木村藤子さんから神様の御言葉を頂いて・・・

木村藤子さんから神様の御言葉を頂いて・・・

【何かが目覚めた可能性】

【何かが目覚めた可能性】
 不思議なモノを感じる時 (私の不思議?体験 10 )
 守護してくださる方々と生まれる前の記憶? (私の不思議?体験 11 )
 神社巡り (私の不思議?体験 12 )
 優しさの危険性 (私の不思議?体験 13 )
 蝶とニャンコ (私の不思議?体験 14 )
 伊勢神宮と熊野三山 (私の不思議?体験 15 )




 不思議なモノを感じる時 (私の不思議?体験 10 )

 座禅後、感覚が鋭くなったのか何かはわからないが、今まで未知だった部分を
感じ取れるようになっていた。そんなある日のことである。
ある留学生に、「あの外国の先生から黒いオーラ?(嫌な想念のようなもの)が出ているよね。」
と何気なく伝えたら、二人とも顔を見合わせて、気まずい雰囲気になった。
そして、一緒に昼食を食べに行ったとき、(会話の内容はわかりやすい日本語にしています。)

留学生:「よくわかったね~。実はその人の部屋から一直線上にある机に坐る人、みんな
不幸になるのよ。○さんは結核になって休学中(国に帰された)、△さんはそれが移って
結核菌の保菌者。そろそろ私もやばいかなぁと思っていたけど、あなたがちょうど
私の前に坐っているから抑えてくれていたんだけどね。
私は強いものに護られているからいいんだけど、(この人は太陽のような感じで明るい性格)
その先生とけんかした時はいつも自分の子供が病気になり寝込んだり入院したりするの。
嫌な人に会ったり嫌なことがあると部屋の神(邪神?)の絵に祈っていると授業中に言ってて
自分も偶然その姿を見てしまったのよ~。」

私:「えっえ~、そうなんですか!?うわっ、やばっ!もしかして、その絵って
あの机があるところの位置に掛かっていませんか?(黒い妖気が漂っている感じがしていた。)」

留学生:「だいたいそうかな?うわ~寒気してきた。」

私:「やっぱり感じますか・・・。悪口とか言うとすぐ寄ってきますよね。」

留学生:「亡くなったお母さんの形見の指輪だけど、石が外れたりしたのよ。
国に一時帰国したとき、3回ほど占ってもらったんだけど、復讐とか嫌なものしか
その先生から出ないのよ。」

 ちなみにその留学生、何でも祖父がラマ教の高僧の方らしく、視えるわけではないが
仏縁がある人で向こうの珍しい御守りを持っていた(ウサギの足?のような物を見せてもらった)。
彼女いわく、向こうのお寺の僧侶の中に、祈祷が得意な人や占いが得意な人がいるらしく、
帰国したらお払いをしてもらうとの事だった。

 その外国の先生に敵対する人は皆、移動になったり病気になったりして失墜するという
気持ち悪い人である。御香の匂いだと思うのだがいつも甘ったるい香りが漂っていた。
はじめはひきつけられるような魅惑的な香りだと思っていた。しかし座禅後は鼻をつくような
下品な匂いに感じ、その先生が出張で数日学校を離れているのにずっと漂っているのに
気がついた。悪い噂話をするとすぐにその香りが漂ってきてゾッとしたのを覚えている。

 私がこの学校を去った後、その先生が夢の中に現れて私を探している姿を見かけたことがある。
そのときは、私を見つけられず、逆に蹴りをお見舞いして追い払ったが、もしかしたら
この世に魔のものが存在しているのでは?と思わせた出来事であった。

(魔というものはその人の心が呼び寄せ、増幅されると人に危害を加える。
魔の物は心の魔に反応するので、日頃から心の魔を祓い去る大切さを実感した。)





 守護してくださる方々と生まれる前の記憶? (私の不思議?体験 11 )

 私がこの学校を去る手続きをしている間、節目節目が不思議なことに
様々な神事と重なったのだった。例えば、引越し準備をしているときは、
祓い清めるような雪が降ったり、辞める事を伝えたときには、雲ひとつない晴天にも関わらず
大粒の雨がポタポタと何処からともなく降ってきたり、市内各地でどんと焼の行事が行われたりと
偶然にしては何かおかしいくらい不思議な出来事と重なった。また、書類を提出する際、
肩を何度も何かに突付かれていた。(←今までなかったのにそのときが初めてでした。)  

