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第17日目の朝は5:00起床。おにぎりと野菜ジュースの朝食をとり階下に下りると、女将さんが私のまだ湿ったスニーカーをファンヒーターの前で乾かしてくれていました。6:15出発、早朝にもかかわらず見送ってくださり、スニーカーもほかほかで暖かかったです。女将さん、ありがとうございました!地図の通りに56号線を歩きます。道沿いに早朝から開いているお弁当屋さん【たけざき】、玉子焼きが名物のようですが、私は玉子焼きが苦手なので食べたことはありません。パンや菓子類も販売しています。7:00前からとても賑わっていました。「絶景」の看板、かなり目立っています。が、すごくさびれています。トンネルの横は段々畑になっています。潮風を受けて育つミカンは甘いと聞きますから、きっと美味しいミカンがなるのでしょう。またもや看板シリーズ、今度は「琵琶湖」。ここは海ではないですか?とても不思議です。でもWC完備でありがたいところです。7:30、安和駅の先の56号線沿いのローソンで、ロッピーを使って遂に帰りの高速バスの切符を買いました。旅の終わりが刻々と迫りくるのです。安和から土佐久礼までは焼坂峠、56号線焼坂トンネル、のほかに海沿いの迂回コースがあります。徳島で出会った和顔施KSさんが「海沿いで2時間くらいだよ」と教えてくれたのを思い出し、今回は海沿いコースをチョイス。日影がなさそうですが、曇っているので大丈夫でしょう。沖の岩に、海鳥が並んでいます。こんな風景にほっと気が緩みます。安和の海を左手に見ながら、平坦な道が続きます。車も時々しか通らず、人にもほとんど出会いません。8:20、カラフルなごみ処理場とその先には片側が縦格子になったトンネルが見えています。8:35、ビーチハウスの前で小休憩。海水浴客用なのか、トイレ、シャワーがあります。パーキングの看板や注意書きがあったので、ここがサーフィンのポイントだと解りました。こんなに静かな海ですが、波が立つ日もあるということですね。小さな島へ続く道がありました。島は双名島、双子の島で覚えやすいです。三角形のテトラポットが珍しく感じます。9:10、またもやビーチハウスとトイレ休憩所を発見。バナナと饅頭でおやつタイム。休憩所を出てしばらく行くと道が二つに分かれていました。そのまま海沿いに続く道と、トンネルに入る道です。少し迷って、トンネルをくぐりました。するとその先に、久礼の町に入る橋がかかっていました。だんだん人の姿がちらほらしてきて、見覚えのある場所に出ました。56号線の分岐から、ちょうど2時間で久礼の消防署前の東屋に到着。
2009年05月30日
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鍋焼きラーメンの店から予約している柳屋旅館に電話を入れ、何時から部屋に入れるか確認すると「もう準備できていますので、いつでもどうぞ」とのこと。代金を支払い“まゆみの店”のまゆみさんに旅館までの道順を教えてもらって、10分足らずでたどりつきました。【柳屋旅館】は私のお気に入りの宿で、そのたたずまいや女将さんの人柄がとても良いのです。ただ前回は到着時間が遅くなるので素泊まりで宿泊し、今回は女将さんの都合で食事が出せないというので素泊まりで、まだここの料理を一度も味わったことがありません。一度お料理も頂いてみたいものです。ポンチョを干して、お風呂に入り洗濯を済ませます。16:00すぎに旅館の目の前にある【大善寺】をお参りしました。境内を見て廻っていると、息子さん(副住職?)が出てこられて「柳屋さんに泊まっているの?」と訊かれました。私が素足に旅館の下駄を履いていたので、わかったそうです。「八十八ヶ所のお遍路さんですか?」とも訊かれ、ご自身も歩いてまわられた話をして下さいました。とても気さくで楽しい息子さんでした。鐘楼境内大善寺はかなり小高い場所にあるので、リフトが設置されています。荷物を運ぶのかと思いましたが、人も乗れるということです。二ツ石大師雨も上がり17:00を過ぎたので大善寺を後にして、ぶらぶらスーパーフジまで夜食を買出しに行きました。須崎のフジは大型店舗で売場も多くて、長い時間うろついてしまいました。フジの近所にはファミレスなどもあり、外食しても良いかもしれません。すっかり暗くなって宿に戻ります。こたつに入りながら焼サバ寿司をつまみ、明日の行程を確認。実家の母に「文旦送っておこうか?」と電話もしました。今日、見つけた高知ならではの食べ物・・・【生姜ヨーグルト】生姜好きなので、意外と美味しいと思いました。女将さんが「今日は仕事の人が何人も泊まるから」とおっしゃっていましたが、22時ごろにどやどやと団体客が部屋に入る気配がありました。ちなみに本日は、明日窪川で開催される【四万十さくらマラソン】の前夜で、岩本寺周辺の宿はどこも満室でした。そのため今日は須崎に泊まり、昨夜は国民宿舎土佐に泊まり、日程調整をしたわけですがたまには距離の短い日もあっていいかな、と思いました。≪第16日目の歩行距離:25.5k≫
2009年05月29日
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早朝、電気もつけずにMさんが出発の準備をしている気配。「この時間いつも目は醒めているから、気にしないで電気つけてね」と布団の中から言うと、「もう整いましたから」と言って彼女は静かにそっと出発していきました。「気を付けてね~」と声をかけて、布団の中からお見送り。窓からのぞいた空はどんよりとしていて、予報でも今日は雨。今回の遍路初めての、雨の中の歩きになりそうです。若干テンションが下がりつつも、昨日買っておいた海苔巻と文旦の朝食をとります。今日は平地で須崎の柳屋旅館までなのでゆっくり出発しても良いかな、と思いましたがまだ雨が降っていないので、降り始める前に少しでも進んでおくことにしました。7:05チェックアウト。国民宿舎の前の車道を下って、スカイラインに踏み込みます。ここからカーブするアスファルトをもくもくと歩くだけです。それでも風光明媚な場所なのか、別荘が点在していました。横浪スカイラインは歩き遍路に不評のようですが、リアス式の海岸線の眺めもよく、湾の内側のコースより退屈しませんでした。遠くから見えていた展望レストランのような不思議な建物は『心のあかり』なんと納骨堂です。歩き始めて1時間半ほどで、遂に雨がポツポツ落ちてきました。念のためポンチョを羽織りました。たまに車が通るくらいの閑散としたスカイラインで、他のお遍路さんにも会いません。9:00、武市半平太像のある公園に到着。広い駐車場とトイレ棟、半平太像があるだけで天気のせいかここも閑散とした雰囲気でした。トイレを使って、20分休憩してから出発。風景はリアス式海岸がずっと続いています。それでもこのクネクネスカイラインに、そろそろ終わりが近づいてきたようでやっと店が現れました。湾にイカダを浮かべてその上に客席を設けた飲食店「浮橋」、風流であります。「浮橋」の先には小さな集落がみられ、グラウンドの片隅にはトイレもありました。汲み取り式WCでしたが、ありがたく使用。看板で確認するとやはりスカイラインの終点は真近でした。ほどなく23号線の内回り道路に合流。雨は小雨が降ったり止んだりです。11:22、須崎の遍路小屋で休憩。ポンチョを脱ぎ、リュックを下していたら雨が急にどしゃぶりになってきました。【ヘンロ小屋17号須崎:H18・7・29完成】地元産の桧造りで金物を使わない伝統技法が用いられています。当初は東屋のような壁のないスタイルでしたが、現在は雨風よけの波板が貼られていて、雨を防いでくれています。今日は須崎泊まりなので時間が有り余るくらいあります。雨宿りがてらここでゆっくりすることにしました。小屋に置いてあるプリントの地図や、地元のフリーペーパーを読みながら『鍋焼ラーメン』をどこで食べるか検討。前回食べ損なった『鍋焼ラーメン』を今日こそ食べるのだ!と、本日初めて他のお遍路さんがやって来ました。国民宿舎土佐に泊まり、同じくスカイラインを歩いてきたとか。しばらくお菓子を食べながら雑談。今夜は安和に宿を取っているそうで、先に出発して行かれました。12:45、まだ降り続く雨の中、休憩所を出発。この先は、前回日が暮れて道を見失ったところなので慎重にコースを選びます。ヘンロ小屋にあった薄緑色のへんろ道案内図がとてもよくできたものだったので、これを参考にしました。まずヘンロ小屋の前の道を直進『喫茶おとずれ』まで来たら左折。『住友大阪セメント』の工場正門へ突当るので右折。右手の小さな橋を渡り終わって左折、しばらく行くと道が二手に分かれるので右の道に進みました。この道はJRおおま駅の南側を踏み越えます。56号線へ突当るので左折して、JAや須崎市役所、警察署の前を過ぎてさらに南下します。『ビジネスホテルさつき』を確認し、フリーペーパーのアバウトな地図を必死で解読しながらトンネルの近くまでやってきました。そして鍋焼きラーメンの店の駐車場を見つけました。しかしその近くに店が見当たらず、住宅街を一周。再び駐車場に戻ると、ちょうど駐車した車から一組のカップルが降りてきました。『グッドタイミング♪』ということで密かに二人を尾行して、真っ赤なのれんにたどり着きました。春の雨といえど、気温が低いので身体が冷え切っていました。熱々の【鍋焼ラーメン】は身体の芯から温まる美味しさでした。(↓並:600円)須崎名物【鍋焼きラーメン】の特徴は、親鳥でとったスープに親鳥の肉とネギ、ちくわが浮んでおり生卵が落としてあります。(生卵が苦手な人は注文の際にそれを伝えるとよいそうです)小ぶりの土鍋に入った熱々のラーメンには、小皿にタクアンの古漬けが数切れ添えてあります。満足♪♪♪
2009年05月28日
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宇佐の町に出ると、スーパーハローで食料品を買物。夕食は宿のレストランで食べるとして、明朝の朝ご飯や行動食など。今夜の宿、『国民宿舎土佐』の辺りにはコンビニもなく須崎に入るまでずっと店もなさそうです。今回は宇佐大橋を打ち戻らずに「横浪スカイライン」を歩くので、荷物は持ったまま札所へ向かいます。(前回は、リュックをレストラン大橋に置いて行きました)風が強くなかったので、宇佐大橋も恐い思いをせずに渡れました。途中、観音様の湧き水で手を洗い、近くの海辺でパンやサラダ、唐揚を食べました。ミニ八十八ヶ所の参道を通って、14:40【36番:青龍寺】に到着。青龍寺のおびんづる様。波切不動尊。お参りした後に駐車場の前にある小さな土産物店をのぞいていると、「柊さん!」と声をかけられました。徳島をスタートした頃によく会って、数回同じ宿にもなった徳島の二人組Fさん、Kさんでした。室戸の津照寺以来だったので、お久しぶり~♪といった感じです。仕事の都合で、お二人はここまで打って一旦帰宅されるそうです。「帰る前にお会いできてよかったです」というと記念に一緒に写真を撮ろうといわれ、観光客にシャッターをお願いしました。(後日、結願報告のメッセージと共に写真を送って頂きました。)今夜の宿「国民宿舎土佐」はチェックインが16:00からということで、青龍寺ではゆっくり時間をとりました。15:30、納経所の脇の山道(奥の院方面)へ出発します。青龍寺の裏山を登るといった感じで、少々の山道と車道を上がって「国民宿舎土佐」に到着。20分ほどの道のりでした。ホテルの前には真っ白なレストラン「Thira」景色もご馳走!こんな雰囲気の素敵なレストランは大好きです。しかし夕暮れには閉店するようです。部屋はお得なドミトリー(相部屋)を予約していました。フロントで「今日はもう一人女性のお客様がドミトリーにお泊りです」と言われました。ドミトリーは2500円と格安でしたが、客室というよりはリネン室。一人で泊まるとなれば、殺風景でちょっと恐い気がしました。私のほうが先に着いたので、適当なベッドを確保して荷物を広げ、洗濯機を回してから展望浴場へ。真っ白なレストランと同じ眺めでお風呂に入れます。お風呂も一番乗りで、ゆっくりくつろげました。館内にも大浴場があるそうですが、この展望浴場でかなり満喫できたので大浴場は入らずじまい。部屋に戻ると相部屋の女性が到着したところでした。香我美、種間寺で見かけた方でした。学生かと思っていましたが、主婦で静岡から一人で区切りで歩きに来ているそうです。とても礼儀正しい方でした。そのMさんがお風呂に行っている間に、洗濯物を干したり翌日の準備をしました。夕食は1階のレストランにて。Mさんは事前予約の懐石風のお料理、私はその場でメニューを見てハンバーグ定食にしました。Mさん、お酒が飲める方で焼酎をおかわりしています。歩いた後の晩酌が最高だとのこと、顔に似合わず酒豪っぽいです。そして発掘作業のアルバイトをしている等、興味深い話を色々聞きました。「明朝は早く出発するので、ご迷惑をおかけします」と言うので、そんなに急ぐのですか?と尋ねると「明日は土曜日で仕事が休みの主人が、須崎に車で迎えに来てくれるのです。昼に須崎で落ち合います。そして二人で高知見物して一泊して帰ります」そして事前に調べた浦ノ内湾を運行する船に乗るのだとか。渡船場までは宇佐大橋を打ち戻るので、朝の5:00には出発する予定だと言っていました。本当にきちんと事前調査をし、計画をたて、丁寧に旅を楽しんでいる印象を受けました。Mさんから「荷物になりますが、よかったら」と文旦を1個頂きました。この黄色い色が力をくれるので、これは剥かずに持っていくことにしました。翌朝が早いので、おしゃべりもほどほどに就寝・・・・・。≪第15日目の歩行距離:18.0k+α≫
2009年05月27日
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第15日目、曇り。今日は最も短い距離の歩きになるので、ゆっくりしようと思っていたのに5:30には起床。トマとジュースとパンで朝食をすませ、荷物を宿にあずけて6:40に出発。出がけに女将さんから、手書きの地図のコピーをまた頂きました。清滝寺と青龍寺までの道順をわかり易く丁寧に、2枚に分かれて書かれています。女将さんの人柄が表れている気がします。見落としそうな天神休憩所、前回は気が付きませんでした。高岡の平坦な道を高速道路の高架を目印に歩きます。道が狭くなり、石柱を過ぎるとだんだん登り坂になります。この季節、無人販売所には文旦が並びます。石柱から12分くらいで【35番:清滝寺】の山門に着きました。今回はしっかり山門の天井画を鑑賞。落ち着いて仁王像も鑑賞。目玉が空洞になっていておっかない・・・。石段を上がって境内に入ります。清滝寺のおびんづる様。滝も発見。高岡の町を見下ろせます。大きな薬師如来の内部は戒壇巡りができるようになっていて、最後にここをお参り。ここの通路の狭さは普通じゃなく、菅笠の幅すらないくらいです。足元にも微妙な段がついているので、ゆっくりと慎重に進みます。真ん中あたりに薬師如来がまつられてぼんやり明るくなっており、また出口までは真っ暗な中を光を求めて進みます。暗闇がこんなに不安だとは、灯りでこんなに安心できるとは、あらためて気付かされました。戒壇巡りもすんで、山を下りる途中で無人販売の文旦を買いました。平地におりて、手書きの地図には帰路は違う道でとなっています。最近できたような雰囲気の物産コーナー。商店街を通って帰ります。8:55に喜久屋旅館に戻りました。今日は国民宿舎に泊まるから時間が余ると私が言うと、「国民宿舎(土佐)は16時からしか入れないから、ここでゆっくりしていきなさい」と女将さん。玄関脇の腰掛で買ってきた文旦を食べながら、1時間も休憩しました。ついでに女将さんにビニール袋をもらい、文旦の皮を剥いて中身だけ持って歩くことにしました。10:00、喜久屋旅館出発。教えられた通りに水路に沿って歩きます。弥九郎橋を渡って少し行ったところに【塚地阿弥陀堂】の看板を見つけたので、脇道にそれて立ち寄りました。近くで見ても真っ赤でカワイイお堂です。私の第7版の歩き地図には載ってないのですが、こういう小さな地元のお堂も載せたらいいのに。次の立ち寄り処はトンネルの手前にある『塚地休憩所』です。東屋やトイレ、水場もあるありがたい休憩ポイントです。どこからか尺八の音色が聴こえてきます。振り返ると、峠入口の公園で男性が尺八でいろんな曲を奏でています。すごくのどかな雰囲気、音楽はやっぱりいいです。峠の登り坂には八十八ヶ所の朱印のプレートが飾られていました。洒落た演出です。見晴らしのよい場所まで上れば、宇佐湾が望めます。遍路道は真っ直ぐに伸びているのですが、今日は時間が余っているので看板を見てさらに上の展望台まで行く気になりました。ちょっとヤバイかな~と思える看板に導かれ、登山道に入ります。リュックは重いので、分かれ道の藪に隠しました。歩くこと15分、大峠展望台に出ました。ところが、驚いたことに頂上には車が駐車されていました!東屋では楽しそうにお弁当を広げるご家族。車で登れるなんてビックリした・・・、ツツジの道を引き返します。分岐点まで戻ると『手やり石』、少し下ると峠の水場がありました。無事に峠を越えて宇佐の町に着きました。目の前にマリーナ。
