ruka126053のブログ

ruka126053のブログ

第一話  前夜祭


チェーホフ


1
どうせ、終わる世界だと誰かが言った。深入りせず、介入せず。けれど私は知っている。その人こそ、居場所を求めていたのだと。彼女は言った。未来は変わると。会いたい、あの人に。かって、皇太子が言った言葉だ。はかなく。強く、そうであろうとした人。私は思う。それでもあの日々にウソはなかった、何度も思い出すのだと、私はそう思う。リアルで見つけるべきなのだ。存在とは何だろう。生きるには理由が必要だ。自分のために生きるべきなのだ、言葉一つ忘れずに。前へ進むだろう、それでも。皇太子ルドルフ。強くあろうとした人。未来の皇帝。


女官だった女性が尋ねてきた客人に削除されたはずの皇太子の日常の記録のような書類を見せる。ここではもう、禁じる者もいない。自由の国。
「あら、古い写真」
表情が死んでいる。
「…子供らしくないわね」
この国ではだれもが自由に生きられる。
「・・・殿下は、あまり写真が好きではなかったですから」
数枚だけだ。たった、それだけ。
「大公様も船で外国に行かれて、今はどうしているのか」
親戚のあの明るい大公は皇太子の近くにいた。
「…もう、昨日のことのよう、本当に世界が変わったのね」
だが、客人の女性は、変なことに気づく。
「ねえ、リジ―、この後ろの赤毛の子はだれ?侍従の子か、何かかしら」
ギクリ、とした顔になった。
「他にも隅に移っているわね、金髪の女の子と」
「・・・・そのことは、上から固く禁じられていました。でも、もう縛る方々がいない以上、いいかもしれませんね」
「でも、たぶん使用人の子か何かでしょう、なぜ、禁じる必要が?」
「おとぎ話です、でもこれは真実であり、現実にあったこと」
女性がくすり、となる。
「何、舞台の話?」

女性は口を開く。
「少女の名前は、アーディアディト・フォン。ヴァルベルグラオ、あれはそう私が少女だったころのことです、すべての始まりはある湖での銃の事故からです」
「男の子の名前は?」
「・・・ヴォルフリート、そう、ヴォルフリート・フォン・ヴァルベルグラオ、彼はある村の小さな男の子だった――」

ズガぁぁン。

「誰でもよかったんだ」
犯人の男は取り調べで言う。
「王族なら、誰でも」
「・・・」
亡くなったのは、皇妃。
その名は、ヨーロッパを牛耳った一族の女性。
自由。
生涯、彼女も皇帝もその息子もそれを知らず、生きた。


嵐が来る。

エリザベートの親せき筋が湖のほとりで死んだ。
だが、透明な青い瞳は静かなままだった。綺麗だが、ただ目の前の死を見つめていた。
「幻想に生きた人だった」
隣に立つ金髪の女性はまだ少女の色合いを残していた。
「彼は、王ではない、不幸にも王族に生まれた人だった」
「・・・」
それきり、アリスはルドルフに話しかけることができなくなってしまった。
こんなにも重いのに、他人のために幸せを願える。
なんて、残酷なのかしら。

女官の女性は、他の女官とともに宮殿に戻る準備、支度していた。だが見てしまった。
この国の皇太子が銀の懐中時計を開き、写真を見ていたことを。行方不明の将校の写真だ。それも少年時代のものだ。切り取った、少し不満そうで、横を見ている少年。
「・・・ヴォルフリート」
慈しむように、楽しそうに、さびしそうで、いとおしいものを呼ぶように。
だが、扉を閉じた。
始まりはそう―。

皇太子殿下が、ある田舎の少年と出会ってしまったこと。

「彼は殿下の親友、すべてだったんです・・・」
女性は首を傾ける。




始まりなど知らないし、そもそも夢を見るほど、欲求もない。
大切なのは理想や夢より、食べること。
相手をだまし、夢を与えること。
移動する一座の誰かがそういった。テントの外ではきれいな服、ダンサーの女性が街全体がざわめいていると話してくれた。普通なら自分を見るとひきつるのだが、ダンサーの褐色の女性は変人なのか、よく会話をしてくれ、頭をなで、文字を教えてくれた。
「頭いい子ね、ベイビー」
昨日は髪を切り、シャワーを一緒に浴びた。僕といても得にならないのに、時折、同じベッドで寝た。
演技?同情?アクセサリー?
「嵐が来るの?」
「ええ」
黒い瞳は暗い空を見ていた。
欧州は今、中世と近世、民族やいろんな主義が散らばっているという。モザイクのように。
けれど、フードかかった少年、いや子供に世界の変化など理解できなかったし、変革を求める人間と伝統とこれまでの世界が続く世界を信じている人、自由を叫ぶ大人、武力を求める大人。その一座の見世物にされる少年にとって、世界は劇のように見えていた。
「おや、ファントム、お前に客が来たようだよ」
「団長」
柵を小さな7歳の少年がつかむ。
香水のにおい、きれいな使用人連れ。あでやかな色の貴婦人らしいドレス。
「本当に獣の子なんていたのね」
使用人がくすくすと笑う。こびへつらう団長。別世界の住人。
「可愛い坊や、顔を見せて頂戴」

息を吸う。大丈夫、彼らはただ自己満足したいだけだ。同情するか、一時の娯楽を求めているだけ。フードをはずすと、使用人が驚いた顔をする。
明日は柔らかいパンが買えるのだろうか。
「・・・驚いたわ」
貴婦人はただ一言そういい、歌を求めた。父親を失い、一座に売られ、少年は歌う。


消える前の暖炉に似ていた。だが激しさは、きれいな服の少女にまだ色濃く残っていた。
「あの皇妃のせいよ」
「皇妃?」
「そう、あのどこの馬の骨かもしれないものを生んだ、田舎者の」
少女の家はその皇妃のぜいたくな旅のせいでばらばらになるという。
「エリザベートよ」
母親らしい女性があわてて飛び込んできた。
「そんなことを言ってはいけません」
「でもおとうさまもあの人に夢中で、だから」
雷が落ちる音がした。
「坊や、貴方は早く主人の元にいき、仕事してきてちょうだい」
「はい、奥さま」
「・・・皇太子なんて、本物かどうかもわからないのに」
なぜか胸がザわりとした。





