The door of the heart...

私と私自身


人見知りで、人と解け合うまでにすごく時間がかかる。
仲良くなって、信頼出来れば何でも話せてとても居心地が良い場所へと変わる。
でも、私はなかなか人の事を信用しない。
というのも、私自身をあまり理解して貰えないからだ。

<小学生の私>
転校生で、周りに人は来るけど、なかなか進んでは話しかけられず。
それでも気の許せる友達もいて、それなりに楽しかったのだろう。
すごく男子が子供っぽく見え、ケンカした事も多々あったり。
良く腹打ちされたりしました(^_^;
誰かが助けてくれたりって言うのも無かったけど、男子の行動はあまり許せる物ではなかった。

先生も、凄く嫌いで。
何でも自分の思い通りにならないと嫌な先生でした。
なので、中学受験するような子に贔屓の目ばかりを向けていました。
この頃、先生を信用するなんて事あり得なかった。

<中学の私>
1年生の担任の先生は、のちの部活の顧問の先生でもありました。
中学の先生のお陰で、先生という物が好きになりました。
相談には乗ってくれて、他愛もない話でも付き合ってくれる。
先生という、目上の人は私にとっては頼りになる人たちでした。

中学時代、楽しかったのは2年まで。
3年では、クラスの子になじめなくて、いわれのない事で冷たい視線も浴びました。
元々、人の好き嫌いが激しい私。
それに加えて、1番信頼していた先生が離任したから。
ある意味、殻に閉じこもった1年間でした。

<高校の私>
進路に迷ったあげく、妥協したと言っても過言ではない高校。
高校へは2年間しか通ってません。
進学校なのに、授業らしい授業もない。
ただ、教科書が配られているだけの科目もありました。
何しろ、教師がとんでもなかったです。
こうも違う物かと…
高校で初めて、教師が授業をボイコットしても良い事を知りました。

この頃の私は、部活でいっぱいいっぱいでした。
中学では水泳部だったけれど、高校では演劇へ。
同じ学年の子たちとはやっぱり、合いはしなかったけれど、
私にとっては知識が得られる場所でした。
部活があったからこそ、学校に来れたのかも知れません。

高校時代の途中、大事な友達が2人出来たと共に、中学時代の友達を病気でなくしました。
それはとても辛い出来事で、私の中の決断をさせた出来事でもありました。

結果、2年までの貰える単位を貰い、中退。

<中退後>
大検(大学入試試験)を受けて、不足分2単位を取得すれば
普通に受験出来る。
私は、大検の為の勉強をしながらバイトも、っと思っていました。

今の私を見てのとおり、私はスタートとなる時から躓きました。
妊娠していたから。
産んだ事は後悔もしていない。
逆の選択をしていたら、きっと辛かっただろうから。

それからの私は、急速に時間が過ぎていきました。
大検もきちんと受け、1回で合格し、他にも資格試験を育児の合間に勉強をしながら受けていました。
子供に、後悔させたくないから。
周りの人に、若い母親だからいけないんだ、と子供が嫌な思いをしないように。
そうは言っても、若いからと冷たい視線をあぶる事は多々あるんですけど(^◇^;)

私と私自身

年を重ねていって、冷静になれる自分。
まだまだ熱い視線になっている自分。
少しでも、離れた所で自分自身を見られる様になった事が
今の私にとっては、財産だと思う。


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