だから人生って面白い

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宗教考



キリスト教・ユダヤ教・イスラム教・仏教・新興宗教e.t.c

いろんな宗旨宗派があり、それぞれが「真」を追求し実践しようとしている。

そして僕の知る限り、ほとんどが「他力本願」である。

神や仏に自分を委ね「過ぎて」いるように見えるのは、きっと自分がどの宗教にも属さずに外から見ているからと思っている。
実際聖書(旧約)も読んでいるし法華経も勉強をしたことがある、もちろん全てではないので「正しい・間違い」の判断も出来なければ、する必要もない。

ただ、思っているのはいや感じている事は「本当に創始者が伝えたかった事が伝わっているか?」という疑問である。

ひょっとしたら、キリストもモハメッドも釈迦も空海も日蓮も皆同じ事を言いたかっただけで、キャラクターと表現の仕方が違ったでけじゃないかと思っている。

よく日曜日の昼に聖書を持った人や、早起きや政治団体と行動している宗教の人が尋ねてくる。よほどの用事がない限りは必ず、玄関先だが対応はする。でも全員の人が二度と訪問はしてくれないのである。

否定をする訳でもなく、僕の宗教観(前文)を話すだけなのだが、また全員が答えてくれないし、避けようと話題を変える。
ここで心の中で「本当は自分でも疑ってない?」といつも思ってしまう。

でも一番大切なのは「自分を信じる」事でしょう。
だからすぐ口に出してしまうのが「信仰はいるけど宗教はいらない」って・・・

だって「宗(もと)」は全部同じだから。

これもよく言われます。「前世の業を落すために今世では人のためだけに尽くして、苦労しなさい」みたいな事を・・・

このときにははっきりと言い切ります。
「この世に生を受けたのは前世の業を落すためじゃなくて、自分にしか出来ない『使命』を果しに来て、そして本当のパートナーを見つけるためだけに生まれてきているの!」って。

もう一度・・・
大切なのは「自分を信じる事」です。
自分は絶対に裏切らないし、第一存在です。
自分がいなければこの世(自分の世界)は存在しないし、ある意味自分があの世に行くときはこの世(自分の世界)の存在はなくなるわけだから。

だから僕は思います。
「自分を信じられない人は誰も信じる事はできません。」

たとえ「いや自分よりも他人を・・・」という方は単なる「責任転換」をしているだけの事に気が付いて下さい。

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