ーー4年後、湖近くの小さな村。



優しい雨の記憶だった。

まるでものをみるように冷たい目で、かつてヴォルフリートと呼ばれた青年はマリー・ヴァレリーをみる。
「・・・と」
あまりの迫力に言葉が出ない。




人々が小さな少女の歌唱力に耳を傾けた時、一台の馬車が止まる。
「ヘレネ、見ていかないか」
「・・・え?」
「おやめください、だんな様、あんなものなど」
「いいじゃないか、いつもお行儀のいい音楽やダンスばかりではヘレネも飽きるだろう」
ふう、とため息をついた。
「また、お父様の悪い癖が出たわね」
口のうるさい教育係とお目付け役、父親。みじかに同年代の子供がいないヘレネは11歳ながら、ひどく大人びた子どもになっていた。馬車の窓から人の群れをみる。
所詮、庶民の娯楽とけだるそうに見てみると―

「ごめんなさい、驚かせてしまったかしら?」
「いえ・・・」
ヘレネはその日、天使に出会った。
「ふんっ」
「別にいいさ」
「ファティマ」
「あんたはのこってくれるんだろう?」
なあ。
「アリス」



嵐がきそうだ、と教会の鐘を鳴らす前に不安定な天気の前にみすぼらしい、つつましい格好には不似合いな、原風景の中の異質、純粋なオーストリア人というよりはどこか北欧か、高貴な家柄を思わせるスッとした鼻筋。その純粋な瞳は今は見えないトンネルをにおいを感じ取っているのか、明るい表情の中にも不安のような要素を真っ白な、これまた田舎の村には異質な本当に雪のような肌。同じ金髪の巻き毛の少女、シャノンと比べると美人というより、かれんさや幼さが目立つ。
教会に面した孤児院は木造たてでまたつつましく、人数の割に小さく、同じ色の屋根の風景の一部となっている。


この辺一帯のシンボルであるシュタインベルク湖の付近にある森の入口である人物に向かって一人の緊迫した表情の将校らしき軍服の男の姿があった。
「・・では、どうあっても考えを変えてくれないと?」
その人物の陰はやけに小さく、しかし何処か冷たい威圧感を漂わせていた。
「当たり前です・・・。教会と帝国を引き離すなんて私には陛下と貴方の考えが理解に苦しみます。あなただって神なき国がどうなるかわからないでしょう」
年の頃は30代くらいか、もうちょっと上か・・。
精悍な顔つきしてるが、その男はかなり若く見えた。
「・・侯爵」
「それに私には、貴方が今こうしてここにいらっしゃるのが疑問にしかめます」
「・・何が言いたい」
子供らしく高い声だが、言葉に含まれたモノはひどく冷たい。
僅かな陽光に照らされて現れたのは9才くらいの小さな少年だった。背後に口ひげを生やしたぎらついた目の男の姿があった。
「ゴンドレクールト・・、何故貴方がこんな所に」
「久しぶりだな」
「―王宮を追い出された貴方が何故殿下と・・」
陸軍少将ゴンドレクールト。
つい最近までオーストリアーハンガリー帝国皇太子殿下の教育係だった男である。
「さあ、どうしてかな?」
ゴンドレクールトはニヤリと微笑むと、隠していた銃を侯爵の腹につき立てた。
「何を!?」
「おまえはな、知っては行けない事を知ってしまったんだよ」

ドォォォン!
「・・・・・っ」
耳を引き裂くような銃声が鳴り響いた。


今日もアリスは他人のために慈愛の心を向け、笑顔のために村を駆け回っている。
「また、あのおてんば娘は」
アリスの思想の元には多くのヨーロッパの少女少年がそうあるように、すべての命を作りだした偉大な父、カトリックの蝶である神の存在がある。金持ちも貧者も平等に生まれ、詩が与えられる。
命を他人が身勝手に奪っ理、作ってはいけない。優しく、温かい世界であればいい。毎日、まじめにこの世界から争いがなくなればいい、可憐な少女。
深い湖底のような、深い深い空と海の色を浮かべた純粋な青。
「落ち着くということを知らない」
はつらつナ笑顔。
「意地っ張りなんだよ」
その声はまるで小鳥のよう、涼やかな鈴のよう。見えない光が住人達に向かって少女から放たれているようだった。
「女のくせに俺たちに正面から立ち向かうし」




「ストップ、喧嘩はだめ」
子供同士のケンカも、村人同士のケンカもアリスの手にかかれば型なしだ。
祭りのトラブルも率先して、導いていく。相互扶助、助け合いの精神。博愛。おてんばの一方で頭もよくお姉さんらしい気質。だれもが、大人も子供もアリスを愛していた。ただ、彼女は慈愛の精神、おせっかいの部分が人より過分にあるようだった。
「あんたね、何でも突っかかればいいんじゃないわよ」
リーダー気質、姉ご肌。悪く言えば、自意識過剰のいい子気取り。おせっかいでそそっかしいせいで、大人びた性格で違う意味でお姉さん気質のシャノンはよくストッパー役に呼び出されていた。
住民の子供たちも苦笑いを浮かべていた。
「ごめん、シャノン」
「今度、面倒起こしても私知らないからね」
その言葉にアリスはうれしくなる。意地悪で気が強い印象のあるシャノンだがいい子だなと思う。そう言ったら意地っ張りなシャノンは否定するのだろうが。
「ええ、次からは目立たないようにやるわ、淑女らしく慎ましく」
えへへ、と笑う。
「この前も同じこと言って言っていたわよ」
「優しいな、シャノンは」
「調子が狂う、ったく、無意識でやっているんだから」
アリスはにっこりとほほ笑む。
「アーディアディト・バルト」
後ろから響く声にアリスはぎくりとなった。
「これは麗しのシスターチェルシー」
笑顔がひきつるのが自分でもわかる。
「また朝の御祈りと草刈をサボって丘の上に行きましたね、忠告はこれで何回目ですか」
じりじりと近づいていく。
「ええと」
絶対に低い声とがっちりした方に鷲鼻、高い身長がチェルシーの印象を悪くしている。おまけにカラスのように目も髪も真っ黒だし、シスターチェルシーは印象を悪くしているわ。
「!」
アリスの目に青と緑の気弱なオッドアイの瞳が、平凡な顔立ちが入ってくる。この村の住民や孤児院の兄弟達よりもおそらくは最もアリスに近い存在、同じ呼吸の存在。純粋な意味でのアーディアディトの生きる支え、希望。守らなければいけない最愛の可愛い少年。その存在が目の前に飛び込んだ瞬間、呼吸が楽になるのが、空気が変わるのが自分でもわかる。誰よりも、誰よりも大事な家族。
「いたぞ」
アリスの、アリスだけの血がつながった、自分だけの弟。柔らかな空気がアリスを押しているようだった。
「おいかけろ」
反対方向から年上の子供に追いかけられる、涙と鼻水のそばかすの日で焼けた肌の少年が、アリスの視界に入る。心臓の音が脈を打つ。
「わあああああああああああん、姉さん、姉さん助けて~」
小太りの納付の妻や老人まで追いかけている。
「行きましょ」
「また足を引っ張っているのか」
「役立たずの脛かじりめ」
胸の奥が痛む。さっきまで好意的だった住民が仮面を変えたように、赤毛のダークブラウンの少年を見てあからさまな嫌悪を浮かべる。
「どうして、どうして、みんな」
弟はなぜやり返さないのだ、言い返さないのだ。不思議に思う。わからない。本当のヴォルフリートは強い、強いのに。
そういうとなぜかいつも悲しそうに困ったように笑う。
「争い事や喧嘩は苦手なんだ」
「でも!」
「それに傷つけあうのは、僕は・・・」
いつも悲しそうに横顔でヴォルフリートは言った。納得できない。ただ一つだけ、弟と譲れない一点、喧嘩してしまう点だった。意外と頑固なのよね。普段は気が弱くて、いつも困ったら泣きついてくるくせに。
「ヴォルフリート!」
文句を言おうとした時、シスターに言葉を阻められる。
「目をそらさない、人と話しているときは?」



