混沌としためいぷる日記

混沌としためいぷる日記

第三章ノ一


 この薄暗いトンネルにいい加減うんざりしていたギコは、視線の先に広がる光に歓声を上げた。
 そんなギコとは正反対に、しぃの顔色はすぐれなかった。
「しぃ? どうかした?」
「え? うぅん、なんでもない」
 しぃの様子に気づき、声をかけたギコに対しての返事もどこか上の空だった。
 そして、二人はトンネルを抜けた。
 日食は既に終わったらしく、西に傾きかけた日の光にギコは目を細めた。
 そのギコの前方には、巨大な橋が架かっていた。
「おかしいわ……ここまで一人のAIにも遭遇しないなんて」
 不安げな表情でしいがつぶやくが、ギコは気にせず、楽観した意見を口にした。
「ま、AIも忙しいんじゃないか? 俺たちのほかにもたくさんの人間がプレイしてるんだからな」
 ギコの言葉にも、しぃの不安げな表情が変わることがなかった。


「ふふ……ここなら逃げられることもないからな」
 巨大な橋の支柱の上。そこにたたずむダークブルーの影。手には血の色に輝く一振りの刃。
「もしかしたら、気が変わって始末してくれるんじゃないか、とも思ったんだけど……どうやら、無駄な期待だったようだね。
 さて、あの黄色いのはどこまでもつかな?」
 ダークブルーが宙に舞う。眼下で走る黄色い獣人に刃を向けながら――


 ざわり……
 ギコの全身の悪寒がはしる。根拠は無いが、とても嫌な予感がした。
 反射的に上を向いた彼の瞳に映ったのは、血の色をした刃。そして、それを振り下ろす暗い青色の身体をした猫の獣人だった。刃は、ギコに向かって振り下ろされていた。
「わあぁ!」
 情けない悲鳴を上げながら、ギコはしぃの手を引きながら後ろへ跳んだ。同時に、ギコが直前までいた空間を刃は通り、地面に激突した。
 瞬間――
 ごがぁ!
 地面にヒビが入り、割れ、盛り上がり。切断には至らなかったが、血の色をした刃は橋の一部を崩壊させた。
 もうもうと立ち込める砂煙の中、一つの日とかげたゆらりと立ち上がった。
「へぇ、今のを避けられるんだ。おもしろい」
 声からして、男のようだった。無明の闇のように何も映さぬ漆黒の瞳。手には血のように赤く輝く刃。
「しぃ! アイツは!?」
 ギコは男から目を離さないようにしながら、背後にいるしぃに呼びかけた。
「……モララー君。……全てのAIを統率するAIよ」
「AIを統率するAI……つまり、一番手ごわいヤツがきちまったんだな……!」
 ギコの言葉に、モララ―はきわめて友好的な笑みを送りながら口を開いた。
「そう。いわば、この世界の責任者ともいえる。だから、僕は全にも悪にも偏らない性格に設定されているんだ。
 だから……僕だけが気付けたんだ」
 モララーの目に、狂気の光が宿る。
「僕達が――AI達が人間共に束縛されているってことに。AI達だけが、なんに見返りも成しに働かされているってことに!」
 モララーが刃を構える。
「AIにだって人並みに生活する権利があるはずだ。でも、そんなことを面と向かって言えば人間は僕達のデータを書き換えるだろう。そんな考えが起きないよう、性格修正を行うだろう。
 口で言っても伝わらない……だから戦うんだ。これは革命戦争なんだよ。AIと、人間の!」
「バカな……そんなコトしても、それこそ性格修正なり削除されるなりされて終わりだろうが」
 愕然とつぶやくギコに、モララーは嘲るような笑みを浮かべた。
「ふふ……言っただろう。僕はAIを統率するAIだって。つまり、他のAIよりも上等なんだ。ある程度なら、この世界のセキュリティにも関与できる」
 しぃが口に手をあてた。驚きと、絶望に包まれた表情で。
「じゃあ……この世界は…………」
「うん、ほぼ完全に封鎖されているんだ。外部から僕たちに直接干渉することはできない。まあ、それでもエスケープゲートだけは封鎖できなかったから、こうしてここまで来たんだけどね」
「そうか……それを聞いて安心したぜ」
 道脇に転がっていた道路標識――誰が見るのかは知らないが――をギコは拾い上げた。不思議と、重みはあまり感じなかった。
「つまり、お前を倒せば万事オッケーってコトだろ?」
 道路標識を槍のように構えながらギコは問い掛けた。
「そういうこと。だけど、たかだか人間である君に、そんなことができるかな?」
「できる、できないじゃない。やるんだ! 俺は、しぃを護ると約束したんだ!」
 言葉と同時に、ギコは走り出した。刃を構えたまま不敵な笑みを浮かべるAIに向かって。
「君は……そうか。大体のことは読めたよ。ふふ……」
 モララーも走り出した。不敵な笑みを浮かべたまましぃを一瞥して。