 そんなある日のことだった。あまりにも現実世界と不思議なことが重なるため
夜寝る前になんとなく「私を護って下さっている方はどのようなお姿なのですか?」
と心に問いかけたことがあった。そして、その夜不思議な夢を見た。

 私は部屋の中に立っていた。その中央には低いテーブルが置いてあり、ソファーのような椅子に
一人の背の高いスラリとした細い体系の男性が座っていた。そしてその向かいには女性が座っていた。
男性は前に出てきた「霊道」というのを教えてくれた人のようだった。
また女性は金髪の美しい白人で(いわゆる女優のような色気ではなく、“高貴”な清い感じで
これといった特徴がない美しさ。)、私がその隣に座ったとき、大切な愛しいものに出会えた事を
喜ぶかのようにハグしてきて、私は嬉しかったが恥ずかしさでいっぱいな気持ちになったのを覚えている。
その後違う部屋に行き、小さな子供達とプロレスのバックドロップをかけるようにじゃれ合った。
この子供らは前述の【霊道とお世話になった人の死】の夢で出てきた存在だと思う。
(母親の兄弟の一人が2歳位で亡くなっているようなのでその子かもしれない。)
護ってくださっている方々いわく、どのような姿にもなることができるのだという。

夢の中に出てきた方々はたぶん御先祖様だと思うのだが、金髪の美しい女性が非常に気になっている。
雰囲気がぜんぜん違うのである。スラリとした男性が護るように女性は座っていた。
私に気がついたとき、滅多に会うことが出来ないような感じで振り向いたのを覚えている。
私も非常に懐かしい気持ちになった。何か我々とは格が違う存在なのかもしれない。
当時、私は不思議なことがいつも起きていたので日記をつけていた。
その日記には、私が感じたこの女性についての書き込みがなされている。

【この存在が普段私を導いたり励ましたりして下さっている方だと思う。
交信の主。近くにいるときに感じられる温かさが感じられた。それ以上に愛が感じられた。
親しい友達に再会したとき、両親に再会したとき、もう一人の自分がいたとしてその自分に
再会したとき?いや、そのような愛とは違う次元の感覚だろう。】

交信の主とは内なる声のことである。今思うと、内なる声にも人生に関わる非常に重要な事と
生活上の事で分かれているような気がしている。重要なメッセージはこの女性が関わっている
のではないかと思っている。(もし本当に神仏霊が関わっているならばですが・・・)

 それから2~3ヵ月後のことだが、ふと生まれる前の想いというかイメージが頭の中に
浮かんできた。この世に生まれる前、誰が行くかで選考が行われていたというものである。
周りに優秀なモノ達が集まっていたが、何故か私が行くことになり嬉しいというよりも
不安や戸惑いがあり嫌だなぁと思っていたという内容である。
(この嫌だなぁという感情は、今でも新しい事に挑戦したりするときに感じる。)
 日記にその事を書いた晩、(正確に言えば19日1時44分に目が覚めたのだが)夢を見た。
緑に囲まれていて明るい光が差し込むようなところに幅30~40cmのレンガの道があり、
そこに金色模様の鱗がはっきりと見える白蛇の夢だった。目は美しく光るルビーのように
きれいに輝いていた。

 このような夢は、果たして神仏霊の世界が関わっていた出来事か、はたまた統合神経失調症(^^;)
で私が作り上げた妄想の世界なのか・・・

 けれども、不可思議な現象はまだまだ続くのであった・・・




 神社巡り (私の不思議?体験 12 )

 その頃、御朱印というものを知り、また感覚が非常に研ぎ澄まされていたため
神社に行くのが楽しかったw神社によって感じる御神気が異なり、祓い清めるようなものを
感じることもあれば暖かみを感じることもあり、また何か変なモノが潜んでいるのも
感じることがあった。御朱印を集めるために自転車で様々な神社に行ったのだが、それが
時として危険をもたらすというのを感じる出来事があった。

