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第9章―虚栄の華



ダンスホールで、その日、エドワードは、赤いドレスの少女と出会う。たくさんの人の中から、アンネローゼを見かけた。
「彼女が気になる?」
「オーウェン卿・・」

「君の気性はどちらかというと、ブリジットに似ているね」
「おばさま?」
アリスはきょとんとなった。
「激しく己を曲げない、・・・・そしてもろい」

「ふん」
照れているのか何だかわからないが、ダリルの前だとなんで、姉さん、ツンデレ風味何ですかね?
「あらぁ、これはお優しいと評判のアーディアディト様じゃない」
鈴のように愛らしい声だが毒に満ちている。
「ドロテア・・・」
エメラルドのような瞳に赤い髪。出会ったときからそうだが、彼女はアリスに意地悪だ。いや、嫌っていると言った方が正しい。
どうして?

/勇気が欲しいって、初めて思った
「やあ」
「おお」
ダリルはアルベルトと向き合う。


「寒いですね」
「ああ、そんな薄い格好だし、何かはおれそうなもの持ってこようか」
13歳の華奢な少年は日に焼けた肌をしていた。
「いえ、私はこれで・・へ」
平気と言おうとしたその時、くしゃみをしてしまった。
大きい菫色の瞳を彼に向ける。
「あ、あの・・・」
「僕のコートかそうか」
恥ずかしいと顔を赤くしていたらみられていたらしい。
「姫様にそんな薄汚れた衣服を着せる気か」
お目付け役があわてて二人の間に入る。
「じゃあ、手袋貸すよ」
そういってヴォルフリートははめていた手袋をはずし始める。
「女の子は丁寧に扱えって、妹にいわれたばかりだし」
「お前、身分違いもはなだたしいぞ」
キ―ッと彼女が威嚇すると、怯えた彼が私の後ろに隠れる。
「・・・・いや、だから、お姫様だし」
目で何とかしてくれ、と頼まれた。
「そんなこと言われましても・・・」
「ローゼンの犬めがぁ、姫様から離れろ」
彼女が襲いかかってくると、彼は逃げ出した。


鼻にバンソウコがある。
「痛いですか?」
「・・・別に」
ふい、と視線をそらされる。
「ソーニャはいつもは大人しい人なんですけど」
「え、あれで?」
ヴォルフリートがアンネリーゼをみる。
「ええ」


「べっつに、ヴォルフリートに彼女できるのはうれしいわよ、応援するわよ」
「じゃあなんで、姉さん、ふくれっつら?」
「べつにー」
「何でもないなら、こっちみてよ」

「でも何なの、ヴォルフリート、なんで答えてあげないの」
「はっきりいいなさい」

リング周りをあくびをしながら歩いていると、一台の馬車が横にとまった。窓から見なれた小さな少女の手が出てきた。
「ヴォルフリート様」
「ああ、教主様」
手を差し出し、その手を握る。
「昼間に合うなんて珍しいですね」
黄金の髪が微かに揺れる。
「そうだね、今日は仕事?」
「ええ、団員の家族が不幸に会われて、そのお見舞いに」
蕩けるような、優しい声だ。目元にはアイシャドウ。純はくの着物のような衣装。
「そう、神のお導きをと伝えておいて」
「はい」
とびきりの笑顔が愛らしい少女に浮かぶ。

「ヴォルフリート!」
ヴィルフリートは、その声にうんざりした感情を感じた。
「何ですか、ルドルフ様」
「お前、軍人になるというのは本当か?」
とぼけたのんびりした声で質問で答える。
「士官学校の幼年学校ですよ」

「くやしい」
「なんであんたはへらへらしているのよ」

「ダリル、ヴォルフリートはどこ?」
「ええ、ああ、応接間に」
また泣いていないだろうか、一人で抱え込んでいないだろうか。



舞台の上の歌手の一人であり、女優の一人でしかないのに。シュテファンはアーディアディトに対して複雑な思いを抱いていた。視界の隅に父を狂わせた異国の女性の腹違いの弟の姿が見える。
年下の少女に表情に感情に戸惑いを感じている。
青年と少年の狭間に行きかう中性的な容姿、長い闇色の髪、深い闇の底を思わせる水色の瞳は鋭さを浮かべて、男性も女性も引きつけて、エレクは笑っている。


