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2012494
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(その4)
Another Garden Fallin’ Angel
(Ⅳ)
「うん・・だからね、予定より遅くなる、帰るの・・・だから大丈夫だってば・・・
うん、うん、ちゃんと電話するよ・・・わかった・・・じゃ、ね、、切るよ」
タカヤが携帯を切って襖をあけると目の前にテツトの顔が現れ、思わず声をあげそうになった。
「び、びっくりした」
幽霊かと思った、と言いそうになったがそれがジョークとして通じるとは
思えなかったのでタカヤはやめた。
「お母さん?アンタの」とテツトはきいた。
なんとなく投げやりな物言いだ。
「え?あ、今の電話?うん、いちおう毎日電話しろっていうから。ウザイんだけどね」
とタカヤは努めて明るく言った。
コンビニで買ってきた弁当にテツトはほとんど手をつけていなかった。
「食べないとダメだよ」
テツトはテーブルに戻り肩肘をついてけだるそうに座っった。
「アンタんとこ何人家族?」
「え?あ、オレん家?妹と両親の4人だよ」
不意の問いにタカヤは少しとまどいながら答えた。
「ふ~~ん、妹か、かわいい?」
「ブスだよ」
「違うよ」と言ってテツトはちょっと吹き出した。
「そういう意味じゃなくて」
「あ、そうか、う~ん子供のころはかわいかったけど。いつもオレのあと
くっついて歩いてて、、でも今は、、今度高校なんだけど、もうダメだな。
クソ生意気になっちゃって。ありゃもう人種が違うな」
「ふ~~ん、オレ、妹欲しいなぁ」
「オレ、男兄弟が欲しかったよ」と言ってすぐタカヤは後悔した。
「あの、、」
「なに?」
タカヤのとまどいに知らん顔しているのかテツトの反応はそっけなかった。
「いや、あの」
「オレの兄貴は頭めちゃくちゃよくてさ。参るよ、ああいうの。
当然オレは比較されるわけだろ?オレ勉強大嫌いで、大学も五つも受けたの
全部パァ~でさ、オヤジがあわてて金、工面してさ」
いきなりテツトは喋り始め、タカヤは少しうろたえた。
「冗談じゃねぇよ、だいたい、、」
そのとき突然テツトの上体が後ろに反り返りそのままバタンと倒れた。
「おい、テツト!」
駆けよって支えたテツトの体は火のように熱かった。
額に手をあてると自分の手まで燃えるようでタカヤは驚いた。
冷凍庫からありったけの氷を出して、テツトの額や体を冷やした。
どうしよう、医者を呼んだほうがいいのか。
とにかく体を拭いたほうがいいな汗びっしょりだ。
タカヤはテツトのセーターを脱がせてタオルをあてようとしたとき、
あるものをみつけなんともイヤな気持ちになった。
腹のあたりに集中している変色した痣だ。
それもひとつやふたつではない。かなり昔のものだと思われるものある。
それが何を意味しているかはタカヤでもわかった。
テツトは家で暴力を受けていたのだ。
誰から?父親からか?それとも、、。
それとも?
★
朝日に目を射られてタカヤは目を覚ました。
いつ眠ったのか自分でわからなかった。
テツトは?
額に手をあてると熱は下がっているようだ。
タカヤは、ふあ~っと大きく伸びをし顔をごしごしと両手で撫でた。
テツトの寝顔はむしろおだやかだった。
タカヤは昨夜の彼の言葉を思い出した。
なぜ急にあんなことを言ったのだろう。
オレの家族のことをきいたことから始まったのだ、と思い出した。
なにげない、たわいない世間話のようにテツトは訊いた。
彼は妹が欲しいといった。
彼にはそれがいないからだ。
今とは違う家庭が欲しかったのだろうか。
それは誰もが一度は持ったことがある種類の思いだ。
自分が持っていないものを人が持っているとそれはその時点で
自分にとって格別なものになる。
タカヤ自身は男兄弟が欲しいと思った。
だが二人の思いの深さと質は根本的に違うものだろう。
彼がほんとに欲しかったもの、それは現実にはいない妹なんかではなく、
ちゃんとこの世にいる、父と母だろう。
そして兄。
テツトはほんとに兄が欲しかったのかもしれない。
なんでも金で片付けようとする父、兄を自分の人生のすべてのように思っている母。
でも「お兄ちゃん」は少なくとも子どもの頃はテツトといっしょに遊んで
くれただろう。。
テツトはタカヤの妹のように兄のあとをついて歩いたかもしれない。
いつもいっしょだった、たった一人の兄。
でも年を経るにつれて、兄はテツトのアニキという役割だけでなく
いろいろな役割を担わなければならなくなった。
父に期待され、それに答えなければならない息子の役割。
母の愛情に重たさを感じながらも、折り合いをつける術も身につけなければならない。
たぶん、テツトの兄は外側からみると文句のつけようがない好青年だろう。
しかし、好青年は疲れる、追い込まれる。
外でつけていた仮面をはずし、内側に蓄積されたマグマのようなものを
どこかで開放したい。
その相手に選ばれたのがテツトだったのかもしれない。
だから。
タカヤは今、自分が推測していることはとっくの昔に気づいていたこと
だったかもしれないと思った。
昨日の訪問者の刑事。
自分の質問をはぐらかせたが、オレと同じことを思っているに違いない。
昨日の話をきけば状況からして容易に判断できることだ。
テツトが兄を殺した。
あの状況では素人でもわかる。
警察は家庭内の事情も近所の聞き込み等で把握してるだろう。
あの刑事はとぼけていたのだ。
いい人だと思っていた。
でもアイツはテツトを捕まえる気だ。
タカヤはあの刑事を「敵」と認識した自分に驚きながら、それを受け入れ、
テツトを守ることに決めたのだった。
★
目を覚ましたテツトに書いて貰った地図を頼りにタカヤは薬局を探していた。
あの家には薬の類がまったくないのだ。
テツトの熱はもう収まったが、またああいうことが起こらないとも限らない。
それから、スーパーに行って野菜をかってこなきゃ卵もきれていたし。
今夜はおかゆをつくってやろうとタカヤは思った。
今までそんなことをしたことはなかったのだが、それをなんだか楽しんでいるような
自分に気づいてタカヤは苦笑した。
目的のものを調達した帰り道、自動販売機をみつけてコインを入れているとき
後ろから肩を叩かれた。
降り返ると昨日の訪問者が立っていた。
「やあ」
刑事は陽も暖かくなったというのに相変わらずくたびれたコートを着ていた。
警察にはなにかそういうルールでもあるのだろうか。
「わたしもお茶でも飲もう」と刑事もコインを入れた。
相変わらずのんびりした雰囲気は変わらないがそれを見るタカヤの気持ちのほうがすでに変わっている。
ここで会ったのは偶然だろうか。
コイツはオレを尾行してきたのかもしれない。
しかし刑事のほうは無頓着にスーパーの袋からはみ出ているネギを見て言った。
「夕飯の買い物かい?」
「ええ」
「キミがつくるの?やさしいねぇ」
「いえ、べつに」
「友達というのはいいもんだ。もうずいぶん長い付き合いなんだろうね」
「ボク、もう帰らないと」
タカヤはまだ何か言いたそうな刑事をふりきり自転車を走らせた。
刑事は妙に素っ気無くなったタカヤの態度に肩透かしをくらったようだった。
そしてふむふむとなにやらひとりごちた。
刑事をふりきり家路を急いだのは正解だった。
タカヤが留守のあいだ、テツトのもとにある「客」が訪れた。
そして、事件が起ころうとしていた。
つづく
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