2009年05月26日
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禅師峰寺の麓からひたすら真っ直ぐに歩きます。最初は作業小屋の並ぶ農道で、そのうちにすっきりした車道になり、病院やスーパーのある町に出ます。それにしても渡船場までこんなに距離があったかなぁ・・・。地元のおじさんに「渡船場はこちらですか」と確認すると時計をチラッと見て、「この先じゃ、まだあと7分あるから大丈夫」急ぎ足で乗り場に着くと、船が停泊して待っていました。乗込んで間もなく11:10、出航♪船の上では自転車で乗ってきた地元のご婦人に「どこから来たの?」と話しかけられました。相変わらず種崎渡船はフレンドリーな人ばかりです。船を下りて目の前の道を真っ直ぐに進むと右手に【33番:雪蹊寺】が現れます。(11:35)いつものように境内には柑橘類を売るおじさんがいました。この方、愛想がなくて商売気もないけど、いると妙に安心します。参拝後、ベンチでほうれん草チーズパンを食べながら休憩。最近はランチを食べる代わりに、お寺のベンチやへんろ小屋でちょこちょこ軽食をとる作戦に変えています。ほどよいエネルギー補給になって、歩くにはこのほうが調子が良いようです。雪蹊寺のおびんづる様。次の種間寺まではそんなに難しい道でもないはずなのに、ここで少々道に迷ってしまいました。34番奥の院の方向へ逸れてしまったみたい。ビニールハウスで作業されていたご主人が出てきて、「あぁ、まちがったね。では、あの橋を渡って山の端を右手の水路に沿って行きなさい。」おかげで軌道修正できて、種間寺の前の車道に出られました。少々遠回りして【34番:種間寺】に13:55分到着。山門も石段もない、平地の札所です。今日は団体さんともかち合わず、どこの札所も落ち着いて参拝できました。ベンチに座ると肌寒くなってきたので、そそくさと出発することにしました。札所を出るときに、香我美で見かけた女性遍路さんとすれ違いました。種間寺を出て春野町にある『はるの茶屋』の前を通過。神戸のY夫婦の情報ではランチが美味しいらしいのですが、今日は木曜日で定休日でした。途中のお堂、鯛が向い合せになったデザイン。菅笠が風に飛ばされそうで、笠を抑えながら仁淀川にかかる橋を渡ります。16:20、『喜久屋旅館』到着。女将さんが年齢的に料理まで出すことが難しくなって、現在は素泊まり宿になっています。でも私はここの女将さんのキャラが大好きで、また泊まりました。私の他は男性のお遍路さんが一人。宿に着いた時には、すぐさま金剛杖を預り杖先を洗ってくれるのはいつも通り。でも前回は女将さんがリュックを持って部屋に案内してくれたのに、今は身体がしんどいのか荷物を運んでくれません。荷物を運ぶ・運ばないではなく、女将さんの体力が衰えているのね・・・と思うと胸が痛くなりました。お風呂が空いたと女将さんが呼びに来て、「ゆっくり入ってね、ゆっくりね」と念をおされました。田舎のおばあちゃんの家に泊まっているような気分で、この晩は久しぶりにぐっすりと眠れました。≪第14日目の歩行距離:28.3k≫
2009年05月25日
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竹林寺の参拝を終えて、山門から出ると門前の開店前の商店から飼い犬が飛び出してきて、停車しているタクシーの運転席に駆け寄って行きました。立ち上がって前足を開いた窓にかけ、頭を車内に突っ込んでます。いつも運転手さんに遊んでもらっていて、仲良しなのでしょう。へんろ道は車道とは別の山道を下っていきます。ふもとの五台山小学校の横を過ぎて、下田川沿いののどかな道を歩きます。地図によると247号線らしい道には、こんな素敵な喫茶店がありました。【烏兎匆々(うとそうそう)】という凝った名前です。おまけに店の前には、休憩ベンチとやかんに入ったお茶と湯のみが置かれていました。その先の資材置場のような土地にも、休憩所が設けられていました。今日は曇りで風が強く、寒いくらいなので休憩は控えて先を急ぎます。池の渕を回り、住宅街へいったん入り込んで麓にでると、そこから少々山道を登ります。9:15、小山の上にある【32番:禅師峰寺】に到着。おびんづる様。禅師峰寺の犬。ここは眺望が素晴らしく、ベンチでパンを食べながら景色を楽しみました。時刻は9:50、種崎の渡船場までは約6kなので急げばぎりぎり間に合いそうな時間。11:10の渡船へむけて急げ急げ・・・。
2009年05月24日
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第14日目、朝5:00起床。デパ地下で仕入れていたおこわセットやトマトが朝食です。土佐電鉄後免線:デンテツターミナル駅の始発を待ちます。始発は6:20でした。はりまや橋付近、今日は曇り時々晴れの予報です。6:35文殊通で下車、運賃は190円でした。昨日の続きは文殊通から、しばらくは南へまっすぐ突き抜け三叉路を左(東)へ曲がります。小さな道しるべを見逃さずに、民家の脇を上っていく坂道から見える高須の町。山並もきれいです。ちょっとした山道を登ると、【牧野富太郎記念館】にたどり着きます。早朝にしか来た事がないので、いつも静かな印象です。園内の道しるべに従い、遊歩道を進みます。早朝の贅沢な散歩気分が味わえるので、ここは朝一番で訪れるのがおすすめです。今は【酒と植物】のテーマでイベントが催されているらしい。トイレの近くに入口があります。この入口の前に竹林寺があるので、入り口から出たいのですがゲートが閉まっています。通用口から出られるのかなぁ~と温室の方の車両進入口にまわると、施錠はされていなくてガチャガチャやってると警備員さんがとんで来ました。「出口がわからなかったんやろ?」こっちこっちと案内されて、もと来た入口に戻りました。よく見ると、入口のゲートがわずかに開けてありました。7:15、植物園の向かい側の【31番:竹林寺】到着。高知の友人が言うには、竹林寺(五台山)の猫は山から下りないで身内同士で繁殖しているので、みんな顔が似ているそうです。境内で白猫を見かけましたが1匹だけだったので、顔が似ているかは確認できず。
2009年05月23日
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私の子供の頃は故郷でも路面電車が走っていたなぁ~と懐かしく思いながら、電車で25分ほどかけて高知市内へ入ります。路面電車が走っている町は、もう少なくなっているに違いない・・・。『掘詰』という、いかにも城下町らしい名前の駅で下車し、和顔施KSさんに教えてもらった【ホテルNo.1高知】に向かいます。このホテルを選んだ理由は“ひろめ市場に近い&展望大浴場がある”から。15:00にチェックイン、女性専用の別館に案内されました。このホテル、ビジネスながら女性に気を遣ったアイテムが揃っていてとても快適です。部屋には洗濯ピンチ(洗濯バサミがたくさんついた物干し道具)、加湿器、リセッシュ(除菌消臭スプレー)、可愛いコーヒーカップとコーヒーセットが用意されています。窓から見えるのは【高知城】、2日連続のお城ビュー。とりあえずホテルの無料のレンタサイクルを借りて、はりまや橋近くのキタムラカメラにSDカードを買いに行きました。このところ毎日晴れていたので写真の数が膨大になり、メモリーがいっぱい。昨日からヤキモキしていたので、これでひとまず安心です。ホテルに戻ってランドリーで洗濯しながら、屋上の展望浴場へ。まだ日の高いうちに入る風呂は最高!貸し切り状態です。風呂から上がって、洗濯物を取りに行き、部屋中に干して出かける準備をします。気温が下がって冬に逆戻りしたような寒さ、持っている服を着込んで再び自転車にまたがり【ひろめ市場】へGO!ここで待ち合わせしていた高知の友達と夕食。また藁で焼いた“塩たたき”を食べました。別に注文したきゅうりの中華風漬物も、ごま油の香りが効いていて美味しかったです。食事のあと、帯屋町の商店街でコーヒーを飲んで解散しました。帰り道、大丸の地下でパンと明日の朝食を調達。コンビニとはまた違って、デパ地下は美味しそうなものがたくさん売っていました。ホテルへ帰る途中、アーケードであるモノを発見。急に思いつきで、急いでホテルへ戻る。食料を置いて、白衣・輪袈裟・数珠・菅笠をビニール袋に詰め込むと、また自転車で商店街に向かいます。そこは、ゲーセン。人の少ないのをいいことに、一台のプリクラ機の「のれん」をくぐります。手早く遍路姿に変身して、プリクラしました。しかし・・・この頃のプリクラの機械は多機能になっていて、とてもついてゆけません。あーでもない、こーでもないと時間がかかってやっと出来上がりました、美白バージョン(汗)店のカウンターのハサミで写真を切り離し、完了です。町を移動するのに、レンタサイクルはとっても役立ちました。≪第13日目の歩行距離:21.0k+サイクリング≫
2009年05月22日
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第13日目、5:00起床。天気予報は晴れ。今朝は朝一番でメールを打ちます。焼山寺を過ぎた【なべいわ荘】で同宿した大阪のおじいちゃん、教えてもらったメルアドに0401とついていたので、「エイプリルフールがお誕生日ですか?」ときくと、そうでした。今日はそのエイプリルフールなので、“お誕生日おめでとうございます”メールを送ります。たしか今日で90歳、本当にお元気で私もあやかりたいです。朝食は昨日買っておいたおにぎり、チョコぼうしパン、文旦、ミニトマト、カフェラテ。大日寺までは2.5kくらいなので、6:30にホテルを出発しました。朝一番に出会ったのは、若松橋のキリン。きっと近所に“のいち動物公園(高知県立)”があるからでしょう。その先に【龍馬歴史館】、何が展示してあるのか気になるところ。その隣に【四国自動車博物館】、こちらはあまり興味をひかれず。シャトーの下に龍河洞スカイラインが見えてきました。映画のセットみたいで絵になります。遍路道の道しるべに従って細道に入りました。7:05、【28番:大日寺】到着。朝一番のお参りは『静寂』な中で・・・。坂道を下りてまっすぐに住宅街を抜け、物部川にかかる橋を渡ります。その先、土佐山田町はのどかな田園地帯でした。さて、以前訪れた時に強く印象に残っていた添え木だらけの痛々しい【松本大師堂】↓2007年8月こんなにきれいにリニューアルしていました。↓2009年4月ここで地元のおばあちゃん二人と一緒になり、小休憩。(8:30)おばあちゃん達は、ワンちゃんを連れて朝のお散歩だそうです。次の休憩場所は遍路道沿いの墓園?の接待小屋。(8:55)小屋は無人でしたが、中で休ませてもらいました。真夏の遍路でも休憩させてもらいましたが、その時は地元のおじさんが一人いらっしゃって「ここらへんで銭湯といえば、ぽかぽか温泉というのがあるよ」と教えてくれたことを思い出しました。休憩所を出て踏み切りを渡り、突き当りを右折してしばらく歩くと、美味しい饅頭屋さんがあったはず。古くて小さい店だったので気を付けて進むと、左手に大きくて立派な店舗がありました。 へんろ石饅頭のお店、こんなに大きく新しくなっているとは・・・驚きました。時刻は9:30でしたが、もう営業している様子だったので中に入ります。流行の小洒落たスイーツの店、という内装で「お饅頭ふたつ下さい、ここで食べていきます」と言うと出てきたのはいつもの素朴なへんろ石饅頭で安堵しました。この饅頭に使われている『白下糖』というのは讃岐特産の和三盆になる手前の糖だそうです。黒糖のような色をしているので、饅頭の皮が褐色になっています。ざっくりとした割れ目がまた食欲をそそります。北海道産の小豆で作った粒餡はずっしりとして食べ応えがあり、1個74円という良心価格も魅力♪店頭にいらしたご主人に「昔の店舗も風情があって素敵でしたが。」というと「建物の老朽化で、今年の2月にこの新店舗に移転しました。」とのこと。今日のお饅頭は、時間的に出来たて蒸かしたてのようで、前に頂いたときよりもっと美味しく感じられました。1つはここで食べて、1つはおやつに持ち帰るつもりでしたが、ふたつともペロリとたいらげます。新店から少し先に、以前の古い店舗が寂しそうに残っていました。【巨峰園】というレジャーセンターの横を過ぎます。ウォータースライダーも見えますが、レジャープール+ぶどう狩+テニスコートの組み合わせが面白い施設。国分川を渡り、標識に従い左折してお寺の塀が見えてきました。【29番:国分寺】です。(10:05)境内は、桜が見事でした。大師堂の前には大きなしだれ桜。そして、ウケたのが【酒断地蔵尊】大酒飲みの知り合いが多いので、お参りに連れてきたいです。今日は国分寺の門前にある【扇屋】さんに立ち寄りました。(10:35)「何がいるの?」とストレートに向かってこられるご主人に面食らいましたが「色々見せてください。」と言うと店内の商品ををあれこれ説明して下さいました。ご主人の直筆で書かれた文字入り白衣や、ご主人が描いた弘法大師の姿絵、手作りの天然木の杖などオリジナル商品がいっぱいです。しばらく見学させてもらった後、「実はカラーの納札を買いに来ました。」と言ってわけて頂きました。ここのカラー納札(白)は、1巡目の夏に30番:善楽寺で出会った女性先達さんからお接待で1束頂戴していました。裏に般若心経が書かれた扇屋オリジナル商品で、ちょっと洒落ているので人に差し上げるとき用として大事に使っていたのです。国分寺を出て国分川沿いにルートをとり、うまく迷わずに蒲原までやってきました。【へんろ小屋5号蒲原:H15・2・7完成】ある会社の門脇の三角地に、社員全員で協力して造られました。トイレはこの上にある駐車場の簡易トイレを開放されています。ここで手持ちのホットケーキやミニトマト、リープルを飲んで休ませていただきました。上空から桜の花びらがヒラリヒラリと舞い降りてきて、とても風情がありました。へんろ小屋を12:30に出発、今日はすこぶる快調に進んでいます。逢坂峠というだらだらした坂道を登り、霊苑の横を過ぎて下りにかかると、住宅街へ矢印が見えたので小さな路地に入り込みます。迷うかな~と思ったけれど、するりと通り抜けて、12:55【30番:善楽寺】到着。今日は団体さんともかち合わず、スムーズに予定の札所を打ち終わりました。そこへ神峰寺のふもとの民宿で一緒だった鹿児島のSさんが、現れました。今日は次の竹林寺まで打って、明日鹿児島に一旦帰るとのこと。鹿児島弁のユニークなSさんと、途中まで一緒に歩きました。善楽寺から南下して、サンピア高知の前を通り、土佐電鉄後免線の文殊通りまで出るとちょうど電車が来ていたので、Sさんと別れて飛び乗ります。さぁ、高知市内へ!
2009年05月21日
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まだまだ55号線は続きます。YASUらぎのまち、夜須に入りました。自転車道のトンネルをくぐり、振り返ると以前泊まった【海風荘】が高台にそびえていました。懐かしいなぁ~とその時は見上げましたが、実は後になって解ったことがあります。夜須の国民宿舎【海風荘】はこの日(3月31日)で閉館していました。≪高知新聞のWEBニュースより≫香南市夜須町手結の国民宿舎「海風荘」が三十一日、閉館する。 海風荘は昭和四十六年に開業。六階相当の展望室を備えた鉄筋コンクリート四階建てで、三十の和室に最大百二十人を収容。宴会場や円形会議室、食堂があり、行楽や企業研修などに利用されてきた。 しかし、旅行形態の変化などニーズが多様化する中、施設自体も老朽化。平成四年度に約一万六千人を数えた宿泊客も減少が続き、近年は経営不振が続いていた。 改装には多額の投資も伴うため、施設を所有する高知新聞企業などが存続を断念。建物は解体する方向で検討している。13:55、【道の駅やす】でトイレ休憩。夜須駅のキャラクター「やす・にんぎょちゃん」もキュート♪岸本神社から住宅街の小道に入って、14:25香我美へんろ小屋にやって来ました。【ヘンロ小屋8号香我美:H16・5・27完成】土佐凧が、高野山に向かって上がっていく様子をデザインしています。へんろ小屋の前の無人販売で野菜を売っていたので、100円のプチトマトを1袋買いました。結構たくさん詰めてあります。岸本小学校の前で女性のお遍路さんを見かけましたが、休憩されていたので「お先に」と言って通り過ぎました。赤岡の町からまた55号線に合流、道幅も広まり交通量も多くなってきました。タクシー会社や100円ショップを過ぎて、15:40【高知黒潮ホテル】に到着。このホテル、国道からよく見える場所に建っているのですがてっぺんに「KIRIN」の文字があるのがちょっと不可解です。しかし、このホテルの脇には無料【足湯】がありました。せっかくなので足湯に入ります。ぬるめですが、長く入っていると気持が良いです。電話予約の際に「一番安いプランで」と申し込んだのがこの部屋。シングルで1泊\5,544、隣の温泉施設【龍馬の湯】は割引料金の500円で利用できます。(宿泊者は温泉無料と思いこんでいたので、ちょっと口惜しかったです)部屋からは三宝山のシャトーがよく見えます。このお城、赤岡町を過ぎたあたりから見えていましたが実は廃墟です。三宝山頂上に、展望台、300台収容の駐車場、遊覧施設(三宝スカイパーク)と食堂(三宝山スカイレスト)、スペインの古城をコピーした“しまんとの風”という四万十に関する資料館(シャトー・三宝)がつくられ、高知の新しい名所にしようという思惑でしたが、経営不振で撤退。遊園地やレストランは取り壊され、このお城だけが残りました。ここ野市の名物は、シャトーの他にも【エチオピア饅頭】なるものがあるとか。ずっと気になっていたので、この機会に買いに出かけました。【大正堂】は、ホテルから55号線沿いを高知方面へ20分程歩いたところにありました。こじんまりとしたお店ですが、親子連れや会社員が入れ替わりたちかわり【エチオピア饅頭】を買い求めます。私は一番小さい箱入りを買いました。中身は小ぶりの黒糖饅頭、こしあんです。この饅頭のどこらへんがエチオピアなんだろう・・・。大正堂の近所に大きなショッピングセンター(スーパー・フジ)が見えたので、帰りにのぞいてみました。なんと、このスーパーの和菓子売場にもエチオピア饅頭が売っていました。ついでに夕食のお惣菜を物色。さらにホテルまでの帰り道、スーパーマルナカやトーエー(酒屋系激安ショップ)などがあり買物には不自由しません。ホテルに戻り、ホテルの隣の温泉施設【龍馬の湯】で汗を流します。ユニットバスではゆっくりとできないので、こういう温泉があると、とても嬉しいです。ただ、ランドリーが洗濯から乾燥までセットになって1,000円というのには閉口しました。この日は迷わず、ユニットバスで洗濯を済ませました。風呂上りには高知名物のドリンク。「ごっくん馬路村ジュース」と「リープル(ヤクルト系乳酸飲料)」など。おなじみの「ぼうしパン」、今日はチョコ入り、チョコぼうし♪今夜も美容マスクでパックをして、おやすみなさい・・・・・・。≪第12日目の歩行距離:31.3k+α≫
2009年05月20日
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5:00起床、6:00から朝食。6:45に出発しました。今日は曇り空なので歩きやすい一日になりそうです。無人販売所が並ぶ55号線を過ぎ、安芸の町に入ります。7:40、【道の駅大山】でトイレ休憩。店は閉まっていましたが、有り難いことにトイレは開放されていました。道の駅の先から右手にごめん・なはり線を見ながらの、防波堤歩道になっています。伊尾木の駅を過ぎ、伊尾木橋東詰休憩所の東屋にて小休憩。(8:30)安芸もレトロムード漂う町です。何故か注連縄がまだ軒先にかかっていたり。古い蔵もあったり、マンホールのデザインは野良時計だったり。海に近い地区は歩道も整備されていて、観光地風に変わっています。この綺麗な歩道を歩いているときに、自転車に乗った一人のおじさんが現れました。「町中を歩くより、海側を歩いたほうが気分が良いよ。」昨日もお遍路さんを案内したとかで、一緒に移動。安芸の海岸、すぐそこに見える船はしらす漁の船だそうです。海岸では家族総出で、とれたてのしらすを干す作業をされていました。自転車のおじさんが自転車に乗ったままで、突然ハーモニカを吹き始めたのですが、これがすごい。口にハーモニカをくわえただけで(手を使わずに)演奏できるのです。このハーモニカにまつわるエピソードもお聞きしました。子供時代に近所にいじめられていた年下の子がいたので、その子を助けたら「お兄ちゃんありがとう。僕、ハーモニカを二つ持ってるから、一つあげる。」とお礼にもらったのが、今日のハーモニカ人生の始まりだったとか。おじさんの演奏するハーモニカの童謡を聞きながら歩いて、とてものどかで平和なひとときでした。話し方や正義感溢れる性格が、私の祖母の弟(シベリア抑留経験あり)に似ていて、印象深い方でしたが後日ひょんなところから、お名前を知ることができました。金曜の夜に放送されている『探偵ナイトスクープ』の7月3日放送(関西地方)のなかで、ケンダマおじさんと共に「人間パラダイス」として取材されていました。77歳だそうですが、カクシャクとしていらっしゃったのでもっと若くみえました。TVでまたお会いできて嬉しいです。安芸の防波堤は日本一!実際、すごい高さでした。ハーモニカおじさんとお別れしたのはカリヨン広場の前。「トイレも休憩所もここにあるからね。」と最後まで気遣ってくださいました。綺麗な休憩所なのでここで小休憩。(9:20~9:35)安芸漁港の防波堤歩道を歩きます。サイクリングロードにもなっています。『今日が曇り空でよかったよ・・・』としみじみ思うほど、このサイクリングロードには日陰がありません。食堂や自販機が必要な人は、55号線を歩いたほうが良いでしょう。カリヨン広場から1時間ほどで【八流山・極楽寺】に到着。サイクリングロード沿いではありますが、うっかり通りすぎてしまうようなこじんまりとした民家風。潮騒の音が聞こえるお寺です。手短にお参りを済ませ極楽寺を出ると、赤野休憩所がありました。が、サイクリングロードから階段を上るようになっていたのでここはパス。安芸から夜須までのサイクリングロードには、公衆トイレや休憩所が豊富で困ることはありません。サイクリングロードの中で最高の、桜並木を歩きました。赤野の【へんろ休憩小屋】では、またゆっくり休ませて頂きました。美味しいコーヒーもセルフサービスで入れられるように置いてあり、昨日買っておいたお倉饅頭を食べました。小屋全体におもてなしの気持がこもっていて、とても心地よい空間です。30分近くこの小屋でくつろいでから出発。(11:30)わじきの児童公園の横にもこぎれいな公衆トイレあり。琴ヶ浜は松原になっていて、やっと日陰にありつきました。海岸には『お龍・君枝姉妹像』もあって、このお二人はとても美人でありました。きれいな海を眺めながら、ここでもバナナやお菓子を食べて小休憩。高架下の休憩所では、大好きな文旦が置いてありました。ここでも文旦をいただきながら小休憩。文旦を食べた後、手を洗いに西分駅に立ち寄ると、そこには可愛いキャラクターが居ました。「にしぶん・つきこちゃん」です。ごめん・なはり線の各駅には、こんな可愛いキャラクターがいて羨ましいなぁ~。海側に突き出した建物が見えてきました。地元では流行っている?「いちとにぶんのいちview」というカフェレストラン。駐車場はいっぱいでした。遍路の格好でなければ入りたいところです・・・。遍路道は55号線に合流して、右手には未完成系廃屋。レストランか何かに利用できないのだろうか・・・と余計な事を考えてしまいます。その先左手に、ミタニ建設工業さん提供のトイレ。高知では、個人でも一般企業でもお遍路さんに協力的なところが多いと感じました。その先にも新しく設置された『へんろ休憩所』こちらは特別養護老人施設「ウェルプラザ洋寿荘」の敷地内にあります。1階のホール前を通るとき、入所されているおばあちゃんに会釈して通過します。ガラス越しに訪れるお遍路さんを、いつも眺めているのかなぁ。すごく綺麗なトイレと、セルフサービスのお茶マシンが有り難いです。今日は休憩所が豊富で、やたらと小刻みに前進です。
2009年05月19日
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民宿の横の道からビニールハウスの並んだ道を、山に向かって歩きます。小川沿いにほぼ一本道なので迷うこともありません。真っ縦といわれる割に、毎回きつく感じないのは荷物がないおかげでしょうか。狭い車道は途中、拡張工事があっていたので数年後には大型バスでも上がれるようになるのかも?!山は所々が桜色に染まり、華やいだ景色です。民宿を14:15に出発して、14:50に参道の入口に着きました。ここから山道に変わります。展望所東屋まで来ると、また車道に合流します。車道沿いに水場もあるのですが、水は枯れていました。15:20、【27番:神峰寺】に到着。こちらは目も醒めるような、極彩色の仁王像です。閑静な境内、本堂に続く石段があります。石段の上にある大師像というシチュエーションは、焼山寺の浄蓮庵と似ています。不動明王も鮮やかな色彩でした。本堂や大師堂は石段の上にあって、眺めは良いです。いつもなら神峰の水を頂いて下山するところですが、今日はまだ時間と余力が少々残っていたので【神峰神社】までさらに登ることにしました。山門の横の石段を登り、その先の山道を歩いて15分ほどで神社に到着。ここにもまた石段。下の石段の続きで、上の石段。古めかしい神社の古めかしい奉納画、慶應二年と添え書きされていました。静かな山中で鑑賞するには、ちょっとおどろしい絵です。『燈明巖』の看板があったのでそれらしい岩を探しましたが、どれでしょう。巨岩というならこれかも。雰囲気からいうと、こっちかな。いろんなものがありました。突然、人の気配がしたのでぎょっとして振り返ると、ディパックを背負ったハイカーの男性が現れました。地元の方で、散歩がてらに登ってきたそうで山も日暮れてきたので一緒に下山しました。ヤッコ草など植物の話や樹木の話を伺いながら、時々桜色に染まった山容を一緒に愛でながら。ごめん・なはり線の高架の下までご一緒させていただきました。17:30に、『きんしょう』に戻ってきました。部屋は道路から1階下がったところにあるので、日当たりは悪いものの静かではあります。大急ぎで洗濯を済ませ、風呂に入って食事の時間。他の泊り客は、歩きの男性お遍路さんばかり4名でした。食事が済んだら部屋に戻り、さっそく美容パックでお肌のメンテナンス。30分近く顔にマスク(パック)したまま荷物の整理をしたり、納め札を書き込んだり。昼間に買っていた『お倉饅頭』も味見しました。≪第11日目の歩行距離:31.5k+α≫
2009年05月18日
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奈半利です。奈半利には『遍路の駅なはり』という私設の休憩所があります。トイレも借りられるし、屋根つき(建物の中)にベンチやテーブルもあるので、ゆっくり休憩できるのです。真夏に通りかかった時は、ここの冷たいお茶で生き返った思い出があります。さて、朝から郵便物を詰めた小さい紙袋を提げて歩いていたのですが、やっと奈半利の郵便局で出しました。郵便局の近くには古い家屋や塀が残されており、吉良川同様古い町並みを楽しむことができます。『土蔵の薬局(東山家住宅)』建物の他、石塀も残っています。石塀と桜の風景もなかなかです。歩いていると、たくさん看板をみかけました。見逃したものもまだあったと思います。奈半利川の端の手前にある『奈半利国道出張所』では、事務所のトイレを開放してくれています。トイレを借り、手を洗って事務所の前にある東屋で軽食を摂ります。(12:35)奈半利川を越えると田野町に変わります。これまでの55号線の海岸沿いから、久々に町に入り「かもめ薬局」(ドラッグストア)を見つけました。向かいの大型スーパーもドラッグストアも新しいようで、以前通りかかった時にはなかったように思われます。ドラッグストアでは美容パックや乳液を購入。田野の道の駅には寄らず、神峰寺を目指します。安田町に入ると、『土佐鶴酒造』がありました。工場で忙しげに働く人たちの姿も見えました。お酒好きなひとならここで寄り道かもしれませんが、私は飲酒しないので惜しげもなく通過。本日の宿、【民宿きんしょう】に荷物をあずけにいくと、「その山谷袋は重そうだから」とサブリュックを貸してもらえました。身軽になった上に時間はまだ14:00過ぎなので、気持に余裕を持って出かけます。
2009年05月17日
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第11日目の朝は5:00起床、6:00から護摩堂で朝の勤行です。部屋から館内の廊下を通じて、こじんまりした護摩堂へ向かいます。正座イスも完備で便利だなぁ~と思っていたら、KSさんが「スリッパはきちんと並べてないと・・・」と言いながら皆のスリッパをきちんと揃えてくださってます。過去に数回泊まった時に、朝の勤行で必ず「スリッパが乱れている」というお叱りを受けたんだそうです。徳を積むための第一歩は『ゴミを拾う、履物を揃える』というのを、私もどこかで聞いたことがあります。KSさんのおかげでこの朝はお小言もなく、無事に読経と法話で終わりました。金剛頂寺にお泊りの際は、特に履物は揃えて!に留意しましょう。6:30朝食、朝食も美味しく満足でした。デザートのバナナは皆さんおやつにお持ち帰えり。あわただしく準備をして、次々に出発していく人をKSさんが玄関で見送ってくれていました。この先はゆっくりとした行程で進まれるとか、数日間ですがお世話になりました。私も7:15に出発、今日は久々に晴れそうです。みかん畑の中を下ります。みかん畑の終わりごろに『黒耳大師堂』を発見。「黒耳」とは地名でした。調べてみると『黒耳びわ』という枇杷(びわ)の産地でもありました。この特産のびわは、通販でも手に入るようです。55号線に合流し、クジラのオブジェも室戸らしさを感じさせます。吉良川に入りました。古い町並みをちゃんと保存しているのが素晴らしいです。大きな蔵のある屋敷や、旧郵便局のレトロな建物など、きょろきょろしながら歩くのが楽しいエリア。吉良川の昔の町並みを過ぎて、お気に入りの立石休憩所でひと休み。(8:40)ここは屋根つきのベンチに、綺麗なトイレが完備された申し分ない東屋です。わかりやすい場所にあるので、利用する人も多いのでは?!またコツコツと55号線を歩き、看板に羽根の文字。そして、交番の近所にお饅頭屋さんを見つけました。その名も『お倉饅頭』、気になったので寄ってみます。9:30くらいでしたが、引き戸は開いていました。お倉饅頭はこしあんの入った蒸し饅頭、日持ちしそうなので1パック買いました。さて、前回は炎天下に羽根岬をまわって歩いたので、今回は中山峠を歩いてみます。羽根の住宅街を歩いていたら、倉庫かガレージのようなところにお祭りの山車が置かれていました。男性が一人、車輪のメンテナンスをされていたので少し話をさせていただきました。山車は各町ごとに所有していて、秋の祭りのために春から少しづつ準備をしているそうです。市営住宅を抜け、予想外の牧場に遭遇。遍路道は、牧場の横にあります。峠を登っていくと、途中に展望の良いベンチが設置されていました。地元の方が通りかかられて「ベンチの横に飲物を入れたクーラーボックスを置いていたんだけど、イタズラされたので廃止しました」とのこと。ベンチと眺望だけでも有り難いので、ここで朝食のおまけのバナナを食べて休憩しました。(10:10)峠のてっぺんはそこからもう少し上にあるそうなので、頑張って歩く。山道の分かれ道には珍しい「×」マークの道しるべがありました。この「×」マークは、もっとあちこちで使って欲しいと思います。間違えやすそうな道に「×」してあると、すぐに引き返せて時間のロスも少なくて済みそうです。峠を越えて下り道で青い海と飛行機雲を見ました。またまた55号線に合流して【御霊跡】にやってきました。御霊跡の大師堂は海の端にあって、きっちり戸締りしてありました。そして、奈半利の町に入ります。
