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その9(9/18UP)
真冬のすばる
(その9)
左の腕に焼け火箸を突き刺されたような衝撃が走った。
熱い。
撃たれた、ということを認識しようとしているオレの前にタカヤの顔がいきなりぬぅっと現れた。
オレは頭がくらくらした。
これはものすごくタチの悪い冗談に違いない。
「・・・止めなきゃ、・・を止めなきゃ、、血を、、」
タカヤは呪文のように繰り返しながら自分のハンカチを切り裂きオレの腕を縛り始めた。
「だいじょうぶか?」
タカヤが聞いている。
あぁ、間違いないコイツはタカヤだ。
オマエはいつもオレを混乱させる。
神崎が「コイツは誰だ」と聞いた。
思わぬ珍客にさすがに驚いたらしい。
「タカヒロって人から聞いたんだ。田舎に帰る前に話しておきたいって。オレ、、、オレ、なんにも知らなくて」
タカヤは主役を無視して話し続ける。
「ごめんよ」
そして「オヤジさんはなにか知っていそうなのになにも話してくれない」とふくれた。
「だからわたしの跡をツケてきたってわけか」
当のオヤジは呆れた声で言った。
「オヤジさん、救急車!」
早く呼ばないと!とタカヤがせかす。
神崎の存在など眼中にないかのようだ。
今の状況がわかってないのか、このバカ。
☆
「オマエがタカヤか」神崎が呼びかけた。
タカヤは振り向き「はい」と実にまっとうな返事をした。
そして「神崎さん」と反対に呼びかけた。
「あなたも病院に行かないとこのままでは死んでしまうよ。すごく苦しそうだ」
わたしは、そう言って神崎の手までとってやりそうなタカヤと唖然としている神崎の顔を交互に見比べた。
神崎はうろたえていた。
ヤツのまわりを取り囲んでいた邪悪な空気がほんの少しだけ薄まっていくような気がした。
それがヤツを焦らせうろたえさせている。そしてそのことに自分で気がついたとき神崎の顔はこんどは怒りに染まった。
「そこをどけ!こんどはテツトの右足をぶち抜いてやる、よおく見とけ、タカヤ!」
そのセリフをいい終わるまで神崎は何度も咽び喘いだ。
胸に手をあて背中を曲げ荒い息を吐きあの禍禍しい「ひゅぅ」という音も喉から漏れる。
よろけそうな神崎の体をタカヤは支えようと一歩前に踏み出した。
その時テツトの右足に向けられていた神崎の銃口がタカヤのそれに変更された。
「いらいらするヤツだ。オレはオマエみたいなヤツがいちばん嫌いなんだよ」
「ボクは、、、」
とタカヤはかまわずに続けた。
「話しを聞いたとき、ずいぶんひどいヤツだと思った。そしてどんなに恐ろしいヤツかと思ってた。でも」
タカヤはもう一歩神崎に近づいて言った。
「でも違った。アンタは、弱い可哀想なひとだ。孤独な病人だ」
神崎の眉間がひくひくと動いた。
銃の引き金にあてた指に力が入ったが、それはぶるぶると震えていた。
☆
「アイツ、絶対バカだ」
テツトが呟いた。
腕の傷はハンカチなんぞで塞がるはずもなく血は床に垂れ流されている。
わたしはテツトのそばまでにじりよったが神崎は気づくこともなかった。
テツトの言うように神崎はタカヤのようなバカは今まで相手にしたことがないのだ。
「銃を貸せ、テツト」
神崎はテツトの腕から銃を離すことをしなかった。
タカをくくっていたのか、それとも一方的なゲームではおもしろくないと思ったのか。
たぶん後者だろう。
もしかするとテツトの手で落とし前をつけられてしまうかもしれない。
それでもいいと思ったのかもしれない。
テツトが自分を地獄に送りこむならそれでいい。
しかし、
(オマエもいっしょだ)
(一瞬遅れたとしても正確さならオレの方が上だ)
それに賭けたのかもしれない。
いっしょに堕ちていくのはこの男にとってはさぞかし甘美なことに違いない。
しかし、その甘美な夢を邪魔するバカが現れた。
テツトが最後まで強情に庇ったこの男だ。
「オレはなぁ」
神崎はひゅぅひゅぅと不吉な音で喉を鳴らしながら言う。
「オマエみたいなヤツがほんとに大嫌いなんだよ。いいコぶりやがって。キレイごとを言うな。最後は裏切るに決まっている。
テツトの身代わりなるか?タカヤ」
その返事の代わりにテツトが叫んだ。
「バカヤロー!神崎、そいつにかまうな!関係ないんだ!」
神崎はニヤリと笑った。
「テツト、心配するな。誰が好き好んで足を撃ち抜かれたいか。こいつはイヤだと言うに決まってる。そしてここから出ていくんだ。
いい友達をもったな」
そう言ってもう一度笑った。
「タカヤ、オマエなんでこんなとこに来たんだよ。どうしようもねぇな。最後まで世話のやけるヤツだ。イヤだと言ってさっさと出ていけ!」
「いいんだ」
とタカヤが言った。
「オレ、平気だよテツト」
その顔は穏やかだった。
「撃ったらいいさ」
そしてまっすぐ神崎を見た。
☆
パン!
と乾いた音が破裂した。
タカヤの体がぐらりと揺れた。
赤い染みが目の前に点々と散ってゆく。
オレはタカヤの体を支えようと手を伸ばした。
ドサっとオレの胸に倒れこんだソレは額の真中から血が一筋流れていた。
ぽっかり穴が空いている。
オレは伸ばした両腕を開いたまましばらく固まった。
こんなことがあるもんか!
「タカヤ~ッ!」
「おい」と後ろで声がした。
「顔の識別もできんのか」
振り向くと大家のオヤジが拳銃を持って立っていた。
オレの銃だ。
硝煙の匂いがする。
「10年以上のブランクがあったにしてはまぁ上出来だ。タカヤ、オマエは大大丈夫だな」
つづく
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