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Emy's おやすみ前に読む物語
現在編 その4
「・・・で、僕達は19:30頃《咲花》を出たんですよ。
それなりに話をしながら帰ったんですけど、
分かれる道で、僕も20:00前ならいいかなって思って
『一人で帰れるか?』
って聞いたら、なんだか急に熱が冷めたように
『私、夏祭り一番下の弟とその友達を連れて行くんです。
なのに浴衣買うなんて、バカみたいですよね・・・。』
『いいんじゃない、お祭りなんだから。買ってもらったら。』
『先生、この後忙しいですか。』
『・・・。』
『どこか2人になれるとこ行きたいです。・・・ダメですか?』
『どこかって。』
『2人になれるとこなら、どこでもいいんです』
――― って答えたんです。
その後、下を向いてしまって。」
本庄と駅で偶然会った日の話を、
夏休みの社会科資料室で天宮先生と話している。
「へぇーそう、それで?」
1つしかない窓を開け、真夏の資料室に男2人が
パイプ椅子に座りうちわ片手に向かい合ってこそこそ話している。
もちろん冷房もない。
室内も当然暑いけど、身を乗り出して話を聞いている
天宮先生はもっと熱く見える。
「ま、よく聞いたら、もう少し2人で話がしたいって。
渡良瀬とか知ってる人のいない所でって事だったんです。」
「要は手代木先生に聞いてもらいたい話があるって事?
手代木先生だけにね。で、どこ行ったの。」
「ファミレスにしました。」
「なんだ。自分ち連れてっちゃえばよかったのに。
もったいない・・・。 なんて、冗談ですよ。
で、何の話なのか聞いてもいいの?」
「それは秘密ですよ。っていうか、話自体はどって事無いんです。」
「ふ~ん・・・。」
天宮先生と何の話から本庄の話になったのかは忘れてしまった。
いつもYシャツにネクタイに白衣というきちんと堅い印象に
少々話しにくいというか・・・
お互いの事は話さず、上辺だけの付き合いだった。
今日の天宮先生は夏休み中のせいか、
Tシャツに白衣を着て、パジャマのようなズボンに
ビーチサンダルを履いていた。
それがなぜか僕の感覚に共感し、先輩の先生なのに
友達のような気持ちになり、話し始めて・・・。
「―― しかし、本庄の『2人になれる所~~』はいいね。
俺も言われたいなぁ。
科学なんて選択教科、女子は取らないし
科学部も男ばっかだし、本庄どころか女の姿も見ないよ。」
「僕も部活は男ばっかですよ。それも楽しいですけど。」
「それは違うって。
手代木先生は本庄と2人で飯が食えるから男ばっかも楽しいんだよ。
普通、生徒とは言え本庄と2人で飯のチャンスはなかなか無いよ。
まして『2人になれる所~~』は・・・俺、思いっきり勘違いしちゃうね。」
「僕も一瞬で心臓バクバクでしたよ。
頭ん中グルグルでした。正直、生徒相手に・・・。」
ヤバイ事を言いそうになり、慌てて口をつぐむ。
「何々?!ここからはオフレコで行こうよ。」
どこまで話していいのか。
それにこういう話は嫌いじゃない。
”天宮先生との男同士の話に乗っていいのか?
・・・いいか。”
「正直ラブホでもいいのって思いましたよ。
早まらなくて良かったけど。」
「いや、手代木先生冷静だよ。俺ならその勘違いを貫くね。
で、本庄に手を出して、それで教師という職業を失くしても本望だね。」
「天宮先生、本庄を気に入ってますね。」
「手代木先生だって、本庄好きでしょ。だって、想像できる?
自分のベッドのシーツに、本庄の長い髪が乱れてるのって。」
「・・・うわぁ、エロいっすね。」
「・・・ヤバイな、俺達。」
2人で気まずさを笑いでごまかしている時、
科学部の生徒が雨宮先生を呼びに来る。
僕もバレー部に大幅に遅刻して顔を出す ――。
天宮先生には話さなかった本庄の話。
あの日は翌日も引き続きの研修で、夜は今日勉強した分の
レポートを仕上げならなければならなくて。
しかし本庄の、きっと今でしか話せないであろう話を聞いてあげたくて。
研修レポートは後回し。半徹夜すればいい・・・。
ファミレスに入る。席を案内され2人ともアイスコーヒーを注文する。
「先生、忙しいのにごめんなさい。」
本庄が頭を下げる。
「謝らなくていいよ。ちょうどコーヒー飲みたかったし。」
「先生はコーヒー好きなんですよね。自宅だと、豆から入れるんですか。」
「そうだね。それくらいの贅沢はしてるかな。」
「美味しいでしょうね。・・・苦いのかな。
私、そんなコーヒー飲んだ事ないから・・・。」
そう言いながら目をそらし、紙ナプキンを一枚取る。
“飲んだことないから・・・の続きは?”