「大丈夫」
街中でジ―クムントは孤児の褐色の肌の少年の体を起こすヴォルフリートに遭遇した。
「ぼっちゃま、またそのような使用人のような真似を」
トマトが街中の石畳の坂道で散らばっている。
「大丈夫、大丈夫」
綺麗な服のヴォルフリートに、少年はかぁぁとほおを赤くする。
「お前・・・」
赤い髪が風で揺れる。大きな瞳は意思の強さを感じさせた。派手やかなアリスの舞台をみた後、そのアリスの弟に出会った。
優しいアリス、おてんばなアリス。その歌に、心の美しさにジ―クムントはいやされている。
「商品は大丈夫・・・ではないね」
穏やかな、優しいヴォルフリート。怒らない優しいおぼっちゃま。
「僕のせいだね、前方不注意だった、拾うのを手伝うよ」



「いつも、こういうことしているのか?」
「こういうことって?」
馬車の中で使用人に囲まれて、怒ったような表情でジ―クムントが言った。
「異国民で、あれは難民だった、登録されていない国民で庶民だ。お前は誰でもああやって手を差し出すのか?」
イライラする。
何でこんな平凡な、瞳ばかりが珍しいこいつばかり優遇するんだ、いい奴かもしれないが。輝くものにまとわりつく、ゴマすりのくせに。


「僕の不注意だったんだから、謝るのは当たり前だろう、あの子、明日のパンとか大丈夫かな、この時間だと品だしを片づけていたんだろうけど、殴られてなきゃいいんだけど」


「やあ、ジュリエット」
「ごめんなさい、呼び出して」
予告日とジュリエットのデートの日が重なるとは。おまけに偽物と対峙しないといけないのに。
どうする、今一番問題なのは、あのキザ野郎とジュリエット、そして俺のまねをする偽物だ。ウリエルは変装できないし。
絶海の紅水晶は!?
「あれ、ジークフリートじゃん、じゃあ、おれ、バイト終わったから帰るな」
「え、まだ講演してるんだろ」
「銀河劇団はいい加減な劇団だからなぁ」
あほっぽく笑っている。
「行くぞ、二コル」
「行くわよ」
「へえへえ」
・・・・そうだ、多少演技の経験があるヴォルフリートなら。
がしっ。
「およ?」
「お前、これから時間あるか?」
「は?」
着ぐるみを着ている少年は子供っぽい表情でジークフリートを見た。


「ふぅん、怪盗役ね、おいらにできるかなねぇ」
頭をポリポリ掻きながら、オッドアイの少年はセリフと行動、目的の宝石の情報、盗みに入る場所の書類を見ている。
「今だって、演技しているんだろ」
「今?演技はしていないぞ」
不思議そうにジークフリートをみる。
「だって、俺の知るヴォルフリートじゃない」
「あ、あぁ~、そうか、ジークフリートは知らないか。俺、実はスパイなんだ」
キラントした目で指を立てて、ヴォルフリートがそう言った。
「は?」
「世界各国を回り、時に探偵、時にスパイ、時に暇な金持、その正体は」
「あほか・・・、お前キャラ作りすぎだろ、いつものお前に戻れよ。正直・・・別人すぎてこわいよ」
「つまんねえな、ノリがわるすぎるぞ、ノリが」
ぷうと頬を膨らませる。
「でも、お前いくら親友とはいえ、泥棒が親友って、警察に連絡しなくていいのか?」
「まあ、それは・・・その」
本人とはいえない。
「お前を見込んでの頼みなんだ」
「お?急にマジ顔」
「頼む」
「んーっ、楽しそうだし、・・・・ま、いいか、夜のマジックショーにマジック怪盗ごっこね」
勝手に納得したようだ。そして、ジ―クの手を離すと、オルゴールをとりだした。そして、ネジを回す。
「何だ、それ」
ゆっくり目を閉じる。
「んーっ、怪盗役にふさわしい俺になる魔法の儀式かな、おれ馬鹿だから、催眠みたいな~」
すーっと身体から力が抜けていく。ベンチの上で横になる。レクイエムの物静かな音が鳴り響く。カチっかチッ
・・・どすん。
床に落ちた。
「お、おい!?」
ジ―クが身体を起こすと、ぱちっと目を覚ました。
「・・・・ヴォルフリート」
「―あれ、ジ―クじゃん、何?学校は?いつウィーンに?」
身体を起こして、きょろきょろとあたりをみる。
「公園?…この格好」
メモをとりだした。
「ああ、二コルからか」




・・・だらしない顔をして。
美人に声が掛けられたからって。
ムカ。
「?」
ディートリヒは自分の胸を押さえた。胸がむかむかする。
「・・・・?」
何だ、これは。

視界の隅には、使用人や女性と話す兄の姿がある。無意識にその姿をみていると、アリスに声をかけられた。
「このところ、ぼーっとしてるわね」
「え・・・」





「君は、いいや、あなたが皇太子殿下でしたか、これはご無礼を」



気品や威厳で優雅さを生み出し、高貴さでコーティングされた神の最高傑作というべき少年は穏やかな笑みを浮かべていた。
「いいえ、僕も危ない所を助けていただいて・・・・」
周りにいる貴婦人は無礼というか、あまりに失敗を重ねる青年に哀れみに似た視線を向けていたが、何と優しいとルドルフの仕種や愛くるしい笑顔にほだされていた。