2009年05月16日
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『気候を味方にする』ということが見に染みて解る今回の遍路。津照寺から次の金剛頂寺まで、山道込みでも50分しかかかりませんでした。真夏は津照寺から『うらしま』までが40分だったので、やはりずい分差が出ています。金剛頂寺の山道は小学校の遠足レベルでしょうか。15:10、【26番:金剛頂寺】到着。大わらじの山門をくぐります。こちらの仁王像は金網も柵もなく、ばっちり拝観できました。今日はここまでなので、ゆっくりと境内を見学しました。割腹の良い、ふくよかな大師像。大師堂の近くにある『一粒万倍の釜』、これは記憶がありました。『がん封じ乃椿』は初めて気がつきました。幹にはたくさんのコブが付いていて、痛々しいです。この椿が身代わりとなってくれるのでしょうか。その他にも目に留まったのは、【竜頭山・金剛頂寺】にちなんだ龍の線香立てや、イスの木(マンサク科)など。さて、16:00近くになったので宿坊に向かいます。こちらの宿坊は境内から出た端っこにありました。お寺の奥様は大変人気があって、民宿徳増のお母さんも大ファンだと言っていました。広い玄関に入り「ごめんください」と呼ぶと、噂どおりの上品で穏やかなお寺の奥様が出迎えてくれました。「部屋は~、どこにしましょうかねぇ・・・、あ、ここに入って。」と入口から3部屋目の襖を開けて下さいました。部屋は海を向いており、今日越えてきた室戸岬が遠くに望めます。桜の木も植わっていて、とても良い景色です。お風呂では、東京から来たという歩き遍路のご婦人と一緒になり、おしゃべりをしました。仕事の関係で区切りで来ているとのこと。お歳を伺ってびっくり、とてもそんな年齢には思えない若々しさでした。そういう私は、風呂上りに肌がつっぱる感じを覚え、ビタミンC配合の美容クリームをほっぺたにすり込む・・・。肌の乾燥は室戸岬の手前から、うすうす感じてはいました。紫外線と潮風(塩分)にさらされる過酷な毎日が、肌の丈夫な私でもダメージを受けたようです。UV効果の高い日焼け止めを毎日塗るのも、肌への負担が大きいのだと思います。何とかしなくちゃ・・・と思いつつ、夕食会場へ。食堂ではおなじみの顔ぶれ、初めましての顔ぶれが入り混じり、愚痴や情報交換など賑やかなひとときでした。お風呂で一緒だった東京の女性二人連れは、佐喜浜の海で幸運にもクジラを見たそうです。夕食がご馳走でテンションも上がりました。天ぷら、炊きあわせ、なます、茶碗蒸、炊込みご飯、お約束の鰹のたたき等。ここで使用されていた箸置きがクジラの形で可愛らしいものでした。宿坊の売店に同じ物が置いてあったので、自分用に買いました。昨日は野球大会の人たちで満室だったそうですが、今日はうって変わってお遍路さんだけの貸切です。お寺の奥様に不要になった紙袋をひとついただいて部屋に戻りました。紙袋には今日までの溜まったパンフレットや、頂いたタオル、途中で買ったお土産などを詰めて、家に送る準備をしました。≪第10日目の歩行距離:24.7k≫
2009年05月15日
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室戸岬をまわりこみ、高知方面へ。ここらへんは日陰のない車道沿い、夏に歩いた時は暑くてたまりませんでした。「喫茶まぜ」からちょうど1時間で、【25番:津照寺】に到着。(13:50)ここで徳島の二人組み遍路さんに会いました。近所の旅館に予約をしていたが、早く着きすぎてしまったとのこと。たまにはゆっくりと近くを観光するのも良いと思いますが、津照寺の辺りにはあまり観るところもなさそうな・・・。町中のお寺ですが、本堂は急な石段のてっぺん。本堂から室津の港町が見下ろせます。ここの鐘楼は階段の中間にあるのが個性的で、私好みです。潮風にさらされているであろう仁王像も、町を見下ろしています。大師堂の線香立ても蓮の形でお気に入り。今日も曇り空で快適に歩けているので、時間はたっぷり、余裕で出発。(14:20)歩いていると奈良師川で『かめたろう』というバス停を見かけました。親亀の頭の上には、小亀も乗っています。こんな楽しいバス停は初めて見ました。そして、以前宿泊した「民宿うらしま」は休業中。ほど良い距離にあるのですが、残念です。廃墟にならないことを祈るばかり・・・。
2009年05月14日
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登山口は簡単に見つかりました。山道を上がると【24番:奥の院】と石碑に刻まれています。10:55、道しるべに従って山道に入ります。山道には何故かポスト・・・ホテルなはりの500円割引券が入れてありました。『捻岩』一息つくと室戸の海が見えました。登り口から20分弱で【24番:最御崎寺】の山門に到着です。迫力ある仁王像がお出迎え。2日半かけてたどり着いた札所は、人もまばらでゆっくりと参拝できました。今回は気候に恵まれ、難なく室戸をクリア。最御崎寺のおびんづる様は鮮やかな赤色。下りは室戸のクネクネスカイラインロードを下ります。今日は曇り空なので、空の色も海の色も冴えません。見下ろせば、海と道路。進行方向は、こちら。カーブをいくつも曲がって、やっと下界に降り立ちました。和顔施KSさんと合流して、登り口にある『まぜ』という喫茶店でランチ。「遍路中は中華料理やカレーが食べたくなりますよね~」と話していたので、カレーセットを頂きました。靴を脱いで上がる綺麗で洒落たお店でした。ここは民宿もされているそうです。
2009年05月13日
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朝は5:30に起床、朝食は6:30からでした。『土佐ジロー』(高知産の鶏)の卵も朝食に出てきました。7:10、宿を出発、天気は昨日と同じく曇っています。すぐに夫婦岩を通過。この夫婦岩、遠くから見える巨大な岩石は夫婦岩ではなくて、その岩の奥のもっと小さい二つの岩に注連縄がはってありました。夫婦岩には東屋と公衆トイレがあります。尾崎地区には「ロッジおざき」「徳増」と2軒の民宿がありますが、今回のようにイベント(野球大会、サーフィン大会)などがあるときはすぐに満員になります。要望があって、もう1軒宿が増えました。2軒の民宿から約4.0k先の椎名地区にある「椎名」、もともと喫茶店でそこに泊まれるようになりました。前を通りかかりましたが、ログハウスのような外観でなかなか良い感じの喫茶店です。8:30過ぎて、和顔施KSさんと歩き地図に載っていない喫茶店「コスモくん」でコーヒータイム。階段を上がって2階が店舗なので、室戸の海を眺めながらゆっくりできます。40分休憩。再び遍路道に戻ります。以前立ち寄った「アクアファーム」はまだ閉まっていました。海洋深層水に関するジオラマや商品が展示されている施設です。外には海洋深層水が汲めるように水道も設置されていますが、室戸市民しか利用できなかったと記憶しています。その代わり高岡漁港の先に、「バーデハウス室戸」があります。ここには「無料の足湯があるから、是非入っていきなさい」と、野根を歩いていた時に地元のおじさんが教えてくれた場所です。(10:10)ぬるめのお湯でしたが、海洋深層水を使っているそうで贅沢です。ちなみに「バーデハウス室戸」にはマッサージの湯というスパがあり、レストラン、リフレクソロジーも揃っています。一般入場料(大人一人)1700円ですが、尾崎地区の民宿では1700円→1000円になる割引券を配布していますので、時間があればここでリフレッシュするのもいいでしょう。レンタル水着300円は、お接待で無料にしてくれるそうです。足湯で血行が良くなったので、身体も軽く出発。遊歩道をそのまま抜ければ国道に出られます。バーデハウスとディープシーワールドの間に、白亜のトイレを発見。正面に小さく見える「青年大師像」の真っ白さも加わって、眩しいです。お洒落な外観と同じくトイレは清潔でした。駐車場を抜け、洒落たデザインの「ディープシーテラピー」を過ぎると出口が見えました。海洋深層水でタラソテラピーを行うのは解りますが、果たして利用客はそんなにいるのでしょうか。室戸辺りに住んでいると、ストレスも病気もなさそうな気がするのですが・・・。都会にあれば繁昌しそうな施設です。迫力たっぷりの『青年大師像』拝観料が必要ということで、申し訳ありませんが外から遥拝。海岸には室戸岬の看板が出てきました。右手には【御蔵洞】、2つの洞窟が口を開けています。(10:40)空海が修行した左の洞窟。空海が生活していたといわれる右の洞窟。修行した洞窟の中は薄暗く、シンと静まり返っています。室戸の海を見るとこんなふう。室戸らしいクジラの壁画のトイレ棟。山荘風の可愛らしい外観の『岬観光ホテル』を過ぎたあたりに、最御崎寺への登山口があるそうなので注意深く歩きます。前回は見つけきれずに国道を迂回して車道を上がったので、今回は是非とも遍路道を歩くぞ!
2009年05月12日
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入木の集落を過ぎ、高知まで104kの標識。佐喜浜には、個性的な「謎の手作りイス」が並んでいました。一部を紹介します。神社の前を過ぎ、佐喜浜川にかかる橋を渡ります。山には桜が混じって、明るい色彩です。佐喜浜は砂漠のオアシス的存在の町で、スーパーがあります。橋を渡ったところに「スーパーフェニックス」、ここでおやつのキャラメルと「ぼうしのみみ」(ぼうしパンのみみだけを集めた商品)とジュースを買って表のベンチで休憩しました。佐喜浜漁港。遂に遠くに「夫婦岩」が見えてきました。尾崎海岸はサーフィンの名所、今日も黒いウエットスーツを着て波乗りしているのが見えます。早い時間に宿に着いてしまいそうだったので、海岸で30分ほど海を眺めていました。尾崎橋を渡って、今日の宿「徳増」へ。「徳増」には14:25に着きました。チェックインは14:30からだったのですが、早めに入れていただきました。“やしの木”の間、4帖半くらいの広さ、山側なのでちょっと暗めです。お風呂(男女別)に入り、洗濯をして部屋で昼寝。お風呂場にあった“海洋深層水シャンプー&リンス”が使い心地◎でした。二階のトイレは改装されていて、新しく気持が良かったです。夕食は定番の鰹のタタキ、いさきの煮付けや刺身など、海の幸があれこれと並び、かなりの量でした。(でも完食)民宿のおばあちゃんが部屋に案内してくれたのですが、食堂のお世話はお母さんと息子さんがされていました。母子でそっくりな顔をされていて、気が効いてよく動きまわるタイプ。お母さんは26番:金剛頂寺の奥様の大ファンだとかで、べた褒めされてました。息子さんは尾崎で波乗りしてそうに真っ黒に日焼けして、人懐こい笑顔が素敵です。この日宿は満室で、はるる亭で一緒だった老夫婦、神奈川の和顔施KSさん、徳島の二人組、他に野球チームの子供達とその家族の団体などでした。にぎやかに夕食。そういえば事前予約をしていく中で、今日の予約は26番宿坊~25番、室戸のあたりまでの民宿全部に断られました。3月最後の日曜日に室戸で少年野球の大会があるとかで、今回は仕方なく日和佐で予定を一日遅らせて調整したのでした。恒例行事かもしれないので、要注意です。≪第9日目の歩行距離:28.0k≫
2009年05月11日
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【東洋大師】を9:30に出て、野根の町中を歩きます。元祖野根まんぢう・福田屋の前を通過。ここの『野根まんぢう』は以前買ったことがありますが、二口サイズでなかなか美味しかった覚えがあります。今回はパス。野根大橋の上から、野根川。右手に崖、左手に海という室戸の典型的な風景に突入しました。野根大橋を過ぎてほどなく『ゴロゴロ休憩所』、貴重な公衆電話が設置されています。(10:05)ここは以前、暴風雨にあった苦い思い出の地です。東屋には“高知東部ほっMAP”(高知県東部お遍路旅休憩マップ)が置いてあり、宍喰から和食までの休憩所&トイレ案内が載っていて、大変参考になります。ビニールコーティングしたような紙質で、水濡れにも強い立派な地図です。国道ができてなかった時代は、岩がゴロゴロしている海岸線を歩いたそうで、曽祖父もこの岩だらけの道を歩いたのかもしれません。道沿いに【法海上人】の看板が出ていました。(10:55)見上げると斜面にお堂とトイレがありました。地元の方々がお世話をされているのでしょう、手入れされた感じでした。「即身成仏」というのがちょっと気になります。帰宅してウィキペディアで調べると下記のように書いてありました。“即身成仏(そくしんじょうぶつ)は、仏教で人間がこの肉身のままで究極の悟りを開き、仏になることである。主に天台宗・真言宗・日蓮宗・禅宗などで説かれる。即身仏(修行者が生きたままミイラになること)と混同されがちであるが、即身成仏と即身仏とは全く別物である。”私は、やはり「即身仏」と混同していたため、お堂に近づくのが気味悪くてさっさと引き上げていたのでした。お恥ずかしい・・・次にある休憩所は『ヨドノイソ休憩所』、ここにも風雨のなか途方にくれた思い出があります。雨でなければこんなに開放感があるのに。『高知東部ほっMAP』によると、ゴロゴロ休憩所~ヨドノイソ休憩所の先までの8.9kが「事前通行規制区間」に指定されています。大雨になると落石、土砂崩れの危険性が高くなるため、連続雨量250mmで国道55号線が前面通行止めになるそうです。12:05、『入木管理事務所』のフェンスを開けて、中へ。事務所には誰もいないので、気兼ねなくトイレを借りられます。管理事務所のすぐ先に【佛海庵】、手書きの看板が渋い。中でお参りさせていただきましょう。奥の扉を開けると、中庭もありました。ちょうど昼時だったので【佛海庵】のお堂で、朝いただいた照り焼きバーガーとおやつのどら焼きを食べました。12:30まで休憩。
2009年05月10日
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朝食は6:30から。朝ご飯も美味しくいただきました。卵は温泉卵だったので、ぎりぎり食べられました。(でも温泉卵も少し苦手)今日の予定は平地で28k、楽勝です。ゆっくり出ようと思いましたが、いつもの習慣で7:00には出発。ちょっと肌寒い天気です。【はるる亭】からすぐの宍喰の町中にあるサーフショップ&カフェの横に、宿泊施設を見つけました。サーフロッジ、どんななのか一度泊まってみたいと思います。今朝の宍喰の海は穏やかです。【ホテルリビエラししくい】は相変わらず洒落たたたずまい。私の場合、遍路中はもったいなくて泊まれません。宍喰海岸沿いに歩いていると、さっきすれちがった自転車の人が後ろから追いついてきました。サンクスで買物したらしく、「朝ご飯食べた?」と言って温かい照り焼きバーガーを渡されました。「こういっちゃぁ何だけど、どうしてお遍路しようと思ったの?」と訊かれました。「う~~~ん(色々理由はあるんだけど)、実は今回2回目なんですよ。」と言うと、びっくりしたように「ハマってんの?」と一言。「そうそう、ハマってんです。」と同調すると、すぐ納得して行かれました。大阪で働いていて、週末に実家のある宍喰に戻ってきたそうですが、楽しい方でした。7:55甲浦の白浜海岸に到着、ここは海水浴専用ビーチです。ここのビーチハウスはかなり充実していて、清潔なので重要な休憩ポイントにしています。ところが以前と違った雰囲気になったと思ったら、【海の駅東洋町】がOPENするそうです。仮設の店舗がありました。なんと明日の10:00開店ということで、イベントなどあるようです。甲浦トンネルを抜けて坂道を下りながら、生見海岸が見えてきました。(8:40)こちらはサーフィン専用ビーチで、海水浴は禁止です。今日も波乗りの人たちが、黒いウエットスーツに身を包み海に浮んでいます。生見の西海岸、東洋町役場前の海。町役場を過ぎると、民家はあるものの何となく淋しい国道になりいよいよ圏外突入の予感。相間トンネルを抜けると、案の定私の電話(PHS)は圏外になりました。9:15、【東洋大師】到着。ここは手前の橋と石段の手摺りが赤くカラーリングされていて、大きな日章旗も派手な印象を与えます。山門におとなしい飼い犬がつながれていました。参拝してから【弘法の瀧】を見に行ってみました。滝行もできるのでしょう、お寺のパンフレットには滝行をしている住職の写真がありました。境内に戻ると、プロレスラーのような逞しい体格のイカツイご住職が現れました。内心『ひゃぁ~怖いかも』と思いましたが、「ここのワンちゃんは、おとなしくていい子ですね」などとたわいない話をしてみたら、見かけによらず優しい応対をしていただきました。そういえば、前回も住職をお見かけして『おっかな~い』と思ったものです。人は見かけで判断しては、いけません。