 近くの神社の神主さんと親しくなり、修験の地があるというのを聞いた。
修験の地に入るには、とある神社の境内脇に道があるということで行ってみることにした。
その神社は海沿いにあり、背後には急峻な地形が広がっていた。
到着したのは、お世辞にも天気は良いと言えない、曇り空が広がる昼下がりの頃である。
その神社の敷地内に入ったとき、明らかに強力で人為的な結界?のような雰囲気を感じた。
境内に入ってみると、あまり手入れがされておらず草が茂っていた。
一応、御参りを済ませて境内の脇のほうの道を進んだときのことだった。
境内の一角に鳥居があり、いくつものお墓が密集していた。その祠に少し近づいたのだが、
足が止まってしまい近寄ることが出来なかった。その神社は戦国時代、大名家の者達が
無実の罪で切腹させられた場所であり、もともとはお寺だったのである。
廃仏毀釈のため明治にお寺から神社になったのだが、昔はかなり強い力を持った修験者や僧侶が
魂を供養していたのかもしれない。

 さすがにこの神社にあまり長いこといられる雰囲気ではなかったので、近くの違う神社に
行くことにした。途中、いくつか神社があったのだが、霊気のようなものを感じ、それに
導かれるように寄り道せずに迷うことなくたどり着くことが出来た。
そこで由来を見てみると、そのあたりは古戦場で何度も合戦が行われた地であった。
さらに、そこに祭られている神様の力を借りるため呪詛合戦が行われたようで、最終的に神様の力を
貸していただいた勢力がその地で、負けなしの戦を行うことが出来るようになったと書かれていた。
そして、そのことに報いるべく、年に一度神楽が奉納されていたとのことであった。
(七回ほど合戦が起こったが連戦連勝だったという。)
 大きな拝殿の前で参拝したとき、先ほどの霊気が感じられなかったが、わきにある小さな祠の前の
鳥居に立った時、その祠からサーっと先ほどの霊気が流れ込んでくるのがわかった。
「あぁ、私は呼ばれたのだなぁ。」と何かの気配を感じながら思った。




 優しさの危険性 (私の不思議?体験 13 )

 そこで参拝が終わり、帰りに途中にあった先ほどとは違う神社に立ち寄ることにした。
(実はその神社も呪詛合戦に深く関わっており、先ほどの神社に負けたみたいだった。)
その神社で御参りを済ませた後、近くに修験の滝(布引の滝という名なので役行者に関連?)が
あると書いてあったのでそこに行くことにした。
途中その滝の水が流れ出でるところに溜池があったのだが、合戦を終えた武将達が水場で
血を洗っているイメージが頭の中に浮かんできた。既に時刻は午後5時を過ぎており、
さすがに嫌になり滝を見てからすぐに家に戻ることにした。

 帰宅後、何故か体がだるく重い感じが続いていた。翌日も休みだったので、だるさのあまり
家で休んでいた。午後4時過ぎのこと、何か胸騒ぎがして窓の外を見てみると、30匹以上の黒い蝶が
家の前を飛んでいた。「あっ、ヤバイ・・・」と思い、いつも行っている近くの神社に
向かうことにした。その途中、子猫を連れた猫に遭ったのだが、子猫が何かに怯えるように縮こまり
母猫が毛を逆立てて殺気をあらわにして、こちらに向かって牙をむき出しに威嚇してきた。
そして、神社に着き祓って頂けるようにお祈りした後、家で大祓の祝詞をあげた。
(座禅会で坐禅和讃(ざぜんわさん) などを唱えていたため祝詞などにも興味を持ち、本を持っていた。)
祝詞の最中、雨が降り出し何かが離れていくのがわかった。そして急に夢現になり不思議な世界を
垣間見た。

 離れていく武士集団。けれども近くに涙を流す現代の女性がいる。
黒い軽自動車が交通事故にあい、フロント部分が潰れて人が挟まっている光景をその女性が
眺めているのだった。家に帰ってもお仏壇のようなものがあり、誰も自分に気がついてくれない。
自分が死んだことが理解できず悲しむ女性であった。
 私が昨日行った神社付近の道路は、海岸近くに急峻な山並みが迫っており交通量の割りに
曲がりくねった狭い道であった。十数キロの道なのだが、数百メートルおきに揺れる枯れた花が
命のはかなさと悲しみを伝えていた。(これを書いているときも肩に違和感を少し感じる。)
私はどうすることも出来ず、お帰りください・・・と心で念じることしか出来なかった。
その女性は、うつむくように泣きながらどこかに行ってしまった。

