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2006.07.21
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カテゴリ: もの思う
先日、TVでスピリチュアル・カウンセラーの
江原啓之氏が、

反感や反発を抱く相手というのは、

自分自身の写し鏡
なんですよ」

と話しているのを聞いて、

ああ、確かにそうだなぁ

と思った。
氏が霊能者だからとか、スピリチュアル的にこうだ、
ということは関係なく、
人の心の働き って、そういうものだなと。



舅姑さんと同居しているお母さん

子どもを放ったらかしにしている親


に対して非常に厳しい――と、自覚した。

そのルーツをたどれば、
このふたつはどちらも、私の実母を指すんだけど。
そして、私自身はその真逆。

その時々、近所の友人達に助けてもらうことはあった。
感謝も尽きない。
が、結局は、舅姑の助けは一切なく、
4人の子を ダンナと2人きりで必死に育ててきた
(もちろん、私の必死感は、子育てが成功しているか
どうかとは、決してイコールじゃない)。

舅・姑さんと同居しているか、

生活や子育てを、恒常的に助けてもらえる友人は、
常に私の周りにいる。
大勢いる。
姑さん達も、それが第二の人生とばかりに、
積極的にしてくれる人達も、大勢見てきた。

ものすごく、ものすごく羨ましかった。
今だって羨ましい。



家の用事かに関係なく、まず最初に考えるのは、

それは、赤ん坊を両手に抱えてても出来るか
乳幼児数人を連れて参加できるのか


すると 100のうち99は、答えはNO だ。
だから、私は色んな事を、その都度その都度
諦めてきた
子ども達に対しても、

「それは、まだかあちゃんが送り迎えを
してあげられないから、させてあげられないよ。
ウチでは無理だよ」

といった理由で、 さまざまなことを諦めさせてきた
だから、ウチの子達は、英会話だのスイミングだの
塾だのといった、今風の“お稽古事”は、
ほとんど経験したことがないし、
そういう意味では、全く世間に疎い。
可哀想、不憫と何度思ったかしれないけど、
他にどうしようもないから、私自身も
「子どもには、こうしかしてやれないんだ」
と、 諦める(思い切る、割り切る)より他ない

私は、自ら積極的に子育てしてきた自負はある。
だから、“諦め”が山ほどあっても、
『子育てって、そういうものさ』
と、わりあい後を引かずに諦められたと思う。
が、この13年間が、全くバラ色の時間だったかと
言えば、絶対そんなことはない。

今、これを書いている時にも、昔の
諦めた自分を不憫に思え、涙が出てくる。
その場その場では、潔く諦めたつもりでも、
やっぱり、心のどこか奥底には、

諦めきれない思い

諦めた悔しさ

が、ずっとずっとくすぶっているのだ。


だから。
ふだん舅姑さんに、子どもを預かってもらったり、
送迎してもらったり、家族の食事を作ってもらったり。
そういうお世話をもらってるから、
PTAの会合や子どものお稽古事や
自分の仕事や趣味事などで、
私なんかよりずっと自由に家を空けられるのに
それなのに、舅姑さんの悪口を外で平気で言ったり、
感謝の気持ちを感じられない人 を見ると、
ものすごくカッとなって、怒鳴りたくなるのだ。

自分が、子どもができるような真似をしておいて、
自らの選択で産んでおいて、
やれイライラしただの面倒くさいだの、
子どもが言う通りに動かないだの、
そんな ワガママな理由 で子どもを嫌ったり虐待したり。
子どもの趣味やお稽古事とか、
自分が気に入ったことにはせっせとつきあっても、
子どもが本当にほしい 愛情を求めている時には
気配を察して、 するりするりと逃げる
そんな自分本位の子育てをしているくせに、
一生懸命子どもに関わってると思い込んでる親を見ると、
はらわたが煮えくり返って、ぶん殴りたくなるのだ。

そして、そうやって一人でカッカポッポするたびに、

「あの人達に、私のしてきたような子育ては
できやしないさ」


と、自分が勝ったように思うことで気を鎮める。

そういう自分が、とてもみじめだ。

私も、頭ではわかっているのだ。

同居が、いいことばかりじゃないとは。
そして、同居がうまくいっている人には、
いっている人なりの 家族観や節度、努力 があって
うまくいってるのであって、決してラッキーや
偶然なんかで助けてもらえてるわけじゃない、って。

あるいは、その場ではネグレクトや虐待に見える行ないも、
自分だって日常、いくらでもやってきている。
ストレスに溺れてしまって、自分を見失うなんて、
子育てしてれば、誰だってあることは、
私自身が身をもって体験していることだ


私は、本当は、誰も批難する資格なんかない。


でも、私の心の奥底に眠る悔しさや羨み、
妬みをつつく存在を見聞きすると、
私の中の 阿修羅 が目覚めるのだ。

まだまだだな、自分。





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Last updated  2006.07.21 09:41:20
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Re:批難したい相手(07/21)  
八代の大工  さん
久々に組長の心の叫びを聞いたような感じです。頭じゃ分かっていてもどうしようもないことは多々あります。
子育てに関して言えば、我家は娘ふたりですし、長女がカナダで生まれたときは失業中でしたのでゆっくり付き合うことが出来ました。今日も、娘二人の足として送迎係りです。子供と過ごせる時間は実は短いんですよね。だから、我家はこのスタイルでいいんだと納得しています。
それにしても、親の世代は食糧難や戦争でたいへんだったと思いますけど、7,8人兄弟って普通ですもんね。途中で病死や戦死したり。それを乗り越えて生きてきたというか受け入れてきたというか。今はこれほど不自由が無いのに子供が幸せな環境なのかどうか考えてしまいます。
まとまりつかなくなってすみません。 (2006.07.21 09:56:17)

Re[1]:批難したい相手(07/21)  
八代の大工さん
>久々に組長の心の叫びを聞いたような感じです。頭じゃ分かっていてもどうしようもないことは多々あります。

はい、久々に吼えてみました。
見聞きするニュースも、私の近辺で聞く話も、実の父・実の母が我が子をほったらかしたり殺したり、高齢の姑が中年の嫁を襲ったり、嫁が舅にケンカ売ったり――実は、私には直接何の危害もないのに、話を聞くだけでイライラして憤ってました。そこへ、江原氏の言葉でした。

>子育てに関して言えば、我家は娘ふたりですし、長女がカナダで生まれたときは失業中でしたのでゆっくり付き合うことが出来ました。今日も、娘二人の足として送迎係りです。子供と過ごせる時間は実は短いんですよね。だから、我家はこのスタイルでいいんだと納得しています。

私も、ふだん自分達のスタイルは気に入ってるんですが、子どものことを心配せずに家を空けられる人を見ると、ないものねだりで羨ましがります。
やっぱり、私は今までが大変で辛かったんでしょうね、まだその自覚はないんですけど。

>それにしても、親の世代は食糧難や戦争でたいへんだったと思いますけど、7,8人兄弟って普通ですもんね。途中で病死や戦死したり。それを乗り越えて生きてきたというか受け入れてきたというか。今はこれほど不自由が無いのに子供が幸せな環境なのかどうか考えてしまいます。
>まとまりつかなくなってすみません。
-----
過去の教訓があまり活きておらず、親の時代も今の時代も、何か大事なものが欠落している、って感じがします。
せめて、私がババアになった暁には、孫に対してというより、孫を育てる親達(私の子ども達ですよね)に対して、賢いババア賢い姑になっていたいです。
今どきの姑みたいに、育児の肩代わりは、絶対にしてやらないけど(笑)。 (2006.07.21 14:16:35)

Re:批難したい相手(07/21)  
ないものねだりは無くせませんね、いつまでたっても。
私は自分勝手が理由で子供が小さい頃は色々苦しい思いをしました。
24時間子供に縛られる(と言う発想になってしまう)と言うのは本当に大変なことです。
ましてや4人の子供達を2人で見て、ご主人が仕事の時はあっささん1人にゆだねられるんですから!

今の精神状態でも小さい子供を育てるのはきっと大変だろうに、ましてやオシリの青い子供が子育てをしているようなものでいつも不満を抱えていました。
幸い、同市や隣町に親がいたので時々は見てもらうこともありましたがそれでも私も色々諦めました。
(きっとあっささんの比じゃないだろうけど、汗)

でもその時期があってきっと今があると思います。
私も賢いババアになりたいです。
江原氏の言葉、心に留めておかないといけませんね。
(2006.07.21 15:33:12)

Re[1]:批難したい相手(07/21)  
ぴかぴかアフロさん
>ないものねだりは無くせませんね、いつまでたっても。

そうなんです。

>私は自分勝手が理由で子供が小さい頃は色々苦しい思いをしました。24時間子供に縛られる(と言う発想になってしまう)と言うのは本当に大変なことです。ましてや4人の子供達を2人で見て、ご主人が仕事の時はあっささん1人にゆだねられるんですから!

私も何度“縛られる”という発想になって苦しくなったかしれません。それを子どもに言ってしまってはお終いだ、と必死に口をつぐんだのが、私のせめてもの理性だったように思います。

>今の精神状態でも小さい子供を育てるのはきっと大変だろうに、ましてやオシリの青い子供が子育てをしているようなものでいつも不満を抱えていました。幸い、同市や隣町に親がいたので時々は見てもらうこともありましたがそれでも私も色々諦めました。(きっとあっささんの比じゃないだろうけど、汗)

おっしゃる通りなんですよね。親の助けがあろうがなかろうが、子育ては『子ども本位』なのだから、親は必ず、それまで自由に楽しめた何かを犠牲にしているものなんですよね。
でも、自分が苦しい時は、自分だけが苦しいような気になってしまって、周りが見えなくなってるんですよね。

>でもその時期があってきっと今があると思います。私も賢いババアになりたいです。江原氏の言葉、心に留めておかないといけませんね。
-----
私も、この13年間という時間は、随分私を鍛えてくれたと思います。
でも、自分が何とかしのいでこれたからと言って、今、赤ちゃんを育てている人やこれから子育てをしようという人を、
「そんなことぐらいで弱音を吐くな!私の時は、そんなもんじゃなかったよ!」
などと批難する、思いやりのかけらもないオババには、なりたくないなぁと、自分の中の阿修羅を見つけて、ちょっと戒めたのでした。 (2006.07.21 20:45:36)

あづちゃん、ええ母ちゃんやわ  
すぎちゃん さん
おれも、あづちゃんの子供で生まれてきたかったな!
いやか?あづちゃん! (2006.07.22 12:12:01)

Re:あづちゃん、ええ母ちゃんやわ(07/21)  
すぎちゃんさん
>おれも、あづちゃんの子供で生まれてきたかったな!

ありがとう。
そう言ってもらえることが、私にとっては一番の励ましだよ~。
ほんと、ありがとう。

>いやか?あづちゃん!

ただ、すぎちゃんを産むのって、どうよ?(笑)
まぁ、アレだな。私は今度死んだら、結構長く魂だけでぶ~らぶ~らしてたいんだけど、そのうち生まれ変わろうかとは思ってんのよ。その時は、南の漁村に生まれて、医者か助産婦みたいな人になって、そんで3人ぐらい子どもを産もうかと思ってるのさ。
その時、すぎちゃん、私の子どもで生まれてくる?
デキは悪くてもいいよ、丈夫で長生きさえしてくれれば。
3番目に息子として生まれてきたら、一番甘やかされて得かもよ(笑)。

(2006.07.22 13:41:36)

Re:批難したい相手(07/21)  
だらまま さん
同居してます私・・・・。

確かに義父母には子供の送り迎えや食事はお世話になっていましたが、世間の孫育てを喜んでしてもらってる状態ではなかったのですね。必要最小限のことだけ。私も負い目を感じながらの共働きで義父母に対しても子供に対しても罪悪感を持ちながらの毎日でした。もちろん、義父母の手前もあるからほとんどのことは諦めてました。スイミングやほかのお稽古の送迎なんて、とても頼めない・・。辛くて泣いたことも数知れず・・・・。

そんな私が自分を解放できるようになったのは、気持ちが病んでからです。コレではどうにもならないなぁって気づいたからですね。

核家族のお母さんも本当に大変だと思います。でも、同居もやっぱり大変なんですよねぇ。それぞれの立場立場があるので何とも言えませんけど。

言えることは、子供も義父母も随分私の精神を鍛えてくれたと言うことでしょうか。祖母の介護も経験したし、同居は実り多いものであったのかもしれません。って、ワケがわからない内容ですみません!

(2006.07.24 16:03:07)

Re[1]:批難したい相手(07/21)  
だらままさん
>同居してます私・・・・。
>確かに義父母には子供の送り迎えや食事はお世話になっていましたが、世間の孫育てを喜んでしてもらってる状態ではなかったのですね。必要最小限のことだけ。私も負い目を感じながらの共働きで義父母に対しても子供に対しても罪悪感を持ちながらの毎日でした。もちろん、義父母の手前もあるからほとんどのことは諦めてました。スイミングやほかのお稽古の送迎なんて、とても頼めない・・。辛くて泣いたことも数知れず・・・・。
>そんな私が自分を解放できるようになったのは、気持ちが病んでからです。コレではどうにもならないなぁって気づいたからですね。
>核家族のお母さんも本当に大変だと思います。でも、同居もやっぱり大変なんですよねぇ。それぞれの立場立場があるので何とも言えませんけど。
>言えることは、子供も義父母も随分私の精神を鍛えてくれたと言うことでしょうか。祖母の介護も経験したし、同居は実り多いものであったのかもしれません。って、ワケがわからない内容ですみません!
-----
同居・別居と自分でひと括りに書いておきながら、ですが、家庭はひとつひとつ違って、ひとつとして同じものはないのだから、それぞれの良さも辛さも、やっぱり、ひとつとして同じものなどないんですよね。
だから、よそ様と比べて、私の方が苦しいとか楽だとか思うこと自体、無意味。
……と、頭ではわかっていながら、『隣りの芝生の青さ』にばかり目が行くのは、ヒトとしての性かもしれないですが、できることなら乗り越えたい、と思うわけです。
それには、自分自身の幸せに目も向けて、あれも幸せ、これも幸せと幸せを数えていくのがいいんじゃないかな、と……ま、これも頭ではわかってるのに、ってことなんですけどね(笑)。 (2006.07.24 18:07:35)

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