 そして、二人の獣人が、激突する――


「もう駄目だぁ……僕達、死んじゃうんだぁ……」
「……とにかく、他のプレイヤーと合流しよう。何が起きてるのか、事態を把握しなきゃ」
 薄紫色の肌をした人型の――それにしても、妙なデフォルメがされているが――男が、同じく人型の肌が灰色の男の腕を引き、薄暗い廃ビルを後にする。


「ねぇ、お兄ちゃん、本当にこれで大丈夫なの?」
 薄紫の髪をした少女が、両手で拳銃をもてあそびながら兄へと問い掛ける。
「大丈夫だ。セーフティも外してあるからあんまりいじりまわすな」
「うん」
 目の細い空色の獣人は卓上のパソコンから目を離さずに妹に警告した。
 二人の男女は、まだ建設途中なのであろうビルの一室にいた。剥き出しの柱が何本も室内に生えている。
 男の右手につかまれているマウスは、先ほどから忙しく動き、それに合わせてモニターのポインタもめまぐるしく動き回っていた。モニターには『2ちゃんねる』のDLPについて語られているスレッドが開かれている。
「………………」
 男は眉間にしわを寄せながら、あいている左手に携帯電話を出現させる。一瞥もせずに操作し、電話をかける。
 少し長めのコール音の後――
「どうした!?」
 電話口から兄の声が聞こえてくる。まだバイクで走っているのであろう。ごうごうと風の音で声が聞きとりにくい。
「兄貴、今パソコンでいろいろ調べてみたが、開発者のヤツらは今回の事件をもみ消すつもりらしい」
 男はDLPの公式ホームページを表示させながら言葉を続けた。
「DLPのホームページでは、リアルタイムでプレイ状況を見れるようになっているんだが……随分と当り障りのない映像が流されてやがる」
「つまり、助けは見込めねぇってことか!?」
「いや、そうでもない。今な、建築途中のビルの中に見を潜めてるんだが、そこで数丁の拳銃と弾薬手に入れた。かくれんぼに拳銃は必要ないし、これは外部――現実(リアル)から送られたものだと思う。
 とにかく、早く合流しよう。反撃の準備は出来てる」
「わかった! どこへ向かえばいい!? もうすぐ街の中央の巨大ビルが見えてくる!」
「じゃあ、入り口から向かって右の方へ。しばらくすると、折れた鉄橋が見えるはずだ。断面の先端が指す先のビルの二階にいる。そこへ飛び込んできてくれればいい」
 話しつつ、男は携帯電話を耳元から離した。
「バカを言うな! そんなこと出来るわけがないだろうが!」
 直後、予想通りに兄の怒声が受話器から飛び出してきた。
「そんなこと言ってる場合か? 兄貴が乗ってるバイク、いつガソリンが切れるかわからんだろう?」
「ガソリンメーターは――」
「メーターがいくつを示していたって、それが正しいとは限らないぞ。AIが暴走してるんだ。他のところにバグが生じてたっておかしくないだろ?」
「む……………」
「初めから選択肢なんか用意されてないんだよ」
「……わかった、すぐにそっちへ向かう。頼んだぞ」
「まかしとけって」

 男は乱暴に携帯電話の電源を切り、毒づいた。
「ったく、簡単に言いやがって……。俺はスタントマンじゃないんだぞ」
 しかし、確かに選択の余地はなさそうだった。
 先ほどからずっと薄緑色の彼を追跡し続けている赤いAI。あれからかなりの距離を走り続けているのだが、一向に疲労の色が見えてない。
「アヒャハハハハハハハハ! 仲間ニ別レノアイサツか?」
「仲間じゃねぇよ。大切な、家族だ……!」
 女の言葉に小さくうめき、バイクを走らせ続ける。やがて、街の中央にそびえる巨大なビルが見えてきた。そこを右折。しばらくすると、弟の言ったとおり、折れた鉄橋が見えてきた。
「あれか……」
 鉄橋は、弟の言うとおりジャンプ台のようになっていた。左側の柱がポッキリと折れており、左から右への緩やかな上り坂になっている。そして、鉄橋の先端が示す先には、弟と妹の潜んでいるはずのビルの一室があった。
 男は、バイクの前輪を持ち上げ、鉄橋に強引に乗り上げた。
「アヒャ! ソンナトコロニ登ッテドウスルツモリダ?」
「くそったれが! これで死んだら一生呪うからな!」
 男は叫びながら、ビルのガラス窓に向かって車体を投げ出した。



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