10月25日。
ずるずる・・・。
「本当に致命的というか絶望的だな」
「うう・・・」
「まあ、文字覚えるのは早いしピアノも弾けるよな」
「ヴィンセントそれフォローになっていない」

「私一番」
「あーっ」
「ずるい、アリス」
「いつも一番なの」

その日は、アリスの誕生日だった。倹約思考のシスターたちは、無駄遣いだといったが、いつもは厳しい院長も、髪へのイノリが良かったのか、パーティーを開くことを許可してくれた。
むう、とピンク色の頬を膨らませるアーディアディトと困ったような表情のヴォルフリートの姿があった。
「私よりエマを優先するヴォルフリートなんて嫌い」
はは、とカールとヴィンセントが笑う。
「姉さん、機嫌直してよ」
おろおろとするヴォルフリートがアリスの後につく。
「いいよ、二人とも私が力がない~ヴォルフリートに頼んだだけだし」
む、とアリスがエマをみる。三人の様子をおろおろした目で見るマルガリータやカリーヌの姿もあった。
「ガキなんだから」
シャノンがため息をつく。
「アーディアディト、院長先生が呼び出しです」
「お前また何かしたの?」
「エンムント、ゲンマ―」
ヴォルフリートがエマのもとに戻る。
「アリス」
「は、はい」

ピンク色の包装紙に包まれた見事な細工の懐中時計。金色に輝く美しいフォルム。さすがのアリスもこれには驚いた。
「どうしたんです、これは」
「司祭様の贈り物だよ。君が12歳となった時、その包みから出すようにいわれていてね」
ニコニコと笑っている。
「でも、どうして・・・」
嬉しさよりも、アスには、どこかの店で働くかもしれない身分のアリスには、こんな豪華なものを、ただの孤児である自分に、つつましさを愛するあの司祭様がわざわざ買ってくれるなど、信じられなかった。
言葉がうまくみつからない。
「勿体無いです、・・・だって・・・そんな」
「いっておくが、これは今日、買ったものではない。君とヴォルフリートが孤児院に来たとき、君たち自身が見につけていたものだ」
少し、引っかかった。
「・・・達って」
パーティー会場で飾りの花を落してしまい、シスターやヴィンセントに怒られるヴォルフリートの方に振り向く。
「シスター、花は他の子に任せて、彼をこっちへ」
「わかりましたよ、本当に役に立たない子ね」
「うー・・・」
ヴォルフリートはぐずついた。馬鹿にしたようにグンターがヴォルフリートを見る。
「ヴォルフリート、これは君の分だ」
ヴォルフリートのプレゼント用の袋は白鳥が翼を広げたようなマークがついた青い包装紙だった。
「開けていい?」
「もちろん」
わくわくした表情で、さっきまでの落ち込みを忘れたように袋を開け、リボンを解くと、からくりが入ったわしが翼を広げたような金属製のペンダントが入っていた。中央には青い石があり、中身を開くと鍵が入っていた。
「やだ、女の人みたい」
くすり、とシャノンが笑う。
「シャノン」
「分かったわよ、弟がからむと怖いんだから」

                    2




青い澄んだ青空、流れる雲、広い野原。
ピンク色の花の花飾りをヴォルフリートがつける。
「はい、姉さん」
「うん、よろしい」
よそ行きの青いワンピースを身にまとい、アリスは上機嫌だった。
「ヴォルフリートは私の弟なんだから何でも言うことを聞くこと」
「えーっ」


「・・・・・はぁ・・・・」
ベッドに赤い頬のヴォルフリートの姿がある。アリスのまぶたも赤く、昨日から寝ていないのがわかる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「・・・・ねえさん・・・」
「私が遊びに行こうって言わなければ・・・・」
ぎゅっと小さな手を握る。
「いいんだよ、姉さん・・・・」
「ごめんなさい」




「お姉さま、早く、早く」
「気が早いわよ、フローレンス」
その様子をほほえましそうに、上流階級らしい上品な両親と仲よしのエリカという使用人がいた。
「わが妹君達は、おてんばで困るな」
カッカッと白馬に乗り、兄のシャルルがひもを引いて、二人の横を馬とともに駆け込んでくる。優しい風が三人の間を流れる。

「まあ、お兄様ったら」
煌びやかな、この世の不幸のないような幸福そのものの家族の情景。アンジェラは社交界にデビューし、当たり前のように幸福な未来が続くと思って、疑っていなかった。