 半分眠った状態から醒めた後、外は既に暗闇に包まれていた・・・

 この体験から得た教訓。それは、むやみやたらと神社めぐりはしない方が良いということである。
あと当時私は、座禅により全ては同じであるというような事を体感していたため、
底抜けに優しいお人よしで、神社で「どうか全てのモノの幸せのために私を御使いください・・・」
というようなことを祈っていた。そのためか、街を歩いていても、ズンズン体が重くなったり
今いる世界に存在することの違和感のようなものを毎日感じていた。
その感覚を抑えるために祝詞やお経を唱えていたが、今考えると非常に危ない!!
心に壁やライン引きをしないとひっきりなしに寄って来るのだと思う。
何とか普通の生活を送ってこれたのも、近くの神社の神様の加護があっての事だろう。




 蝶とニャンコ (私の不思議?体験 14 )

 ちょうどこの頃からだと思うのだが、ありがたいなぁと思う事がある。
それは私が、失意の淵に沈み逝く時、必ず決まってどこからともなく猫が寄ってきて
足にまとわりついたり、しゃがんだ私の膝の上に乗っかってきてじゃれてくるのである。
普段猫に会っても、お互い顔を見合わせるくらいで知らん振りなのだが、
私が落ち込んでいるときは猫から寄ってきてくれる。
また、同じことが犬にもあるようで、尻尾をフリフリしながらこちらに来てくれる。
 あと、いつも蝶が挨拶するように私の周りを飛び回ることがあるのだ。
500m位の道を行くときでも5~6匹以上私の周りに来ることがある。

 座禅後の不思議な体験の後、他人に悪意を持つということは、己に対して悪意を抱く
ことにつながるというのが心でもって理解することが出来た。
そのためか、あまり人に対して憎悪を抱くことがなく、たとえ怒ったとしても
怒りながら最終的にはその人の役に立つアドバイスをするようになり
(怒りながら次第に冷静になっていくw)周りを取り巻く人間関係が良くなった気がしている。

 中学の頃、生き物係をやっていてゼラニウムという臭い花を育てていた。
毎日水をやっていた私が触ったりしても何ら臭いにおいはなかったが、悪意(いたずら心)を
もって触れる人には臭いにおいをプンプンと放っていた。
特に植物に感じられることだが、意識のようなものを植物達は共有しているような気がしている。

 たぶん他の生き物にも何かしらの心があって、それが伝わるのではないかなと考えている。

 この頃の私は新しい環境にいたものの未来に対して希望が持てず、自分の進路のことで
悩んでいる時期だった。そして木村藤子さんの存在を知り、行ってみるかぁと電話予約した。
その後、心が落ち着かなかったため、座禅修行が体験できるお寺に一ヶ月ほどお世話になることに
したのだった。




 伊勢神宮と熊野三山 (私の不思議?体験 15 )

 座禅修行体験を予約したとき、1ヶ月間御願いしますと申し込みをしたのだが、
忙しい時期との事で2週間になってしまった。その連絡を受けたのが京都に向かう
途中だったため、せっかくだから伊勢神宮と熊野三山に御参りに行くことにした。
この頃、神社で御神籤を引く前に御参りしている時、目をつむると光の点があり
その点の数と同じ数字が出たり、事前に浮かび上がるように数字がわかったりすることが
何度かあった時期だった。(ちなみに家の近くの神社の御神籤は自動販売機式で
一回30円だったので週に一回は引いていた。)

 伊勢に着いたとき、はじめ外宮から参拝した。さすがに聖地とあるだけその存在感は
ものすごく、豊受大御神の拝殿ではモワモワしたもの?が出ているのがわかった。
あと、式年遷宮地を視て神様のことを何故「柱」で数えるのか納得がいった。
心の御柱、光の御柱を立てる秘儀があるようだが、ある意味秘密でないような気がする。
 外宮・内宮、そして他のところも参拝し、赤福を食べて熊野に向かった。
熊野では那智の瀧の前で目をつむりしばらくすると、目を閉じた暗闇の中に金色の
一直線の筋が現れた。これが「瀧」なのか~と清々しい感動を味わった。
このような御神縁を授けていただいたことに感謝しつつ、私は帰路に着いた。


ise

kumano1




© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: