昔って何?(4)



悪夢のような小学校生活から解放されて大喜び。
中学に入ればおさらばだと浮かれていました(本気で)
そのときは浮かれすぎて失念していたのです
悪夢の原因の半数以上が同じ中学に進学する事実といふものに。

お友達がいて、「これが学校生活」と満喫できたのはほんの数ヶ月でした。
いつのまにか広まって、いつのまにかあの悪夢の暮らしに戻っていました。

一つ救いだったのは入っていた部活に一人、普通に接してくれる人がいたと言うこと。
皆は「養護」と呼んで差別をしていた人でした。
養護って何?な私にはさっぱりで、不可解な現象です。
親に聞くと「知恵遅れ」と教わりましたが。
私にとっては「それがなんだ?」なのです。
普通の子でした。ちょっとだけ、人より下の学年の授業を受けていただけでした。
私はさらに変わり者の烙印を押されたようです。

家でも切ないことが起こりました。
定期試験でちょっといい点が取れたのです。
1つだけ間違ってしまって90点台。
がんばったよ!ってほめてほしくて。
親に見せたときでした
母は手放してほめてくれたのに、父は
「1つでも間違えたら0点と同じだ」と。
満点にちょっと足りなかっただけなのに。
1問だけ間違えただけだったのに。
私はさらに父を嫌いになりました。

そして勉強という事さえ放棄しました。
がんばってもほめられないなら授業だけ聞く。
テスト勉強なんてしない。
嫌いな科目はとことん嫌いになり、授業中にいたずら書きばかり。
成績表に2がついたこともありました。
さすがにその成績表を見た母に泣かれたので
平均程度の成績がとれるようにはするようになりましたけど、ね。

でも、幸せなことが起こりました!
お引っ越しです!
今の生活地、札幌に引っ越しが決まったのです!
悪夢ともおさらばです!
中学2年の夏にあの悪夢の地とおさらばしました。

不安はそこから始まります。
引っ越しした先の学校は「不良が多いって噂がある」ところでした
とけこめるの?またいじめられるんじゃないの?
友達は?生活は?
山のような不安です。それまで以上に寝られなくなりました。
そして家は7階にありました。
そのころには少々の抑鬱があったようで。
飛び降り自殺とも闘う日々。(誰にもいえなかったけども)
落ちたら死ねるなぁ、と時折思ったのを覚えてます。



そんなの杞憂でしたがね!
友達ができ、新しい部活に入って。
また一回り大きな猫をかぶることと引き替えに
私はひとまず「親に嘘を言う」というストレスから解放されたのですし。
ただし、この猫…カメレオン特性を持っていました。
友達にすべてあわせることにしたのです。
もうあの悪夢に戻りたくない一心でカメレオン。
人と同じ色で生きることは負担もあったけど、悪夢は見なくなりましたね。
平穏になれたと少しだけうれしくなって暮らした1年半でした。

このころ1度だけ、親に怒鳴られたことがあります。
友達の家に行って、8時くらいまで帰らなかったこと。
連絡しなかったこと。
親から電話が友達の家にかかってきました。
怒鳴られるんじゃないかという恐怖で私は声が出ません。
友達に先に出てもらって、少し心を落ち着けてから私が電話に出たのに
「いいわけを友達にさせるとは何事だ!」と雷が落ち。
「連絡もせずに遅くまで遊ぶな!」「門限は6時だろう!」
雷の連発です。
たしかに悪いことをしたとは思ったけども。
私はこのとき決定的に父を嫌いになりました。
本心は大好きなのに。

このころから体調は少しおかしくなっていました。
睡眠不足や栄養不足、疲労蓄積などが重なると唇にできものができるようになったのです。
病名は「口唇ヘルペス」というものだそうで。
かゆくてたまらない水ぶくれがぷっくりとできあがります。
ちなみに今でもそれは抱えています。
いつ出るかわからない爆弾みたいなものですが、原因がわかっていれば出ないようにする努力はできるわけで。
時折出ては医者に行き、薬をもらっています
(でもこの薬、高い。1週間分14錠で約3千円。いいお薬なんだけど値段がネックです…)

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