絵本のさざ波

絵本のさざ波

2008.07.28
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カテゴリ: 絵本(その他)

虔十公園林

ついに登場、宮沢賢治の童話です。
でも、「銀河鉄道の夜」でも、「注文の多い料理店」でも、「セロ弾きのゴーシュ」でも、「グスコーブドリの伝記」でもなく、「虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)」をお届けします。
宮沢賢治の童話の中では、あまり知られていませんが、隠れた名作で、多くの人が生きにくさを感じている現代だからこそ読んでみてもらいたいので紹介します。ほとんど紹介しちゃいましたので長いですが、最後までお付き合い下さい。

「虔十公園林(けんじゅうこうえんりん)」
「虔十」というのは、この物語の主人公の名前です。
虔十は「雨の中の青い薮を見たり、青空をどこまでも翔けて行く高を見つけたり、風がどうと吹いて、ぶなの葉がチラチラ光るのを見ると嬉しくて笑っていましたが、ちょっと知恵が足りない様子なので、それを見て子供らは馬鹿にして笑っていました。

ある日、虔十はおっかさん、おとっつぁん、兄さんに「家の後ろの野原に杉を植えたいから、杉苗を700本買ってくろ」と、はじめてお願いを言います。兄はあそこは杉を植えても育たないと言いますが、

『買ってやれ、買ってやれ。虔十ぁ、今まで何一つだて頼んだごたぁ無がったもの。買ってやれ。』

と、両親は初めて願い事を口にした虔十に、杉苗を買ってやることにしたのです。



嘲笑されたとおり、七年目も八年目も丈が九尺(3m弱)ぐらいでした。
ある朝、百姓が虔十に枝打ちはしないのかと冗談を言いうと、それを真にうけて虔十は片っぱしから下枝を払いました。払い終るとどの木も上の方の枝3、4本しか残らない寂しい状態になり、林の中はあかるくがらんとなってしまいました。
虔十はなんだか気持ちが悪くて胸が痛いように思いましたが、通りかかった兄さんに、
『枝集めべ、いい焚ぎものうんと出来た。林も立派になったな。』
と言われ、やっと安心するのです。

次の日、林から子供たちが大勢さわぐ声が聞こえ、虔十が行ってみると、下枝がなくなってがらんとして並木道のようになった林に学校帰りの子供らが五十人も集って、杉の木の間を喜んで行進しているのでした。それを見て虔十も喜んではあはあと笑いました。
それからは毎日毎日、子供らが集りました。

ある年の秋、虔十はチブスにかかって死んでしまいました。そんなことには一向かまわず、林ではずっと子供らが集りました。
次の年、その村に鉄道が走り、あちこちが開発され、畑や田はずんずん潰れて家がたち、いつしかすっかり町になりましたが、虔十の林だけはそのまま残っていました。

虔十が死んでから二十年近くたったある日、その村から出て、アメリカのある大学の教授になっている若い博士が15年ぶりに故郷に帰ってきてみると周囲の光景はすっかり変わっていました。でも、虔十の林は昔のままでかつてと同じように子供らが楽しそうに遊んでいました。

『ああそうそう、ありました。ありました。その虔十という人は少し足りないと私らは思っていたのです。

この杉もみんなその人が植えたのだそうです。
ああ、全く、たれがかしこいかはわかりません。ただ、どこまでも十力の作用は不思議です。
ここはもういつまでも子供たちの美しい公園地です。
どうでしょう。ここは虔十公園林と名をつけて、いつまでもこの通り、保存するようにしては。』
『これは全くお考えつきです。そうなれば、子供らもどんなにしあわせか知れません。』



『昔のその学校の生徒、今はもう立派な検事になったり将校になったり海の向うに小さいながら農園を有ったりしている人たちから沢山の手紙やお金が学校に集まって来ました。
 虔十のうちの人たちはほんとうによろこんで泣きました。
 全く全くこの公園林の杉の黒い立派な緑、さわやかな匂、夏のすずしい陰、月光色の芝生がこれから何千人の人たちに本統のさいわいが何だかを教えるか数えられませんでした。
 そして林は虔十の居た時の通り雨が降ってはすき徹る冷たい雫をみじかい草にポタリポタリと落しお日さまが輝いては新らしい奇麗な空気をさわやかにはき出すのでした。』

と結ばれます。


みずからをケンジュウと表記することもあった宮沢賢治の理想像を語っているような作品です。
この作品では、虔十の愚直なまでの一途さが残したものが大きくとり上げられることが多いのですが、この作品に出てくる虔十の家族のあり方にも注意して欲しいと思います。

世間から何を言われても親や兄弟が、虔十のすることを認め、見守り、ずっと支え続け、虔十はそれに応えるようにやり通すのです。
人に認めらないから、人に注目して欲しいから、問題を起こせば家族の気を引けるからと、数々の事件が起きている現代。世間の目はどうしても気になる現代。
ここに一つの道があると思います。

人に認められるよりも前に、それぞれがやるべきことがあるのではないでしょか。

「かしこいってどういうことか」
今の世の中が立ち止まって考えてみるべき時ではないでしょうか。

一度じっくりと読んで、人の幸せとは何か、「本当のさいわい」とは何か、家族でじっくりと見つめてもらいたいと思います。

賢治の童話は過去のものではなく、時代を見通していたかのような作品が多く、たくさんの人にいろいろな作品を読んでもらいたいと思います。小さなお子さんには今はわからなくても、何か心の中に小さな炎となって残るものがきっとあると思います。ぜひ、夏休みに家族で読みあって下さい。

ちなみに、私のハンドルネームのブドリはどこから取ったかおわかりかと思いますが、実は最終候補として「虔十」もあったんですよ。
どちらも賢治の根底を成す童話で、悩んだのですが、変換しにくかったり、読みにくかったりするのもあって、「ブドリ」を選んだという経緯があるんです。それだけ思い入れのある作品です。是非一度読んでみてください。





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最終更新日  2008.07.28 09:56:00
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