ー19世紀・バイエルン、湖畔地帯。
「そして、ナポレオンの快進撃はその先頭により徐々にその動きを失速させていき・・・」
一人の貴婦人が見回りの孤児院の一角の木の下で歴史の本を読んでいた大きな飾りがある帽子によそ行き用のドレスに歴史の教科書。
「そして、その時、皇后ジョセフィーヌの乱行によって、国民の生活に影響が・・・」
はらり、はらりと白い花が散ってくる。
「・・・・ふぁぁっ」
大きなあくびの声が聞こえた。
「・・・アーディアディト・バルト」
ピンク色の唇はだらしなく広がっていた。こんな田舎には珍しい金髪に、深い湖底のような青い瞳には紫がかかっていて。愛らしい顔立ちで、成長すればどれほどの美貌になるのだろう。
眉をひそめて。
「聞いているの?」
エプロンドレスに赤いチェックのワンピース、白いソックスに茶色の靴。赤いリボンを左右につけて、のびやかな小鹿のような足をだらりと下げた。
「これは歴史の勉強なんですよ、せっかくこの地のお偉い肩が貴方達のような労働階級の子供にも教育を施そうとしているのに」
「だって、挿絵がないんだもの、その本、難しい字ばっかり」
アリスは白い花で花の冠を作っている。
「私の知っている本は、挿絵ばかりだわ」
「素晴らしい本は、基本挿絵がないものです、アーディアディト、あなたも女性なら落ち着きというものを覚えなさい」
木の枝の上でごろんとなる。
「木登りや追いかけっこ、ダンスの方が面白いわ」
「アリス!」
けだるそうに、アリスは空に飛ぶ鳥をみる。
「勉強したって、どうせ私は商店か、少しお金があるところに行くだけだわ」


「孤児院のリーダー格はガキ大将のエリク・ペッターだった。人より足が速く、元気で乱暴で威張り屋で、短気で喧嘩っ早い。遊びに行くときの先頭はエリク、次にエリクに対抗心を持ち、ライバル心を持つ、あわてんぼうだが周囲に気を配ることが上手な線の細いヴィンセント・シャインネインターク、気のいい体格のいいカイル・バートンと従順なグンター・エルマン、姉御肌でおてんばなアリス、マスコットキャラのカリーヌ・マルゴ・バシュ、流されやすいマルガリータ・リヒトホーシェンと目が悪くしっかりモノのエマ・ヴィンターメーベル、気取り屋のシャノン・アイトグレイン。
いつも一緒というわけではないが、いじめられることも多かった、孤児院の子供達は兄弟であり、誰よりも近い親友だった。
「強情!」
「意地っ張り!」
扉を開けると、アリスが舌を出して、エリクとの朝の喧嘩をしていた。アリスに機ノアルヴィン船とは、表情をゆがめる。持病の胃痛がヴィンセントを小さく襲う。
「エリク、止めろよ。またシスターチェルシーに怒られるぞ」
チェルシーと聞いて、エリクは苦手そうな表情を浮かべる。エリクはシスターチェルシーの怒鳴り声が苦手だ。
「ふん、べっつに怖くないし」
「お前が嘘付く時は口を微妙にゆがめるからな」
「うっ」
勝ったと言うように、ヴィンセントがシニカルな笑顔を浮かべる。頬を赤らめ、エリクを熱い目で見るマルガリータを、気の弱そうな表情のカリーぬが心配そうに見る。
「アリス、・・・トイレ」
指をかみながら、黒髪の年少、エトムントがアリスのスカートのすそをつかむ。
「あ、ああ、一緒にトイレに行くんだったね」
優しい、包み込むような声に変わる。エトムントに向ける優しいアリスの表情にエリクは一瞬、頬を緩めると、不機嫌となり、どかっと席に着く。最後に送れて、ヴォルフリートが現れると、途端に子供達は安心したように笑顔を浮かべ、状況を掴んでいないヴォルフリートを優しく見ながら、席についた。



                     3


「そう・・・」
「お嬢様、本宅にお戻りください、奥さまがお嬢様に知らせたいことがあると」
アンジェラが顔をあげる。
「え?」


孤児院長は運営資金のことで悩み、シスターや司祭と相談しているのを子供のアリスも知っていた。自分たちは今週を過ぎれば、恐らく別の孤児院か、社会にでて、働くことになるか、運がよければ養子となり、その家の家業を受け継ぐことになるだろう。今、自分が空を眺めている瞬間も、セルビア人やルテニア人や様々な人種を抱えたヨーロッパの名門、フランツ・ヨーゼフ皇帝陛下のオーストリアに銃帝国で。ミルクが少ないことは今日の出された食事でわかっている、大人達は、オーストリア后妃・エリザベートのせいだという。
「アリス、悪いね、井戸から水を汲んできてくれるか」
「はい、司祭様」
優しい温厚なカールハインツ司祭、銀髪の初老の司祭様は好きだ。
水を汲みながら、優しい司祭様にアリスは笑顔を返す。
「働き者だね、アーディアディトは。普通なら女の子はこういう力仕事や農作業は嫌がるんだが。いつも率先して、やってくれるね」
「そんな事・・・、私はただしサイ様や孤児院長先生の役に立てれば・・・」
本当にアリスは双思っている。人の役に立ちたいと。
「でも、君は女の子だ、無理をしてはいけない」
「・・・」
「アリス?」
胸がちくりとした。
「バケツの水を取り替えますね」
「頼む」
エリクが睨みつけるようにアリスの前に立った。
「・・・何よ」
「お前の腕じゃ、大量に組めないだろ、俺がやる」
「私が任された仕事よ」
「貸せ」
バケツを奪い取られた。アリスはむっとなったが、男と女の差なのか、自分がやった時より、早くに次々に手際よく組まれていく。
「・・・・」
アリスは複雑な気持ちになった。
「無茶はするな」
・・・・根はいい奴なのよね。
その時、シャノンがアリスに親しげに駆け寄ってきた。
扉の奥では、シスターチェルシーが血走った目でお金を数え、今後の孤児院の家計をどうするかと孤児院長と暗い表情で語り合っていた。
「次の見積もりは・・・・」
「いや、この前、彼には借金を断られたじゃないですか」
「しばらく、子供達を売ったお金で」
「・・・・」
「アリスはいい子ですが、ここにおいていくわけには。頭もよいですが、内ではもう・・・姉弟そろって、同じ場所に行くわけには」
アリスは複雑な気持ちでその会話を聞いた後、目をそらして、シャノンの元に向う。暗い、狭い、息苦しい。アリスの世界はまるでこの村で閉じ困っているようだ。大人達や外の世界の話を聞いても、身分や戦争、出口のない何かにいるような気分になる。まるでこの先、闇しかないような、奇妙な不安。そんなことがあるわけがないのに。
鳥が空を飛んでいた。
湖の向こうには何があるのだろう。




