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Another Garden ,Fallin’ Angel
(1)
兄が失踪して丁度1ヶ月たった3月15日。
テツトはその半年前に亡くなった田舎の祖父の家の庭にいた。
祖父は代々続いた地主の生まれで郷土の町の要職にも
ついた名士だった。
ハイカラなものを好んだ祖父はこの庭園を典型的な日本の旧家には
似合わない洋風に仕立て上げた。
まるでイギリス庭園のような木々で囲まれた大きな迷路がつくられていた。
旧弊な町の人々からは好奇な目で見られたが祖父は一向に意に介さなかった。
テツトは幼い頃背の高い祖父に手をひかれこの迷路を歩くのが好きだった。
変わり者と呼ばれて、テツトの父さえ煙たがっていた祖父をテツトは大好きだった。
その祖父が財産をごっそり残して死んだあとテツトの父は弁護士をとおして
自分の分け前を確保するべく奔走した。
その矢先、長男のヒデユキが突然失踪した。
大学院に通っていた25歳のこのテツトの兄は一家の宝だったので親(特に母親)の
狼狽と衝撃は想像以上だった。テツトの母は外聞を憚る夫が止めるのもきかず
警察に届け、探偵を雇い、懸賞金にも金を惜しみなくばらまいた。
テツトはその日から家を出てこの祖父の家で暮らし始めた。
彼がいなくなったことに母親が気づいたのはそれから二週間ほどたってからだった。
金庫の中の札束の数が少し減っていたが、この家にとっては影響はなかった。
同じほどテツトの不在もこの家に影響はなかった。
テツトは広大な屋敷の雨戸を開け障子や窓を開放し空気を入れ換えた。
いつも祖父が座っていた和室に日溜りができた。
そこにテツトは寝転んだ。
我が強く大人たちの言う事をきかない幼いテツトを祖父はお行儀のいい兄より
可愛がった。
「爺ちゃん・・・」
とつぶやいてまどろみかけたとき、目の前に陽炎のようなものが
立っているのに気がついた。
テツトは思わず起きあがった。
その陽炎はものを言った。
「あの、、すみません、、」
テツトは気を取り直してそいつを見た。
自分と同じ年恰好の青年だ。
背が高くひょろっとして人懐こい目をしている。
背中にリュックを背負って自転車を押しているところを見ると
この春休みという時期だ、どういう状況にあるヤツかすぐわかる。
しかし、なんで人の家の敷地のど真ん中にいるんだ?
正門は内側から閉めてある、古い家なのでやたら塀が高い。
なにより祖父が生きている頃からちゃんと躾された猛犬がいるのだ。
降って沸いてきたとしか思えない。
「裏道から入ってきたら、なぜかこの家に出ちゃって、、
あの、怪しいものじゃないです。迷ったみたいで、、」と青年は申し訳
なさそうに言った。
裏から?こいつあの迷路をたどってここまで来たのか?
信じられない。
裏道は普通に地元の人間が歩いていて、そこからこの名物?の
迷路に入ろうと思えば入れるが誰もそんな無謀なことはしない。
変人と呼ばれた祖父がさまざまな工夫をこらし一朝一夕には
ゴールにはたどり着けないようにしてあるのだ。
昔はよく騒動が起こり警察が住民の苦情を代わりに言いにきたこともある。
「人の敷地に勝手に入るほうが悪いと」祖父はとりあわなかった。
オレもひとりで入ったことはないのに、、とテツトは唖然とした。
「おもしろいね。迷路になってるんですね」と当の珍客はのんびりと言った。
「自転車で旅行してるの?」
テツトはこのヘンナヤツに興味を持った。
「うん、でも旅行というほどのものでもないんだ。あてもなくぶらぶらしてて。
ここは昔ながらの町並みでちょっと有名だよね。いいところだね」
「上がれよ」とテツトは唐突に言った。
「え?」
「立ち話もアレだしさ、お茶ぐらい入れるよ、それともビールのほうがいい?」
「え。でも悪いよ。ボク、人の家に勝手に入ってきて、、」
「これも何かの縁さ、ほら!ほら!」
とテツトは彼の手をとり、急かした。
ここでコイツと別れると一生後悔するとでもいうように。
★
この降って沸いたような珍客は名前をタカヤと言った。
テツトが勧めるままに缶ビールを開ける間にいろいろなことを聞き出した。
中学からずっと野球をやっていてエースだった。
甲子園にも出た。卒業のときは複数のプロの球団から声がかかったが
それを断って大学に進んだ。
大学でもピッチャーとしての評判は落ちることはなく、今でも足蹴く
通ってくるスカウトが数人いる。来年のドラフトでは名前が必ず上がると
噂されている。
「すげぇな~。オレは今、将来のプロ野球のエースと飲んでるってわけだ。
こいつは友達に自慢できるぜ」
あまり酒に強くないテツトはろれつがまわらない口調でひとりはしゃいでいた。
だからタカヤの顔がだんだんと曇っていく様子に気がつかなかった。
「サインくれよ、サイン、将来値打ちモンになるぞ」
タカヤは苦笑いしながら首を振った。
「ボクはプロには入らないよ。野球やめるんだ」
「あ?」
最初の出会いのときの邪気のない笑みを浮かべた人物とは思えないような
暗い顔を見てテツトは酔いが覚めた。
「なんでだよ、もったいねぇなぁ」
タカヤはただ小さく微笑んだだけだった。
テツトはそれ以上聞かなかった。
誰にでも言いたくないことはある。
もう行かなきゃ、というタカヤをテツトは強引に押しとどめその晩タカヤ
はここに泊まることになった。
運動会ができそうなほどだだっぴろい部屋にふたりで布団を運んだ。
テツトがふざけて枕を投げつけたから、タカヤは笑いながら投げ返した。
そしてどうして彼はこんな大きな屋敷にひとりで住んでいるのだろうと
当然もっと早く気づいてもよさそうな疑問にやっと気づいた。
でも不安はまったく感じなかった。
あの日溜りの中まるで子供のように体をまるめて無防備にまどろんでいた姿。
悪いヤツじゃないとタカヤの本能が知らせていた。そして彼はそれを信じた。
★
なんの疑問もクチにせずに自分が誘うままに今こうして眠っているタカヤ
の寝顔をテツトはじっとみつめていた。
ずっと前から知っていたような不思議な気持ちを抱かせるこの男を
彼は離したくなかった。
でも離れていってしまうかもしれない。
自分の秘密を知ったら。
オレが打ち明けたらどうだろうとテツトは思った。
「兄さんは失踪したんじゃなくて、ボクが殺したんだよ」
つづく
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