chiro128

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そこに恐怖はあるか


搭乗員7人。日系3世オニヅカはそこにいた。普通の教師として初めてのマコーリフもいた。いつも通りのカウントダウンが続いていた。マコーリフに至って、高揚していたものの怖いと感じてはいなかった。
Tマイナス9ミニッツ。
カウントダウンを凍結します。
発射9分前でカウントは一旦停止する。ここで様々な事態の進み行きを調整し、すべての条件が揃うまで、発射9分前でカウントを止めておく。予定通り、10分ですべてが整い、カウントダウンが再び始まった。

入局して5年が経った。いつの間にか後輩もできた。もういつまでも新人の顔をしている訳にもいかない。しかし、入局した頃とは何が違うのだろう。窓の外の春の風景を見ながら思う。大して変わってないじゃないか。取材だって怖々進めているし、提案書くのだって1年生と大きな差はないんじゃないかと思う。あいつらの方が怖いもの知らずで勢いがあるようにも感じる。ああ、しかし5年めの春だ。5年と言えば中学3年生が大学生になってしまうほど長い。明日は提案会議だ。何か出さないといけない。
最近は仕事のペースが早くなった。それは自分のテクニックが上がったから、じゃないように思う。そこそこのものでいい、出すことが肝心だ、としているからだ。出すことに追いまくられて、本当にいいものを作っている感じがしない。提案も自分のが通らないから、仕方なくデスクの言い出したネタを調べて作る。考えてみればそればっかりだ。この仕事が実は向いていないのかもしれない・・・。
2年生が君の前を通り過ぎていく。上司も彼のことを気に入っている。あいつの提案はちょっと理解できないところが多いけれど、なんか、いいんだよ。やらせてみると提案ほどの話はまずないけれど、まあ、いいじゃないか。そんな評価。

提案をきちんと書く。それは大事なことだ。しかし誤解してはいけない。1年生、2年生の提案はすでに提案ではない。それは問題ではない。世の中を知らない(本当に何も知らない)んだから、仕方がない。
問題は5年生の君の方にある。果たして君はきちんとこの仕事をしてきたのか? 君の提案は誰にでも理解できるように書かれているか? カタカナ英語や生臭い漢字が並んではいないだろうか? 提案は形而上のものではない。そんなものを書いているとしたら、君はテレビ局にいてはいけない。有害だ。
新人が、チャレンジャーがそうなのは構わない。しかし、5年生はもうチャレンジャーの格ではない。これは仕事なのだ。

取材が怖いのは当然だ。怖くないとしたらおかしい。新人たちが取材が怖くない、それにいろんな所に行けるのは楽しい、と言ったら、それは何も理解していないからだ。取材は怖いものだ。多くの優秀と言える先輩たちに至って、今も取材は怖いと言う。その中には肩書きにチーフやらエクゼクティブやらが付いている人たちもいる。
君が会いに行くのはその道の玄人だったり、ある社会的な立場を背負っている人だ。もちろんそうじゃない人も多々いる。学生だったり、主婦だったり、普通の会社員だったりする。そういう人たちにしても取材する側、される側の差を考えた時、取材しようとしている内容に近いのは君ではなく、取材される側なのだ、常に。それを知っていたら、なぜ取材が楽しいと言えよう。結果として楽しいこともあるが、会うまでの緊張、会ってからの緊張、それぞれにあるはずだ。
だから、取材は「楽しい」のではなく、「面白い」のだ。自分が興味を持って(もちろん自分の提案でなくとも、やると決まった以上はそういう気持ちでないといけない)いるのなら緊張しつつ、その中に今までに知らなかった様々な事物を発見するだろう。それが取材なのだ。それは苦しくも面白い。
取材が怖くなったら、まあ順調だ。怖くなかったとしたら、その取材による番組の内容は知れている。
怖さを知ったとして、それを簡単に乗り越えてしまったと理解している人もいる。それは嘘だ。そうなったら、もう自分は伸びないものと考えてほしい。やがて番組の1本や2本、手首の返しだけでできるようになる。(ほんと。)ちゃんとストレートやカーブも投げ分けられるようになる。しかし、それだけ。君の作った番組が誰かの心の中に残ることはないだろう。

スペースシャトル・チャレンジャーのカウントダウンは順調に進んだ。10、9、8、7、エンジン始動、5、4、3、2、1、ブースター点火、発射。
チャレンジャーはまっすぐに空に向かっていった。1分経過。それは順調に見えた。1分10秒経過。順調に見えたが何かがおかしかった。1分13秒。チャレンジャーの機体が突然爆発した。スペースシャトルが飛行を始めて5年。初めての事故だった。
スペースシャトル計画はその後、2年8ヶ月凍結された。再開1回めの飛行は慎重に進められた。搭乗した飛行士たちはどんなにか恐怖を感じたことだろう。

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