― 碧 虚 堂 ―

― 碧 虚 堂 ―

拠― my room ―

『拠』― my room ―





 最近は足音で「誰か」なんてレベルではなくなった。


 (今日は機嫌いいみてェだな―――)

 その足音で気分まで分かるようになったらしい。

 毎日作ってるせいか、その日に食いたい飯も酒も分かる。



 「なぁ―――」

 扉を開けて直ぐ飯の催促と思われるゾロの台詞。

 それを遮って、

 「ああ。夜食に酒も用意したぜ」

 と、何食わぬ顔でサンジは返した。

 「!……何で分かった」

 驚いた表情でゾロは既に用意された料理とサンジを交互に見る。

 「ん~、何となくだな」

 どうやら料理はゾロが食べたかったもので当たっていたらしい。サンジは言葉を濁して笑う。

 まだ不審の目で見つめてくるゾロから逃れるべく、話題を変えた。

 「今日はちゃんとキッチンまで来れたじゃねェか。やっとキッチンが何処だか覚えられたんだな」

 ゾロの迷子クセは、やはり凄いらしい。サニー号に乗って一週間は経過したというのに、未だに船内で迷ってしまうようだ。

 フランキーが丁寧に説明を書いた船の見取り図を渡しても無駄に終わっている。

 「…………途中までチョッパーと一緒だった」

 イスに腰掛けて「いただきます」と行儀よくハキハキ言ってからゾロは夜食を食べ始めた。だが、サンジの言葉には気まずそうに答える。

 サンジはそんなゾロの様子が可笑しくて大口を開けて笑った。

 「お前、そんなんで船の非常時に甲板まで出てこれんのかっ?」

 「そん時は………どうにかする」

 言葉に詰まりながらも、自信ありげにゾロは答える。船の一大事には野生の勘でも働くのだろう。サンジもあまり心配はしていない。

 が、面白いのでもう一回だけからかっておいた。 

 「じゃあ、今日はてめェの手ェ引っ張って部屋まで送ってやるよ」

 「―――うるせェ」

 世界に何にも恐いモノなど無いようなヤツが、まさか方向音痴に困っているなんて、からかう方にとっては恰好のネタ材料である。

からかい甲斐があると言うものだ。

 「俺も飲むからよ。歩けなくなったら肩ぐらい貸せ」

 そう言ってサンジは向かいの席に座った。ゾロが持っていた酒瓶を引っ手繰るようにして奪い、自分のグラスへと注ぐ。

 「道案内、誰がすんだ?」

 注いだ酒を勢いよく飲み干すサンジを見ながら、空いた手をそのままにゾロは尋ねる。

 「シラフのてめェに道案内させるよりかはマシだっての」

 なんて言うものの、一口飲んだだけでサンジの顔は見事に真っ赤だった。



 それからポツポツと二言三言交わしてから、夜食を食べ終わったゾロが徐に呟いた。

 「最近、機嫌いいな」

 「は?俺が??」

 それはてめェの方だろ?と返したくなったが言葉を引っ込める。

 「だろ?」

 ゾロはもう確信があるようだ。軽く笑んで促してきた。

 「…………」

 図星だったのでサンジは少し戸惑った。あまり表には出さないようにしていたのだが、ゾロには誤魔化せなかったようだ。

 「―――まァな。新しいキッチンに浮かれてたかも知んねェ」

 渋々ながらも話す。本当は「かも」どころではない。浮かれていた。 

 「ああ、てめェらしいな」

 「んだと!?」

 「褒めてんだよ」

 直ぐに突っ掛かってきたサンジに、からかうつもりは無いとゾロは付け足す。

 「料理すんのが楽しそうで、てめェらしいと思ったんだ。造ったフランキーも、そんな顔見りゃ、泣いて喜ぶんじゃねェか?」

 「―――メリー号のキッチンによ………」

 「?」

 一瞬、押し黙った後。サニー号の話から急にメリー号の話題に変わる。急なきり返しにゾロは軽く首を傾げるが、サンジは構う事無く

そのまま言葉を続けた。

 「キッチンのタイルに焦げ跡あんの、覚えてるか?」

 「―――いや」

 暫し考え込む素振りをしてから、一言でゾロは締める。サンジは「やっぱりな」と小さくため息を零し、

 「俺がメリー号に乗った頃にはもうあった跡でよ。ウソップに訊いたら、どっかのクソ剣士のせいだって怒っててな―――」

 と、ゾロに軽く睨みを効かせた。

 「あ、ああ。あったな、そういや……」

 思い出したのか、ゾロは珍しく視線を泳がせて動揺した表情を浮かべる。


 それは麦わら海賊団がメリー号の船を譲り受けて間もない頃。まだサンジが船に乗る前。

 ナミが調理した鍋が火に掛けられていて、たまたまキッチンにいたゾロが火加減を見るように頼まれていた。

 しかし、ゾロが寝こけてしまった間に鍋が火を噴き、キッチンは大火事になるわ、料理は台無しになるわ、ゾロはナミの料理を無駄にした

罰で借金する事になるわ、散々な事件があったのだ。 

 その時は反省したゾロだったが、直ぐに忘れていた。

 「これから俺が腕振るう大事なキッチンに傷付けやがってって、誰かさんにムカついたんだぜ」

 思い出せば、初めてメリー号のキッチンで料理の腕を披露したサンジはゾロにだけ、すこぶる柄悪く接してきた。

 このコックは俺に対してこれからもこんな感じか…と、ゾロは思っていたのだが、どうやら自分が原因だったらしい。

 そうと分かってゾロは素直に謝った。メリー号にも心の中で。

 「―――悪かったな……」

 「ま、しょうがねーよな。元は貰いモンの船だ。けど、これからは俺が大事に使ってやろうって思った」

 しかし、その話題はサラリと外され、サンジは続ける。

 「キッチンは俺の自由に使わせてもらったし、有り難かったなぁ。今まで自分だけのキッチンなんて無かったしよ」

 「………けど、メリーが駄目になっちまって。次の船は俺の要望を全部詰め込んだ、俺専用のキッチンときた」

 サンジはメリーの話をする時は声のトーンを落とし、また直ぐに明るい調子に戻る。声にまでサンジの性格が出るようである。

 「こいつァ、メリー以上に大事に愛してやんねェと、メリーに悪い気がしてな」

 言いながら少々、照れくさそうにサンジは笑む。酒で真っ赤になった顔が今度は耳まで赤く染まる。

 「それで張り切って機嫌いいって訳か…。なら、せいぜい気の済むまで愛してやれよ」

 理由が聞けたゾロは納得したと付け足す。が、あまりにアッサリした言い方でサンジが突っ掛かってきた。

 「んだ、その言い方。俺の愛は半端ねーぞ?」

 「知ってる」

 「は?」

 即答で肯定されてサンジはドキリとする。

 「毎日毎日、ナミとロビンに目一杯振りまいてんだろうが。その愛とやらを」

 「お、おう……」

 が、見当違いな答えが帰ってきたので脱力してしまった。今度はゾロが突っ掛かる。

 「………何で怒んねェんだよ?」

 「あ、そうか。てめェ…っ」

 「遅ェ」

 と言いながら、ゾロは声を上げて笑う。

 「―――何だ、てめェも機嫌いいじゃねーか」

 珍しくノリの良いゾロにサンジは訝しげに問う。

 あのゾロが酒に酔うなんて事は無いだろうが、機嫌がいいのは足音なんて曖昧なものより表情でハッキリと分かった。

 何となく、そんな顔のゾロが見れて得したようにサンジは感じていた。

 「―――まァな」 

 いつもの感じにゾロは口端だけを上げて意味深な相づちを打った。



 一時間後。

 キッチンには酔いつぶれてテーブルに突っ伏して眠るコックと、黙々と酒を飲み続ける剣士の姿があった。

 向かいに座ったサンジの寝顔を見ながら、

 「ったく、誰が道案内すんだよ?」

 とゾロはブツブツ文句を垂れた。

 が、気持ち良さそうに眠るサンジの表情が可笑しくてサンジを起こす事が出来なかったりする。

 寝てても楽しそうなサンジに、「機嫌いいな」と言われた事を思い出す。

 「しょーがねーだろ……」

 ため息を零しながらゾロは呟く。


 どうやら。

 機嫌いい相手を傍で見ていたせいで、それが自分にも伝染ってしまったらしい。


 人に影響されるなんて自分に戸惑いつつも、楽しいと心の奥で感じてる自分も確かに居るのだ。

 「てめェのせいだ、アホコック」


 そんな感情を与えてくれた相手の寝顔を静かに眺める。

 起きない程度にその額を指で小突いてやった。



End.





⇒後書き

 相手が楽しそうだと、自分まで楽しくなっちゃいますよね。て、話。

 ところで、この2人はデキてるのかデキてないのか。…………どうなの?(訊くな)


 タイトル『拠』は拠り所。支えてくれるもの、場所、人。って感じです。


 2007.06.22


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