耳をすまして

耳をすまして

Thailand(1)パバナプ寺

Thailand(1)  ~Wat Phra Bhat Nam Phu ~



※※ 2002.3 大学の卒業旅行に3週間タイへ行ってきました。
あまりに衝撃的な旅となり、
帰国後、友人に旅報告のメールを送りました。
ひとまずそのときのメールからの抜粋です。


(注)文中に使用されているデータは2002.3時点のものです。
また、ボランティア等に対する意見は、全く私個人の意見です。ご了承ください。






突然一方的なたびの報告。
タイでの貴重な体験を一人だけじゃなく、
多くの人と共有したいから。





当初、タイ・ラオス・ベトナム参加国を回る
貧乏観光旅行の予定だったのですが
結果的には、タイの一国、
しかも二つの小さな町に
ずっと滞在してきました。

<パバナプ寺>

バンコクにつき、早速向かったのが
バンコクから北に車で2時間ほどの
“ロッブリー”という小さな町。

目的は、“パバナプ寺”を見に行くこと。

このパバナプ寺のことは
1年位前からインターネットでみつけ、
是非いつか訪れてみたいと 思っていました。





ここはエイズの末期患者を受け入れ、
安らかな死を迎えさせてあげようという”お寺”です。

1992年に7床で始まったホスピス的受け入れは、
10年経った今、300人の エイズ患者を抱える
大きな規模のものになりました。

寄付金もかなり集まってきているようで、
私が想像していたこじんまりとした”お寺”
という感は全くなく、
敷地面積もかなりあります。

とりあえず見学させてもらい、
できるようであれば、
4・5日ボランティアさせて頂こうと考えながら、
アポなしで行ってみたんですが、
その現場(現状)を一目見て
私と、一緒に旅していた友達は
ここに時間をかけてしばらく滞在すべきだ!
という合意に達し、
約2週間のボランティア生活が始まりました。


tra5


病院の前で。
この頃は2階までしか使われていなかった。
人でが足りないことと、設備がまかないきれていないといっていたけれど、
今はどうなっているだろう。






<ボランティアについて>

まず、ここでのボランティアについて。

ここからは私の意見ですので、
反論を持つ人もたくさんいると思いますが、
こんな考えもあるんだ、という程度に読んで頂ければと思います。

ここでのボランティアは、
日本での組織化し、
一部でファッション化しつつあるボランティアとは全く別のものです。

志願者という本来の意味が
ぴったり当てはまるものだと思います。

個人の意思というものがほぼ完全に尊重されています。
まず、私たちがボランティアしたいというと、
「どうぞ。」
とひとこと。

でも、詳しい説明やミーティングが一切ありません。

これをしてくれ、
何時から何時間で働いてくれ、
休憩は何時に取ってくれ、
といった類のものも全く言われません。

エイズ患者を相手にしているのだから、
安全面の注意ぐらいあるんじゃ?
と思ったのですが、
そういった類のものも全くないんです。

私は日本やアメリカで
ホームレスシェルターでのお手伝いなど
いくつかボランティアと呼ばれるものを
やってきました。
たいていの場合、その組織化されたやり方や、
ボランティアといいつつ利を求めようとしているところ、
偽善的な一面等に、
100%納得できないでいることが
しばしばありました。

でも、ここでの“Volunteer”は、
責任や偽善と言ったものを
一切感じることがないんです。

どうして?

ボランティアの個人がとっても尊重されているからです。

3月の時点では、
300人の患者に対し、
オランダ人ボランティアが7人、
日本人 1 人、
そして私と友人でした。

オランダ人の彼らは今6週目で、
後3週間で帰るということでした。

日本人の女性(この人がすばらしい!ミツコさんといいます。)は
もう半年以上になるんだけど、
5月でいったんやめるそうです。

そして私たち2人も帰国しました。

つまり、
このまま誰も新しい人がいなければ、
5月にはボランティアが一人もいなくなります。

にもかかわらず、
個人の尊重されたここのやり方では、
くるもの拒まず去るもの追わずの精神で、
ボランティアがいなくなることを
気にしていません。

いなければ、
それもよし。
それで、ここの経営が成り立たなくなれば
それも仕方ない。
そしてここがつぶれてしまっても、
それもしかたない。
仏教の考えが影響しているせいもありますが、
こんな感じです。

これを日本のボランティアに
そのまま当てはめることは無理だと思いますが、
ボランティアに興味のある皆さん、
是非一度ここへ足を運んで体験してみることを
お勧めします。


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ある程度体調をコントロールでき、自力で生活できる人達は、
こういった一人一人の部屋に住んでいる







<人々>

ここで生活している人々について。
先ほどは、説明上“患者”と言う言葉を使いましたが、
パバナプ寺にいたときは
患者と言う言葉は
ほとんど使いませんでした。
なぜか?
それは、私が医者でも看護婦でもないから。

そして彼らは患者と言うより、
“友達“
という印象を強く抱いたから。

だから、ここでも“彼ら”と呼ぶ事にします。

このホスピスに入れるのは、
HIVが発症してエイズと呼ばれる段階になった人のみ。

つまり、現状では死を待つより他のない人。





現在(2002.3)タイのエイズ感染者は
公式には100万
(国民55人に一人の割合)
(実際は確実にもっと多い)で、
世界で4番目。
5年後には10人に一人の感染割合になるだろうと
いわれています。