                    3

「シャノンって、ナルシストが入ってるよね」
「自分の顔が好きなだけよ、アリスも黙ってれば凄く可愛いわよ」
「いいよ、私は、男の子なんか興味ないし」
「玉の輿のるのがシャノンの夢だっけ?」
アリスとヴォルフリ―トはやや苦笑いだ。
「そうよv食事に困る、服だって数えるほどの暮らしなんて私に似合わないもの」
まあ、シャノン美人だし。・・その気になるのはわからなくはないが。
「何よ、ヴォルフリ―ト」
シャノンは思わずムッとした表情になった。
「ごめんなさい」
ひっ、と声をあげた。本当に経たれだ。すぐに突っついただけで泣きそうになるんだから。気弱で無作法で無頓着。
必要以上に怖がりであまったれで。村の人間も言っている。彼は明らかにアリスのお荷物だ。弱いからいじめられる。抵抗する意思を見せればいいのに。
「ヴォルフリートは繊細なのよ、そんなに強く言わないの」
かばうようにアリスが前に出る。アリスが主役ならヴォルフリートは間抜けなお荷物だ。わき役だ。きっと将来も将もない相手と結ばれこの村で終えるんだろう。なんてつまらない人生。口先だけの大将。
「あんたっていうもそうよね、いつもアリスにかばわれても」
「だって、だって、喧嘩はだめだよ」
争い事が苦手だといっているつもりか。シャノンの中で苛立ちが浮かぶ。
「!」
始まりの太鼓の音にアリスは表情をハッと変えた。
明るく軽快な音楽に、皆を笑わせ人間離れした技を見せるピエロ。
異国のものという証の褐色の肌の若い歌手が歌う悲恋の歌。
散らばるライト。
「うわぁぁ・・」
唱が好きなアリスにはそれらがすべて輝いてるように見えた。こうなったら、もう、アリスはその瞬間周りの声が聞こえなくなっていた。
はぁぁ~と、天を仰ぐようにシャノンは顔に手を置いた。

・・一回こうなると、アリスこっちの世界に戻らないんだよな。

「・・ヴォルフリ―ト。高い身分の人間に近づける気品、容姿一つも持ってないからってやっかまないでよ」
ヴォルフリ―トは目の前の芸に視線を奪われながらどうでも良さげに答えた。一つ下の弟ヴォルフリートをアリスと愛称で呼ばれる、金髪のストレートヘアと大きな碧かかった青い瞳の11歳の少女は大切にしている。
「ごめんなさい」
しょぼんとなる。
「そうだよね、僕地味だし体力ないし、馬鹿だし」
いじいじし始めた。
「頼りないから君や姉さんに迷惑かけるし」
指先をつつきながら、目をうるみはじめる。
「う・・・」
わぁぁぁんと泣き始めた。気―ンと音が鳴り響き、大人達はなんだと肩をすくめた。



皇妃ゾフィーは、ルドルフの質問に教鞭をとりながら、答えた。
「お前の母は帰ってきません」
「どうして、僕の誕生日なのに」
うるうる、とルドルフはなきながら、足元に纏わり着く。凍りつくような、冷え切った機械の目。
小さいルドルフにはそう見えた。
「あのものがハプスブルク家の皇妃ではないからです」
「でも、僕の・・・」
ただ一人のお母様だ。そういおうと思ったがあまりの威圧感にルドルフは声を上げることができなかった。
「あのものは、王宮のしきたりに私に耐えられず、お前から抜け出したのです」
いつのまにか、持っていたものが扇に変わり、パチンという音が響く。ルドルフは肩を震えさせる。
意識を現実に戻す。湖と澄み切った青空。どこまでも緩やかで穏やかな時間が流れている。バイエルン国王、エリザベートの従兄弟。ルドルフの親戚。
世話役の大佐と侯爵と明日、待ち合わせをする。今はお付きの女官と離れられる短い時間だ。ロシアやドイツ、外ばかりでもなく、中でも、多くの民族を、民を抱え込んでいる国には伝統と人にお恵みを頂くのが当然と考える貴族ばかりだ。将来の皇帝に媚びる女性達。
・・・・息苦しい。
階級社会。決して、他者を認めない、広いばかりの国。時代遅れの軍隊。
「~~っ」
まるで、金魚鉢の中にいるようだ。
立ち止まるわけにはいけない。目をそらしてはいけない。この小さい身体にこの国の未来はかかっているのだから。
ルドルフは拳を握る。
・・・・・それに、自分と父、あの呪われた一族しか知らないのだ。帝国に抵抗を繰り返す、人であって人ではない。奴らを全て駆逐しなければ。
誇り深いルドルフは、この体にも彼らと同じ血があることを嫌悪感に近い感情で持っていた。
きつい眼差しで、子供と思えない表情で手をかざし、前を見据える。
帝国の平和を乱すものは絶対に許さない・・・・!!
ルドルフの名において、誓う。
邪悪な影が背後からルドルフを襲う。
「エリク、見つけた~」
緊張感のない声、あわてて、はっぱをつけて、草むらから10歳くらいの少年が間が抜けた表情で出てきた。田園風景にいかにもいそうな少年、薄汚く安い格好をしていた。
遠くの方から侯爵らしき影が見える。
「あれ、いない、なんだ、別のところ出たのか?」
「・・・ここをどうやってきたんだ」
人払いはさせていた。住民や観光客がこの場にいるはずもない。それに今気配を感じなかった、この僕が。
能天気な、楽天きな馬鹿そうな表情。
「大人に今日は湖に来るなと言われなかったのか?」
「え、ああ、その格好金持ちの子か、使用人はどうしたの?お父さんやお母さんは」
「僕が聞いている」
きつい口調に怯えた表情になる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「立ち去れ、ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「で、でも、君の方が・・・」
「され」
びくり、と肩を震えさせる。
「ごめんなさい!」
だからなぜ謝る。
「・・・僕のようなものが、あなたのような身分高い方と、すみません!」
「そんなのは関係ないから、いいからお前は」
「すみません!!」
ア、と声をあげる。すくんでいた少年が涙目で何かに気づく。
「葉っぱがついてる・・」
のほほんと笑顔を浮かべると遠慮もなしに少年が葉っぱをとると、後さずるルドルフを大げさなと言いながら、僕も感じ悪かったね、ごめんといって笑いながら、じゃあねといって、走り去って行った。
「な、なんなんだ、あの庶民・・・・」