硬く、それでいて優しい腕だった。
「出すぎたまねをしました、お許し下さい」
顔を上げたヴォルフリートにルドルフはショックを受けた。営業用の、仕事用の表情で自分を一瞬見て、頭を下げたからだ。
「ヴォルフリート・・・」
睨みつけるように、何かいいたげにルドルフは見据えた。
「エルフリーデ、いつウィーンに?」
「昨日だよ、君もすっかり男らしくなったね、僕より背が高いのかな」
同僚の一人がヴォルフリートの元に駆けつけた。


触れる事さえ、叶わない。馬車の中で、小さな子供のようにうずくまり、自分の細い方を支える。初めて、あの時感じた、胸がフォークでえぐられたように痛い。
それなのに、ヴォルフリートに触れられた場所が忘れられない。
違う、違う。
「私は・・・・」
この国の皇太子だ。
「止まれ」
「は?」
「いいから一度止まれ」


青年は町外れの古い屋敷に数人の使用人と共に、住んでいた。ランプの淡い光にルドルフは胸をなでおろし、濡れた自分の服を見た。紐のようなもので吊り上げられている。広間には写真やトロフィーがおかれ、狩猟の為の銃が部屋の隅に置かれている。薄暗く、どこか寂しい空気に包まれた家は不気味さを感じさせていた。
「酷い雨だったね」
青年がタオルを持って、腕の袖をまくりながら、部屋の中に入ってきた。
「・・・貴方が助けてくれたんですか」
「いや、アンドリューが、・・・飼っている馬が君を見つけたんだ、アンドリューはなかなか僕に懐かなくて・・」
「・・・・・」
ザァァァァ。
雨がざあざあと降る。
「曲を作っているんですか?」
青年はえ、と困ったような表情を浮かべた。
「な、何で」
「指にたこができています、それ、楽器を扱う時にできるものですよね」
「凄いな、よくわかったね」
心から嬉しそうな表情を青年は浮かべた。
写真の中で黒髪の自信家な青年と金髪の美女が仲良く微笑んでいた。
「ジークハルト・アンデンス、今はスウェーデンにいる、天才ピアニストだよ、僕のは腹違いの兄だ」
「あまり、貴方と似ていませんね」
「ジークハルトは、母親似何だよ。でも凄いんだ、努力家で自信家で、活発で何でも出来て、堂々としていて・・・」
「尊敬してるんですね」
「・・・・ああ、それに約束したんだ、僕を裏切らないと」


ウィーンから、ローゼンバルツァー家からの手紙が届いた。封筒を開けると、異能者狩りが順調に言っている事、引き取った彼女の子供達はなじんでいるという事の二点だった。
・・・・そういえば、あの兄弟はよく怪我をしていた。
あの2人だけは、家の本来の仕事にか交わせるなと命令をしているから大丈夫なはずだ。
―首のところ、どうしたんですか、それに脚や膝裏に切り傷が。
―僕は目が悪くて、それにどうもとろいというか、運動神経が鈍くて、いつもどこかを怪我してしまうんだ。
どこかつくろったような笑顔で、笑う。
気に入らない・・・、とルドルフは思った。









2
「かまえ、構え、構うのじゃ―」
石畳の床の上をゾフィーがごろごろさせる。

「・・・この変態男が」
「はぁ?」
「言っておくがわらわはごまかされぬぞ」
「何を」
「お前もどうせか弱い、守りたい女が好きなんじゃろ」
ジト目でルドルフをみる。
「ギ―ぜラの話ばかりではないか」

「ゾフィー、遊ぼうよ―」
「あの間抜けな声はまさか」

「あれ、ルドルフ様?」

私と付き合ってください」

「わしとつきあってくれ」



「少年、私と新世界を」

「俺と付き合え」



「ごめん、僕、好きな人いますから」
その光景をエレクが見ていた。


「さすがは名門貴族ということか、モテモテだな」
ふんと笑いながら、壁に背中を預ける。
「君だってモテるだろ」
「女性限定でな」
「え、でも?君の仕事って」
「言うな」
「わかった」
エレクはヴォルフリートをみる。
「お前はモテて、楽しそうだな」
「何、そのいやな笑顔」
「それで何人の女を泣かせてきたんだ、その可愛い顔で」
「う~ん」
真剣に考えるのか。
「・・・真剣に告白してきた数は統計57人で、断った数は12人、遊びでつきあった数は42人かな」
おおよそだけどね。
あれ、心臓が痛い。
「ほ、ほほぉ・・・・?」
大した遊び人じゃないか。
「誇張じゃないだろうな、モテたい奴が張る見栄だったら許さないぞ」
「僕もそう思いたいけど、いくら振り払っても来るんだよね」
はぁとため息をついた。
「おい、ヴォルフリート、お前のところ、また女性が10人単位で武器を持って着てるぞ、勝ち残った奴がお前と付き合うって!!」


