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Emy's おやすみ前に読む物語
現在編 その6
~夏恋の話~
もう少しで2学期が始まる。
・・・正直ホッとする。
夏休み中は午前中は柏田君と図書館で勉強する事にしている。
しかし毎日席が空いてるとは限らなくて、その時はファーストフードに行って。
知ってる子に会って気が散ったり、お金もかかった。
8月から塾に行っている柏田君と私とでは
勉強している内容も全然違っている。
柏田君は先へ先へと進み、私は1年生からの復習ドリルを開く。
それでも忘れてしまったり、分からない問題があると
相変わらず優しく丁寧に教えてくれる。
教えてもらいながらも、
”ルミちゃんは柏田君よりできるんだよね。”とか、
”柏田君、口元に小さいほくろがある・・・。”とか、
全く違う事を考えてしまうような日もあって。
集中できない自分に落ち込み、柏田君との実力差に落ち込み、
進路への不安にも落ち込んだ。
夏休みもあと3日。
図書館で柏田君が私のノートの端に走り書きする。
《今日の午後、俺の家に来ない?》
私の目を覗き込む。
《誰もいないよ。》
私は黙って頷く。
・・・少し迷ったけど、行く事にする。
コンビニでおにぎりを買い、初めて柏田君ちに行く。
少し古い家屋の一軒家だ。
玄関に入る。
サンダルを脱ぐ私に
「2階の右が俺の部屋。先に行ってて。」
”俺の部屋?”
「柏田君、おにぎり食べる前に手を洗わせてもらっていい?」
「じゃ、ここで。」
台所に通される。
私が手を洗っている隣で、柏田君がグラスに氷を入れ、
コーラの用意をする。
2人で2階に上がる。
窓も開けずに扇風機のスイッチを入れる。
柏田君の部屋は、畳に机と本棚とさらに本棚の前に
本や参考書や問題集が積み重ねてあり、
その隣にはCDが積み重なっていた。
”ベッドがない。柏田君、布団で寝てるんだ。”
2人で隣同士に座り、おにぎりを食べようとした時、
柏田君がかぶさるようにして、私はそのまま倒される。
上からキスされ、左の胸を少し持ち上げられるように触られた。
「――いやっ。」
飛び上がるように起き上がる。
大きい声は出せないけど、強く抵抗する。
「――ヤなの?」
柏田君が上から見下ろす。
「俺とじゃ、ヤなの?」
「ヤじゃないけど、柏田君はヤじゃないけど・・・。
私、帰る。」
急いでかばんを持つと、階段を駆け降りる。
そのまま玄関を出た。
暑い――。
”イヤなんじゃない。怖かったの。
イヤなんじゃない。怖かっただけ。
それに、柏田君だって・・・。
そう、何? いきなりベッドもなくて、あんな畳の上なんて・・・。
汗かいてるのにシャワーも浴びないで、
お昼の時間の明るい部屋で・・・、
例えばロストヴァージンだってできるわけないじゃない。
・・・バカッ!”