2009年05月09日
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ぽつんと建つ淋しげな【大師庵】を過ぎて。次のトイレ休憩はJRの浅川駅です。トイレの近くには、三方が囲まれたブロック造のバス停もあって野宿には便利です。その先の喫茶店の駐車場にも、立派な遍路小屋がありました。1巡目の時はなかったので、新設されたのでしょう。女性のお遍路さんが一人、休んでおられたのですが私達と入れ違いで出発して行かれました。喫茶店にはたくさんのお客さんがカラオケで楽しまれていて、忙しいだろうに、お店のマダムはお茶を入れてきて下さいました。マダムはお茶を置いて店に戻られたので、気兼ねなく休ませていただく。私達が納札を置いて立ち去ろうとした時にも、マダムはわざわざ外へ出てこられ、どこから来たのかとか、二人連れなのかとか、お話することができました。お礼を述べて、出発・・・。さて更に遍路道を1時間も歩かないうちに、海南の駅にやってきました。ここにトイレ付きの立派な遍路小屋があると知っていたので、とても楽しみにしていました。前と変わらず素敵なつくりの小屋でしたが、なんとここの持ち主の「野村カオリ」さんがちょうどいらっしゃいました。クーラーボックスのトマトや飲物を勧めてくださり、この小屋をつくった経緯などのお話もお聞きすることができました。ご自身でも何回も八十八ヵ所をまわられていて、その時に「トイレがあったらなぁ」「屋根付きの休憩所があったらなぁ」と感じていたそうです。そんな時に【ヘンロ小屋プロジェクト】の話を聞いて、土地の提供の申し出をされたのだそう。「ここのノートを時々読んでは、泣いてしまうんです」と穏やかな表情の野村さんがおっしゃる。(シマッタ!私もノートに書き込みしたけど、もっと気の利いたことを書けば良かった・・・。)このとき、また心にキュンとくるものがありました。ほんとうにお会いできて良かった・・・・。【ヘンロ小屋1号香峰:H13・12・5完成】62本の格子は空海の生涯62年にちなんでいる。互いに支えあう事の大切さを表した、丈夫な骨組みになっている。 ※↑写真は1巡目に撮影したものです。15:20、ヘンロ小屋1号香峰を出発。大きな新海部川橋を渡り、ショッピングセンター『ピア海部』の前まできました。このショッピングセンターはここら辺では大きいスーパーで、敷地内にはドラッグストアも併設されています。海部駅前を過ぎると、店も家もなくなり面白みのない車道に変わります。KSさんは今晩【遊遊NASA】にお泊りとのことで、ここでお別れ。ロケーションも良いおすすめの宿だそうです。私はさらに5k先の宿なので、ペースを上げました。左手に湾を見ながらひたすら歩きます。同じような風景が続くので、どこまで進んでいるのかがわかりにくく、錯覚を起こします。もう宍喰か、もう宍喰かと何度も期待しながらやっとのことで16:50に【はるる亭】到着。ペンションだと想像していたら、ドライブインのような食事処もされていて、この日はお祝い事の宴会の予約が入っていて、広間で準備が進んでいました。部屋は2階の角部屋。出窓付きで明るくてよい感じの『ゆりの間』。ここのお風呂は別棟になっていて、男女別の温泉です。「日帰り入浴はできません、宿泊者専用です」と看板がありました。お湯はヌルヌルしていて、肌がつるつるになります。さすが宍喰温泉!大満足。さてお楽しみの夕食ですが、これも食事処をされているだけあってご馳走でした。天ぷらなども、席に付いてから出来たてを運んでくださいます。珍しいものといえば、一番左の小鉢が『いたどりの炊き合わせ』結構太めで歯ごたえもあって、繊維質たっぷりです。道端の雑草?がこんな料理になるなんて、意外でした。今日の泊まりは、【ふれあいの里さかもと】でも一緒だった新潟の男性遍路さん。あとは初めて見かけるご夫婦のお遍路さん、と私の4人だけ。広間では盛大な宴会が始まって、ノーメイクに浴衣姿の私はコソコソと階段を上がって部屋に戻りました。新潟のお遍路さんが東寺の仏像群の写真の載った雑誌を貸してくれたので、寝る前に眺めます。今度東寺に行ったら、この曼荼羅配置の仏像をみたいと思いました。今日は何軒ものお接待所にお世話になってお話もできたし、温泉にも入れて、寝る前にきれいな仏像の写真を見られたのですごく満ち足りた気分です。≪第8日目の歩行距離:33.0k≫
2009年05月08日
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遍路8日目は、朝の勤行(6:00)から始まります。同じ階の団体さんは、朝の4:00くらいからガサゴソし始め、私も5:00には起きだしました。トイレ・洗面所は混雑しましたが何とかかいくぐって準備を済ませ、白衣に輪袈裟、数珠持参でまだ暗い中を石段をあがり、本堂に集まりました。お焼香が数ヶ所置いてありましたが、煙たくて煙たくて・・・。読経のあと住職の法話を聞いて、30分ほどで終了しました。6:30から朝食です。実は生卵は苦手。目玉焼きにしてもらったら食べるんだけどなぁ・・・。神奈川のKSさんは、和顔施を心がけていつもにこやかで柔和な顔をされてます。朝食の時もまた一緒でした。今回はこの薬王寺が区切りの出発点で、36番:青龍寺で友達と合流してそこから二人連れになるそうです。奥さんと半分歩いて、奥さんが家に帰ったのでそこから一人になったという人もいましたが、色んなパターンがあるものです。7:15、団体さんは、もうバスに乗り込んでいます。朝食の時に、室戸の最御崎寺に直行するとガイドさんが告げていました。バス遍路も結構ハードな行程のようです。薬王寺の桜に見送られて、薬師会館を出発。昨日足湯を利用させていただいた【道の駅ひわさ】もまだ開店前で静かです。8:45、道沿いの休憩ベンチでひと休みしていたら、地元の方にミカンと飴を頂きました。ベンチの横に飾ってあった、石に海亀のイラストがキュート♪鬼が岩屋温泉は健在でした。コインスナックの自販機コーナー休憩所で、茨城の女の子と薬師会館で会った神奈川のKSさんに追いつきました。茨城の女の子に「はしもとさん、どうだった?」と訊くと、良くしていただいたことや「何かお手伝いしましょうか」と申し出て洗い物をお手伝いしたと話してくれました。コインスナックからすぐのところに【小松大師】があります。このお堂はピンク色でガーリィなところがお気に入り。牟岐の町に入ってきました。牟岐駅には大きなトイレ棟があるので、トイレ休憩。またKSさんと会ったので喋りながら歩いていると、地元のおじいちゃんが一緒になって牟岐のお接待所へ案内してくださいました。もとの場所(警察署の一角)から少し先の牟岐トンネルの手前に移動しておりました。テントの中には4人ほど当番の方が居て、ここでコーヒーと紫芋寒天羊羹をご馳走になりました。お茶を飲んだり、地元の方とお喋りをして30分も休憩させていただきました。牟岐のローソンはうどんが食べられます。一度コンビニの讃岐うどんにも、チャレンジしてみたいです。牟岐のお接待所を11:30に出発して、牟岐トンネル・八坂トンネル・内妻トンネル・古江トンネル・福良トンネルとたくさんトンネルをくぐり抜けて12:00に鯖瀬に到着。まずは【鯖大師】、番外霊場ですが宿坊も持っている大きな寺院です。内妻の『草鞋大師』は見落としたのですが、『鯖大師』は見落としようがありません。参拝のあとKSさんと『鯖瀬大福食堂』で昼食。前回は早朝に通り過ぎたので、まだ営業していませんでした。うどんと念願の『鯖瀬大福』を食べる事ができました。大福は白餅とキビ餅の2種類、つるつるしていて柔らか~くて中にはこし餡、小ぶりで食べ易いのでいくつでも食べられそうな大福です。これは大好物になりました。
2009年05月07日
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市街地を通り抜け、薬王寺に到着したのが14:00。厄除け坂を登り、本堂へ参拝。境内の観音像。桜は3~4分咲きくらいでしょうか。歩いてきた日和佐の町が眺められます。遠くには日和佐城。参拝後、順路を下っていると途中に納経所がありました。あれ?下のトイレの横の建物に大きな納経所があったけど、ここにもあるの?試しに納経帳を差し出すと納経してもらえました。ついでに宿坊のチェックイン時間を尋ねたら、宿坊棟に電話をしてくれて「もう入れますよ」とのこと。ちょっと早いのですが14:35に薬師会館に入りました。受付で宿泊についてのプリントをもらい、3階の部屋にエレベーターで上がりました。前日の宿で、この日薬師会館の宿泊は満室で断られたと皆が口を揃えて言っていたので、団体客でもいるのだろうと推察しました。部屋は10帖くらいの広さで、一人で使用するのがもったいない気がします。団体さんの泊まる予定の部屋のドアが大きく開いていましたが、大部屋にびっしり布団が並べられていて、申し訳ない気持ち。お風呂は17:00から、夕食は18:00からと時間があるので、荷物だけ置いて日和佐の町をぶらぶらしに出かけます。驚くことに前回利用した『千羽温泉』の建物が跡形もなく更地になっています。そしてそこは薬王寺の駐車場に変わっていました。もうひとつこれは嬉しい事に、道の駅の向かいにコンビニが出来ていました。まずは道の駅で明日のおやつやパンを買出し。そして足湯。と、そこへ夕べ同じ宿だった茨城の女の子が到着。一緒に足湯に浸る。今日はどこの宿も満室だったので、橋本さんのところにお世話になるそうです。30分ほど足湯をしながらお喋りをして、帰りにコンビニに立ち寄りました。膝が痛くて毎日湿布を何枚も使っているんだそうで、湿布を買いたいと言います。しかし、コンビニには日焼け止乳液はあっても、湿布は売っていませんでした。(コンビにでは医薬品は取り扱いできないとのことでした)コンビニで彼女と別れて、薬師会館へ戻ります。道の駅で仕入れたおやつは豊田屋のラスク、サブレ。同じく豊田屋の福巻きという和菓子は、羊羹をどら焼きの薄い皮のようなもので巻いています。部屋にあった茶菓子は日和佐の菓子舗「さきがけ」の“薬師坂”というお饅頭でした。どこにでもあるような黄身餡入りの饅頭でしたが、なかなか美味しかったです。お茶とお茶菓子を頂いて、部屋でのんびり。部屋着に着替えて洗濯物を持って、隣の女子風呂の洗濯機に行くと職員の女性がいて「16:30だけど、もうお風呂入っていいわよ。団体さんが到着するからその前がいいんじゃない?」すぐに部屋に戻り風呂用品を持ってくる。洗濯をしながら一番風呂を頂きました。お風呂は広くて大きくて、これなら団体客でもOKです。風呂から上がり、洗濯物を乾燥機に移して、そろそろ夕食の時間なので2階に下りました。松屋という食事処が宿坊の食堂を兼ねていました。やはり団体客の食事が並べられていて、レストランも盛況です。夕食は“並”と“上”とあるようで、これは並の献立。ちなみに隣の席の親子連れの子供は、唐揚定食になっていました。美味しそう~♪18:00になって次々と食事処に人が集まってきました。団体さんの席では、先達の若いお坊さんたちや添乗員さんが明日の行程を発表しています。歩きのお遍路さんは斜向かいに座った男性一人だけのようで・・・。その方は食事をしながら話をして、最後に自己紹介をされました。その名前に聞き覚えがあるので確認すると、なんと真夏の遍路で会ったSさんが後にGWで一晩相部屋になったという方でした。その方の印象や話の内容が良かったと、Sさんがメールで報告してくれていたので名前を覚えていたのでした。ここに不思議なトライアングル完成。≪第7日目の歩行距離:21.0k≫
2009年05月06日
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【弥谷観音】からダムをまわって55号線に出られるようになっていますが、あまりに静かで人気がないので鉦打ヘンロ小屋まで一旦戻りました。1巡目は海コースの由岐経由で歩いたので、山コースの国道にしようかと迷いましたが今日は時間もあることだし景色の良い海コースで行くことにしました。新しい道路が出来ていたので、由岐へも近道がありました。ほどなく『辺川休憩所』があったので小休憩。(10:05)この休憩所は『ヘンロ小屋プロジェクト』のものとは違って地元のオリジナル小屋です。多分新しいのではないでしょうか。歩いていると、後ろから来た軽トラックのおじさんに甘夏を1個お接待でいただきました。「頑張って」と励まされるのが嬉しいです。車道沿いの路肩にも、『由岐坂休憩所』。由岐駅にはきれいなトイレがあったのを覚えていたので、またトイレを借りに立ち寄りました。(10:55)JR牟岐線の線路の向うには田井の浜海岸、夏は海水浴で賑わうのでしょう。『田井の浜休憩所』もありました。こちらはスロープ付きの高床式で、ビーチパトロールの見張り小屋にも使えそうな感じです。ただ、床下のスペースに置かれた生活用品の荷物が気になります。誰か住んでいるのかなぁ。木岐の町にもありました、『木岐休憩所』。なんと後方には仮設トイレも設置してあります。トイレ拝借しましたよ、ありがとうございます!木岐からそう遠くはない漁港の近くに、また『白浜休憩所』。櫓のような形、このスタイルは海を見渡すのに非常に便利です。海岸は穏やかですが、こんな看板があるところを見ると実はサーフィンもできる海のようです。半島に向かう山道に看板があったので、この先までボードを持って歩いてから海に入れるのかも。これより山座峠に入ります。(12:00)途中、道しるべのない分かれ道がありましたが左は海に出そうだったので、右に行く。海コースなので海岸沿いしかないと思い込んでいましたが、峠を越える事をすっかり忘れていました。日陰になっているので快適なハイキングコースです。峠越えの車道もあります、車道の脇に『山座峠休憩所』。峠を下り、タンポポの写真を撮っていたら久しぶりにカリフォルニア出身の米国人に再会しました。今回は30日しか休みがないと言うので、「香川までは無理でしょうね、いつか続きを打ちにこなければ」と話しました。今日は何処で野宿するの?野宿するぐらいなら橋本さんのバスに泊めてもらったら?と言うと「今日はビジネスホテルに泊まります」という返事。漁港の近くまで来ると、またまた『恵比須浜休憩所』休憩所の先の海水浴場には、トイレやシャワー完備のビーチハウスがありました。左手にえびす洞とホテルが見えてきました。いつも思うのですが「ホテル白い燈台」、壁面の色が水色なので「水色の燈台」ってほうが似合ってるのでは・・・。ホテルの前を通りかかると、温泉もあるようでした。ロケーションが良いので、旅行の時は泊まりたい宿です。うみがめ博物館付近の壁面には、海亀や恵比須洞の図柄が採用されています。いよいよ日和佐の市街地に入ります。途中『明治館』と看板のある民家の前を通ります。ここはなにか展示しているのか、中を公開しているのか、気になるところでしたが思い切って通り過ぎました。帰ってきて調べたところ、弘陽荘の別館として宿泊できるそうです。但し見ての通りの古民家なので、レトロムードがお好みの人でないと・・・。
2009年05月05日
