フェリアの「ひみつダイアリー」

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フェリア0322

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2006.12.26
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しばらくいい子ぶっていたが、ブチ切れた。

透析を受けている母親は、日ごろ送迎バスを利用している。
しかし祝日は運休になるため、振り替え休日の月曜日はだれかが病院への送り迎えをしなくてはならない。
また、来年は元日が月曜日、3日が水曜日で、これまた送迎が必要となる。

で、この送迎だが、事実上、それをやれるのは我が家しかない。
つまり夫か私、だ。

親のことだからまあそれはよしとしよう。

ムカつくのは、きょうだい間で「おねえちゃんのところがやって当たり前」になっているという事実に対してである。

一度くらい、きちんと改まって礼を言われてもいいと思う。


まして私の夫に対しては、よりいっそう心をこめて「謝意」を表すべきだ。
長女の夫だから・いい人だから・やって当然、というものではないのだ。


だいたい、母親も母親だ。

なんでもかんでも「近くだ・車の運転ができる・長女だ」で「当然視」するのはやめてもらいたい。

母親が妹たちに「本来、みんなで分担してすべきところを、おねえちゃんがやってくれている。あなたたちからも礼を言っておいて」と教えるべきなのだ。

母親は第三子・次女なので、長子・長女が「やって当然」と思われることの苦痛を何も理解していないのである。



私はコドモのころから「おねえちゃんなんだから」「おねえちゃんのくせに」「おねえちゃんなんだから、妹たちの模範になるようにしろ」といわれ続け、それがとてもいやだった。

私がコドモをひとりしか生まなかったのは、おそらくかわいいムスコを「おにいちゃん」の立場にしたくなかったからだと思う。


小学校1年生のとき、図工の時間に小石と布でお人形を作ることになった。
材料は各自、家から持ってきなさいといわれたので、私はひとりで準備して、図工の時間に人形を作り上げた。

参観日に来た母は、うしろにずらりと並んだ人形を見て、最初「うちのムスメは何も言っていなかったけれども、ちゃんと作れたのだろうか?」と不安になり、私の人形を見て「なんてしっかりした子だろう。布まで自分で用意して」と驚いたのだそうだ。




次々と妹たちが生まれ、母親は彼女らにかかりきりであった。


私は学校であったことを、一切、親に話さない子だった。
なぜかというと、自分のことを親に話すということを「知らなかった」からだ。


だから私は複数のコドモは絶対に持ちたくないと思った。
一人っ子だということで、私は周りから「ガタガタ言われた」


しかし、私は一人っ子でいい、いや、一人っ子がいいと思った。
下の子が生まれれば、私のかわいいムスコはいやおうなく「おにいちゃん」になってしまう。
私は私のかわいいムスコを「おにいちゃん」にしたくなかったのだ。

私はたった一人のコドモと深くかかわり、ちゃんとそのコドモから言葉を引き出し、いつも「好きだ」「かわいい」「あなたがいてくれて私は幸せ」と耳に吹き込み、大事に抱っこして育てようと思ったのである。


なのに世間は「コドモにはきょうだいがいないとダメ」という。
うるせえんだよ!! 人のコドモの数に文句つけるんじゃねえ!!





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最終更新日  2006.12.26 13:49:05


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