帰宅して《咲花》を覗く。
ママも初子さんも忙しそうだ。
2階に上がり部屋に入る。
ふと、鏡に上半身が映る。
“私・・・。”
自分が思ったよりずっと肌の露出の高い服装だった。
急に恥ずかしくなり、肩ヒモの2枚重ねのキャミソールを脱ぎ
Tシャツを着る。
・・・ファーストキスのあの日から、会うたびにキスをした。
キスの後、柏田君が抱きしめてくれるようになる。
キスの後、『もっかいしてもいい?』って続けてキスをしてくる事もある。
キスの後、目が何か言おうとしている。
けど、私が目で問うと恥ずかしそうに
いつもの目がなくなっちゃう笑顔を向ける。
柏田君とのキスは私の優越感を満たしてくれる。
背が高くて優しくて顔もいい男子生徒。
そんな彼とキスできる私。
ファーストキスは高校3年生。
キスは経験してると友達にも話せる。
あのルミちゃんが唯一心惹かれた男子。
その彼が私にキスを求めてくる。
柏田君が次に進みたがっているのは気がついていた。
私を好きだからというよりも、好奇心が勝っているように思う。
それでも柏田君は私に対して慎重に接してくれている。
好奇心なら私も負けてない。
慎重な柏田君に、もっと強引にしてくれたらって・・・。
薄暗い部屋のベッドで、淡いオレンジ色のスタンドがついていて・・・、
2人で模索するなんてイヤ。全てを彼にリードされたい。
映画のラブシーンのようにきれいで優しく。
でもそこまで柏田君に求めても無理。
でも、先生なら・・・。
“お腹空いた・・・。柏田君ちにおにぎり置いてきちゃった。”
もうすぐ4時。《咲花》の休憩時間になる。
ママに何か作ってもらいたいと《咲花》に顔を出そうとしてやめる。
いつもこの時間にいない私に、初子さんは切り込んでくるだろう。
100歩譲って初子さんには話せたとしても、
ママには知られたくない。
1人でインスタントラーメンを食べる事にする。
夜、《咲花》の手伝いを終えて自分の部屋に戻る。
しぶしぶ数学の問題集を広げる。運悪く図形の問題。
教科書を見てもよく理解できない。
“柏田君に電話してみようか。でも・・・。
それよりあの後、柏田君は・・・。”
大好きなバレーボールを取り上げられ、受験勉強させられて、
またその目の前を肌の露出の高い服を着た私がウロウロしていたら
真夏の太陽も手伝って、柏田君が自分を抑えられなくなるのも
無理ないかもしれない。
拒絶する私も問い詰める事もなく逃がしてくれた。
“柏田君を傷付けてしまった・・・。”
柏田君に慎重に言葉を選び謝りのメールを送信する。
返信は来なかった・・・。
3日後、返信の来ないまま始業式の朝を迎える。
久しぶりの制服に着替え、もう一度受信メールを確認する。
入ってない。
教室に着く。柏田君が目に入る。
柏田君は自分の席に着いている。
その机に女子が座って話している。
あと1センチで下着が見えそうな短いスカートに
長い足を惜しみなく出して組んでいる。
この生徒、前から柏田君が気に入っている事は知っていた。
1学期、この女子の前に立ち柏田君に
『放課後一緒に帰ろう。』って話し、私の存在を見せ付けた。
今日は近づく事さえできない。
自分の席で見ない振りして頑張った。
私の席から背を向けている2人は、私に気づく様子も無く
柏田君の耳元に口を近づけて内緒話をする。
その話にいつもの目がなくなっちゃう笑顔を彼女に向ける・・・。
さすがにこの不自然さに学校のランチグループの1人、
良美が私の席に来る。
「夏恋、おはよう。 ・・・何?あれ。
隣のクラスの前原由実じゃん。」
「・・・うん。」
「夏恋、どうしたの?」
と言いながら、良美なりに見るに見かねたのか
私に背を向け柏田君に近づいていく。
と入れ替わるように、これまたランチグループの1人の
綾音が私に話しかける。
「柏田のとこ行ったか。
・・・良美、前原の事 大嫌いだからさ。」
「そうなの?」
良美が背後から近づき、柏田君の方に手を掛け肩もみする。
何を言われたのか、柏田君と前原由実 二人で私を見る。
前原が良美を真顔で見て、笑顔で柏田君に小さく手を振り
教室を出て行った。
始業ベルギリギリ、ルミちゃんが滑り込む――。
---------☆---------☆---------
~ルミちゃんの話~
―― 今日しかない。
明日からはまた塾が始まる。
突然で、みんな大丈夫だろうか。
夏恋はお店の手伝いあるかな?
もっと早く決めて、みんなにメールすればよかった。
先生の声がずっと頭の中にあった。
『無意識に一人を選んでしまったのは自分。
取り戻せ、渡良瀬のこと。』
”たいした事じゃない。
『みんなでランチして帰ろう』って誘ってみる。
例えば断られても、突然 だから・・・。”
友達を誘うなんて何年ぶりだろう。
緊張する。
10:30 体育館で始業式が終わる。
長い廊下を歩き、教室に戻る。
”――今だ。
先ずは隣を歩く夏恋から。"
「・・・夏恋は今日、すぐ帰宅するの?
お店の手伝いしなきゃならないよね。
突然誘われたって、無理でしょ。」
「ルミちゃん。ルミちゃんちょっと落ち着いて。
何に誘ってくれるの?」
「あっ、そうだ。ランチして帰らない?」
「えっ、ルミちゃんから珍しいね。
でも・・・。」
「あっいいの。無理しないで・・・。」
”そうよね。私より柏田君と約束してるよね。”
「う~ん・・・。」
”突然だから仕方ないよ。”
自分に言い聞かせる。
誘わなきゃ良かったなんて思っちゃいけない。
残念だけど、ガッカリなんて思っちゃいけない。
こうなる事もある。
”思い切って勇気出したのに。”
こうなる事もある・・・。
「――そうしよっか。」
「いいの?!」
「実は・・・ランチはいいんだけど、お金がなくて。
ハンバーガーでもいい?」
”お金の心配か。”
「ハンバーガー、いいねっ。」
勢いがついた。
いつものランチ友達にも思い切って声を掛ける。
その内の3人、良美、綾音、貴子が行ける事になる。
「どうしたの、ルミ。」
って言われながら、私の心は思った以上にはしゃぐ。
”先生、ありがとう――。”
---------☆---------☆---------
~夏恋の話~
柏田君との事は、少しでも早く
何とかしなきゃって思ってる・・・。
今日の放課後、いっしょに帰るつもりでいた。
取りあえずいっしょに帰れば何とかなるかもしれないし。
なのに今朝は何?
前原さんと仲良く話している時も
私の登校を待ってくれてる様子もなかった。
”だから今日はもういい。
ルミちゃんとランチして帰ろう。”
柏田君に声をかけるどころか一度も見もせずに
ルミちゃん達女子5人で教室を後にする。
5人でにぎやかに話ながらファーストフードに向かう。
気になってる事を気にしないように頑張りながら
メールチェックしてしまった。
・・・受信無し。
ファーストフードに着いて驚く。
店内が中高生でいっぱいで、様々な制服で乱れている。
ハンバーガーは買えたとしても、
テーブルに着けるのはいったいいつになるか分からない。
公園で・・って頭をよぎったけど、夏休み明けの今日は暑すぎる。
「ハンバーガー買って家で食べる?」
ルミちゃんのらしくない発言にみんなで驚く。
「本当にどうしたのルミっ。」
私以外はルミちゃんの家と部屋見たさもあって
みんなで押しかける事にする。
ハンバーガーを持って、ルミちゃん宅の
大きくはないけど豪華なつくりの家に感心する。
そして2階のルミちゃんの部屋。
以前と同じ、すっきりと片付き過ぎていて
生活感のない部屋。
相変わらずホテルの一室のような冷たさを感じる。
「きれいに片付いてるね。」
「散らかす物がないだけ。」
「私なんか、部屋片付けるのテスト前だけ。」
「あぁ分かる、それ私も。
テスト前ってどうしてだろうね。」
ルミちゃんのあの花柄の小さなテーブルを囲み
昼食をとる。
食べながら、学校の話、塾の話、進路の話と進み、
彼との夏休みの話になる。
この中で、彼氏がいないのはルミちゃんと貴子。
私もこういう話は嫌いじゃない。
でも、ルミちゃんの前で・・・。
ルミちゃんが柏田君を好きなのは、私しか知らない。
良美は大学生の彼と初めてラブホに入ってみたと話す。
「いつもあっちの部屋だったから・・・。」
”あっちのへやって・・・彼の部屋?
