続きは、球場で。

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F41【episode 6】

F41



     episode 6

 今日の最初の相談者は女性で、時間通りにやって来た。
 女性は花かフルーツの香りのオイルを選ぶ傾向が強いが、この相談者はセージの香りのオイルを選んだ。

(あっ、この人!)

 根田悠司が探し求める最愛の女性、内川真理。
 今日は非番の悠司は、このビルの周囲にはいない。

(もぅ~、タイミングの悪い!)

 たとえ非番でなかったとしても悠司が詰めているのは従業員用の通用口だから、客の出入り口から入って来る相談者と顔を合わせる可能性はほぼゼロに近いわけだが…

 内心のイライラをおくびにも出さず、三景はいつも通りに占いを進める。

 悠司を占った時は赤ん坊の姿で映っていた子供の影は、大人の腰の高さほどの身長に生長している。
 悠司は子供に直に会ったことはなく、生まれた時に真理の姉が百合子ママ宛に写真をメールで送ってくれたのを見ただけだから、悠司にとっての我が子は赤ん坊のまま時が止まっているのだろう。

 真理は迷っていた。

 来年、子供が小学生になる。
 保育所では同じ身の上の子供が多かったから何事もなかったが、小学校に上がったら私生児である息子がいじめられるのではないか。

 息子のために、“父親”が必要だった。

 しかし、この子の本当の父親である悠司には、自分を売女呼ばわりした後援会の者たちがへばりついている。
 それなりに大人の言葉がわかるようになってきた我が子の前で、あの時と同じように屈辱的な言葉の数々で罵倒されて耐えられる自信はない。

 夕方から深夜にかけて、ライブバーの店員兼歌姫として働く彼女の周りには“ファン”はいても息子の父親になってくれそうな人はいない。
 たった一人だけ、時に客として、時に出演者として来店する度に息子の父親になることをアピールしながらプロポーズしてくるギタリストがいるが、若すぎる。定職についているわけでもない。

 結婚したら音楽は諦めて働くと言うが…

 三景の箱庭水晶は、このギタリストとの結婚に警鐘を鳴らしていた。
 確かに音楽を諦めて働くつもりではいるが、子育ての現実に晒されると1年も経たないうちにスポットライトが恋しくなり、ことあるごとに「お前のために音楽を諦めたんだ」と嫌味を言い始め、行き着く先はドメスティックバイオレンス、といううんざりする程ありきたりな道を進むことになる。

 悠司と結婚することが最も幸せなのは間違いないが、確かに後援会の攻撃は激しい。
 子供の心にとりかえしのつかない傷を残す可能性もゼロではない。

 しかし、悠司との人生を選ぶことを推すのは、三景も箱庭水晶も同意見だった。
 食い違ったのは、その時期だ。
 三景はすぐにでもここに悠司を呼びつけたいぐらいだったのだが、箱庭水晶は1週間待てと告げている。

 好機が訪れるのだろう。
 三景は真理に、箱庭水晶の中に結論は出ているが、とても大切な選択だからあと1週間悩むようにと告げた。

 守り石は、悠司と同じヘマタイトで、太陽を象ったものに香りの力を込めて渡した。
 “剣”で闘う悠司を、太陽の楯で守る。そんな意味を込めた。



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