「・・・・・うん」

振り返る。
「やっぱり、君の言うとおりモテてないな」
「・・・・・・・・・・・」




事件の真相は、青年が音楽家の青年を婚約者から奪い返す事だった。地位と名誉を求め、兄の仮面を外し、青年を泣かせて、貴族の女性と出て行こうとした。音楽家の青年の亡霊をルドルフと重ねて、自分の家に火をつけて自殺した。数年後、その婚約者は庶民の銀行家と結婚し、幸せに生きていた。

と、世間的にはそうなっている。
しかし、音楽科の青年は家の中の醜い像の中に眠らされていた。


薄暗い・・・。
あまりにも、この皇太子の心は深くて見えない。人を誘惑し、傷つき、欺き、貶める。
「アーディアディト・・・」
細い手が自分の背中に回される。あまりにも冷たすぎる手だった。アリスは顔を青くする。宮殿の中で、ルドルフ皇太子は、いろんな顔を待っていた。男も女も惑わしていた。
「貴方、何してるの」
「私は、これで・・・」
若い青年将校が草叢から慌てて出て行く。

「―--君も遊ぶか?」


綺麗な、人の何かをしびれさせるような声。青い瞳にアリスは身動きできなくなる。なんて、綺麗な顔立ち、残酷な笑顔なのだろう。悪魔的というべきか。淡い色の艶やかな髪が風で揺らされる。
なんて魅惑的で恐ろしい、とても美しい少年だろう。
魔性、いや、美しい生き物とはこういうものなのか。


アリスがウィーンに来て、僅か3ヶ月の時、アリスはルドルフの残酷さを見せ付けられる。耳を傷つけられた女官。自信を喪失し、ルドルフの家庭教師を下ろされただけで、行方不明になった若い男。
謎の変死を遂げた貴婦人。噂では目を奪われた女官や鞭で打たれた庭師もいたらしい。いや、見た。父親に連れられ、宮殿に参上した時、劇場的になったルドルフが乱暴に女官の髪を掴んで、罵声を浴びせていた場面を。


ドタンッ!

その時、アリスを迎えに来たヴォルフリートが首の後ろのバンソウコを押さえて、足を少し引きずりながら、明るい日差しの中、現れる。どうやら、激しくこけたらしく、衛兵に起こされている。
「ね・・・、お姉様、どこですか?」
姉と碧かかった青い同じ瞳を左目に持ち、右目は緑色に近い濃い色をしていた。ルドルフがアリスの口を押さえる。
「ヴォ・・・・」
素朴な、可愛らしいが普通な顔立ちにはそばかすがあり、通りがかりの貴婦人達に嘲笑されていた。風に赤毛が混じったダークブラウンの髪が揺らされ、きらきらと陽光で輝いていた。
「声を出すな、大人しくしていて」
声が急に皇太子のものから、年相応のものになった。そう愛らしい子供の声になった
「は、はい・・・」
ルドルフは襟元を調えて、高そうな貴族の少年が良く切る格好からほこりを払って、服を調えると、ヴォルフリートのほうへ薄暗い小さな林や草叢から出て行った。
「ヴォルフリート、偶然だな」
「ルドルフ様?あれ?なぜ、ここに?ここは宮殿ではありませんが。というか、何故あんな林から?」
「散歩だ」
「暗い林の中を?一人で?護衛やアレキサンダーもつけずに?ア、さっきこっち来る時に、兵隊さんが通りましたが、ルドルフ様と関係してるんですか?」
アリスははらはらとなった。ルドルフは一瞬戸惑ったような態度を見せたが、
「いいや、僕とは無関係だ」
ヴォルフリートはジッ、と見ると、アリスは意外なものを見た。さっきまで人を苛めていた大人びた、残酷な少年が汗をかいている。慌てている。
「う~~ん・・・」
「な、何だ」
「そうですよね!ルドルフ様は子供ですもんね、僕ルドルフ様美人で顔だけは可愛いから、ヘンな大人に苛められたり、へんなことされちゃうと本気でヘンな心配しちゃいましたよ」
良く澄んでいた町と同じように、孤児院にいたときと同じようについ、きゃっきゃっと笑って、ヴォルフリートはルドルフの頭を撫でて、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「・・・え」
撫でられているうちに、ルドルフは無口になり、大人しくなった。
草むらの中でアリスはこけた。
・・・ヴォルフリート~~、もう少し考えて。
ん?
「すみません、この近くに金髪で11歳くらいの美少女を見ませんでした、真っ白なドレスを着た女の子なんですが」
ヴォルフリートがくるり、と別の方向に顔を向け、通りがかりの人間に話しかけた瞬間、アリスはルドルフが固まっているのを見た。顔が真っ赤だ。
茹蛸のようにボッボッと真っ赤になっている。
何、これ?