彼の部屋・・柏田君の部屋・・。”
綾音の彼は社会人で、2人で伊豆に旅行に行ったと話す。
確か綾音は高2の時にロストヴァージンしたと
前に話してくれた。
相手は社会人の彼とは違う人だった。
「でっ、夏恋は?」
私の場合は圧倒的に話しにくい。
良美の彼も綾音の彼も、誰も顔を知らない。
だからまだ話しやすい。
柏田君の事は、ここにいるみんなに
ルックスも性格も知られ過ぎてる。
なんと言ってもルミちゃんの前で・・・。
「でっ、夏恋は柏だとはどうなの?」
「どうって・・・。
夏休みは2人で図書館に行って、私は勉強してたよ。
「違うって!
・・・柏田と付き合って長いでしょ。」
「キスはしてるでしょ。」
・・・話したくない。
当然、ルミちゃんの顔は見られない。
「夏恋、誰にも言わないから・・・。」
何か話さなければ、この場は収まらない雰囲気。
とりあえず笑ってごまかそうと試みてみるけど
「夏恋、顔 真っ赤だよ。」
「では、この赤面は柏田と一通り終了という事で
よろしいですね。」
貴子がレポーターのような口調で答えをまとめる。
「やめて!私まだ・・・。まだなんだから・・・。」
「え~っ!マジで?!」
・・・驚かれてしまった。
「柏田って偉いね。夏恋のこと、大事にしてるんだ。」
柏田君は偉いという事になってしまった。
1年以上、いわゆる“手を出してこない”ってだけで、
大事にされてる事になってしまった。
押し倒されて逃げ帰った私は、メールで心から謝った。
それに対して返信もしてこない。
それどころか始業式の教室で、私が登校する事、
顔合わせる事分かってるのに、前原さんと見せ付けるような
柏田君のどこが偉いのか。
ここで ぶちまけてやろうかとも思う。
でもルミちゃんの前で・・・。
――言葉を飲み込む。
「――じゃ、まだキスまでって事か。」
「そういう事です。」
「なんか、それを知ったら夏恋が心配になって来た。
前原由実が本気モードに入ったら・・・。」
「今の前原は柏田にだったら
速攻パンツ脱ぎそうだもんね!」
「もうやめてよ。」
そう言ったのは私じゃなくて、ルミちゃんだった。
一瞬シンとなり、みんなでルミちゃんを見る。
「かっ、夏恋が困ってるじゃない。」
口ではそう言ってるけど、明らかに動揺してるのが隠せてない。
いつも冷静なルミちゃんの口許が震えている・・・。
この空気の中、綾音がしらけた口調で切り出す。
「って言うかさ、ルミはどうなのよ。
男子バレーの引退試合の後、手代木がルミを誘ったってのは
有名な話だよね。」
『手代木』の名を聞いて、私の心臓がドキンと鳴る。
「誘うったって、滝本君のお好み焼き屋さんで
みんな一緒に・・。」
「柏田が夏恋誘うのと手代木がルミ誘うのでは意味が全然違うからね。
それに夏休みに、夜 手代木とルミのツーショット見たって話聞いてるしね。」
綾音はこのしらけた訊問のような口調を変えない。
「あっ、それは駅で偶然に会った事があって・・・。」
良美がゆっくりとルミちゃんの背後に回る。
そしていきなりルミちゃんの脇腹をくすぐり出した。
「こらっ、駅で会っただと!ちゃんと白状するんだ!」
この空気が一気になごむ。
こういう時の良美のタイミングは天才だ。
「その後、手代木の家でヤッただろう!」
なおもくすぐりながら詰問する良美にルミちゃんはひっくり返って大笑いしながら
「してません!手代木先生とは駅で・・・。」
ルミちゃんのこんな乱れた姿は誰も見た事がなくてみんなで大笑いする。
「――姉貴。」
その声に動きが止まり、声の方に顔を向けると
ほんの少しルミちゃんに似た長身の美少年が立っていた。
「ノックしたんだけど、シカトだったから開けた。
ケーキ買って来たから。キッチンに置いてある。」
そう言うとドアを閉めた。
「すぐ下の弟なの。高校生。」
「かっこいい~!」
ルミちゃんの三人中一番上の弟は、私も初めて見た。
「お茶の用意するね。夏恋、手伝って。」
2階のルミちゃんの部屋から1階のキッチンに降りてくる。
キッチンの時計を見ると15:20だった。
キッチンでは先の弟君がモンブランケーキを左手につかみ
週刊マンガ本を読んでいる。
おやつの時間に合わせてこのイケメンの弟が
姉のためにケーキを用意してくれる。
“兄弟がいるってうらやましい。”
「こんにちは。」
と声をかけると軽く会釈して、
「姉がお世話になってます。」
と言って立ち上がり、自室に入ってしまった。
紅茶を入れるためにお湯を沸かす。
「夏恋、柏田君とのこと、私がいたから話せなかったのよね。」
「別に。話すような事もないし。」
お互いにティーカップなどお茶の用意をしながら
目を合わさないように話す。
「でも、キスはしたんでしょ?」
「・・・。
ルミちゃんこそ、あの日 《咲花》の後、先生とは?
