間、鬼狼の回りに強い結界が張られた。

『早く逃げて下さい!』
「行くぞ、御主人様!マユ!」

 桃花の言葉に、紅亜達は弾かれたように走り出した。
 そして、そのまま奥にあるもう1つの扉に入った。

                               †

「うぅ~~……」
「ほらライはいつまでも泣いてないの!」

 涙こそ流してはいないものの、ぐずぐずと言っている籟琉。
「だって疾風がぁ~~!何?配役って性格とか言葉使いも変わるの!?」
 後ろで耳をぴこぴこ動かしている疾風を盗み見ながらそう言う籟琉。
 ちなみに今は棟を目指してまっしぐらに歩いている。
「いや、時歌よかいいでしょ……」
 千歳と手を繋いでぶんぶんとふりながら歩いている時歌を指差して沙ゞがそう言った。

「だ、ってぇ……。疾風が壊れたぁ……」
「あの……主?どうかしたのか。もう棟に付くが……」

 籟琉がまだごにょごにょと言っていると、疾風がいつも通りの表情でそう言った。

「疾風……?」
「はい。何か……?」

 籟琉の問いかけに、普通に対応する疾風。
 その時、また地面が揺れだした。

                               †

「桃花!桃花は大丈夫なのっ!?」
「桃花は玉に宿る存在だ。物理的攻撃は………ってまずいな、ここに存在するモノ全ては幻想魔物(スウィニーモンスター)だ!
玉の力を持つ桃花でも、幻想攻撃は受ける」

 苺夢の質問に、紅亜が焦ったようにそう言った。そして今しがた逃げて来た扉を見やる。
 扉の隙間から、桃色の光が微かに覗いた。

~♪

「グルルルルゥ……」
 皆を逃がした後、桃花は鬼狼と睨み合っていた。
 いくら玉の力を宿す身であっても、玉の保持者(ホルダー)がいない状態での危険度5以上の魔物と戦う事には、厳しいものがあった。
 しかもここにある魔物の存在は全て幻想存在であり、幻想攻撃は直接桃花の身体にも届くし響く。
『少し・・・厳しいですね。攻撃魔法はあまり得意では無いのですけれど、仕方ありません』
 呟いて、桃花は鬼狼の周りに張っていた結界にさらに魔力を込めた。
 そして息を大きく吸うと、鬼狼をきっと見据えて、叫んだ。
『月の加護を受けし使霊(しれい)よ、今邪なる者を洗礼せよ!・・・・月花光楼(げっかこうろう)!!』
 結界が淡い光に包まれ、それと同時に鬼狼が苦しみ暴れ出す。
『くっ・・・!』
 壊されそうになる結界に力を込めて何とか耐えるが、保持者無しでの魔力がどこまで続くかさえ疑わしい。
 玉が破壊されない限り桃花は消滅(き)える事は無いが、それでも受けた損傷(ダメージ)の分だけ力は衰え、折角逃した保持者達が危なくなる。
 無用な戦いが嫌いな桃花は、玉の保持者が苺夢の様な優しい子であって欲しいとずっと願っていたのだ。
 命は無い桃花だが、苺夢の為なら本当に力を貸して、出来る限りの助力はしてあげたかった・・・。
『これで、終わりですっ!!』
 桃花がそう言った瞬間、鬼狼の周りに張ってあった結界が光と共に粉々に砕け散った。

 光が消えた時、そこには鬼狼の姿は愚か、桃花の姿さえなかった・・・。

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