なまけいぬの、お茶うけをひとつ。  

なまけいぬの、お茶うけをひとつ。  

2006年11月16日
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カテゴリ: 楽園に吼える豹
本部に戻ったアスカは、既に連絡を受けていた職員によって、応接室に案内された。

本部は全体的に色調が白っぽく無機質なのに、その部屋だけは場違いなくらいにさまざまな色で満ちている。

名も知らない画家の描いた絵。年季のある時計。上等のテーブル、ソファー。
細かい刺繍が施された絨毯。客の目を和ませるための花まで生けてある。
ここだけわざとらしいくらいに生き物の息吹が感じられて、アスカは逆に落ち着かなくなった。

が、それも少しの間のことだった。
部屋に橘とユキヒロが入ってきた時点で、部屋の違和感などどこかへ飛んでいってしまった。

「ポチ! 大丈夫なのか!?」

入院したと聞かされていたユキヒロが前触れもなく現れたものだから、アスカは驚いた。



ユキヒロは笑ってそう言ったが、幾分まだ顔色が悪い。そして首には絆創膏が貼ってある。
あの吸血鬼の噛み跡のような傷がまだ消えないのだろう。

橘も心配そうな面持ちで彼を見ている。

「君ら二人から事情を聞くように言われてるものだから……ごめんね」

「―――で? 何を話せばいいんだ?」

ユキヒロの体調が万全ではないことを考えると、長話もしてられないだろう。
アスカは単刀直入に聞いた。
もっとも、彼女が奥歯に物の挟まったような聞き方をすることは殆ど滅多にない。

「そうだね……とりあえず、トゥーリアで起きたことを一通り話してくれる?」

トゥーリアでの一連の事件は、帰国後すぐに国防総省に一応の報告を済ませた。
だが、これを機に事件を整理しておくのも悪くない。






十五分後。事のあらましを伝え終わったアスカは、目の前に座る男を呆れた目で見ていた。
ユキヒロまで苦笑いしている。

「何となくこうなる予感はしてたけどよ、それはオーバーリアクションじゃねえか? さすがに」

アスカをここまで呆れさせる男といえば、レオンのほかには橘しかいない。


アスカから話を聞き終わった橘は―――泣いていた。




心配するのは分かるが、とりあえず生きて戻れたのだし、何も泣くことはないと思う。
明らかに橘の涙腺の弱さは異常だ。

アスカがそういう趣旨のことを言うと、橘から猛烈な反論が返ってきた。

「何言ってんのさ! 僕らは今の今まで、詳しい情報なんか聞かされてなかったんだよ! 君らがそんな危ない目に遭ってたなんて、今初めて知ったさ!」

これはアスカにとっては意外だった。
ユキヒロは入院していたから仕方ないにしても、アスカは既に国防総省の官僚に事件報告を済ませている。とっくに本部にも情報がおりてきていると思っていた。

「…国防総省とプロジェクトE実行総合本部は、あまり仲が良くありませんからね…」

ユキヒロが呟くと、橘はそうなんだよそうなんだよと、激しく同意した。

「何、どういうことだよ」

「プロジェクトE実行総合本部は国防総省の内部機関なんだけど、両者はちょっと距離置いてるんだよね、意図的に。
本部はGSの派遣や訓練などを担ってる関係上、トップ官僚の機密情報も手に入れたりすることが可能なわけだよ」

橘の説明を、ユキヒロが続ける。

「それが…たぶん国防総省の方々には愉快なことではないんでしょうね。本部を構成する人間は、もちろん官僚もいますが、ほとんどが科学者や軍人です。
そんな方々に国家機密を握られるのは、お嫌なのでしょう」

だから、時々このように“嫌がらせ”を受けることがあるのだ。

確かに一機関に機密情報が集中するのは望ましくはない。
望ましくはないが、かといっていたずらに情報を隠すのもどうかと思う。
今回の場合、あえて隠すようなことは何もないようにアスカには思えた。


「ふーん……」


アスカはつまらなさそうに肘をついた。

「それにしてもさ」

橘は深刻そうな顔に戻る。さすがにもう泣いてはいない。



「カガリ君に化けてた奴は…何者なんだろうね?」



「………」

アスカもユキヒロも黙った。ユキヒロは首の絆創膏を押さえる。

特にアスカは偽者をこの目で見ているのだ。
あの瞳を、アスカはきっと一生忘れることができないだろう。
どす黒い炎が渦巻く、捉えどころのないあの瞳を。

脳裏に浮かんだ映像を振り払うように、アスカは口を開いた。

「そういえばポチ、あいつはいつお前とすり替わったんだ?」

「ええと…たぶん、藤堂元帥が虎に襲われかけて、帰国を予定より早めることを関係者の方に言いに行った後だと思います。
お恥ずかしい話ですが…後ろからいきなり口を塞がれて…急に意識が遠ざかっていって…抵抗する間もありませんでした」

申し訳なさそうに当時の様子を物語る。

「―――なるほどね」

ということは、結構長い間 あの偽者は藤堂のそばにいたことになる。
あの者はアル=ラシードの手助けをするために宮殿に侵入したのではないのか。

ならば手っ取り早く自分で藤堂を殺せばそれで済む。
自分の手を汚すのは趣味ではないのだろうか。

いや、現にアル=ラシードを手にかけている以上、それはない。
では、なぜ―――……。


「けど、アスカが途中まで見抜けなかったなんて、そいつはよっぽど変装のうまい奴だったんだねぇ。普通バレちゃうよ。
それに何だって、そいつはカガリ君に化けたりなんかしたんだろう」




「楽しみたかったんだろ、きっと」




藤堂のそばで。ユキヒロを演じながら。

もしユキヒロが殺されていれば、あの偽者は今もずっとアスカたちと行動を共にしていたかもしれない。ぞっとした。

「楽しみたかっただけ…ということは、彼に藤堂元帥を殺す気はなかったと?」

「それはないだろ。どの罠も一歩間違えりゃ藤堂は殺されてた。
今回はたまたま藤堂は生き残れたけど……たとえ藤堂が死んでたとしても、それはそれでよかったんじゃないかな、あいつには」

あの男は藤堂に興味があると言っていたけれど、それは子供が虫の足を全部もぎ取ればどうなるのかわくわくしながら試すような、一種刹那的で残酷な好奇心を意味しているのだと思う。

もっと言えば、あの男は藤堂がアル=ラシードを追い詰めた時点で初めて、彼に興味を抱いたのかもしれない。


「……それから…これはあたしの個人的な意見なんだけど…」


そしてアスカは、珍しく遠慮がちに言葉を紡ぎ始めた。








つづく


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長くなりそうなのでここで切っておきます~(^^ゞ
アスカの「意見」とは一体?

次回はトゥーリアの謎の男の正体にほんの少し迫ります。





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最終更新日  2006年11月16日 11時01分43秒
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