誕生日の翌日、アリスは湖の方からまわり、町へと戻ろうと走った。その時、臭い匂いがアリスの鼻腔をくすぐった。
・・・・さっきと同じ地点。
気になるが、無視しようと思った。近づかないことが正しい、感覚的に理解していた。
左目にゴミが入ったような感じが入った。
「・・・目が痛い、何?」
火事???
左目をこすりながら、アーディアディトはふらふらしながら、薄暗い中で前に進んで、林の中を抜けると、全てが消えて、普通になった。
「あれ・・・・」
左目が楽な感じになって、アーディアディトはゆっくり目を開けると、一つしたくらいの高そうな服を着たか弱そうな、美しい少年が視界に入ってきた。
・・・・貴族のお坊ちゃま?
目の前で人が撃たれた。


ゴルグレクールとが立ち去った後、いきなり、それは起きた。
ガサッ、ガサッ。
「きゃあ!」
ずるっ、と足を崩して、輝くような金色の髪の美しい少女が林の中から転げ落ちた。

「!?何奴!?」


「いたた・・・」
・・・・女の子?
「お前・・・・」
真っ直ぐな目がルドルフを捕らえていた。少年はなぜか、アリスを見たことがあるように見下ろしていた。
「何者だ・・・お前」
驚きと困惑、見られたという緊張感がルドルフを襲う。瞬時に、冷たい目に切り替わる。ルドルフの手がアリスに伸びる。だが、判断はすぐに覆すこととなる。
「・・・・・」
「ん?」
誰にも気付かれずに、死んだこの男を呼んで、教育係の協力者にも周辺の住民には近づかないように指示してたはずだ。
伯爵がすでにいなくて、良かったが、一般人に自分が人を殺している事を見られた。突然の予想外、ありえない事態にルドルフは混乱していた。
「貴様・・・」
金色の髪の少女が足元の死体に視線を向ける。



死体をみて、数分茫然としていたのか、アリスはいつのまにか、柔らかな緑色の光の結晶に包まれるという幻影をみていた。
え?
だが、すぐに消える。
・・・・・・夢?
胸の中の言葉を誰も聞くことはない。
なぜか驚いたように、小さな少年は自分をみていた。ルドルフは少し黙り込むと、いきなりアリスの胸にすりついた。
「えっ?」
一気にアリスの顔が赤く染まる。
「僕は・・・、怖かった。この人がいきなり意識を錯乱して、目の前で自殺したんだ」
突然すぎて、アリスは「は、はい」と答えた。美麗な顔立ちと澄んだ青い瞳がこんなにも近くでアリスだけを見ていた。
宗教画の天使みたい。何て、とても綺麗な子なの。
「そして、君は倒れていた僕を助けた、ここに来た大人にそう伝えろ、いいな」
命令口調だが、わその表情はか弱く、肩も小さく震えていた。
「・・わかった」
胸の中の高まりがまだ止まらなかった。


ようやくルドルフ達の下に女官や警察、軍人達が集まりだす。
「子供の前で自殺なんて、なんて恐ろしい事を」
「・・・ひっ、・・・・あっ」
女官がルドルフの小さな体を抱きしめる。たくさんの人間に囲まれながら、青い表情のルドルフは息を整えていた。
やっぱり、怖かったのか、と気遣うような気持ちが生まれる中、少年がアリスを見た。
背筋が冷たくなった。
―悪魔だ。
体の芯まで凍りつきそうな、王者の瞳。これは、鷹の目だ。
天使の顔をした悪魔がアリスの前にいた。
「それでルドルフ様、この少女は・・・」
「僕と一緒にその人が銃で死ぬのを見たんだ、その人、僕たちを殺そうと、・・・ねっ、アーディアディト!!」
とても冷たい、青白い手だ。周りは気づかれないが、腕を強くつかまれた。
「・・・っ」
そうだといえ、と聞こえない声で強要された。支配するものの表情で、ルドルフは確かにそういった。
「はい・・・っ」

                       4
「無礼にもほどがあるぞ、庶民」
不機嫌そうに威圧的に
「この方を誰だと心得る、この国の皇太子、ルドルフ殿下であられられるぞ」
鈍器で殴られたような衝撃がアリスに入る。



ガシャンッ。
「・・・・・・?」
真夜中、アーディアディトはそこで目を覚ました。鈍い眠りから意識が現実に向かっていく。立ったまま、寝ていたらしい。場所はむらの中の広場だった。
空を見渡すと、既に暗闇に包まれようとする時間らしく、オレンジ色の空もその色を薄くしている。
「・・・っ」
不安になって、辺りを見渡した時、張り詰めたピアノ線のような、そんな感覚が襲った。高鳴る心臓、身体中の血が騒ぎ出す、恐怖が頭の中を駆け巡り、緊張が肌を張り詰める。
こうなる時は決まっている。

―なにかが側にいる。
ざわっと肌が粟立つ。

寒さと恐怖が、アリスの体を包み込む。
後ろを振り返ると、窓からガラスが割れ、地上に落ちてくる。アリスよりも数倍体格のある男が黒装束を地で染めて、真っ白な地面に落下した。
「ひっ」
大きい音が鳴り響く。人相の悪い男は既に事切れていた。

ジジジ・・・・。バリバリバリッ。


見えない動きで、地面が削り取られていく。まるで鋭い刃物や機械で剥ぎ取っていくようにも見えた。
ザザザ・・・ッ
突風のせいで、自分の目の前で起きていることがわからない。もう一人の悲鳴が鳴り響いている。
・・・逃げナキャッ。
心はそう思うのに、足が動かない。何で、何で。表情が恐怖で引きつる。
。呼吸が乱れる。アリスの体は寒さと恐怖で体が動かない。