これは、
毎時間9人が
エイズで死んでいっていることを
示しているそうです。

ホスピスでも、私がいたいたころは
特に気候も悪くなく、
体に負担のかからない時期だったにもかかわらず、
やはり、2日に1人は亡くなっていました。

現在300から400床のベットが
使われていますが、
ここへの受け入れ待ちのwaiting listにはなんと、
常時1万人以上の人が名を連ねています。

彼らの多くは家族に見放された人たちです。

原則として
ホスピスにエイズの人を預けた家族は、
月一回は
面会にくるようになっているのですが、
多くの家族は預けたらそれっきり、
死亡の連絡が入るまで
音沙汰が無いようです。

それどころか、
死亡の連絡をしても連絡がつかず、
引き取り手のない骨が
山のようにホスピス内の一室に積んであり、

最近はそのスペースが尽きてきたので、
石臼のようなもので骨を砕き、
粉末状にして保管し、
可能性のかなり薄い家族からの連絡を
待っています。

その部屋を見せてもらったのですが、
若い女の人が一人
もくもくと臼を回していました。

とてもいやな音がしていました。

でも彼女は、
ラジカセでロックを聞きながら作業していたと言う、
なんとも奇妙な光景でした。

ボランティアがすることは、
主にマッサージ。
あとは、紙おむつを換えたり、
体を拭いてあげたり、
ひげを剃ってあげたり、
車椅子で散歩に連れ出したり、
と言った身の回りのお手伝い。

タイ語なんてほとんどわからなかったけど、
ジェスチャーや目と目のコミュニケー ション、
そして笑顔でなんとかなる! (^^)
一日の内大半はマッサージ。

一応感染を防ぐため
(HIV感染を防ぐためと言うよりもむしろ、
エイズで抵抗力が落ちて
いろんな皮膚病や結核等にかかっているので、
その感染を防ぐために。)
マスクと手袋をしてマッサージ。

彼らは本当によろこんでくれる。

歌を歌いながら、
おしゃべりしながら、
冗談言い合いながらマッサージ。
その時間が、
彼らにとっても幸せな時間みたい。

私にとってもとても貴重な幸せな時間。
痛い? 
気持ちいい? 
とかの簡単なタイ語でコミュニケーション。

一日マッサージをやると、
帰る時はかなり疲れてるんだけど、
それとは裏腹に
心の中はすごく幸せ。

彼らを少しでも元気付けられればいいな、と思って始めたのに、
私の方が彼らに元気をもらって、癒されてる。

“彼ら”のなかにも様々な人がいる。

本当に病人??
ッていうぐらい明るいおじちゃんや
面白いおばちゃん。

自分から感染の注意を促してくれたり、
休憩してるのか?ご飯は食べたのか?
っていつも気を使ってくれる
やさしいおじちゃん。

ほとんど皮と骨だけの体で、
いつも静かに寝てるだけのお母さん。

マッサージをすると気持ちよくなって突然寝るから、
あたしはいつも、
“うそ!
死んじゃったの!?”
ってあせらされたおじさん。(まじで。)

日本語の話せる
背の高いゲイのおにーさん。

さっきまでめちゃめちゃ元気だったのに、
私達を見かけるとすぐ
つらそうな振りして、
マッサージしてーーって
お願いしてくる憎めない
元ムエタイ(タイの国技)選手。

昼食のデザートを取っておいて、
食べるか?
って分けてくれるおじちゃん。

おもしろいことに、
この小さなコミュニティの中でも
貧富の差がある。

いろんな人がいるし、
これは人によって感じ方が大きく違うと思うから
一概には言えないけど、
私はこの場所が好き。

彼らは私に元気を与え、
自分達の身を持って、
人間とはなにか。
生とは、
死とはなにか、
を私に教えてくれた。





<生/死>

あれほど、目の前で
人間の死への数日を
見ることはめったにないと思う。

マッサージをしていても、
日に日にやせ衰えていくのがよくわかる。

“死”とは何か。

これは私にとって、
この旅の一番のテーマだったのだけど、
行く前と、今とでは
考えが大きく変わりました。

この旅に出る前は、
“死”は私にとって別世界のもの。

全くピンとこないし、
だから恐怖も感じなかった。

日常とはかけ離れた、
特別なものと考えていた。

でも、今は違う。

今も死に対して恐怖は感じないけれど、
考え方は全く違う。

“死”とは、全く特別なものではない。

常に私の隣にあり、
生と死とは一直線上にあるもの。
その間に段差も、境もない。





パバナプ寺でたくさんの人が亡くなり、
日本に帰ってきてからも
残ってる ボランティアの人から、

“あの人が亡くなりました”

というメールをしばしばもらう。

ホスピスの中では
ベットのすぐ近くに棺おけが積んであり、
敷地内の葬祭所では
係りの人が冗談を言い合いながら、
普通のごみでも焼くかのように
遺体を焼いている。

開いたベットには
その日のうちか、
次の日には新しい人が入ってくる。

朝お寺に着いた私達に、
隣のベットの人が夜亡くなった事を
普通の事のように
教えてくれる。

彼らは“死”がどういうものかを、
身をもって伝えてくれる。





パバナプ寺の事は
まだまだたくさん
伝えたい事があるんだけど、
時間と字数上、
これぐらいにしておきます。

興味が湧いた人は、
ほんと一度足を運んでみては??
私もまた時間とお金が取れ次第、訪れたいと思っています。





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