Island Delphinus

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長男誕生まで~その1~


初めての妊娠がわかりました。旦那と子どもが欲しいね、と言っていたときだったのですごく嬉しかった。病院に行って予定日を聞く。その日は、2003年6月4日。

2002年11月~2003年1月
つわりも軽くてすみ、妊娠経過も順調。里帰り出産を希望していたので、1度実家に帰り病院を決めました。友達にも会いリフレッシュ。この時は、まさかこの後辛い妊娠生活が待っているとは思っていませんでした。

2003年2月
実家から帰ってすぐに「おなかが張っている」と言われる。でも、先生にも大丈夫だと言われていたので、私もすっかり安心していました。ですがその2週間後の健診で「子宮口が開きかけている」と言われて絶対安静状態に。

2003年3月
自宅安静していたにもかかわらず子宮口がまた開いてしまったので「切迫早産」のため「入院」。ウテメリンを点滴して早産を抑えることに。しばらく病院で落ち着いていたので、そろそろ自宅に帰っても良いかな?と先生に言われた翌日の健診で子宮口がまた開いてしまっているのが発覚。更に軽い陣痛があることがNSTでわかりました。そのとき29週。離島では(ここの病院では)、34週未満で生まれた赤ちゃんはは生きることができない。そこで、本土の病院にヘリで搬送されることを選びました。

2003年3月末
都内のある病院にERで搬送。今日出産になるかも知れない、と言う覚悟と、まだ産みたくないというごちゃごちゃな気持ちの中検査は続く。結局、何とか持ちこらえることができたのでそのまま都内の病院に入院することになりました。
都内の病院では、前の病院でやらなかった数々の検査があり、そこで私の切迫早産の理由は子宮の感染症であることがわかりました。そのため、抗生物質&ウテメリンを投与。おなかの張りもおさまり始めて少しずつ安心感が強まっていきました。

2003年4月
病院から見ていた桜も散り、ウテメリンの量も減ってきたため、担当医の方と「そろそろ実家の方の病院に行っても良いかな?」と話していました。旦那にももちろん報告(^^)。嬉しそうでした。胎動も激しくなってきてそのたびに「おなかが張りませんように」と祈る日々でしたが、私も実家の方の病院に行って安心したいという気持ちでいっぱいでした。

2003年4月14日
いつものように朝のNST。張りはそんなになかったのだけれど、その少ない張りがあるときに、赤ちゃんの心拍が異常に下がったのが気になりました。担当の先生がお休みのため、他の先生がエコーで赤ちゃんの状態を確認。そうしたら…。
「臍の緒が首に2回巻き付いて赤ちゃんの首を絞めてます」とのこと。
…ショックでした。どうしてこうなってしまったのか。私が急ぎすぎたのか。無理をしてしまったのか。いろいろ、いろいろ考えました。一旦病室に戻ったのですが、すぐに先生がやってきて「赤ちゃんもこの状態だし、子宮の状態も良くないので今日産みましょう」と言うことに。更に「臍の緒が首に巻き付いているので帝王切開になります」とも言われました。

どうして、どうして、どうして…。


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