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2012487
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3 罠
「コウジさんにはほんとに悪いことしちゃったなぁ」
マサフミが肩を落としていった。
「オレもほんとは援護したかった、すごくいいピッチングだったから」
今度はケンタだ。
「エラーで足はひっぱるし。アウトがとれるのを何本もヒットにしちゃったしな」
コウジさんというのはサラリーマン生活を送っていたがどうしてもプロ野球の夢をあきらめきれずテストを受け夢を実現した先輩の投手だ。
オレたちと違い奥さんも子供もいる、1試合1試合の結果に生活がかかっているのだ。
もちろんオレたちだってプロでメシを食ってくためにがんばっている。
しかし、やはり一刻も早く上に上がりたいという切実さはオレたちとは質が違うだろう。
彼は家族持ちなのでもちろん寮にはいない。
だから「オレたちの今の現状」は知るよしもない。
しかし、今日の試合でイヤというほどわかっただろう。
オレたちがずいぶんと変わってしまったことに。
「コウジさんになにか一言声をかけたかったけど、言えなかった。そんな雰囲気じゃなかった」
タカヤが言った。
他のメンバーも意気が上がらない。
練習から帰って陽が落ちてやっとオレたちのほんとの世界がやってきたというのに。
グランドに集合したのはいいが今日の結果にみんな混乱しているようだ。
現実に直面してショックを受けていた。
オレは夜空を見上げた。
今夜の月は青白い。
「別に練習したくなかったらいいんだぞ。オレたちがほんとに自分らしく生きられるのはこの夜なんだ。それを無駄にしたいんならそれでもいい」
オレのその言葉にみんなは冷たい視線を向けた。
オレだって。
オレだってコウジさんには悪いと思ってるさ。
でもそれじゃどうしろって言うんだ?ほんとの事を話せって?
「こんなことしててどうするんだろ」
誰かがぽつっと言った。
え?
みんながその声のほうに振り返る。
そして頷いている。
彼らの目の中に後悔と不安と、そして怒りがみえる。
その目が一斉にオレのほうを向いた。
「こんなこと続けててオレたちどうなるんだ?」
「昼間の結果でオレたちは評価されるんだ」
「最悪だよ。このままじゃ絶対上には上がれない」
「みんな、、」
「みんな、アンタたちが悪いんだ」
赤い目がオレとタカヤとケンタとマサフミをとり囲む。
「コイツラが元凶だ」
ひとりが言った。
「悪魔、、。」
「こいつらがオレたちをダメにしたんだ。取り返しのつかないことにしたんだ」
赤い輪がずんずんと狭くなってくる。
憎しみの色に赤黒く燃えている無数の目が近づいてくる。
ケンタの部屋で神の手で押された額の烙印が疼き出したような気がした。
タカヤはそんなものはみえないよと言ったがオレは今でも感じる。
ときどき疼くんだ。
悪鬼が神に勝利したとオレは笑った。
だが悪夢にうなされて飛び起きることがある。
無意識に額に手をあてている。
火傷のような痛みを確かに確かに感じるときがある。
まだ鬼になりきれない自分がいる。
いつまで続くんだろう。
「仲間割れしてる場合じゃないだろ」
ケンタがみんなを冷静にさせようとする。
そのとき
「誰かいる」
マサフミが呟いた。
「こっちに誰かやってくるよ」
見ると正門からグランドに近づいてくる人影がみえた。
こんな真夜中にしかもウチの関係者じゃなさそうだ。
つい今までオレたち4人を取り囲んでいた輪は一斉にその見知らぬ侵入者に方向を変えた。
同じ「意思」がみんなの脳に伝達される。
さっきまでの憎悪は嘘のように連帯感が電流のようにみんなの体に送りこまれる。
「獲物だ」
☆
夜の闇というのは世界を変える。
昼間見慣れているものが別人の顔を見せる。
今、目の前に現れているものがまさにソレだ。
そこには確かグランドがあるはずなんだ。
若い選手たちが走り、投げ、ときに笑いあい汗をながしているところだ。
陽が降りそそぎ彼らの顔も未来も明るく照らしているところなのだ。
しかしそれがいくら真夜中とは言え、ここは違う。
違いすぎる。
だいいちどうしてこんなに深い霧に包まれているんだ?
その前にひろがっている海さえ見えない。
霧はひとつの意志をもっているかのようだ。
人を拒絶しているようにも見えるが飲みこもうとさえしているようにも思われる。
息苦しささえ感じるほど濃密な霧。
その中に点々と赤いものが見える。まるで獣のようだ。
こんなところに。狐か、狼か、それともまさか魔物か?
それが人の目だとわかったとき絶句した。
赤い目、ふたつで一組の赤い目が右に左に揺れている。
いくつもいくつも揺れている。
その揺れる視線がひとつの方向に定まった。
オレを見ている。
☆
「あのひと、試合のとき来てた」
タカヤが言った。
ああそうだ、アイツだ。
ガタイに似合わず鋭いヤツだと思ったがやっぱりここに来たか。
「新聞記者だよ」
タカヤの呟きにみんなが反応した。
「ヤバイじゃないか」
「バレたらどうするんだ」
「みんなに知られたらオレたち、、、」
「早くやっちまわないと、、」
ざわめくみんなをオレは制した。
「なにをあわててるんだ。形勢はこっちのほうが絶対的に有利なんだぜ。アイツは罠にかかったんだから」
「罠・・」
マサフミが言った。少し舌なめずりしたようなその声音にみんなの赤い目がいちだんと鋭く光った。
「大丈夫さ、心配するな」
オレのその言葉にみんなはすがりついたようだ。
オレはまた信頼を勝ち得た。そうさ、今更何を言ったってもう引き返せないのだから。
こっちの体勢は整った。
(さぁ来い)
オレはソイツに向かって微笑んだ。
☆
これが、、。
これが彼らの正体か。
信じられない。夢に違いない。それもとびきり上等な悪夢だ。
ほんとに乱歩の小説のようだ。
いや、ストーカーか、、。
ブラム・ストーカー。
「あははは」
笑ったあと背筋がぞっとした。
どうかしているぞ。これは夜のせいだ。闇のせいだ。闇がつくりあげた幻想だ。
オレの恐怖も幻想だ。
幽霊も火の玉もみな太古の昔から闇を畏怖した人間がつくりあげたものだ。
悪魔も鬼も精霊もその闇と折り合うために人間が生み出した「負のお伽噺」だ。
それは人間が聖なるものを求めるために必要とした「悪のお伽噺」だ。
そう理解できるほど充分にオレは大人のはずじゃないか。
ほんとは万物はすべてちゃんと辻褄があうようにできている。
赤く見える目にはなにかちゃんと理由があるはずだ。霧が発生しているのも絶対説明がつくなにかがあるはずだ。
だが、、。
今感じたものは説明がつかない。
オレに微笑みかけたヤツがいる。
霧の中から。
ソレはオレを呼んでいた。
行かなくちゃ、、。行きたい。。
まるで最初から望んでいたようにオレは一歩足を踏み出した。
つづく
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