お前が生徒じゃなければ、家でとびきりのを入れてあげるのに。
今夜も、それに・・・・・翌朝も。
「先生、どうしましたか?」
「へ?・・・あ、俺?」
「先生、大丈夫ですか? 話しかけても・・・聞いてましたか?」
“ごめん、全然聞いてないです。 聞いてる余裕も無かったです。”
「先生、最近観た映画とかDVD、面白いものがあったら教えて下さい。」
“コーヒーの話はもういいの?”
聞かれた通りの映画やDVDの話をしてみる。
「早速観たくなっちゃった。明日レンタルしてこよう。
先生、今日はありがとうございました。」
「本庄、浴衣の事 もういいのか。」
「はい、もういいんです。」
明るく振舞い、帰るつもりかカバンを手にする。
「―― 本庄。」
動きが止まる。
「コーヒーや映画の話の為に2人になりたかったんじゃないだろ。」
「・・・。」
笑顔が消える。
沈黙が空気を緊張させる。
「――愚痴や言い訳は嫌いです。
それに、話したってどうなるものでもないし。」
「そうか。俺にどうにかしてもらいたい、出口が見つからないって
話したいのかと思った。分かった。出よう。」
正直、ムッとした。
「―― 先生は。」
そんな僕を引き止めるように
「自分が1人だって感じること、ありますか。」
本庄に耳を傾ける。
「2人が良かったのに、2人でいたかったのに
1人になっちゃったり、1人にされちゃったり。
2人でいる事の楽しさ、心強さ知ったら
1人ってこんなに寂しくて、つまらなくて。
2人を知らなければ、1人で充分だったのに・・・。」
「・・・渡良瀬は、どうした?」
「柏田君がバレー部引退してから、もう一緒に帰ってないんです。
《咲花》で、久しぶりに話した。」
「柏田と帰るって言われたか?」
「いえ、私の方から柏田君を優先した方がいいって・・・。」
「だからって、たまには3人一緒に帰ってもいいだろ。友達なんだから。」
「それは無理です。」
「無理なの?友達なのに?」
本庄が下を向いて黙ってしまった。
僕は話を焦らせない。黙って待つ事にする。
「先生、私家に電話します。」
時計を見ると20:40になっていた。
―― 本庄が電話を切る。
「お母さん心配してたろ。」
「まだ2人(両親)とも帰ってないそうです。それに、私の心配なんかしませんよ。」
本庄が一気に加速する。
「私、中学1年生までは部活動していたんです。
1年生は私を含めて7人、みんな仲良かった。
中1の終わりごろ、弟が熱を出して、父から保育園に迎えに行くよう頼まれました。
弟はいつも夜、父親が迎えに行ってました。
私が行っても保育園が家に帰してくれる事を知って、
弟は夕方私に来てくれるよう頼むようになりました。
それに私も早朝から深夜まで1日保育園だけで生活するのが可哀想で。
休日の両親は疲れもあって、5歳の弟をうるさがりました。
なぜ弟を産んだのか、母親に疑問まで持つようになりました。
私は部活を時々休んで弟を迎えに行くようになりました。
夕方になると「お腹すいた。」と。
母親は待ってられないので、私が夕食を作るようになりました。
そんな中で弟は私に母を求めてきました。
中学2年に進級した時、部活を退部しました。
この生活に何の疑問も持たない両親に対する気持ちを
弟を可愛がる事でごまかしてきました。
部活の友達は相変わらず遊びに誘ってくれたけど、
弟がいるから行けなくて。
そのうち誘われる事もなくなりました。」
ここまで、本庄はまるでノートに書いてある事を読むように話した。
「それでも中3からは進学塾に通うようになって。柏田君もいて。
塾からの帰り道は受験の会話がほとんどだったけど、
たまには音楽の話なんかもして・・・。」
本庄が考えるように口をつぐむ。
「私、柏田君と同じ高校に行きたくて。
今は受験で頭がいっぱいだろうけど、高校に行ったら・・・。」
「・・・。」
「高校に入学したら夏恋と友達になれて。
夏恋は明るいし素直だから、誰からも好かれて。
私の事もどんどん友達の中に引っ張ってくれて。
・・・そんな夏恋に、柏田君も惹かれてたんですね。」
「あの2人はいつごろから付き合ってるの?入学してすぐ?」
「高2の冬だったかな。・・・私が先に柏田君 好きだったのに。」
“・・・さて、少し厳しく叱るか。”
「何で柏田に告らなかったの。高校受かって高2の冬まで何してたんだよ。」
「だって、入学してすぐに夏恋のテスト勉強見てあげてたし、
お父さんが亡くなった時も、柏田君 夏恋にすごく優しくて。
励ましたりもして。夏恋のこと、好きなんだなって ――。」
「単にフラれるのがかっこ悪いからだろ。
『柏田が告ってくれたらいいのに』 だろ。」
「だって夏恋を好きな事分かってて、告れないですよ。
それに告ったって、お互いに意識しちゃって話も出来なくなっちゃうなんて。
そうなったら・・・。」
「柏田が渡良瀬を好きだろうってのは予想だろっ。
少なくとも高1の時は柏田と渡良瀬は単純な友達だったんじゃないのかな。」
「私が柏田君に告ってたら、変わってたと思いますか。」
「・・・変わってたかもしれないって思う。
心のどこかで告らなかったこと後悔してるんだよ。
だから、未だに柏田に決着着いてないんだよ。
それに中学の頃の話、部活を辞めて弟を迎えに行く事に
両親は疑問は持ってたし、本庄に背負わせてしまってるって事は
分かってるけど日頃の忙しさで甘えてしまったんだと思うな。
なら、甘えんなって言わなきゃ。
「だって、本当に忙しいんです。昼食も取れないって話も聞いてたし。
夜だって、『熱が出た』とか『発作起こした』とか患者さん、病院じゃなくて家に来るし。
それを見てたら家の事、弟の事は私が助けなきゃって・・・。」
「実際は友達と離れて、弟押し付けられて、ずっと不満だった。
その事両親に言えないから、未だに中学の頃の不満にも決着ついてないんだよ。」
「だって・・・。」
「また 『だって・・・。』 か。いつも心の中は言い訳だらけだな。」
「・・・そうやって、受け入れるしかないじゃないですか。」
「受け入れる? あきらめてきたんだろ。柏田も親にも。
さっきの話に戻すけど、1人になっっちゃったり、されちゃったりじゃない。
本庄が自分で手を離したんだよ。無意識かもしれないけど、
中学の友達と部活を続けることより弟を取った事、
柏田に告れなくて交際できなかった事、本庄が選んで1人になったんだよ。
そして今度は渡良瀬の手まで、自ら離してしまった事に気がついてるか?」
「・・あっ。」
「取り戻せ。渡良瀬の事。
たまには2人で帰宅して、《咲花》での話じゃないけど、
お互い久しぶりなんて寂しい事言うなよ。」
ファミレスの時計が目に入る。
“―― ゲッ、21:30!”
「本庄、後は歩きながら話そう。」
急いで支払いを済ませ、本庄を自宅まで送って行く事にする。
「しつこいようだけど、浴衣は買ってもらえよ。
そのくらいのわがまま言えよ。
今までその分やってきたんだから、買ってもらって当然だよ。」
「はい。買ってもらいます。」
いつの間にか本庄より熱くなってる僕に押されたように返事する。
「それでもよく頑張った。えらいと思うよ。・・・でももう限界だよな。」
本庄の顔を見ながら、ふざけるように頭を軽く撫でてやる。
みるみる目に涙が盛り上がり、大粒に流れ落ちた。
本庄が慌ててかばんからハンカチを取り出そうとするけど、
塾の教材が邪魔しているのか、すぐ出て来ない。
「きつい事、言い過ぎたな・・・。ごめんね。」
やっと取り出したハンカチで、目を押さえる。
「しかも俺、ハンカチ持ってなくて。
未だに手を洗った後、シャツで拭いちゃうし。」
年甲斐もなく女の涙に慌てて、つまらない言い訳を返す。
「先生、心配しないで下さい。話聞いてもらって、ホッとして、
心がゆるんだだけですから。
先生、前に 『渡良瀬がうらやましいか』 って私に聞いたの覚えてますか。
・・・私、やっぱりうらやましいです。」
「・・・。」
「お母さんが近くにいる事も、柏田君の事も。
私には弟がいるけど、もし妹だったら少しは違っていたのかな・・・。」
22:00 家の前に着く。
立ち止まった時、
「本庄が今言ったものは本庄が望むもので、
渡良瀬が欲しいものは渡良瀬の手に入っているのかな。」
「―― あっ。」
小さく叫ぶ。
目を大きく開け、もうこれ以上ないくらい驚いた顔をして僕を見る。
「なっ、何だ。」
本庄が首をすくめて首を横に振る。
「本庄、遅くなった事お父さんに俺から一言言うよ。」
「いえ、まだ帰ってないです。
先生、今日はありがとうございました。」
「じゃ、いいんだな。帰るぞ。」
僕は本庄を背に歩き出す。
―― この本庄との話は、未来の僕の心に大きく刻まれる事になる。
暑い中、社会科資料室で天宮先生と話し、
それぞれ部活の指導に向かい、夕方帰宅する。
シャワーを浴び、Tシャツに下着姿でベッドに座り、ビールを飲む。
本庄との話をぼんやり思い出す。
『2人が良かったのに、2人でいたかったのに、
1人になっちゃったり、1人にされちゃったり・・・
2人を知らなければ、1人で充分だったのに――』
“喜春さんは・・・。
喜春さんは1人にされちゃったのか・・。”
天宮先生との話も、
『・・・だって想像できる?