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遍路7日目、天気は快晴。朝食を6:30に食べてゆっくり支度をしました。今日の予定は20kちょっとしか歩かずに薬王寺まで。当初は牟岐か内妻に宿を取ってもいいかなぁと思っていましたが、徳島へ来てちょうど一週間目。たまには休足日もいいなと考えます。山茶花の女将さんに挨拶をして7:30に出発。アスファルトの道をもくもくと歩いていると『月夜』のバス停が出現。きれいな地名で羨ましいと思います。新野の町で見かける道しるべは、個性的です。こんなタッチの手書きの仏さまで何種類も見かけました。色んな図柄があって楽しかったです。歩き出して40分ほどで【月夜御水庵】に到着。(8:10)大きな杉の木が立っています。枝が下に向かって生えているので『逆杉』と呼ばれていると看板にありました。御水庵のお堂。遍路道はお堂の脇に続いていて、のぼり坂からは弘法大師が湧き水を出した井戸をまつる祠が見えます。御水庵を過ぎて小さな溜め池の目の看板には、ちょっと怯えました。昨日、舎心ヶ嶽の岩場にヘビの赤ちゃんがいたとY夫婦の奥さんが言っていたのを、思いだしました。もうヘビのシーズンなのか、ヘビを踏んづけるのは2度とゴメンです。ほんのちょっと地道を歩いたら、55号線に合流しました。トンネルをくぐると『へんろ小屋4号鉦打H14・9・28完成』が見えてきます。阿波福井の伝説・尻無し貝をベンチの形にしたものです。この休憩所の向かいにかかる橋を渡り【弥谷観音】へ向かいます。もともとは谷あいにあったのですが、ダム建設に伴ない観音堂を山の中腹へ引越しさせた模様。ダムのほとりを、歩いて10分ほどで公園に到着。園内には東屋、トイレ、納経所のようなプレハブ小屋(無人)が建っています。花見をするには最適な場所です。急勾配の参道を登ると、22番:平等寺奥の院【弥谷観音】がありました。お堂の隣には、観音像とゆるぎ石。誰もおらず静かで心地よい場所でした。下りは桜の花咲く車道をおります。
2009年05月04日
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昼食後、「今から“舎心ヶ嶽”に寄りますが、天気がいいのでいかがですか?」2巡目だけど、舎心ヶ嶽には行った事がないそうなので、Y夫婦をお誘いしました。太龍寺のロープウェイ乗り場からすぐだったように記憶していたのですが、急坂の険しいところもありました。道沿いは、ミニ八十八ヶ所になっています。舎心ヶ嶽は、弘法大師が百日間の虚空蔵求聞持法を修行したとされる場所です。ちなみに気になる前面は、これ。さらに気になる大師像の眼下に広がる風景が、こちら。ちょっと失礼して記念撮影も。舎心ヶ嶽を満喫したので、太龍寺へ戻りリュックを背負って山を下りました。龍山荘を過ぎ、坂口屋の前に公衆トイレがあったのでトイレ休憩。(13:50)その後三叉路を渡ったところにあるヘンロ小屋でも休憩。(14:25)この【ヘンロ小屋第3号阿瀬比:H14.4.6完成】(杭には第2号となっているように見えますが?)は村の縁側をイメージして作られたもの。遍路道沿いにあるので、結構みなさん利用しています。鶴林寺、太龍寺と2山越えを終えてほっとしていると、目の前には『大根峠』が現れます。峠の登り口には、親切に竹製の杖が置いてあります。(14:55)竹林の山道。大根峠の出口には、牛が放牧されていました。新野(あらたの)の町に下りてきました。田園地帯を歩いていると、雨も降ってないのに前方上空に虹が!!!平等寺は山肌に寄り添うように建っているので、歩いている道からは見えません。まだかな~、ここかな~、と何度も期待してしまいます。本日最後の札所【22番:平等寺】に着いたのは15:55でした。石段の下の弘法の水と言われる『白水の井戸』を覗いてみました。小さなお堂の下の小窓ような部分にしゃがみこむ。水が少なく、井戸と言うより湧き水程度です。本堂から境内を望む。平等寺のおびんづる様。大師堂。納経所の前には、無造作に金種別に置かれたお賽銭の山。ここでお賽銭用の硬貨に両替ができました。今日の宿は平等寺のお隣、「山茶花」です。山茶花に泊まるのは2度目です。ここの女将さんは、太っ腹でおおらかな方です。洗濯機・乾燥機をお借りして、夕食の時間を待ちます。部屋は食堂の小上がりを改造した小部屋ですが、明るくこじんまりして気に入りました。この日一緒になったのはY夫婦、大阪のF氏、茨城の若い女の子など。皆で美味しい夕食をいただきました。Y夫婦の「ステージ付き大部屋」におじゃまして、少しおしゃべりをして過ごしました。この先、私はのんびり進み、Y夫婦はスピードアップの行程でお別れになるのでメルアド交換をしました。≪第6日目の歩行距離:20.6k≫
2009年05月03日
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5:30起床。朝食は6:30から、夕食と同じ1階の食堂でいただきます。おかゆが出ました。白ご飯もおかわりしました。7:10、昨日迎えにきてもらった場所まで送ってもらいます。みんなバラバラの場所でしたが、高知の主婦の人は勝浦の遍路小屋まで、Y夫婦と私は鶴林寺の登山口まで乗せてもらいました。7:25登山口出発、急坂もありますが吊り下げられた道しるべを見ながらのんびり歩きます。【水呑大師】は気付かずに通り過ぎたようです。【20番:鶴林寺】には8:25に到着しました。山門には、つがいで鶴がいます。護摩堂は改築中。おびんづる様。鶴林寺から一旦山を下ります。翡翠色の那賀川を渡ります。のどかな遍路道に咲く梅や桜。10:25太龍寺の登山口にとりつき、11:10【21番:太龍寺】到着。山門から奥まった本堂まで、さらに距離があります。本堂の前には急な石段が在り、ロープウェイの駅が見えます。大師堂も奥まった場所でした。納経所がある本房の廊下には『龍の天井画』、廊下の天井というのが面白いです。納経所前のベンチに座って、Y夫婦や他のお遍路さん達と昼食。天気はいいけど気温が低いので、風が吹くと寒い。日のあたる場所を選んで休憩しました。
2009年05月02日
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立江寺の参拝を終えたら、あとは宿へ入るだけなのでのんびり歩くことにしました。櫛渕のあたりの『壽康康壽庵』という休憩所。『ころぼうず曽我部冷泉』は湧き水なのか?!三叉路をしばらく進んだところで【沼江大師】がある頃だと思っていると、とある家屋が目に留まりました。中に電気が点いていて、建物の中にお堂があるように見えたので近づいていくと・・・。中からご主人が出てこられたので「ここは沼江大師ですか?」と尋ねると、「沼江大師はまだ先だけど、コーヒーでも飲んでいかんね」ということでお邪魔しました。建物は作業場で、靴の材料を作ってらっしゃるのだそう。この日、WBCの試合があっていて朝から仕事にならなかったとか。仕事場のTVで一緒にWBC観戦、優勝してヤッターと喜びあいます。試合終了後、コーヒーを頂きながらお喋りをして15:00に出発しました。【沼江(ぬえ)大師】は普通の民家のようなところにありました。やっとT字路のローソンまで着ました。明日の昼用のパンを買って、16号線を進みます。生比奈の町はついこの間まで、ひな祭りイベントがあっていたらしいです。まだ街角には可愛い雛人形が飾られていました。勝浦の町に入りました。珍しい二色の梅の花。前回きれいだった勝浦川沿いの花見スポットをチェック。花はまだ咲きそろっていませんでした。残念。3月下旬とはいえ、2月の気候に逆戻りしているので仕方ありません。旅館「金子や」の近くのお堂、東林庵・薬師如来。1巡目は「金子や」に宿泊しましたが、今回は「ふれあいの里さかもと」です。勝浦まで来て電話をすれば、迎えにきてくれるそうです。どこまで歩こうかなぁ~と考えながら、とりあえず西へ。勝浦高校を過ぎ、町役場を過ぎ、勝浦郵便局を過ぎ、徳島銀行までたどり着きました。(16:35)銀行の駐車場から電話して、ここで待ち合わせ。15分後くらいに迎えにきてくれました。地図では『割と近いのかな』と思っていましたが、途中からカーブの多い山道に入ったりして歩くのは嫌な距離でした。車の中で「NPOが経営しているので、職員はみんな素人なんですよ」「今年で7年目、だいたい17人で運営しています」と話されました。到着してみれば、広々して良い感じ。部屋もきれいで、洗面所もついています。お風呂は男女別大浴場、ジェットバス付きで大満足。夕食も地元の食材をふんだんに使ったもので、大変美味しく頂きました。ゆず皮を天ぷらにしたものなどが、珍しかったです。デザートの柑橘ゼリーも手作り。職員の方々も親切で、お料理も心のこもったものでした。この宿ではY夫婦、新潟の男性、高知の主婦の方などと一緒になりました。≪第5日目の歩行距離:32.3k≫
2009年05月01日
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55号線からピンクの建物を目印に曲がり、遍路道に入ります。民宿ちばあたりのアスファルトの道は記憶にありましたが、恩山寺直前にこんな山道があったとは忘れていました。それとも前回は車道を歩いたのかなぁ。道は、修行大師像の脇に出ました。【18番:恩山寺】到着。(10:40)恩山寺にこんな石段があったかなぁ~とまた首をひねります。どうも恩山寺の印象は薄かったみたいです。『釈迦庵』経由で進もうと思っていたのに、修行大師像の脇道に入ってしまったので、気がつけばまた民宿ちばの前を通っていました。古い民家と大きな桜の木、この田園風景はたしかに見覚えがありました。お京塚の、静か過ぎて妖しい雰囲気も見覚えがあります。12:10、【19番:立江寺】到着。立江寺にはおびんづる様の向かいに、寿老人がおまつりされていました。ちょっと珍しい。天井画も新しいもののようですが、鮮やかできれいです。多宝塔。大師堂をお参りした後、『黒髪堂』の看板を見つけました。お京の髪の毛と頭皮が縄に巻きついているという伝説があります。お堂の中を覗いてみると、たしかに毛は見えました。時間が経ってちょっと茶髪っぽく変色していたようです。隣には『白杉大明神』立江寺のお楽しみは最後に門前の【酒井軒本舗】で「立江餅」を買うこと。黒米を混ぜた褐色の餅に、さっぱりしたこし餡が入っていて1個100円。翌日でも硬くならないので、遍路の行動食にはピッタリです。そして餅を買った後は、前回のように道がわからず「うぅ~ん」と店の前で考えてから歩き出します。一旦来た道に戻ればいいだけのことなのに、何故かこのあたりの道には混乱させられます。
2009年04月30日
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徳島5日目、6:00に宿を出発。昨日徳島まで進まず国府(こう)に泊まったのは、徳島市内を通らずに地蔵越えコースを行きたかったから。上鮎喰橋を渡り、地図のBコースに入ります。自転車に乗った地元のおじさんが、これからの道を説明してくれました。地蔵院の手前は少々登り坂になっています。池のほとりのトイレ棟。早朝から池の周りをウォーキングしている地元の方も多く、声をかけられました。池のほとりにある【地蔵院】(6:50)誰もいない早朝の境内は、清清しいです。本堂も立派で、龍の彫り物が目に留まりました。本堂に掲げられた日本画、花見の情景と地蔵菩薩の2枚も鑑賞。地蔵寺のおびんづる様。大師堂、桜も咲き始めてきれいです。境内には【穴不動古墳】がありました。【地蔵院】は意外に規模が大きく見所があって、立ち寄って良かったです。ロケーションも素敵。門前の池のほとりには、鴨も集まってきています。トイレを借りてから、いざ地蔵峠へ向かいます。車道を少し上がった脇にみちしるべが立っています。(7:10)水場もありますが、遍路道沿いには小川も流れています。時折「ボゴッ」という不気味な音がすると思ったら、小川にししおどしが設置してあってその音でした。他にもペットボトルで作った水車が、小川で回っていたり、手作りのベンチが置いてあったり、地元の方々が整備されていると感じさせられます。急登になり、やがて頂上。頂上にはお地蔵さんがおられました。(7:30)頂上のベンチではカリフォルニア出身の青年が休憩していました。数日前から時々見かけていましたが、彼は野宿専門なので宿で一緒になることはありません。大きな荷物で背が高いので、結構目立ちます。夕べは地蔵院の前の池の東屋に泊まったそうですが、「寒かったぁ~」と言っていました。遍路道を下ります。峠を越えると車道に出てだらだらと歩きます。市内を迂回できる道路として、地元の車がひっきりなしに通ります。途中、大勢休憩できるテーブルとイスのある休憩所を発見。宴会でも始まりそうな雰囲気です。だいぶ町なかに出てきました、八万の潜水橋を渡りました。法花(ほっけ)のバス営業所には待合所のなかにトイレもあって、トイレを借りて待合所のイスで休憩させてもらいました。(8:30)バスに乗りにきた地元のおじさんと少しお話しました。次の休憩ポイントは『露ヶ本遍路休憩所』勝浦川橋手前の55号線沿いにあります。(9:40)初めて利用させていただきましたが、新しい施設のようです。小松島のコンビニで、お昼ごはんを忘れずに調達しました。小松島から先は沼江(ぬえ)のローソンまでお店がなかった記憶があるので・・・。
2009年04月29日
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国分寺から1.8k先の【16番:観音寺】には14:20に到着。団体さんと一緒になったので、少し時間をずらしました。観音寺から次の札所へは、宿に荷物を置いていきます。今夜の宿は鱗楼という旅館です。古い日本家屋を想像していましたが、モダンな外観です。井戸寺への道で、徳島の二人組お遍路さんとすれ違いました。荷物を持ってなかったので「(泊まりは)鱗楼ですか?」と訊くと「鱗楼」との返事。【17番:井戸寺】15:15着。ここへくる途中で頂いた、温かい午後の紅茶ミルクティを飲んで休憩。肌寒い一日だったので温かい飲物がとても嬉しかったです。境内にある【日限大師】とお堂の中の井戸。納経所は立派な宿坊の受付と兼用です。井戸寺からまたもと来た道をたどり、途中コンビニで明朝のおにぎりなどを買って宿に帰りました。夕食は1階の食堂に集まって、色々出してもらえました。翌日は鶴林寺の麓までの予定なので、朝食は無しで会計してもらいました。(6,825円:1泊夕食のみ)≪第4日目の歩行距離:27.4k≫
2009年04月28日
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12:00、【13番:大日寺】到着。朝は曇っていたのに、昼からは晴れました。13番から17番までは、距離が近いので余裕です。大日寺のご住職が亡くなって、韓国より嫁がれた奥様が昨秋から住職を務められているとTVで観ました。納経所の前にあるコンテナには、夏ミカンがいっぱい入れてあって自由にいただけるそうなので、1個頂きました。またリュックが重くなるけど・・・。12:55、2.3k先の【常楽寺】到着。ここは岩石がむき出しの野性的な境内です。木の上に鎮座する『あららぎ大師』自分が高所恐怖症なので、高いところに座って怖くないのかなぁと思いました。常楽寺のすぐ近くに奥の院である【慈眼寺】を今回初めてお参りしました。前回は車道を通ったので、全く気がつきませんでした。こちらは新築工事中。ピカピカの大師堂。【生木地蔵尊】は木にお地蔵様が彫り込まれていました。慈眼寺を出て、車道に戻って少し歩くと道沿いに【八祖大師(岩船地蔵尊)】鮮やかなカラーリングで印象に残ります。13:30、私の好きな【15番:国分寺】この古さと、何も無さがいいです。鐘楼も歴史を感じさせられます。
2009年04月27日
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第4日目の朝、雨は上がり曇り空でした。6:30からの朝食のときに、NTさんからまたチョコレートをいただきました。世間では私はオバサンの部類なのですが、NTさんはチョコレートをくれたり、名前が解らない時は「お嬢ちゃん」と呼んだり、納め札を渡したら「○○チャン」とちゃん付けで言ってくれたり、子供扱いされてるような、恥ずかしいような、でも嬉しい・・・。7:05なべいわ荘を出発。玄関前の白い木蓮がきれいでした。歩き出すと2階の窓からNTさんの声がして、振り向くと手を振ってくれていました。また嬉しい。鍋岩から大日寺までは、神山経由と玉ヶ峠経由と2通りコースがありますが、神山経由は距離が長く時間がかかりそうです。今日の行程では17番まで打ちたいので、前回と同じ玉ヶ峠コースをチョイスしました。なべいわ荘を少し下ったところの脇から舗装道に入り、水場のある登山口。薄暗い山道をぬけて、7:45に玉ヶ峠到着。ここはトイレも完備の理想的なお堂です。峠からは下り道です。この下りがなかなか手ごわいのです。途中、こんな風景が広がります。水場もあります。植村旅館の手前に【鏡大師(鏡石大師)】がありますが、前回は夕暮で時間がなく通り過ぎた思い出が。今日はまだ朝なので、お参りすることができました。ケモノ道のような細道を下ったところに小さな祠が建っていました。そしてこれがその鏡石。想像ではつるつるピカピカだと思いましたが、実際は普通の岩という感じでした。遍路道から植村旅館が見えます、懐かし~い。駒坂峠という小さい峠を越えたら、鮎喰川の潜水橋が見えてきます。この潜水橋を渡ってからは、車道沿いを延々と歩くことになります。河野橋を渡り、ペンションやすらぎの前を過ぎて11:10に『おやすみなし亭』。ここは是非とも立ち寄りたかった遍路小屋です。ミカンやコーヒーを頂き、よもぎあんぱんを食べて休憩。居心地がよくのんびりしていたら、後から出発してきたNTさんがやってきました。ここで30分も過ごしてしまいました。