ビュウッッ
赤い液体が放射状に突風が消えた瞬間、雨のようにアリスの元に降り注いできた。恐怖で呆然としていたアリスははっとなる。
「え・・・あ・・」
べとり・・・、とぬるりとした感覚の血糊が自分には不似合いな高級な服についていく。両手を震えさせ、それが人間の血であることに悲鳴を上げそうになる。
ぽつん。
水滴がアリスの頭に落ちる。本当の雨だ。突風が消え、中身が見え始め、頼りない背中が見えた。まるで少女のように丸く、小さな華奢な肩だった。
着ている服も異国の民族衣装だろうか、刺繍が施されているが、破けて、引き裂かれて、無残な形になっている。中の白いシャツのような服が切り刻まれ、西洋人の肌の白さとは違う、背筋が冷たくなるような、そんな美しい白い肌には銃痕のようなものや切り傷、暴力を受けたような痕があった。
「・・・・・・痛いわよね」
素直にかわいそうと思い、涙をこぼした。背格好からして、同い年だろうか。いや、自分よりも低い。
「!」
肩を怪我をしている。
・・・外国人か。こちらの言葉はわかるだろうか。
「・・・誰があなたにそんなひどいことを?」
乱れた髪は肩まで伸びて、鋭い眼差しの少年は振り返って、驚いたようにアリスを見た。
「さぞ、刺された時痛かったでしょうに」
傷だらけの手を握る。涙を流して、話しかけた瞬間、首に指が食い込んできた。
「・・・・・っ」
白い指がきつくアリスの首を絞める。
「~~っ」
何、この子!?
「動くな、動けばもっと絞める」
闇の中で獣に似た瞳がアリスの姿を捕らえる。狼の目だ。
「異能者だな、俺を殺しに着たのか?」
「い、異能者?」
聴いたことのない単語だ。
「・・・」
恐怖がアリスを襲う。
「・・・・ヴぉる・・・」
駄目だ、弟では逆にやられてしまう。
「答えろ、お前は何者だっ」
激しい感情がアリスを襲う。
「・・・・傷を見せて、痛むんでしょう?」
一瞬、相手が息をのんだ。
「・・・・怪我してるんでしょう、すぐ近くに孤児院、私の家があるから、手当してあげる」
「・・・何をたくらんでる?」
今度は挑発的ではない。だが、殺すきは薄らいだようだ。確認する言葉だった。
落ち着け、冷静に。冷静に、たいしょ。
「けが人は治すもの・・よ」
指がゆるくなっていく。
「怖くないわ」
アリスがゆっくりと見下ろしていく。厳しい目で少年はアリスを見る。
「小さい」
「え?」
アリスは胸元に違和感を感じた。馬鹿にしたようにエレクが笑う。
「栄養が行きとどいていないんじゃないの、あんた」
かぁぁぁとなる。
胸、胸触られた。
馬鹿にされた。アリスは怒りマックスになった。
「あ、あんた!」
その時、村の顔見知りがアリスの前に現れる。
厳しい表情をしていた。
「・・・・おばさん?」


                5

銀色の十字架が長身のその男性の胸元で輝いていた。
「こいつが異能者です」
「証拠に、ほら・・・!」
村の農民がアリスの胸元をつかむ。
「何を!?」
「だまれ!!」
囲んでいる男の一人が叫ぶ。
「ミルクウリのおじさん・・・・」
「昨夜、私の土地ウリのだんなが何者かに殺され、その前には湖で自殺事件があった」
まるで犯人を尋問するような、なぜ疑うようなまなざしを怖い目で自分をみるのだ。昨日まではいつも通り、挨拶してくれtのに。
「あんたたち孤児院にはこんな田舎の孤児院には不似合いの多額の金が毎月振り込まれていた、私たちには内緒で院長は受け取っていた」
20代くらいの女が、ヴォルフリートの頬を叩く。
「やっ!」
ぱしぃぃンという音が鳴り響き、助けを求めるようにアリスをみる。
「ヴォルフリート!」
「助けて、姉さん!!」
手を伸ばし、乱暴する大人からアリスに助けを求める。
「女に助けを求めるなんて、本当に情けない子だね、それにいつも迷惑かける愚図な子!」
また殴る。
「あんたをみるとイライラするんだよ、私の夫は国のために戦死したのに、あんたみたいな役立たずを養っているなんて!!」
「離して、なんで、私たち何もしていない、どうしてしまったの!?いつも、みんなあんなに親切じゃない!!」
冷たい目で村人に一斉に睨まれる、アリスはすくむ。
「あぁ?」
言葉が沈んでしまう。
「悪魔の子!ここは静かな村だったのに!」
「やめて!」
キッ、とにらまれる。
「黙れ、裏切り者!」
スーツケースのようなもののと、ドレス、金で飾られた胸飾りや懐中時計や時計。すべて、庶民には手に入らない特注品だ。
「・・・・これは」
「あんたの家のシスター長が隠し持っていたものだよ、あんたが12歳になったら開封される並びのつもりだったけど」
親子連れがアリスの胸元をみる。
「恐ろしい…それが悪魔のしるし・・・・・」
「お母さん、あの赤い鳥、なあに?」
胸に何があるのか、とアリスは自分の胸をみると、小さな刻印のようなものがあった。
「これはー」
「他にも何か隠している可能性があるぞ、おい、アーディアディト」
髪を乱暴につかんで、悲鳴を上げるアリスの顔をあげる。
「やぁ・・・っ」
怖い、怖い。院長先生、シスター、助けて。
「院長たちは釣り上げた、ほかに隠しているものがないか、お前が案内しろ」
ナイフがアリスに向けられる。
「釣り上げ・・・、ひっ」
「お前が悪いんだ、この国が貧乏なのも」
暗いよどみがアリスに迫る。
「戦争で負けたのも」
沼の底のように忍び寄る。


「お前がいるから!!」


「姉さん!!」
身体中の血が引くのがわかる。ナイフを向けられたアリスも目撃したヴォルフリートも、突然の異常な現実に困惑と恐怖、混乱をするのを押さえられなかった。
「やめて、姉さんは悪くない!!」
大人達に取り押さえられていたヴォルフリートはじたばたと暴れ、逃げようとして、腕を引っ張り顔を突き出す。
いけない、このままだと弟まで。
「・・・・・何が望みなんですか?」
声が震えている、今すぐ逃げ出したい。
でも、エリクやヴォルフリート、家族を守らなきゃ。
だって私はお姉ちゃんなんだから。
「無力な子供になんの力もない私を力で脅して、何が望みなんですか」
「何?」
まっすぐな目を向ける。
「院長先生が裏でどんな悪いことをしていたかは知りません、伯父さん達の不遇は私も知っています。でも、だからといって、なんでその刃を子供に向けるんですか!!」
「アリス!」
エリクがいさめるように声を荒げる。
「ガキが聞いたような口を・・・っ」
かぁぁと顔が赤くなり。
「貴方達は卑怯です!!」
腕が振り下ろされそうになる。
「卑怯だ!!」
持っているのは剣で。


「この・・・っ」
凶器がアリスに降りかかろうとした。
「!」

殺される・・・!!

