CAPTAINの航海日記

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2013.02.01
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カテゴリ: 家族の話
今日、子供達が通う学校に、バレーボールの指導者として井上謙(ゆずる)氏が来校しました。うちの上の子も、レシーブの指導を受けたとか。
そのことを羨ましがってたのが、妻。井上と言えば同学齢の川合俊一、熊田康則とともに、1980年代半ばのバレーボール界ではビッグ3と呼ばれた名選手。しかも妻は井上が所属していた日本鋼管の寮にファンレターを出したほどのファンだったとそうで、上の子以上に興奮状態だったのだからちょいと笑えます。
でも、井上の知名度は、川合や熊田ほど高くはなかったようで、ママ友に訊いても大半が「知らない」との返事だったとか。むしろ妻のマニアック度の高さが際立つ結果となった模様です。考えてみたら、1980年代半ばのバレーボール界は富士フィルムの天下。同社の所属選手だった川合や熊田の方が井上よりもはるかに露出度は高かったように思います。
それにしても、1980年代半ばのバレーボール界を振り返ってみると、客席が女性客で埋め尽くされたのが、この時期からだったかなぁ… 「日本! チャチャチャ…」やサーブ時の「そ~れ!」のコールも、この時期が嚆矢だったのではないでしょうか。
となれば「女の子にモテたい!」との一心からバレー部に入る中高生も多かったのかと思いきや、少なくとも私の周囲では、そんな仕儀にはなりませんでしたね。一番人気があった部活は何と言ってもサッカー部。黄色い声援よりも同年代の少年群像を描いた「キャプテン翼」の世界の方が、まだ身の丈に合っていたんでしょうかね(笑)


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Last updated  2013.02.01 22:19:17
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