なまけいぬの、お茶うけをひとつ。  

なまけいぬの、お茶うけをひとつ。  

2006年11月30日
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カテゴリ: 楽園に吼える豹
アスカ、ユキヒロ、橘はしばらくの間、沈黙を共有しあっていた。

それを破ったのはユキヒロだった。

「そのキメラが第三国で生み出されたとして……一体どこの国がそんな…」

「さあな。セルムの味方でないことは確かだよ。セルムには敵が多いからな」

アスカが答える。その通りだった。ゆえに特定は難しい。

けれど何となく、奴は再びアスカたちの前に現れるような気がしていた。
彼の実力は未知数だが、心から泉のようにぼこぼこと湧き上がる不気味さは抑えようもない。

場の空気をさっと読み取って、橘は話を強制的に断ち切った。

「でもまあ、ここで議論してても仕方のないことだよ。僕たちにできるのは、国防総省の調査結果を待つことだけだ。


橘が立ち上がったので、二人も合わせて席を立った。

「アスカは夜からまた仕事に出てね。レオンからそう言うよう頼まれてたんだ」

「了解」

「それから…」

「?」

なぜか橘の目が泳いでいる。

「君にお客さんが来てるんだよね……」

そういって応接室のドアを開けた。外には女性ばかり三人が待機している。
彼女らが何者か聞かされたときのアスカの顔は、形容しがたいほど不機嫌になった。




レオンと藤堂の二人を乗せたリムジンが、静かに止まった。

見上げると、外はすっかり暗くなっている。


レオンはさりげなく藤堂をガードするように隣に並んで歩く。
先ほどは“お楽しみ”などと軽口を叩いたが、「このような場所」であっても“主人(マスター)”を守らなければならないことには変わりない。

レオンはすぐ余計な口を利きがちであるから、仕事に関してもいい加減で軽薄だと誤解されやすいが、そこはさすがのSクラス(降格されてしまったが)、手は抜かないのだ。


レオンは藤堂の隣に寄り添いつつも、自分の洋服の隙間から指を差し入れ、首周りの締め付けを懸命に緩めようとした。

彼は首がしまるような服は苦手なのだ。


しばらく首周りに余裕を確保しようと足掻いたが、結局諦めた。

(ま、タキシード着てたんじゃしゃーねえか………)

まさか「この場」に普段着で来るわけにもいくまい。

綺麗に着飾ったご婦人方。エスコートする紳士。
趣向の凝らされたシャンデリアと、テーブルに並べられた豪華な料理。
水面の上を妖精が跳ねるような、軽やかな音楽。

この空間に普段着で堂々と入ってこれる人間がいたら、是非お目にかかりたいものだ。



レオンはちらりと藤堂の様子を伺う。
こちらのほうは、レオンと同じようなタキシードを着用しているのに、首の窮屈さは全く気にならないようだった。
着慣れているのだろう。

表情はいつもと同じ、無表情。

が、その変化のない表情の裏側では、気乗りしないという藤堂の本音が隠されているに違いなかった。

藤堂に輪をかけてパーティーが嫌いな人物の顔を思い浮かべて、レオンは口から笑いを漏らした。
まもなくここへやってくるであろう彼女は、おそらくこう言うだろう。

“てめぇ、後で覚えてろよ”




藤堂ほどの地位を持つ官僚は、パーティー会場も仕事場の一つだ。
面倒くさい挨拶回りが待っている。

といっても彼は非社交的なことで有名だから、必要最低限の人間としか話さなかった。
それでも一通りの挨拶が終わると、げんなりとしているのが会ってまだ一日とたっていないレオンにもわかった。

藤堂は外気にあたるためにベランダへ歩いていく。その後をレオンも追った。

会場の中の熱気が嘘のように、外にはひんやりとした空気が立ち込めている。
空気が透き通っている。冬の訪れも間近かもしれない。

「一人になりたいとこでしょうけど、我慢してくださいよ。こっちも仕事ですから」

視線で邪魔者扱いされる前に、レオンは釘を刺しておいた。
嫌味に聞こえたかもしれないが、事実である。

“主人(マスター)”を一人になどしたら、何のためにGSのレオンがついてきたのか分からない。

藤堂は、レオンのほうを振り向いただけで、何を言うでもなく、眼下の景色を見つめていた。
景色といっても会場の庭が見えるだけだ。
その庭も、今は夜のヴェールで漆黒に塗りつぶされている。

(…………)

レオンは少し離れたところに立って、暫定的に自分の“主人(マスター)”になった人間の横顔を眺めていた。

率直なところ、今日一日で彼は、なぜアスカが藤堂を“主人(マスター)”と認めているのか分かった気がしていた。
無口で愛想がいいとはとても言えないし、何を考えているのかさっぱり読めないところがあるが、藤堂は間違いなく優秀な人間である。

この若さで元帥にまで上りつめただけのことはある。
そのことは、彼の仕事ぶりを見てみてよく分かった。

アスカが今までGSを務めてきた、自分の保身と出世にしか興味のない連中とはやはり違う。

きっと他にも理由はあるのだろう。
あのアスカが優秀なだけの頭でっかちに興味を示すとも思えない。
だが藤堂と今日会ったばかりのレオンに、そこまで踏み込んだことが分かるはずもなかった。

レオンは考える。

(この人は、“使える”かもしれない)

賭けをするときに味わう高揚感に似た感情。
そしてレオンは仕掛ける。








つづく


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最終更新日  2006年11月30日 11時18分05秒
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