混沌としためいぷる日記

混沌としためいぷる日記

第三章ノ二


「……来たね」
「あぁ。わかってるな? ここは現実世界じゃない」
「はいはい、わかってるよ。スパイゲームだと思ってるから。ためらったりしない。気分は007~♪」
「……よし」
 バイクのエンジン音が大きくなっていく。
 そして――

ガシャアアアン!

 ガラスの砕ける音と共に、バイクに乗った二人の兄が飛び込んでくる。同時に、薄紫色の髪の少女が窓の外に向かって銃を構えた。
「ヒャハハハハハハハハハハ!」
 兄の突入からすぐ後、両手にルビーのように輝く短剣を持った赤いからだの獣人が部屋に飛び込もうとしてくる。
 少女はためらうことなく、引き金を引いた。
 パァン!
 乾いた音と共に、AIの腹部に銃弾がめり込む。
「ヴァア……!」
 AIは被弾した勢いで、ビルから落下していった。
「殺ったか!?」
「まだ死んでない!」
 空色の兄の言葉に、少女は叫びながら窓から身を乗り出し下を覗き込んだが、そこには既にAIの姿はなかった。かすかなデータの欠片だけが、ちりちりと輝いていた。
「……逃げられちゃった…………」
 沈んだ声でつぶやく少女の頭を、バイクから降りた薄緑色の兄は優しくなでた。
「気にすることはないさ。お前たちが無事なら、な。とにかく、助かった。早くこの場を離れよう。いつ追っ手がくるかわからないからな」
「そうだな。ほら、行くぞ」
「……うん!」
 歩き出した兄弟に、満面の笑みを浮かべながら、妹は走りよっていった。

「こう……下から上への変化がたまらないな、兄貴」
「ん、あぁ……うむ」
「二人とも、どうしたの?」
『なんでもない』


 薄暗いトンネル内。響き渡る電車の音と、金属の砕ける音。
「っ……ちぃ!」
 フサは後ろへ跳び、相手から距離をとりながら舌打ちした。息も荒く、視界がかすみ、気がつくとその場に膝をついていた。
 既に戦い始めてから十分以上が経っている。しかし、未だに決定打を与えられず、自分には小さな傷がいくつも出来ている。もう何本の剣を折られ、砕かれたことか・
「なかなか、しぶといモナね」
 穏やかな微笑を浮かべ続ける敵――AIのモナーは手にした『棍』をくるくると回しながら言った。
「っはぁ、はあ……死ねるかよ……」
 フサは、ふらふらと――もう何度目になるか――出現させた剣を杖代わりに立ち上がる。
「約束、したんだ。必ず、お前を殺す、と」
「へぇ、誰と?」
「……お前と、だよ!」
 叫びながら、フサは駆け出した。殺すべき相手に、必ず殺すと約束を交わした相手に向かって。
「? 意味がわからないモナ」
 相変わらず『棍』をくるくるとまわしながら、モナーはフサを迎え撃つ。
 左下から振り上げられた刃を、モナーは『棍』で受け止め、一歩身を引きつつ『棍』も引き、バランスを崩したフサの胴に突きを入れる。
 その『棍』の先端を、フサは剣を振り下ろし柄で弾く。今度はモナーがバランスを崩し、その頭上にフサは剣を振り下ろした。
しかし、紙一重でモナーは後ろへ跳び、一撃を回避した。
 フサは更に踏み込み、間をおかずに追撃をかける。
 一合、二合、三合……
 互いに攻撃を繰り出し合ううちに、フサの消耗は大きくなっていった。
 そして――
 左から水平に振られたフサの剣を、モナーは『棍』で下から弾いった。
 ギィィィン!
 鈍い音と同時に、フサの剣が宙に円を描く。
 さらに、『棍』の鋭い突きがフサのみぞおちをめり込んだ。
「ぐぅ……わぁあ!」
 ここは疾走する電車の屋根の上。ブレーキも利かず、フサは悲鳴を上げながら屋根の上を最後尾へ向かってバウンドしていく。
 間一髪、フサは車両の屋根に手をかけ、落下を防いだ。
 攻撃の衝撃でか、落下の恐怖からか、いつのまにか閉じていた目を恐る恐る開くと――
「あなたの負けモナ」
 目を開くと、自分の手のすぐ近くに悠然と立っているモナーの姿があった。
 『棍』がゆっくりと振り上げられる。狙いは、フサの頭。
(確実に殺すつもりか! 俺は、こんなとこで死ぬわけにはいかないんだ! 俺は、モナーとの約束を守らなきゃ……!)
 無情にも、『棍』は振り下ろされた。

 ああぁああぁあぁぁ……
 悲鳴が、トンネル内に響き渡った。

「……本当に……しぶとい人モナ」
 モナーは座り込み、ため息混じりにつぶやいた。
「この電車から飛び降りるなんて……大した度胸モナ」
 『棍』の一撃がフサの頭を砕く直前、殻は電車をつかむ手を離したのだ。それも、身体をひねりながら。そのため、モナーの『棍』は彼の頭を破壊できず、右肩を薙いだだけにとどまった。
「でも……まあ、恐らく彼はもう戦闘不能。モナは残りを始末しに行けばいいモナ」
 手にしていた緑色に輝く『棍』を消し、モナーは電車が駅の前を通るのを待った。



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