私は正直に言う。柏田君とはキスした。
でも私、本当に処女。」
「私も正直に言う。先生とは何もない。あるはずもない。
で、私も処女。」
私はルミちゃんの顔を見る。
ルミちゃんも私を見る。
――笑った。
お茶セットとケーキを持って2階の部屋に戻ると
イケメンの弟の話題で持ちきりになった。
前に道でルミちゃんの2番目の弟に会った。
知っていた頃より挨拶の声も太くなって
男っぽくかっこよくなっていた。
そして今日1番上の弟を見て分かったこと。
“ルミちゃんは美しすぎる男たちに囲まれて暮らしてる。
ルミちゃんにとって、手代木先生も含めてイケメンなんて
珍しくもないのかもしれない・・・。”
16:20
帰宅のため、玄関に集まる。
貴子が口を開く。
「ルミ、弟は私がもらったからね。
ところで手代木って私等が卒業したらルミに告るんじゃん?」
綾音が続ける。
「手代木って教師だから、色んな事るみに教えてくれるんだろうね。」
そして想像することはみんな一緒。
「・・・やらし~~~い。」
5人で大笑いしながら玄関を出る。
---------☆---------☆---------
~ルミちゃんの話~
あの大きい花柄の小さいテーブルをふきんで拭いて片付けると、
また無機質な部屋に戻る。
でも、空気が暖かい気がする。
残暑に冷房をかけて、“暖かい空気”も変だけど。
“さて、夕食の買い物に行かなきゃ。”
制服から、頭からかぶるだけの綿のワンピースに着替える。
キッチンに下りて、ふきんを片付け麦茶を一杯飲む。
“あっ。”
玄関の隣の部屋をノックする。
「――はい。」
部屋を開けると、机に向かい左手にコロッケドッグをつかみ
週刊マンガ本を読んでいる。
「今日はケーキありがとう。
お小遣いたくさん使わせちゃったね。」
ここで弟が振り返る。
「晩メシ何?」
「どうしようかな。これから買い物行く。」
「俺、一緒に行こうかな。」
「えっ?――うん。」
“今日は一年に一度あるかなって日。
友達を家に招いた私も、一緒に買い物に行くという弟も。”
2人で玄関を出る。
“2人で歩くなんて小学生以来かも。”
そう言えば、一番下の弟も4年生になったら買い物も
『一緒に行く』と言わなくなった。
今までは私の行くとこ全部ってくらいくっついて来たのに。
私も長身だけど、弟も背が高くなった。
“柏田君と同じくらいかな。”
一緒に行くって付いて来たくせに、一言も話さない。
「――昼食はどうした?」
私も昼食は一番下の弟の分しかハンバーガーを買ってこなかった。
「食ったよ。」
“食べた事は分かってる。”
「何、食べたの?」
「適当に。」
“・・・何なの、この会話。
こんな弾まない会話するなら、自転車で行って
1人で買い物するんだった。”
「今、何時?」
「16:50。」
「18:00には帰ってきちゃうから、少し急がなきゃ。」
一番下の弟が遊びから帰宅する。
その時間までに帰っていてあげたい。
「何で。鍵持ってるじゃん。」
「そうだけど、お風呂の用意もしてきてないし。」
「そんなの1人でシャワー浴びるだろ。夏なんだから。
何で4年にもなって姉貴と風呂入ってんだよ。」
・・・なんだかヤキモチ焼いているような会話。