3
避暑地から、青年が起こした事件から帰ってきた。ちなみにこの次期は、ルドルフの教育係が消えて、兄のような存在が消えて、ルドルフがようやく姉弟の存在を認識し始めた時期で、ちょうどアリスが来て、一ヶ月か二ヶ月くらいの時期だ。
エルネストから引き離し、ヴォルフリートは無理な乗り方をルドルフに強要された。
「あれはねぇ、弟がヴォルフリートに甘えているのよ」
皇女ジゼルがそういった。
「はぁ・・・」

記憶の中でマーヤがアテナの剣が帝国の正義のもとに極悪非道を強行させた現実を、ヴォルフリートが道具である現実を教える。
「・・・・本当に姉さんと…そしてユリウスたちを外に逃がしてくれるのか」
「そうだよ、監視者の私と協力者で、ここの非道をあんたたちの証言で伝えて見せる」
でも・・・。
「無理だよ、だって、姉さんには烙印が」
焼けつく様な背中の烙印。
「・・・・そのためにあんたに女王の周辺を調べてもらったんだ」
「でも見つかったら、マーヤだって、ひどい目にあうよ」
「・・・気付いているだろう」
肩を掴まれた。

「ローゼンバるツァーをあんたが止めるんだ」


「・・・僕が」
中年の女性がほほ笑む。
「生きるんだ、どんなことをしても」
「生きる・・・」
「アリスを赤の女王にしてはいけない、わかっているだろう」
「・・・・・ああ」


雪の中で国境付近、兄弟たちと逃げだしたとき、エレオノ―ルに捕まった。
「どうして、あんたがここに」
「馬鹿ね」
くすりと笑う。
「私たちが貴方達を見逃すはずがないでしょう」
アリストヴォルフリートが身を寄せ合う。
「ヴォルフリート!」


白い闇と鎖が、すべてのその空間を支配する。
「馬鹿なウサギ・・・」




ルドルフがヴォルフリートを意識したのは、あの事件からではない。メルクでの事件ではなく、ずっと前からだ。ルドルフはそれに気付いていなかった。ただのお気に入りの唯一の友人。自分の影の部分を知らない、子供としての自分を見る頭の悪い、お人よしのバカ。機転が利かず、人の命令だけを疑いもせずに従う大バカ。


一度、皆の前で、母親や姉のジゼル、多くの貴婦人、鷹狩りの現場で発作を起こした事があった。
「お父様にも困ったものね、ねえ、ルドルフ」
「ああ・・」
「ルドルフ?どうかしたの、息が苦しそうよ」
ギュっ、とおなかを押さえる。実際に痛いのは胸の辺りだが。
「大丈夫だ」
「それなら、いいんだけど」
ジゼルはすぐに目の前の光景に目を奪われた。苦しい、辛い。けれど、ここで母上や父上、何より自分達家族のために来ている多くの名家の人間を哀しませてはいけない。何より、父上は忙しい、気が狂いそうな公務からやっと抜け出せているのだから。僕がめちゃめちゃにしてはいけない。
―誰にも王は、助けを求めてはいけない。
自分ひとりで解決しなければ。
「・・・・っ」
青い瞳で、ルドルフは揺れる世界を見た。打ち合った後の皇帝の側に、ローゼンバルツァー家からの使者が近づき、離しているのが目に入った。