自分のベッドのシーツに
本庄の長い黒髪が乱れてるのって。』
“・・・だって想像できる?
自分のベッドのシーツに
喜春さんの長い黒髪が乱れてるのって。“
僕は座るベッドの枕元を見る。
そしてそのまま目を閉じる・・・。
目を閉じたままベッドからすべり、床面に座る。
手元にあったのか、テレビのリモコンを押す。
テレビの音が僕を引き戻す ――。
---------☆---------☆---------
~柏田君の話~
19:00に夏恋と待ち合わせして、商店街の夏祭りに行く。
商店街のといっても結構大きなお祭りで、
駅の間近からわた飴やヨーヨー釣などのテキ屋さんが並び、
商店街に入っても店舗がそれぞれ焼きそばや揚げたてコロッケ等出し、
賑やかに行われる。
滝本もおやじさんが店を通常営業するので、
祭り用のお好み焼きは今年も滝本とおふくろさんで焼くらしい。
「夏祭りに俺を誘いたくても誘えないハニー達が可哀想で。」
このセリフ、去年の夏も聞いた。
本当に女の子に誘われたら、お好み焼きを焼いている訳が無い滝本だ。
バレー部は手代木先生が顧問になってから
『女が好きだ』と声に出していえる環境になっていた。
そして僕も例外無く、そこへ名を連ねる者の1人な訳で。
”今夜、夏恋とキスする。絶対キスする。”
ファーストキス。たぶん夏恋も。
出来ればかっこよくリードしたい。
少なくとも、絶対初めてだと悟られたくない。
キスの場所はもう決めてある。
”向かい合って、抱き寄せて・・・、唇を重ねる。
たったそれだけの事じゃんか。余裕だよ。”
と、自分に言い聞かせる。
19:00 待ち合わせの場所に夏恋が来る。
濃い黄緑色の浴衣に右耳が出るように髪を持ち上げ、
花の付いたピンで留めている。
「柏田君。」
嬉しそうに笑う。
”・・・可愛い。”
歩き始めようとすると夏恋が腕を組んできた。
夏恋と話しながらも
『抱き寄せて唇を合わせる。抱き寄せて唇を合わせる。抱き寄せて~~』
と頭の中でグルグル回る。
“―― 豊島だ。”
カキ氷屋の前で、今一番会いたくない奴を見つけてしまった。
豊島とは高2の時、僕も夏恋も同じクラスだった。
背は172センチくらいで、顔も普通だと思うんだけど、
男には分からない魅力なのか、とにかくモテる。
また、手の早さも学校では有名で、今日も見た事ない女子を連れている。
何気なく通り過ぎようとした時、
「柏田さん。」
豊島の隣から呼びかけられる。もう無視できない。
「おっ、柏田。渡良瀬さん、こんばんは。」
手が早いくせに、女の子にやや丁寧な言葉遣いをするのが
豊島の特徴だ。
「柏田さん、私バレーの引退試合見に行きました。」
“―― で?! ・・・下級生か。そんな事、話しかけるなよ。”
早く立ち去りたい。
「そう、ありがとう。じゃ、行くから。」
僕らは歩き始めた。そして僕は振り返ってしまった。
豊島もこっちを見ている。
その瞬間、豊島の口元がふっと笑った。
僕の緊張が豊島に伝わり、豊島に余裕の笑みが浮かんだに違いない。
“悔しい。心を見透かされた!”
「相変わらずね。豊島君は。」
夏恋に既に返答する余裕さえ失ってしまった。
“絶対キスする。 死んでもキスする!”
―『現在編 その5』へつづく―
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