2009年04月26日
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山道を登りきると、焼山寺の参道に出ました。参道から山門へは、奉納された石柱の名前をみながら歩きました。11:40【12番:焼山寺】到着。焼山寺のおびんづる様は、納経所の前に鎮座しておられました。今日の宿泊は『なべいわ荘』なので、だいぶ時間に余裕があります。境内のベンチで残ったおにぎりを食べたりして、1時間以上休憩しました。一緒に休憩したのが神戸市のご夫婦で、1日目の休憩所で会った方です。私の家からもそう遠くはなくて親近感を持てました。予約した宿泊先のリストを見せてもらったら、20泊くらいの予約をされていてかなり早いペースで進む計画になっています。山門の仁王像に挨拶をして、焼山寺を後にしました。晴れていれば奥の院まで回りたかったのですが、今にも雨が降り出しそうなので山を下ります。13:10、【杖杉庵】を参拝。【杖杉庵】の横には私の大好きな無人販売所がありました。国産の梅干300円は安いです、お買い得です。【杖杉庵】を少し下った小屋にも無人販売所。干し柿、干し芋、梅肉、大梅、小梅、梅塩漬など豊富な品揃え。お遍路でなければ買えるんだけどなぁ~。この日、鍋岩の手前のトイレのある駐車場の前にテントが張ってありました。ミカンも販売していたり、お店のような感じです。通りかかると、休憩していきませんかと声をかけられました。まだ14時すぎだったので、宿に入るにも早すぎてちょうど良いタイミング。お言葉に甘えてテント内のベンチに腰掛けさせてもらいます。今日はこのお宅の長男さんの誕生日で、近所の人たちも集まって餅つきをしたとのこと。きび餅やみかんをご馳走になりました。地元の方々と30分以上も話をして、のんびりさせていただきました。2巡目にもなると、結構厚かましくなるもんです。15時近くになったので納め札をお渡しして、『なべいわ荘』へ向かいました。玄関の前には真っ白な花をつけた木蓮の木が枝を広げていました。その木蓮の前の1階の「こすもす」の間が私の部屋。何が嬉しいって、茶菓子がいっぱいあったこと。部屋着に着替えて洗濯をしながら、部屋でゆっくりおやつの時間です。15:30に突然すごい勢いで雨が降り始め、物凄い雷が近でド~ンと鳴りました。早めに宿に入る今日の行程は正解でした。洗濯場にいたなべいわ荘のワンちゃんは、先ほどの雷にすっかり怯えて体を震わせていました。なべいわ荘の風呂は檜造り、部屋もお風呂も山荘の雰囲気で良いです。夕食には「あまご」が出ました。昼間休憩所で出会った大阪の88歳のNTさんと、楽しい夕食でした。NTさんも何巡目かで、以前愛媛の峠の下り坂で転倒し怪我をしたことがあるのだそうです。その時は、たまたま一人のお遍路さんを追い越して、その人が後から追いつき、その先のバス停から町に移動した。そのお遍路さんはその日そのバス停から帰る予定だったので、時間も調べてあって終点が病院だった。杖の上に体が転び、杖は折れたが体は守られ、額を何針か縫ったくらいですんだ。そんな不思議な話を聞きました。隣の70代のお遍路さんは、病気を抱えながらも区切りで逆打ちしていて、コンビニのおにぎりが食べられないそうです。わずかな添加物や保存料にも体が反応するので、お昼のおにぎりは宿で作ってもらうのだそう。高齢にもかかわらず、こうして歩いているお遍路さんを目の当たりにすると自分はまだまだだなぁと思いました。尊敬してしまいます。≪第3日目の歩行距離:16.9k≫
2009年04月25日
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部屋でおにぎりとパン、ヨーグルト。粉末のカフェオレを作って飲みました。車の出発が6:40だということで、5分前にチェックアウト。私のほかには男性のお遍路さんが3人相乗りです。6:50に藤井寺の駐車場に到着。天気予報では降水確率80%で、どんよりと曇っています。雨具を準備している人もいます。藤井寺にいってきますの参拝を済ませて、登山道に入ります。薄暗い遍路道にはミニ八十八ヶ所めぐりが設けられています。今にも降りだしそうな空模様。登り始めて1時間で『長戸庵』。『長戸庵』での休憩時に、夕べ同じビジネスホテルに宿泊していた徳島の男性お遍路2人組に納め札をいただきました。お遍路をする四国の人とは初めて出会いました。さて、少し早かったのですが、ここで出かける間際にBH尾池でいただいたおにぎりを1つ食べました。おにぎりも沢庵も個別にラップされていて、丁寧なお弁当でした。長戸庵の少し先にある展望所からの眺望。杉木立に入りなおも登りつづけていくと、長戸庵から1時間ほどで『柳水庵』奥の院です。奥の院の建物は最初、納屋か物置かと思いました。『柳水庵』の屋根が現れてきました。広場には湧き水もあります。冷たい水を飲みました。お堂。廃業した民宿。まだまだ営業できそうに丈夫な民家です、もったいない。『柳水庵』前のベンチで、よもぎあんパンを食べながら10分休憩。『柳水庵』を少し下ったところには、きれいなへんろ小屋も建っています。『柳水庵』から45分くらいで『浄蓮庵』にたどり着きました。石段の上を仰ぐと大師像が見えます。大木を背にたたずむ大師像。厳かな気分にさせられます。『浄蓮庵』でも10分休憩をして、再び歩き出します。(10:15)ここからは一旦下りです。地図では城川内あたりの集落です。このあたりの民家の塀や、棒に吊り下げられている茶褐色のモノ・・・。これは、もしかしてイノシシの毛皮ではなかろうか。塀に干してあるものもあって、顔の横で通り過ぎたときはギョっとしました。またイノシシだけではなく、このあたりでは梅の産地でもあるらしく、梅の木畑がたくさんありました。山を下りきると焼山寺への最後の登りです。前回は発見できなかった有名な看板も、ちゃんとみつかりました。結構、苔むしていました。あとはこの看板通り、登り坂を頑張るのみです。
2009年04月24日
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切幡寺より一本道で順調に歩いていると、【しあわせ地蔵】のお堂がありました。しあわせにしてください!とお参りしていく。八幡にある私設休憩所。屋根と壁で囲まれているので雨の日も安心。吉野川の最初の橋を渡ります。中州の土地に畑が広がり、その中の農道を進みます。鳥居に『善入寺』とは何だろうと思い、帰ってきてから調べたところ、この中州は『善入寺島』という総面積500haもある日本最大の川の中の無人島なんだそうです。2番目の橋は大き目、川島橋です。川を渡った先に水道付きの遍路小屋があるので、お昼休憩です。(11:40)おにぎりとソーセージを食べました。15分ほど休憩して出発です。『八坂神社』という名前はどこにでもあるのだなぁ。【11番:藤井寺】には12:45に到着。咲いている桜。藤井寺のおびんづる様。明日登る焼山寺の入口。さて、藤井寺のあとは前回に泊まった『民宿吉野』に泊まるつもりでしたが、一週間前に電話をすると、もう満室で断られました。門前の『ふじや旅館』も、その日は用事があって休みにしているとのこと。でも『ふじや旅館』の女将さんが「鴨島駅前のオイケさんってとこがあるから、そこに電話してみなさい。送迎もしてくれるから!」とおすすめされました。藤井寺を出たのが13:20、時間が早かったので鴨島まで歩くことにしました。15分くらい歩くとスーパーや郵便局などのある町に出ます。マルナカ鴨島店の前から『ビジネスホテル尾池』に何時からチェックインできるか電話で尋ねました。14時前でしたが「今からで構いませんよ」という親切なお言葉。素泊まりで予約していたので、スーパーで食料を調達してホテルへ向かいます。若いご夫婦が経営されているようで、対応がきちんとされています。部屋もツインのシングルユースで広々、ただビジネスホテルなのに冷蔵庫は付いていませんでした。時間があるので鴨島の町をぶらぶら。駅には24時間営業ではないコンビニ、駅前にはネットカフェがありました。商店街には和菓子店、たこやき屋、喫茶店など。夕食は2日連続でマルナカのお惣菜。サラダ巻き、きんぴらごぼう、豚の竜田揚甘酢、ヨーグルト。≪第2日目の歩行距離:18.5k≫
2009年04月23日
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法輪寺へ向かうアスファルトに記された文字、「↑九番札所」こういうの、いいなぁ。8:30、田園に囲まれた【9番:法輪寺】に到着。本堂と大師堂が仲良く並んだこじんまりした札所です。法輪寺を出て15分ほど歩くと『小豆洗大師』のお堂があります。小豆洗い場はこんなふうで、現在では小豆を洗う気にはなれません。お大師さまゴメンナサイ。台所の水道で洗いますね。その先、水田という場所に1巡目もお世話になった私設休憩所があります。昔は商店でもしていたかのような民家の軒下に、ベンチやお茶を置いて下さっています。そして手製の巾着袋(賽銭袋)が「どうぞご自由にお持ちください」と並べてあるのです。今回も記念にいただきました。基本のデザインは同じですが、ツートンカラーになってました。切幡寺の入口に差し掛かると、うどん屋さんのご主人が「荷物はここに置いていったらいいよ」と親切に声をかけてくださいました。お言葉に甘えて、表の縁台にリュックを置かせてもらいました。9:45に【10番:切幡寺】、山門が新しくなっているような気がします。石段の多さはしっかりと記憶にあります。以前は気が付かなかった切幡観音像。また以前は気が付かなかった大塔。大塔から境内を見渡せます。魚の石灯籠も見つけました。2年前は雨の日だったので参拝してそそくさと次へ向かったのですが、晴れた日は境内をゆっくり見て回れるので楽しいです。お手洗いへの通り道に、お寺の飼犬たちが日なたぼっこをしていました。おとなしくてノンビリしたワンちゃん達です。切幡寺の門前には巡礼用品を扱うお店がありますが、私の輪袈裟はここの浅野総本店『スモトリ屋』で吟味して購入したものです。何が気に入ってるって、この看板です。新バージョン。旧バージョンも味があって素敵。
2009年04月22日
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明けて2日目、天気は完全に回復。同宿の女性2人連れのお遍路さんは早朝に発ち、私は自転車遍路さんとリビングでのんびり朝食。昨日買っておいた明太子おにぎりとメルヘンハット(帽子パン)、夕べの残りのフライドチキン、ヨーグルト。宿のコーヒーも頂きました。2人連れお遍路さんを、昨日迎えに行った場所まで送りにいった大将が帰ってきて、リビングで喋っていたら出発予定時刻の7時をとうに過ぎてしまいました。そろそろ私たちも出発しますか・・・と準備をして玄関に荷物を運んでいたら。空き部屋を点検していた大将が「忘れ物があった」と、女性2人連れのお遍路さんに電話をかけていました。7番を打って、もう8番に着いているというので、忘れ物を届けに車でゆく・・・ということに。このタイミングでこのシチュエーションは、きっと弘法大師が乗っていけ!とおっしゃっているに違いない。熊谷寺への2.2kを、あっさり便乗させてもらうことにしました。1巡目、かたくなに歩いていた人から、2巡目はちょっと柔軟な人へ変貌してます。車で5分、7:35には【8番:熊谷寺】の駐車場に到着。喋りすぎた30分はここで取り戻せました。山門には昨日の地蔵寺と同じタイプの軍人風のお二方。ご詠歌のテープが境内に流されている中、ゆっくり参拝します。納経所は駐車場にあるので、納経後に駐車場のベンチで荷物を整理していると片隅の怪しい小屋が目に入りました。駐車料を回収する管理人の小屋のようですが、カーテンがひかれ笠と金剛杖がたてかけてある。しばらくすると中から若い男性遍路が出てきました。ここに宿泊していた模様。中はどうなっているんだろう・・・興味シンシン。9番に向かう途中に熊谷寺の巨大仁王門をくぐりました。最初に仁王門を見たときは、あまりの大きさに意表をつかれたものでした。仁王像も堂々とした風格があり、ゆっくりと鑑賞できます。やはり仁王門は熊谷寺の目玉です。
2009年04月21日
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十楽寺の山門もまた龍宮城のような・・・。(16:00)十楽寺にはもう一つ中門があります。そしてこの『遍照院殿』と書かれた門の2階部分は、参拝できるようになっていました。中は豪華絢爛。ここの宿坊は1巡目の時は工事中でした。あらためて出来上がりを見ると、とても立派で綺麗。朝のスタートが遅かったので、のんびりする間もなく宿へ急ぎます。急ぐ割には、民家で飼われている牛を眺めたり・・・。16:55、本日の素泊まり宿『越久田屋』に到着。先に到着していた男性の自転車お遍路さんと一緒に、大将の車で『御所の郷』に送ってもらいます。なんだかんだでここへ来るのは、もう3度目ですがやっぱり天然温泉はいいです。館内にレストランも併設されていますが、私はいつも帰りにスーパーに寄ってもらって食料を買出しします。スーパーマルナカで夕食と朝食を買って帰りました。まるで自分の家同然に、民宿のリビングでお遍路の資料をチェックしながら夕食。ちらし寿司、なら和え、フライドチキン、デザートにはヨーグルト。徳島のちらし寿司には、なんと甘い煮豆が乗っかっていました、新発見。“なら和え”は油揚げとれんこんなどの根菜類が酢の和え物になっているもの。奈良の和え物って意味なのかな~(謎)食後にくつろいでいると、同宿の自転車遍路さんもリビングにやってきました。この方、私がザックカバー付きのリュックを四苦八苦しながら背負ってるときに、手助けしてくれた人でした。話の中で面白かったのは、この人のお線香早立てキット。お線香3本をもたもたと取り出すのが嫌で、太めのストローにあらかじめ3本入れてセットしておくのだそうです。線香を立てるときは、ストローごと取り出して先端から線香を少し出して火を点け、ストローのまま灰に突き刺してからストローだけシュッ!と抜き取る。ストローでカバーされているので、線香も折れにくいとのこと。そのユニークな早業、実際に見てみたいと思いました。≪第1日目の歩行距離:21.0k≫
2009年04月20日
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梅もまだ咲いていました。『八坂神社』はどこにでもあるんですね。橋を渡ったところにある『小柿休憩所』に立ち寄ると、ご夫婦のお遍路さんが既に休んでおられました。今回が2巡目で、今日は十楽寺の宿坊に泊まられるとのこと。ほどなくもう一組、ご夫婦のお遍路さんが入ってこられました。こちらは初めてのお遍路で、安楽寺の宿坊を予約できたそうです。2巡目の夫婦遍路さんが出発され、残った広島のご夫婦の奥さんが明るくて話し好きな方。質問したいことが山盛りあるそうで、一緒に出発しました。とにかく解らないことだらけなのよ~と笑ってます。とりあえず20kくらいづつの間隔で宿は予約したそうで、今回は恩山寺までの区切り打ちなんだそう。二人で色々とお話しながら歩いていると、あっという間に龍宮城のような山門の【6番:安楽寺】に着きました。(15:10)安楽寺では、宿坊の横の桜がきれいでした。仁王像の鎖骨にお賽銭が乗っかっているのが、なんとなく気になりました。大師堂でお参りを終えたときに、3~4人を引率してこられた女性の先達さんが私に「よいお参りができますように」と言ってご自分の錦のお札を下さいました。奈良の方でした。とても嬉しい、お守りにします。広島のご夫婦はここの宿坊にチェックインするためここでお別れです。明日以降のペースが違うので、もう会う事もないと思いますが楽しいお遍路になりますように!天気は回復して、青空が広がります。安楽寺を出ると、石碑や向う側の木立にたたずむ大師像を見ることができました。