あの人が自分を裏切ったのは、異能者だったから、自分が敵対する帝国の人間だから。兄のようだった、初めて人間のぬくもりを感じた気がした。周りにいるのは冷たい機械のような人間で触れる手も冷たかった。
始めて、人が好きだと思った。自分は誰かを好きになってもいい。それくらいは許されてもいいような、温かい感情だった。兄のようなあの人は自分という人間に興味を持ち、温かく包んでくれた。そう思おうとしていた。
―ゴメン、キャロル。
夜の暗闇の中で、いつの間にか、死んでいた猫を抱きしめながら、ルドルフは謝った。
今、思い起こせば、アレは仕事だった、普通の子供ではない、愛玩動物に対する愛情で、自分を見ていていたわけではない。
ローゼンバルツァー家にエルネストたちに会いに行くと、親戚同志の集まりがあったらしく、アーディアディトの姿がある。大人たちは、別の場所にいるらしい。
大広間に彼らは集まっていた。
「そうか、やはり、奴らは我が帝国の領内を・・・」
「はい、こちらから何か仕掛けましょうか」
「いや、直接的なことは今は避けろ、お前たちは表面上は穏便にして、一歩も引かない態度で奴らと交渉して行け」
「わかりました」
「・・ところで、アレはどうした、全員着ていると聞いていたが」
「ああ、彼ならフィネのところにいます」
「フィネ?」


どきり、とした。
扉の間から、ヴォルフリートの傷だらけの背中を見た時、ルドルフは動揺した。今まで感じた事のない動揺だった。

                   4

 ガチャリ・・・・。
「アレ、ルドルフ様、こられていたのですかぁ?」
フィネの部屋がある二階の子供部屋からではなく、一番奥の奥の左奥の家族でも入った事のないローゼンバルツァー家の現当主の「プルート」の部屋から出てきた。正確には部屋の主人の部屋につながる小部屋からだが。
「お前、何故、ここに?」
「ローネ(メイド)におじい様のお薬を届けて欲しいって、頼まれたから渡しにいったんですよ」
今日は鼻のところにバンソウコ、右手の間接部分にシップのようなものと足に包帯が張られていた。
―苛められているのだろうか?そういえば、こちらに映ってからヴォルフリートは良く怪我をしている。ドジだからと思っていたが。
「・・・お前、文句があるなら父親に頼んだら、どうだ、体罰を誰かに受けてるなら黙っていれば終わるなんて間違いだぞ。何なら、僕がいってやってもいい」
ヴォルフリートはきょとんとした表情になった。明らかにわかっていなかった。
「違う、違う、この怪我ただ単に僕がドジでトロイから出来たものですよ。僕、乗馬とか他の運動が他の皆より出来ないから、練習してて、お父さんはやさしいですよ、とても」
「そういうように頼まれてるのか?痛いなら痛いといっていいんだ」

「おかしいことを言うなぁ、僕は誰にも苛められていませんよ、ルドルフ様。どんな動物も自分以外の別の種類の動物が入ってくるのは怖いんですから、これは僕への宿題なんです」
ヴォルフリートは当たり前にそういった。
「僕がいたいのは、姉さんを守れない、その瞬間だけですよ。例え、この体が痛くても、姉さんが無事なら、幸せに笑って、僕は役目を果たせればそれでいいんです」
にこりと微笑んで、温かい声でそういった。

「だから、君が心配する事ではないよ、皇太子殿下」

―ーーズキン・・・!!


「!?」
その瞬間、ルドルフの胸に何かが弾けとんだ。
・・・なんだ???

線を引かれた、このときくっきりと。入ってくるなという。その笑顔を見た時、ルドルフはこう感じ取った。
「ルドルフ様?」
優しい、優しい、けれど自分の闇よりももっと深い、未知の妙な清涼とした暗闇。こいつにそんなものがあるはずがない。温かい、不幸に気付かない無神経な正反対の友達。ヴォルフリートはそういった人間であるはずなのに。
薄暗い、オレンジ色の光景の中、窓辺に立つヴォルフリートの顔が日が強すぎて、よく見えない。
「・・・・」
思えば、こいつは自分にいつも、興味を抱いていない。いくら友達といっても、いつも一生懸命なのは自分だ。どんな時もヴォルフリートは冷静で、優しかった。
自分が持つ美貌にも無反応なのは男だからと思っていた。
―不気味な子供だ。
いつか、誰か言った。


5
自分の噂にも、ヴォルフリートは表情を変えず、そうですかといった。自分がヴォルフリートを傷つけたときもそうですかといった。
「・・・・・」
気味が悪い。怖い。そうは思った、近づかなければいい。
だが、ルドルフの中に生まれたそれは、別の感情も生んでいた。他人に対する強烈な興味だ。
興味がないと言うことは、自分の皇太子としての仮面さえ、彼には何の意味がないということだ。ヴォルフリートには、ルドルフという人間しか目に入ってない。それ以外のルドルフなど、ただの定義にすぎない。
そう考えた瞬間、ルドルフは安堵感を覚えた。
「それ、良く聞かれるけど、姉さんにまで聞かれると思わなかった。それにさ、ルドルフ様が大人の人と付き合ってるって、本当?」
「この目で見たのよ、キスシーンが怖かった」
「そうなんだ、それじゃあ、仕方ないよね。それで、ルドルフ様はその人と結婚するの、大きくなったら、それ以外の男の人や女の人とも」
「しないんじゃないかな・・」
「そっか。それで僕がルドルフ様を特別に思ってるのか、どう思うのかだっけ?ウン、確かに時々苛められるけど」
「で、どうなの?」
アリスはジッ、と見た。
「友達だよ、エリクや孤児院の皆と同じ」
あっさりした口調で答えた。
「側にいて、ドキドキしない?ホラ、殿下って可愛いし、妙な雰囲気あるし、子供なのに」
「全く、まあ、彫刻みたいだから綺麗と思うけど。美術品を綺麗だと思ってもそれ以外の感情は出ないでしょ、それと同じ」
これもあっさりと悩みもなく答えた。



街角では、喉元を切り裂かれるという殺人事件が起きていた。それもナイフで若い少女や老人、子供といった弱い立場の人間ばかりだ。
その日は風が強く、不安定な天気で空気も冷え切っていった。
カフェの中で、エレクは馬車の中のアーディアディトとヴォルフリートの姿を見た。
・・ふん、貴族様はのんきに女とデートか、いいご身分なこった。
はき捨てた感情で、エレ句はヴォルフリートを馬鹿にした。



ドォォ・・ン。
「ひっ」
「ヨハン・ジュール、お前を反政府容疑と強盗の容疑で逮捕する」
体の置くまで凍えるような軍人としてのヴォルフは、罪を犯すものを許さない。その後ろには同じ、帝国を守る軍人の姿がある。
「大人しくしろ」
男が最後の抵抗、とヴォルフリートに殴りかかる。
「ヴォルフリート公!」
だが、すぐにヴォルフリートは男の背後に回り、男の腕を奪い、壁に叩きつけた!腕を反転させ、痛めつける!
グキ、バキバキツ!!
「いててて手!!痛い!止めてくれ!」
「・・・罪から逃れるものは許さない、神妙にしろ」
仕事時のヴォルフリートは冷たく、仕事に従順だ。彼の同僚は、友達思いでのんびりした変わり者だけど、サディストといっていた。




6
青い帽子を整える。
「やぁ、ジ―ク」
仮面をとりつけ、エクリプスに似た整った顔立ち、青いマント、青いスーツ。首元の漆黒の宝石。
自分と同じ瞳がジークフリートを見ていた。
けれど、まとう空気がいつもジ―クの知る子供っぽさや幼稚さ、それでいて毒がある無邪気さがない。弟のような同い年の少年。
マントを華麗に翻し、不敵に毒のように笑う。
ニッ、と笑うと冷たい感触が漂う。
「さぁ、ショーを開始しようか」
ついてこい、とウリエルを鋭い眼光でヴォルフリートが見つめる。
「偽物と偽物か、楽しい夜になりそうだね」
「え・・・ああ」
「君らしくないな、歯切れが悪い」
あはっ、と笑う。


絶海の紅水晶を所有する中国の財閥ランフォーのいるダンスフロアのシャンデリアが消えて、偽物のエクリプスは乱暴に女性たちから宝石や装飾品を盗み出す。
「きゃあっ」
「わああっ」
「奴だ」
そして、会場の中の一人がエクリプスに指をさす。
「エクリプスだ!!」
「我々、ブルジョアや恐れ多くも貴族の方々に中傷し、女性の髪を切るとは、エクリプスも地に落ちたな!!」
ピーっと鳴り響く。
「警察だ」
「入れ」
「入れ!!」
警察が呼ばれて、入っていく。