「や」
誰かが声をあげた。
「くそがきがぁぁ」
覚悟を決めたようにアリスは目をぎゅっとつぶる。
「やめてぇぇ」
泣きじゃくりながら、シャノンが泣き叫ぶ。誰かがカっ、と見開いた。



静寂がしばらく続き、アリスの目が開く。茫然となり、戦意喪失となっている大人達が目に飛び込んでくる。
「・・・・・?」
まるで静止画だ、雷でも打たれたように何かをアリスではなく、すぐ横を通り過ぎ凝視している。
何を見て―
アリスは恐る恐るふりむくと。

ありえない光景が飛び込んできた。


「な・・・」
目の前で見なれた、気弱そうなダークブラウンの髪が揺れる。


ズダァァァン!!
右腹を大きく、鋭い付きで信じられない速度で勢いで手慣れた手つきで突き飛ばす小さな日だまりの匂いの少年。その少年は気弱で、自分から表に外に出ない子でいつも後ろにいる頼りない弟で。




稲妻のように、目を光らせ、獰猛な獣のように、疾風のごとく、ヴォルフリートは男達に襲い掛かる。頼りない少年の見た目とは裏腹に、さっきまでの気弱な役立たずのお荷物ではなく、大人である自分達に牙を向ける獣だった。すぐに気づき、男達はヴォルフリートに向かって、銃弾を放つが、動きが遅く、子供という慎重さを生かして、一気に男達の足元に剣を突き刺し、切り込んだ。
「何だ、このガキ・・・っ」
「ただの孤児じゃないのか」
男達の動揺を気に留めることもなく、表情がただのヴォルフリートからまるで高貴な貴族、勇敢な戦士のそれの表情になる。前の男達の手足を切り込むと、残った男達の喉元を一気に狙い、県の塚に県を反対にして、突き刺した。

ドゴォォ・・・・!!

ドォォン・・・・・・!!


「何者だ・・・貴様は・・・」
「――黙れ、悪党にこたえる言葉はない」
すごく冷えた声。
剣が振り下ろされる。
「なぜなら、お前達は―」
冷たい眼光。握られる冷たい金属の長身。
「これから一方的に僕に制圧されるんだからな」
「ヴォルフリート・・・・」
信じられない、これは何?誰?目の前にいるのは。くるりと振り向く。思わず体を緊張させ、肩を震えると。
「大丈夫、僕が守るからね」
手が震えている。緊張しているのか。
「だから」





「・・・?」
目が覚めると、男達は倒れていた。アリスも意識を失っていた。
時刻は3分ほど過ぎており、なぜか右目が痛んだ。身体中がバチバチしていた。
「・・・行こう、姉さん」
何が起こったんだ・・・確か、男達に銃を向けられて。
ズキン。
「・・・・」
感覚がおかしい。姉の身体を引きずりながら、歩き始める。今は孤児院に戻ってはいけない。いつもは鈍いはずの頭が今はこんなにもはっきりと廻っている。
・・・とりあえず、姉さんを安全な場所に。僕は孤児院に戻って、院長先生に今の状況を伝えよう。
でも、どこに・・・。
そうだ、あそこに・・。





                       7


ドンッ
その時、街の方から爆発音が鳴り響いた。


火事でもえた孤児院後に戻ってみると、大きな音が鳴り響いた。泣き叫ぶエマと血だらけのグンター。地元の警察や消防の慌てふためく姿。見守る観衆たち。
「一体、何が・・・」
「良かった、二人とも無事だったのね」
シスター達が駆け寄ってくる。2人の側まで見ると、力強く抱きしめてきた。
「ああ・・アーディア、・・・どうすれば・・・」
「なんて、恐ろしいことが・・・・」
悲しみがシスター達を支配していた。
「悪魔にでも魅入られたのかしら」
「何故、こんなひどいことを・・・・」
アリスが混乱しながら、顔を上げると、赤々とした松明のような教会があった。はっとなる。
「院長先生や司祭様は!?エトムントやマルガリータ、カリーヌは!?」
涙で顔を濡らしながら、シスターが指を指す。
心臓が脈を打つ。
「まさか・・・・」
ゴォォォ・・・・。


「止めなさい、アリス!!」
「ヴィンセント!!」
ドクン。
「・・・!?」
教会の中では、縛り付けられた司祭と包丁や棒を持ったカイルやエトムント、ヴィンセント、カリーぬの顔が潰れた死体があり、炎の赤い世界が教会の中を支配していた。

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
アリスの悲鳴が鳴り響いた。

「エリクは気が動転して、行方不明だし、どうすれば・・・」
アリスの手を握るヴォルフリート。茫然自失のアリスは、目の前の現実が自分に起こっていることだとはとても思えなかった。
何?
「・・・何なの、これは」
深夜、アリスはずっとその状態のまま、ヴォルフリートにしがみついていた。いつもと違う座る位置と立場。
「何なの」
震えているヴォルフリートは数時間後とに、シスターにしがみついていた。恐怖のあまり、声も出せないようだった。


目が覚めたら、ヴォルフリートはいなかった。
「ごめんなさい、何度もとめようとしたんだけど」
側にいると、守ると約束したのに。どんな事があっても、私が守らないといけなかったのに。
「・・・わけがわからないわ」
大きく、アリスの目は見開いていた。髪をかきあげるシスター。
「・・して」
頭の中がまた、混乱する。
「・・・ヴォルフリートが」
「オーストリアの宮廷の・・・早朝にお使いの方がいきなり、来て、今まで、そんなお方たちとかかわったこともないのに、上からの命令とか言って」
誘拐されたのだ。



                   8

「いいんです、それより私は行かなくちゃ」
「どこへ」
「弟は死んでなんかいません、生きています」
「アーディアディト、だが」
「貴方はいつまでもここで英雄ごっこを続ければいい、でも私は会いに行きます、家族に」

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: