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いつか見た青空
私的中学受験体験記
カブの中学受験記
人生はイバラの道と言うけれど
本当に険しい道だった小学生時代。
唯一、楽しかった思い出は
初恋の女の子と一緒に遊んだ昼休みの時間・・・・
だいぶ昔の事なので記憶があまり定かじゃないのですが
ボチボチと自分の中学受験体験などを綴っていきたいと思います。
もう2●年以上も前の事なので、記憶が正確じゃない部分もありますけど
そこのところは御容赦くださいませ・・・
プロローグ
イトコが国立大の附属中学へ合格したのを契機に我が家の受験狂走曲は幕を開けた。
すっかり親戚の口車に乗せられたウチの親から勧められるまま、
自分は某進学教室の入会テストを受験した。
その教室へ入会するためのステップがスゴイ!
まず入会テストへ合格するために入会テストの受験対策をしている塾へ入った。
塾に入るための塾へ通うなんて・・・ほとんどギャグですね。(笑)
もっとも本当に頭がイイ子は塾へ通わなくても合格できちゃうんだろうけど・・・
そんな努力の甲斐もあってか、入会テストには首尾よく合格して
とりあえずは中学受験へのスタートラインに立つ事ができた。
その進学教室は今のシステムと異なり、日曜日のテスト教室が主体で
テストの成績で都内に点在した各教室へ振り分けられるというシステムだった。
だからテストの成績によって、各教室をジプシーの様に彷徨ったものだ。
もっとも、成績のいい子は同じ教室だったんだろうけどね。
でも、それが結構いい気分転換になったなぁ・・・(笑)
楽しかったよ。電車であちこち行けて。はははは
今は、どうなんだろうか?
校舎も会場によっては大学の校舎を借りていたと思う。よく思い出せないや
風だ 光だ 明るい窓だ。
集う笑顔の学び舎だ。
私達は僕達は 手に手をつなぎ 羽ばたく小鳥~♪
当時の東京の中学受験事情は、まだ今ほど受験が過熱していなかったけど
やっぱり国立では筑駒が最難関で
私立では開成・麻布・武蔵が御三家って呼ばれていた。
だから今と、そんなに変わらないよね。
都立高校では学校群制度が導入されていたので
かつて高い進学実績を誇っていたらしい旧ナンバースクールの
日比谷・両国・小石川といった名門都立高も
国・私立の中高一貫校に大きく水を開けられてしまっていた。
都立高の学校間格差を無くすという学校群導入の理念は素晴らしい事だったのかもしれないが、
義務教育では無い高校教育にまで格差の是正が果たして必要だったのか?疑問に思う。
ちなみに現在は学校群制度が廃止されて
都立復権の為の様々な取り組みがなされているけど
これからは再び都立の時代が来るのかな・・・・
両国・小石川が中高一貫校に変わるっていうしね。
自分が中学受験した頃に実施された、某大学の合格者高校別ランキング。
(都立が1校も入っていません。)
昭和5●年度
【1】灘(兵庫) 【2】開成(東京) 【3】国立筑波大学附属駒場(東京)
【4】国立東京学芸大学教育学部附属(東京) 【5】ラ・サール(鹿児島)
【6】麻布(東京)
これは日比谷潰しといわれた学校群制度導入前のある年のランキング。
(なんと1位から6位までがオール都立。都立全盛期の頃ですね。)
昭和3●年度
【1】都立日比谷(東京) 【2】都立新宿(東京) 【3】都立小石川(東京)
【4】都立西(東京) 【5】都立戸山(東京) 【6】都立両国(東京)
とりあえずは志望校だけどウチの親も自分の子供の能力は、わかっていたらしく
上に挙げた超難関中学は最初から選択肢には無かったんだけど(妥当な判断だね・笑)
イトコと同じ中学が、いいんじゃないかと言っていた。
なんといっても国立の中学は授業料がタダだからね。
それから、しばらくして父親に地方への転勤が発令された。
この転勤を巡って両親は連日、夜遅くまでケンカしてたな。ぎゃははは
『単身赴任で行け』母VS『家族一緒じゃないきゃダメだ』父
後年、母いわく
『やっぱり、あの時、単身赴任で行ってもらえばよかった』とポツリ。(爆笑)
公立王国
その地方は典型的な公立王国で旧制中学からの流れをくむ公立高が
国立大学に多数の合格者を輩出していたんだけど
その中で異色の存在だったのが私立の中高一貫校で
寮があった同校は広範囲から優秀な受験生を集めていた。
とは言っても、やっぱり自宅から通える地元出身の生徒も多く
市内の小学校からも、かなり入学者がいたように思う。
自分が転入した小学校は旧市街地にある歴史が古い小学校で
毎年、数名の卒業生がコンスタントに、その私立一貫校へ合格していた。
テスト教室入会
こういう状況だったので東京と異なり中学受験に向けた塾は数が限られており
自分は親が探してきた東京資本のテスト教室の入会テストを受ける事になった。
このテスト教室は毎週日曜日にテストをおこない
そのテストの解説を中心に授業を進めるという形式をとっていた。
下の図において、ADとBC、CDとGEはそれぞれ平行で、AE=EDです。
四角形ABFEの面積が48cm2、三角形BGFの面積が50cm2のとき、
次の問いに答えなさい。
(1)四角形CDFGの面積を求めなさい。
(2)EF:FGを求めなさい。
とりあえず入会テストに合格して毎週日曜日は
市内の中心部にあった教室へ通う事になった。
東京に住んでいた時に通っていた進学教室ではオリジナル教材を使って
生徒にある程度の自学自習を励行させるという方式だったけど
このテスト教室は結構、スパルタ方式だった。
といっても教師に殴られるとか、そういうものではなくて
学習量が、とにかく膨大だった。
山ほどの教材を自分の家で予習して、
毎週日曜日のテストに備えるんだけど
テスト教室からは毎日、自宅で早朝からの勉強が義務付けられていたので
早起きをして学校へ行くまでの、しばしの時間、勉強に励んでいた。
夏休みには合宿もあったしな。
朝から晩まで宿泊施設へ缶詰にされて勉強をするんだよ。
ある意味、今の時代の進学塾よりハードだったかも・・・(笑)
そんな事、1年も繰り返していればイヤでも成績は上がるよね。
おかげさまでテスト教室へ入会した時は下の方の成績だった自分も
ようやく私立一貫校が射程距離に入ってきた。
そして受験
年が明けて6年生の1月。
自分の通う小学校からは自分も含めて3人が私立一貫校を受ける事になった。
1人は児童会長、もう1人は開業医の息子、そして自分。
ちなみに前年は3名が自分の小学校から合格していたから
今年も大丈夫だな!となぜか早合点していた。笑
ところが運の悪い事に、その年はインフルエンザが大流行してしまって
自分も受験前日から40℃近い熱が出てしまった。
とりあえずはタクシーで学校まで行って試験を受けるだけは受けたけど
試験中は考えが全然まとまらなくて、これはもうダメだなと思った。
それにしても、なんでワザワザこんな寒い時期に試験をやるんだろうか・・・
11月頃でも、いいと思うんだけどなぁ
結果は予想通り不合格。結局、その年は児童会長しか合格しなかった。
当時、市内の公立中学へ通う生徒は頭を丸刈りにしなければ行けなかったので
公立中学に進学する事になった自分は
小学校の卒業式のあとに、床屋さんで頭を丸刈りにしてもらった。
バリカンで頭を刈られている時に涙が出てきた。
床屋さんのマスターが『そんなに丸刈りになるのがイヤなのか!?
でも、しょうがないよな。規則だから・・・』と慰めてくれた。ははははは・・(笑)
そして4月。僕は地元の公立中学へ入学した。
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