chiro128

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泣けるぜ! ニッパー君


その犬の名前はニッパー。飼い主のレナード・マクミランさんは一人暮らしでニッパー君をとても可愛がってました。
ニッパー君は近所でも有名でした。マクミランさんの行くところ、必ずニッパー君がお伴していたからです。どんな人が来てもニッパー君は吠えず、ただじっと様子を見ていました。でもご主人のマクミランさんに向かって悪いことをしようとしている人には大きな声で脅かし、噛みついたりもしました。
マクミランさんはもう髪は真っ白のおじいさんでした。マクミランさんはニッパー君に向かって「私ももう長くないよ。私が死んだらおまえはどうするんだい? 困っちゃうねぇ」と話しかけ、力なく笑うのでした。ニッパー君はご主人の顔を見て、鼻を鳴らし、短いしっぽを振ることぐらいしかできませんでした。

ある日、マクミランさんの友達の一人で、この頃大流行し始めていたレコードを作る会社に勤めているアンソニー・ビクターさんが家にやって来ました。
「やあ、レナード、調子はどうかい?」
「久しぶりだね、アンソニー。そちらは調子良さそうじゃないか。この次はどんな歌が流行るんだい? こっそり教えてくれよ。君は今や有名人じゃないか。ねえ、おまえもよく知っているだろう、ニッパー?」マクミランさんはそうニッパー君にも話しかけました。
「それは内緒だよ。そうだ、ニッパー君、君はちゃんと内緒が守れそうだから、ここはひとつ君にだけ教えてあげよう。今作っているのはねぇ・・・」ビクターさんはニッパー君の耳元でこそこそと話を続けました。ニッパー君はビクターさんのことをよく知ってましたから、まるで本当に内緒話を聞いているかのように時々頷いてみせたりしました。その隣でマクミランさんは楽しそうに笑っていました。
特別な用事があったんじゃない、ただ近くに来る用事があったものだから、ちょっと寄っただけさ、と言いながら、ビクターさんはマクミランさんをちょっと羨ましそうに見ています。「ニッパー君、君のご主人はいいねえ、もうそれこそ悠々自適ってやつじゃないか。それに比べて私なんか、毎日仕事仕事で自分が何をやってるんだかもう判りゃしないよ。やれやれ。おまえも幸せだろう?」
ニッパー君は調子に合わせ、小さく一声だけ吠えました。
「そうだよなあ。最近じゃ、おまえの方が私よりずっと人間らしいよ」
「おい、よせよ。君の方がずっとすごいじゃないか。君にそう言われるともうこっちは居場所もないよ。なあ、ニッパー」
「そうだ、レナード。今日は私も私の会社のスタジオも丸々一日暇なんだ。ちょっと遊びに来るかい? そうだ、そうだ! 君の声を録音してレコードを一枚進呈しようじゃないか。ニッパー君、君も賛成かい?」
なんだかとっても楽しそうだったので、ニッパー君は珍しく大きな声を出して吠えました。ワン! マクミランさんはちょっと驚いたような顔をしてみせました。
「おまえも行ってみたいのかい。じゃあ、アンソニー、こいつも一緒に連れて行っていいかい?」
「もちろんさ、ニッパー君はきっと音にうるさいだろうね。ははは!」

マクミランさんが死んだ時、ニッパー君にはなんだか、その意味がよく判りませんでした。ニッパー君はレナードさんの弟で、画家のチャールズ・マクミランさんが引き取ることになりました。遺品の中にはビクターさんから贈られたレナードさんの声のレコードもありました。チャールズさんはそのレコードを蓄音機にかけてみました。レナードさんの声が聞こえてくると、ニッパー君は蓄音機の前に現れ、首をちょっと傾げた形でじっと声に聞き入っていました。チャールズさんがこのレコードをかけるたびに、ニッパー君はいつも同じようにしてかつてのご主人の声に聞き入るのでした。
チャールズさんはその姿に感動し、一枚の絵を描きました。タイトルは「彼のご主人の声」、英語で「His Master’s Voice」と言います。

日本ビクター株式会社と、このビクターさんは直接関係はない。しかし、日本のステレオメーカーであるこの会社の名前とマークの由来はここにある。あのマークこそチャールズさんの描いたニッパー君の絵である。


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※この物語はフィクションである。
 とはいえ、筋は間違っていない。
 あの絵の犬の名は本当にニッパーと言う。マクミランさんはいなくて、
 本当はバラウドさんと言う人がいて、ニッパー君がいた。
 ビクターさんというのも嘘。
 ニッパー君の描いた絵の版権を持っているのはドイツ・グラモフォンという会社である。
 日本ビクターはここから権利の一部を買っている訳だ。
 さらにこの絵は様々な形で権利が分けて使われている。
 HMVというのも、His Master’s Voiceの頭文字である。

© Rakuten Group, Inc.
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