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・1、4、金
A先生の家はケルンから汽車に乗って、海の底を思わせる広大な草原(そこにはたくさんの羊や野生の鹿が見えた)や何百年そのままだろうと思われるような古い村の中を一時間ほど郊外へ行ったディーリングハウゼンという小さな村にあり、駅から10分ほど歩いた。
家の前には川が流れていて、後ろは小高い山のような丘のような所になっていた。
昼休みにはその川岸で食事をしたり、山を散歩したりした。
家の半地下室を片付けて生徒の休憩所を設けて下さり、そこにコーヒーメーカーを持ち込んで、いろんなクラスメートといろんな話をした。
そのような毎日で僕も少しずつではあるがドイツ語にも慣れて行き、3年目に入ったころには直子さんの通訳なしでもある程度授業で先生が言われることも理解できるようになって行った。
そのころから先生は、少しずつ僕に人前でテノールとして演奏する機会を与えて下さった。
いろんな所からの依頼が学校に持ち込まれ、先生の判断で生徒にその仕事を与えるのだ。
ある時山沿いの古い村でコンサートの企画があり、僕はそこでソロミニリサイタルのようなことをする機会に恵まれた。

当然なことではあるのかもしれないが、歌詞の意味にタイムリーに反応があり、溜息が聞こえたり、笑いが起こったりする。
本来これが生きたドイツ歌曲の演奏なのだと実感もした。
その他国の文化を日本で演奏することの難しさ、観客が興味を持てない当然の理由も改めて考えさせられた。
演奏終了後に先生と一緒に写した懐かしい写真も残っている。

何度目かの冬になり、まだ薄暗い雪の積もるケルンから汽車に乗り、更に雪の多いディーリングハウゼンに降り毎日先生の家に向かった。
気温は冷下13度ぐらい。
どんなしっかりした雪靴を履いていても足先は感覚がなくなる。
その日は何度目かの先生の誕生日会。
先生は急にある提案をされた。
「今日は私がレッスンしているところを皆其々物真似して下さい。
一番上手な人には賞を出します」

それでも一人ずつ先生の椅子に座り、一芸ずつ先生の物真似をして、皆で大笑いして騒いだ。
僕の番が来て「君たちはこう歌っている(急に咳払い)ほらね、君たちの真似をするといつもえへん虫だ」という先生の口癖を真似て演技した。
一同に大爆笑。
結局僕は賞をいただき、人形をもらった。
時間は流れ、夜の終了時間に近づくにつれてレッスン室の窓の外は見る見るうちに雪が積もり、窓の半分ぐらいを覆うほどになって行った。

通りに出るまで大変な時間が掛かった。
車ももちろん一台も通っていないので、我々は道路の真ん中を胸までの雪を掻き分け掻き分け、駅まで一時間以上掛かって汗をかき歩いた記憶が印象的に残っている。

その数日後、レッスン中皆の前で先生は大変な告白をされた。
何かの話題の流れから、終戦後すぐの先生の体験を語り出されたのだ。
終戦といっても、ドイツにとっては日本と同様敗戦ということだ。
「戦争が終わってすぐ、ある日ロシア兵がこんな田舎の村にもやって来ました。
その時家には私とまだ小さな長男、長女、そしてお腹の中の子供だけで居ました。
私は22歳、それは真昼だったのです。
三人のロシア兵はずかずか家に入って来て、拳銃の銃口を私のこめかみに当てました

その冷たい感触を今でもここに、こめかみのところに覚えています。
そして彼らは子供たちの前で私をレイプしたのです。
その時お腹の中に居た息子がLです。
だから彼は私の精神的なショックをそのまま感じて生まれて来たのだと思います」
これはドイツ人だから告白できることなのか、先生がすでに70歳だからか、それとも先生の気質だからなし得ることか、僕には判断出来なかった。
日本人にはなかなか難しいだろう。
その時に銃口をこめかみに感じながら、死を覚悟した先生の立場に近づこうとすると胸が苦しくなった。  つづく





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最終更新日  2013.05.13 11:57:13
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