本当にそうなのかもしれない。
私もだけど、彼も誰にも甘えることがなかった。
誰も甘えられる人がいなかった、と言うほうが正しいかも。
だから存分に甘えてわがまま言ったりグズグズ言ったりできるのが
うらやましいのかもしれない。
彼との時間より一番下の弟の帰宅時間を優先されたことが
気に入らないのかもしれない。
「もう一緒にお風呂入ってないわよ。
2年生からは1人で入ってもらってる。
それでもたまには一緒に入ってってせがまれたけど、
3年生になったら寂しいくらい言わなくなったわ。」
「・・・。」
「何なら今日はあなたが私と一緒にお風呂に入る?」
「バカじゃねぇの。」
ただの姉弟の冗談なのに、彼の顔は真っ赤になっている。
スーパーマーケットの入り口も目前の時、
「もうメニュー決めてあるの。」
「まだ、コロッケでも買っちゃおうかな。」
「え~、俺さっきコロッケパン食っちゃった。
ねぇ、ラーメン食いに行こうよ、4人で。」
“それもいいかな。 久しぶりに4人で外食か。”
牛乳とパンと卵、明日の朝食の分を買ってスーパーを出る。
彼が荷物を持ってくれる。
「あのさ・・・。」
んっ?と顔を見上げる。
「姉貴と手代木って先生と、何かあるの?」
「ただの先生と生徒よ。
――どうして?」
「だってさっき、みんなが・・・。」
――なぜ彼が一緒に買い物に行きたいと言ったのか分かった。
“手代木先生のことが聞きたかったの?”
私と彼とは姉弟とはいっても、もっと希薄な関係かと思っていた。
なのに一番下の弟にヤキモチ焼いたり、
手代木先生のこと気にしたり。
・・・彼が可愛く思えてくる。
「立ち聞きしてたの?・・・感心しないわね。」
「――違う。帰る時、俺の部屋の前で話してたから・・。
先生、姉貴に告るかもって。」
「・・心配、好奇心、どっち?」
「告られたらどうするの?」
「告られたら考える。」
「その先生のこと、好きなの?」
「先生は素敵な人よ。特に目がね・・・。
目の色が少し変わってて、深いこげ茶のような、
光が当たると少し緑がかるような。神秘的な色なの。」
「・・・。」
「相談もよく話を聞いてくれるし。
そうね、私を励ましてくれて自分に自身を持たせてくれる人よ。
で、サウスポーなんだけど・・・。」
「――もういいよ。」
“どうした? 打ちのめされたか?”
お互い無言のまま歩く。
ところが彼の次の言葉で、思わぬ反撃にあう。
「・・俺、姉貴は柏田先輩と付き合うのかと思った。」
「・・・。」
「高校も先輩と一緒に選んだのかと思ってたし。」
「柏田君は・・・夏恋の彼氏よ。」
「・・・そうなの?!」
声が驚いてる。
彼が意外のような、少し悲しいような目を私に向ける。
「そっか・・・。ごめんね。」
「何も謝ることないわ。
さて、私ワンタンメンにしようかな。」
「俺、エビ塩。大盛りで。」
“えっ、モンブランにコロッケドッグ食べて、また大盛り?”
これだけ食べて、そのスリムな体型が信じられない。
自宅が目前になった時、道の向かいから
一番下の弟が走ってくるのが見えた――。
―つづく―
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