2009年04月19日
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大日寺から地蔵寺までは2k、30分の道のりです。(13:25)地蔵寺に隣接した【五百羅漢】は拝観料が500円かかります。1巡目も通過したのですが、今回も素通りしてしまいました。バチが当たりませんように・・・・・・・。五百羅漢から地蔵寺は目と鼻の先。地蔵寺の裏から境内に入り込み、本堂~大師堂と参拝。大師堂の彫刻の装飾がきれいです。鳳凰、唐獅子、鹿と紅葉。山門には仁王様ではなく、このお二人。山門をよく観察すると『勝軍地蔵大菩薩』の文字がありました。だからお二人は勇ましい姿をしているのだな~と納得。この山門の前で、地元の方々がお接待活動をされていました。“原田トマト”と印刷されたメッセージカード入りのプチトマトです。あとでトマトを頂きましたが、新鮮で甘味があってとても美味しかったです。元気が出たところで、安楽寺へ!(13:45)
2009年04月18日
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金泉寺を出て、板野の町を歩きます。武士の像のある休憩所も見つけました。大師堂、とだけ書いてあるお堂。地図にある導引大師かな。『振袖地蔵』(振袖姿のお地蔵様、別名カヨ地蔵)というのもありました。桜はまだ咲いていませんが、春の息吹はあちこちに見られます。これは紅白の花が一緒に咲いていました。遍路道に『蓮華寺』の本堂と大師堂、ここはちょうど良い休憩所です。お堂の前にアンケートが置いてあって、今回も記入させていただく。1巡目に軒下をお借りして、昼ご飯を食べたのは、ここでした。どんよりした曇り空ではあるけれど、遍路道は菜の花やみかんに飾られ明るい気分にさせてくれます。前回は『愛染院』には立ち寄らなかったので、今回初めてお参りします。本堂の壁には、おびただしい数のワラジが奉納されていました。私もこれから益々健脚になるように、道中膝が痛くなりませんように、とお願い。大師堂もちゃんとあります。愛染院にいた猫たち。山門で挨拶して、大日寺へ向かいます。山門にも大ワラジ。民家の横からへんろ道が続いています。祝日でイベントがあっているようです。ウォーキングの会の人たちが、たくさん駐車場で休憩していました。山門が見えてきます。12:30、【4番:大日寺】に到着。本堂の渡り廊下には数体の仏像が並べられていて、拝観できるようになっています。その中でも綺麗どころは、こちら。なまめかしさが漂います。大日寺のおびんづる様。おびんづる様について珍しく表記してありました。飲んだくれの仏様と思っていましたが、ここでは修行で熱く燃えたぎるサマを赤い姿で表現したと好意的に解釈されています。この注釈も前回は見落としていたようです。
2009年04月17日
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極楽寺からは「これぞへんろ道!」と言いたくなるような、あぜ道を歩きます。れんぎょうとみかんの小道、春らしい色彩です。35分で【3番:金泉寺】の横っちょから境内へたどり着きました。(10:45)段取り良くお参りと納経を済ませ、境内を見物。子安観音の前の球体の中に、黄金色の子供が入っている像があって神秘的な感じです。今から生まれてくるという意味合いなのでしょうか。観音堂も華やか。龍のオブジェ、干支の守り仏、赤い橋。しつこいくらいに『黄金地蔵尊井戸』を覗いて、顔が映ることを再確認。境内にはテントを張った下にベンチが設けられており、ここで小休憩におにぎり1個とバナナを食べていると、夫婦連れのお遍路さんから「もうお昼ご飯?」とひやかされました。「いえ、ほんのおやつです」と言うと、「バナナは完全栄養食だからねぇ、いいよね」と言って行かれました。実は大きなバナナ3本リュックに忍ばせて来たのです。すごく重いけど。食べ終わって、リュックを担ごうとしましたがザックカバーの紐とリュックの紐が絡まってうまく背負えないでジタバタしていると、タバコを吸って休憩していた男性お遍路さんが背負うのを手伝ってくれました。入る時にはくぐらなかった山門を最後に通ります。(11:15)こちらもシンプルな仁王様でした。
2009年04月16日
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霊山寺から徒歩15分で【2番:極楽寺】、仁王門もじっくり拝見します。(9:45)クラシックな仁王像です。さて、手と口を清めるために手水場へ近寄ると、『余裕のある方は上を見てください』と書いてある。思わず見上げると、凝った装飾の天井になっていました。(舞い踊る天女の図)洒落ています。私の好きな感じ。境内に咲いているつつじとお地蔵さんも良い雰囲気。しかし、もう2番からこんな石段だったけ?と記憶をたぐる。長命杉には長生きをお願い、意地悪ばあさんになって生き永らえている予感が、自分でもします。門前の『長寿庵』という遍路用品店(兼納経所)に入りますが、1巡目に私の買物に丁寧に対応してくださった優しいおばさんはいらっしゃいませんでした。元気な女性店員さんが「お弁当買って行ってね、この先食べる店がないから」と熱心に言われます。しかし初日は、用意周到におにぎり持参なのでここで弁当を買う事はありませんでした。外のお茶サーバーで温かいお茶を頂いて、10:10出発。
2009年04月15日
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準備の時間はたっぷりあったはずなのに、結局ドタバタで写経一つしてない。四国地方もうちの近所も天気予報では曇り時々雨、初回と同様また雨の中のスタートかとちょっと気が滅入ります。冬の間は冬眠と称して怠惰な生活をしていたので早起きできるかと心配でしたが、ちゃんと目が覚めて7時前に家を出ました。2巡目も高松行きの高速バスで鳴門西バス停下車。(8:40)バスを降りた私を迎えてくれたのは、雨のしずくに濡れた椿ちゃん。鳴門西PAは整っていて、トイレ休憩の観光客に紛れてトイレに入り白衣着用。杖の袋から金剛杖を取り出し、菅笠も袋から出す。かろうじて傘はささなかったけど、念のためにリュックにだけはザックカバーを付けました。準備完了したら、さっそくどんよりしたへんろ道へ踏み出します。この一般道出口を過ぎれば、さらば俗世、修行の道へ突入です。バス停からも遍路シールが意外とあって、順調に8:55、【1番:霊山寺】に到着しました。1巡目でそそくさと立ち去った札所なので、今回は丁寧にお参り。境内もゆっくり観て回ります。こんな庭園があったのか、と気が付きました。「原爆の火」も前は見落としていた気がします。納経所で納経帳の1ページ目にめでたく初朱印を頂きます。1巡目の納経帳は主人の実家に進呈したので、再びさらの納経帳でスタートです。“歩き遍路ノート”にも記帳しました。本日スタートのお遍路さんの記入は、私の前に2組でしたが、境内ではたくさん見かけたのでこのノートの存在を知らない方もいるのでしょう。しかし、相変わらず団体おへんろさんや観光客が多いので、長居は無用。9:30には霊山寺を出発しました。
2009年04月14日
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桜の花のなかを、思い切り歩くのが夢でした。この春、お大師さんの呼び声がして、また四国を旅する機会に恵まれました。2順目は1.なるべく行ったことのないコースを選ぶ2.なるべく泊まったことのない宿屋を選ぶ3.前回は宿坊を避けたので、今回は宿坊も取りいれてみる4.道々の小さなお堂にも極力お参りをするということを心がけました。そして今まででは最長の区切り打ちとなるので、郵便局に資金を預け入れたり、膝のサポーターを用意したり、あったら嬉しい小物を荷物に加えたり準備をすすめました。ちなみにあったら嬉しい小物とは、「入浴剤」ビジネスホテルのUB(ユニットバス)のときに少しでも心豊かに過ごせるように。疲れもとれるし、気分もリフレッシュできる気がします。「粉末のカフェラッテ」朝ちょっと飲みたい時に、熱湯とお湯のみがあれば即カフェ。「バナナチップス」生のバナナは持ち歩くのに重いし、傷みます。チップスに加工されていれば、軽くて日持ちも良くて、果物が食べたい時にこれでしのげます。「粉末C1000タケダ」「粉末アクエリアス」出がけに宿でお茶をもらうこともできますが、もらえないホテルや施設では飲み水にこの粉末を溶かして飲料を作ります。今回持っていかなくて、あったら嬉しいと思ったものは、「美容マスク」室戸岬のあたりで、連日つける日焼け止めと潮風にあたるせいで、顔がガサガサになりました。パックを二晩続けたら、やっと肌が回復しました。出かける前に、夫に新しいデジカメを買ってもらったので操作が不安でしたが、今までのデジカメの充電器よりはるかに小さい充電器になったのですごく良かったです。荷造りをして体重計で重量を量ったら、リュックが7kと巡礼バッグが2kでした。多分おやつが多すぎ・・・・・。
2009年04月13日
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2年2ヶ月前、初めて徳島へ来てお遍路初日、【2番:極楽寺】門前の『長寿庵』のおばちゃんが紹介してくれた宿【越久田屋】に最後にまた宿泊しました。部屋まで同じA号室。前と同じように車で“御所の里(温泉施設)”に送迎してもらい、帰りにスーパーに寄って食料の買出し。唯一変わったといえば、宿代が値上がりして4,500円(素泊)になってたこと。あと、卓球の四元さんのサインが増えていたこと。リビングで今日から遍路を始めた大阪の24歳の女の子とわいわい夕食を済ませ、以前泊まった時の落書きノートに書いていた自分の遍路への意気込みを読んでげらげらと笑い、Yさんや宿の大将と一緒に談笑していたら・・・。 その宿では歩き遍路が結願したら、宿の白衣に名前と一言をマジックで書き込んでいるのですが、Yさんと私が書き込みをした後で、大阪の女の子が「道に迷ったらどうしよう」と言い出しそんな話題になったころ。 宿の大将が「こんな人もおるんや」と去年の結願した人の白衣を見ながら「レスキューをされて命の大切さがわかりました。色んなことがあったけど皆さんのおかげで無事結願できました」と読み上げる。 ふと名前を見ると○○○○!!! その見覚えのある名前は、去年の秋に膝を傷めながら越えた山中で拾った財布の持ち主でした。 「わ、私この人の財布を窪川の山の中で拾いました!」 一同びっくり。 大将に詳しい話を聞くと、野宿遍路の大学生でやはり遍路で四国へ来て第一日目にこの宿に泊まりスタートしていった。 窪川の五在所の峰を越えようと山に入り、道に迷って斜面を滑落し、動けなくなって自分で携帯電話で110番通報。 警察のヘリコプターで吊り上げられて救助された。 財布をなくしながらも旅を続けて、88番まで到達して、またこの宿に戻り白衣に名前を入れて帰った。 と、こういう話でした。一年間もやもやしていた謎が一気に解決しました。 スッキリ~~~楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、寝る時間。そしてなぜか遍路中で初めて、興奮してなかなか寝付かれない夜でした。一夜明け、朝、ゆっくりとリビングで朝食を食べながらくつろぐ。これから旅立つ人、家に帰る人、なんだか切ない。7:40、晴れた朝の空気中みんなで玄関前で記念撮影後、【霊山寺】へ向かって出発。いい朝です。途中の札所はスルーしたところもあって、3番→2番→1番だけ立ち寄ります。金泉寺の黄金の井戸はとりあえず覗く。改修工事中の赤い橋、以前はどうだったかな。2年前の記憶が甦りつつ、霊山寺に到着。にこやかに出迎えてくださるこの方。参拝しながら「どうですか、私。初めより成長してますか?」と心の中で中でお大師様に問いました。納経所兼売店へ入り、「平成18年のノートお願いします」と売店の人にお願いしました。その人は店の奥からノートを出して来てくれて「ハイ、ご苦労さま」と渡してくれました。9月の欄に私の名前がありました。その上には、神奈川のAちゃんの名前。まだ結願日が未記入のままなので、多分彼女の旅は終わっていないのでしょう。元気かなぁ、またどこかで会いたいです。赤ペンで結願日を記入します。これでやっと、私の仕事が終わった・・・・・。JR坂東駅まで歩くと、初めて見る風景。こんな石柱あったんだ。初日の日は、鳴門西のバス停から歩いたもので、こちら側は未開の地だったのです。初めての坂東駅。12:20の電車で一路、徳島へ。クレメント徳島の地下の惣菜屋さんで、久々に『ぼうぜ寿司』を買いました。いつもは切身でしたが、今回はめでたくお頭付きです。ちょっとグロテスクかも。高速バスの時間が少々あったので、さらに高松名物『揚げぴっぴ』や松山で買ったことのある『雲丹海苔』など徳島以外のものも買い込みました。大阪行きのバスに乗り鳴門大橋を渡る頃、四国を去る寂しさがひしひしと感じられました。でも、これで終わりじゃない。きっと、終わりは始まり・・・・・。
2009年03月14日
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山道は納経所の脇に続いていたので、本堂の前を過ぎて一旦山門へ出て記念撮影。(11:30)本堂。大窪寺のおびんづる様。大師堂。大師堂から鐘楼が見えました。鐘楼の横には巨大な仁王門。本堂の辺りを眺めて意外と小さいお寺かな、と思いましたがこれを見ると広いお寺です。大師堂から戻ると小さいほうの山門が違う角度で見えました。境内には銀杏と紅葉。いつもどおりに参拝し、納経所に行きました。納経所では結願証明書を発行してもらっているお遍路さんもいます。最後のページに筆書きを頂き、私の納経帳はこれで終わりました。大窪寺では感激のあまり、泣けたりする人も、そうでない人も。私はまだこのあと徳島まで歩くという仕事があったので、気が抜けない状態で泣いたりする余裕もありません。まだまだ終わりじゃないという気分です。ベンチでパンを食べたり、回り道の車道を登ってきたお遍路さんたちと話したりして休憩。顔見知りになった丸亀の方は、車道コースを歩いてきたそうですが案外時間がかかったそうです。同じ時間に交流サロンを出発したのに、山越えをしてきた私たちより後に大窪寺に到着しています。大窪寺には杖を納めることも可能(要志納)だそうで、名古屋のYさんは車で来たときは杖を奉納して帰ったよと言っていました。しかし今回はずっと一緒に歩いてきたので、金剛杖に愛着が湧いてみなさん、杖はそのまま連れて帰ることに。大窪寺からは午後のバスで高松へ戻る人、続いて高野山へ参拝しに行く人、歩いて白鳥温泉経由で3番札所に出る人、歩いて10番札所に出る人、などさまざまです。Yさんは、8番に用事があるので寄って帰りたいと言っていました。私が「今日は8番の近くの民宿に泊まりますよ」とおすすめの民宿を教えると早速予約していました。12:25、他のお遍路さん達と挨拶を交わして、大窪寺出発。Yさんが一緒なので心強いです。分岐に注意しながら、緩やかな下りを軽快に歩きました。しっかりした車道なのに、車の通りは少なく閑散とした道。地図にある岩野トンネルの手前に『大月橋』バス停があり、公衆トイレとベンチがありました。ここで一旦トイレ休憩。(14:05)バスの本数は少ないようですが、この休憩所は有り難かったです。日が暮れる前に徳島自動車道を越えたいねと言いながら、単調なアスファルトをぐんぐん歩きます。右手に『犬の墓』の看板。そこらへんに犬の墓があるのか探しましたが、見当たりません。看板から奥に登らないと見えないのでしょうか。諦めてまた歩き出しました。遂に徳島自動車道を越え、切幡寺が見えました。16:00、【10番:切幡寺】の参道までたどり着きました。一周つながったという実感が湧いてきました。ここで宿に電話して車で迎えにきてもらいました。“もう、歩かなくていいよね”と自分に言います。今夜は御所の里の温泉にゆっくり浸かって、旅の疲れを癒したい・・・・。【歩行距離・時間】 計:30.5k 通算41日目ながお路 ~ へんろ交流サロン 6.0k:1時間10分交流サロン ~ 88番:大窪寺 6.3k:2時間45分88番:大窪寺 ~ 切幡寺前 18.2k:3時間30分
2009年03月13日
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