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思緒里

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2006.11.15
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カテゴリ: いろいろ
三浦しおんのエッセイを読んでいたら、私の出会った不思議ちゃんたちを思い出したので記憶の彼方から掘り起こして書き留めておくことにしよう。もう10年以上経っているから、書いてもいいよね。ま、時効ということで。
フリー時代、90年代のはじめごろ某医学系出版社で編集のヘルプとしてちょくちょく出入りしていた。そこはゲノムとか遺伝とか細胞の研究者向け雑誌をいくつも発行していた。今で言うバイオってやつですね。
かなり高度な専門誌だったので、当然編集者は理科系の研究者くずればっかりだった。なにしろ編集決裁権を持つトップが東大物理出身だった。そして研究室にツテでもあるのか、編集者の多くが筑波大の院卒だった。学卒は別の国立大や有名市立大で、大学院から筑波という人が多かった。私は生粋の文系で、編集技術だけを買われて、入稿日間際に手伝いにいくだけだったけど、おそらく就職の際の基準は「理科系院卒」だったろうと思う。

今思うと、不思議チャンだらけだったなあ。面白かったけど。
一番すごかったのは、東大大学院でゲノム研究をやっていて、オーバードクターになって研究者を諦めてやってきた女の子だった。当時27歳。教授の紹介で、いわば仕方なく就職した感じだった。
ずっと研究一筋だったというその子は、面接の時に宝塚とみまごう化粧でやってきた。
目の周囲にアイランバッチリ、ばっさばっさのまつげにべったりアイシャドウ。「ど、どうしちゃったの?もしや色盲?」と思ったけど、それまでファッションにも興味なく、女性誌なんて見たことなかったらむべなるかなとも思った。後で聞いたら、その日生まれてはじめて化粧をしたのだと言った。
洋服も自分で買ったことがないと言っていた。すべてお母さんが買ってくるんだとか。別に外勤じゃないから、自由な格好で来ていいんだよと言ったら、翌日からはジーパンをぶった切った太ももムキだしの短パンとTシャツでやってきた。それまでは上から白衣を着るので、どんなかっこうでもよかったのだという。その初日。
お昼休みになったら、おずおずとやってきて、こう問うた。「バレーボールはやらないんですか?」「はい?」「OLになったらお昼休みは屋上でバレーボールをやるんじゃないんですか」「はい?」

編集者でも、まあ会社員だったらOLで間違いないのかもしれないけど、社会常識は徹底して欠落していて、まともなあいさつの方法もビジネスマナーも知らなかった。取引先の仕事場を見学に行くという日にもジーパンぶった切りで現れたり、冬に取材先で最後までコートを脱ごうとしなかったり。誰も教えてくれなかったんだろうし、自分から教わろうという気もなかったんだろうなあ。小難しいバイオ系の研究論文の英訳・和訳したりはお茶の子なのに、一般常識はない女。いまどうしているのかなあ。

一番の美人ちゃんは有名市立医学部卒で「でも医者になる気はないの~」と国家試験は放棄している人妻だった。そういう子はたいがい、一族郎党皆医学部出身で親も兄も親戚も皆医者だったりする。彼女の実家も夫も医師で、でも専業主婦はつまんないからと勤めに出ているのだといった。ビーズアクセサリーを作るのが趣味で、週末は二人で買った那須の別荘で過ごすのだといっていた。

私がヘルプをしていた部署のボスは物理出身で、猫好きという共通点から仲がよかったけど、休日はアマチュアオーケストラでフルートを吹いているというお嬢様だった。兄が二人いて、一人はシカゴの医大に、もう一人はウィーンで建築の勉強をしていて、夏と年末はいつも家族で海外だった。
ウィーンで小沢征爾のジルベスターコンサートとニューイヤーコンサートに家族で行った話を聞いたときは、本当にうらやましかった。もしや画面に映ってやしないかと、食い入るように中継のテレビをみたもんだ。本人は美人だけど地味~な感じの子で、そんな夢のような話を別に自慢するでもなく、私が無理やり聞きだして白状するようなあんばいだった。

それから、コツコツ真面目な公務員タイプなのに、なぜか間違って白泉社に入社しちゃってうつになって辞めて、この会社に来た男の子もいた(彼はその後、有名な教科書会社に就職した)。無口で、お昼に誘っても絶対来なくて、第一女の子とまともに話ができない感じだった。もしかして超ド級のおたくだったかもしれないけど、どっちにしろ童貞だろうなあ思った。

トライアスロン好きで、会社まで毎日20キロ近くを自転車で通勤していて、昼休みになると皇居に走りに行っちゃう子もいた。その子に、なんで筑波(の院)を途中で辞めたの?と聞いたら、「くる日もくる日もラットに注射を打って殺していて、そのうち命の感覚がまひしていくのが怖かった」と言っていた。デリカシーなんてあったら、バイオの研究者になどなれないのだなあと思った。

なんだか浮世離れした人たちが多かった。なにしろ会社の福利厚生が高級フレンチでの会食だったりする。小川軒とか、できたばかりの小じゃれたフレンチでの忘年会が何度かあった。下手な社員旅行より金がかかっていると思った。まあ、90年代前半はまだバブルの残り香があったからだけど。出版社としてもかなり異質だった。








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Last updated  2006.11.15 21:33:32
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