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名詞…、ああ、なんて甘美な響き…。

というようなことを街中で声高に言うと、危ない人になるので、さらりと聞き流してもらうとして(笑)。

西洋哲学的な考え方として、主客二元論という言葉がある。
簡単に言えば、自と他である。見るものと見られるもの、思い切り拡大解釈すれば”私=観察者”とそれ以外だ。

では、”私”は更に主客に分けることが出来ないか、と考えていくと、総体としての”私”は冷肉もとい霊肉伴う一個の人間であるから、”私”意識と、それ以外ということになる。

(高いお肉を買えないから、冷肉なんて言葉が出てくる……ああ、悲しひ)

さて、あらゆる事象は”私”の外にある。外にあるからこそ”名付ける”必要が出てくる。あちら(西洋)世界の神様が"I am that I am."という時、畏れながらも今ここにいる自分は"I am (a man) who is here."と言い切ってしまおう。神様と違って偏在などしていないからhereと言うしかない。

神様のように偏在していない個(霊肉)としての”私”が肉の部分を他として徹底的に切り離し、意識の奥底まで分け入り、更に意識から精髄としての”私”以外の部分を切り離していくと、最終的に主客で表される”私(主)”は”私(主)”以外の全て(客)から切り離され、そしてついには無限に縮小していくメビウスの輪を形成することになる。

言い方が判りづらいか。”私”を”私”として認識している部分の”私”は、すなわち”私”に属してはいても肉体と同様に客体であるということだ。



もっとわかりにくくなったかもしれない(笑)

とりあえず、無限に縮小された結果、最後に残り得た(論理矛盾についてのクレームは却下)”私”が最初の認識を持つ時(その前には”私”という意識・認識さえ無いはず)、そこで客体を客体として認める為の名付けが必要となってくる。そうすると、宇宙最初の胎児として存在しえたばかりの”私”は、そこから猛然と名付けを始める…名詞を産み落とし始める(かなり強引…笑)のである。

(一歩間違えばニヒリズムに行って、絶望の果てに自殺する人がいるかもしれないので、ここは名詞の話だと、再度書いておこう)

そして、最初に名付けられた客体が生まれた瞬間、”私(主体)”と”客体”との”関係”が生じ、そこで初めて”名詞”以外の品詞が生まれるわけである。

…だからね、幼い子供達、君たちが何かをみて自分自身で名前を付けた時、君はその瞬間に宇宙の創造を行っているのだよ、すごいよね……って、この文章を読んで理解できる幼い子供達がいたら、ちょっと怖いが(笑)…

このように考えていくと、最初に創造される言葉はおそらく感嘆詞ではないかと、想像される。現代の感嘆詞は複雑になりすぎているが、それは先に書いたように修飾された結果である。その修飾を取り除けば、意味のない音声…誤解を避ける為に言い換えると、意味はあるが言葉ではない音声へと還元される。意味はある、といったのは、それが認識の発露であるからだ。

つまりは、原初の感嘆詞は言語のアダムである。それも知恵の実を食した後の。

一度”主客”の認識が始まれば、後は”産めよ増やせよ地に満ちよ”だ(笑)
そこから無限ともいえる”名詞”の増殖が始まる。”名詞”の増殖が始まると同時に、それよりも緩慢なスピードで”名詞”以外の品詞が生まれ続けることになる。後はもう”やりっ放し”な世界だ…いや、イヤらしい意味ではなくて(笑)

…続く。

次は”名詞・出エジプト記”か??





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最終更新日  2006年01月06日 18時34分12秒
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