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2007.03.11
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カテゴリ: 日々是食欲
大正デモクラシーの時代に、余りある親の財力でソルボンヌに留学した山田珠樹とその妻・茉莉。無論、鴎外の長女の森茉莉のことである。晩年の「ゴミに埋もれて夢見る永遠の乙女」ぶりばかりが強調されるが、そんな彼女の素地を形成したのが、このパリ時代だというのは疑いようもない。

16歳で結婚し子をなしても自分では育てず、その子を日本において渡欧。18歳の若妻は自分が子の親であることなどきれいさっぱり忘れて、毎日カルチェラタンで夢のような生活を送る。フランス語の家庭教師にピアノの個人教授。そして毎夜の遊行。レオニード・マシーンやニジンスキーとの交流。わずか1年のパリで「パリジェンヌ」となった茉莉は、その記憶を遺産として、孤独な老後を食いつなぐこととなる。

多感だったころ、むさぼるように読んだ森茉莉のエッセイや小説も、自分が齢を重ねることでまた違った読み方ができる。3日前にドイツの貴腐ワインを飲んでいて、唐突に「彼女は何を飲んでいたんだ?」と疑問が沸いた。
で、全集をひっぱりだしてワインについて言及している箇所を探し出す。

「パリの降誕祭」というエッセーには シャトー・イキェム 、 シャトー・ラフィット の名が、単行本未収録で全集のみに収められた「葡萄酒」というエッセーには、上の二つに加えて サンテミリョン が登場する。
いずれも、いまや高級ワインとして名の知れたシャトーのワインだ。



シャトー・デュケム と呼んでいる貴腐ワイン。貴腐がつくられる年代は限定される上、ぶどうの木1本からグラス1杯分しかできないといわれるほど濃厚なデザートワイン。こんなものが当時は簡単に手に入ったのだろうか。
ラフィットロートシルト はムートン・ロートシルトよりは手軽だが、それにしてもヴィンテージ・イヤーなら新しいものでも日本では3万~5万が相場だろう。ソムリエ常駐しているフレンチ行ったら10万だな。
サンテミリオン は自分がワインに凝り始めた頃はまだ安かったけど、どこかの誰かが「ロマネコンティと同じ土壌」とバラしたおかげで、10年ほど前から高騰した。でもこの3種のなかではもっとも庶民的なワインで、自分も比較的飲むチャンスは多い。

一般のイギリス人がふだんは100パック1ポンドぐらいの安いティーバッグを飲んでいるの同様、フランス人が日常口にするワインなんて、AOCどころか名もないヴァン・ド・ペイがほとんどだ。日本でいったら2・5Lハンドル付きペットボトルの焼酎ですな。あ、でも80年前なら格付けだってなかっただろうし、世界中に輸出して過大評価されることもなく、ラフィットもヴァン・ド・ターブル並みに飲めたのかな。茉莉のエッセイでは、飲みにくい重いヴァンルージュ水で割って飲んでいるという記述も出てくる。

なのに、山田珠樹や辰野隆、矢田部達郎たちは、贅沢な名シャトーのワインを親の金で飲んでいたんだな。なんかムカつく。まあ、帰国後の成功を保障されている彼らにとっては、フランスのすべてを自分の血肉とする必然性があったのはわかるよ。しかし、たかだか18の小娘でしかない森茉莉が、味もわからず飲んでいたかと思うと、なんか悔しい。
昔は憧れていた「森茉莉」という人間が、今は欠点だらけのおバカな世間知らずのお嬢ちゃんにしか思えない。代わりに、今は森茉莉の言葉でしかその人となりをうかがい知ることのできない山田珠樹のやるせなさがわかるようになった。
三田の珠樹の実家で暮らしていた頃は、大家族の中でお人形でいられた茉莉も、パリではどう贔屓目に見てもお荷物でしかない。自分の妻が「言葉の通じない血統証付きの動物」だと知ったときの夫の心中たるや察するに余りある。





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Last updated  2007.03.11 10:02:45
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