川沿いを歩きながら、血のような夕焼けの中、エリアに徐々に近づきつつ、エレクは程よい距離で後についてくるヴォルフリートの横顔を気付かれないように見た。
「・・・・あんたに執着してるようデイやだが、俺もいつまでも、疑問を持つのは性に合わない」
ヴォルフリートがエレクのほうを振り向いた。猫を思わせる、左右違う深い緑と、藍のオッドアイの瞳がエレクを見た。なぜか、見慣れたはずの瞳に負けたような気分になって、口調を挑戦的にする。
「本当は俺が異能者だと気付いていて、俺を何らかの機会に利用しようと思ったんだろ、そうだろう、ヴォルフリート公」
「何、僕と喧嘩したいのかい、ビーネアイト」
エレク・ビーネアイトは、ヴォルフリートが不機嫌になった事に気づいたが、それを無視する事にした。エレクとか、苗字とか、こいつにとっては呼び方はどっちでもいいらしく、いつも自由に呼び出して、金を払う。
「どうだろうな、だが、あんた馬鹿なのか、通りすがりの他人にあんな簡単に顎つかまれてそのままなんて、それとも危機管理能力が低いんじゃないのか」
からかうように笑いながら、エレクはそういった。むうう、とヴォルフリートは頬を膨らませた。
「・・・ごめん、気に触ったなら誤るよ」
だが、すぐに態度を変えて、口調が普通のものになった。
「今度から気をつける、ビーネアイトはああいうからみが嫌いなんだね」
「・・・やっぱり、俺、あんたが大嫌いだ」
ぴいっ、とエレクは顔をそらした。
「うん、知ってる」
「・・・気味悪い奴」
「ビーネアイト、それじゃあ、次から違う情報屋をつかうから、今日の仕事が終わったら紹介してくれないか?いつもより三倍出すからさ」
本気でこいつは自分を情報や抱けとしか見ていない。あくまでビジネスライクのつもりだ。
「あんたさ・・・っ」
思わず、声を荒げて、服を掴んで、意気込んだ。
「はい?」
能天気そうで、何もしらなそうなその表情。


表情がきつくなり、手が動いたので殴られるのかと思って、覚悟を決めると、顔が近くなり、エレクの影が重なって、口と口が重なったなと思うと、両手で首をホールドされた。
「はい?」
絞めて、殺す気にしては随分ゆるいな、と思いながら、反撃しようと隠し持っていたナイフを手に取ろうとすると、エレクに止められた。
「・・気持ち悪いか?男に抱きつかれて、vvされて」
途中の言葉が良く聞き取れなかったが、口封じされたらしい。
「・・・・・まあ、男なのに唇が柔らかいのが気持ち悪いというか、少し肌が荒れてるなとか、いきなりでびっくりしたというか、何、お得意先がいなくなると困る事情でもあるの?ビーネアイト」
なぜか、頭をうなだれた。
「・・・あんた、本当に・・・まあ、そうだ」
「僕を確実に倒すつもりなら、夜か人がいない時間帯狙ったほうがいいよ。後、口封じなら直接自分の口を使うなんて、危険な選択だぞ、相手が毒を口に塗ってたらどうするのさ、さっきはふいを疲れたけど、もう少し早ければ、僕が君の首を絞めてた」
「・・・あんたはとりあえず、その物騒な軍人思考を改めろ」
「それでいつ解放してくれるの、時間が迫ってきたんだけど」
ヴォルフリートはエレクからはなれて歩き出す。
「おい!」
「はい?」
反射的に答えた。
「・・・俺と始めてあったときのこと、覚えてるのか、雨の日のあんたが貴族になったばかりのときの事を」
ヴォルフリートはきょとんとした表情になった。
「君がこだわってたのは、その事か」
「覚えてるのか?」


                  7
―覚えている。
血まみれの血に飢えた、一匹狼のような瞳をした少年を。異能者として、力が強く、恐らく並の異能者では勝てないだろう。
だが、ヴォルフリートには彼が一生懸命何かを守っているように見えた。プライドか、それとも他の大切な何かかは知らないが。
「それなら、何故、知らない振りをした?」
「君を知らない事にしたほうが、君のためになると思ったからだ。ルドルフ様や帝国が異能者をどう思っているのか、知っているから」
暗く、思い。
圧し掛かる。
「知っていて、あんたはそんな人殺しに手を貸すのか?ルドルフ殿下は同じ異能者を殺してるんだぞ」
「直接、手を下しているわけじゃない」
「同じさ、あいつらが異能者の血で自分たちの幸福を満喫している時点で、いや、異能者ばかりじゃない。ただ、定刻とは違う考えを持った時点で、反逆者扱いだ」
激しい憎悪や嫌悪感だ。ぎらぎらと目が輝いている。
ヴォルフリートも苦々しそうな表情をしている。
「ヴォルフ、あんたの狙いは何だ?何故、処刑されるとわかっていて、ハプスブルクに味方する?古臭い、虚飾まみれの世界を守って、そんなに楽しいか?守る価値があるのか?」
手の動きがまるで劇を演じる役者の動きで実が書かれている。美形が悪く笑うと、本当に悪人に見えるな、とヴォルフリートは思った。
・・・しかし、あまり男を感じさせないな、男臭くないというか。
いや、ここはそういうことを考える時じゃない。
「僕が守るのは姉と皇太子殿下ですよ、そういう役目だから」
「ルドルフ殿下に命じられたのか?」
少し、エレクが不思議そうな表情をした。柔らかい、蕩けそうな、甘い表情をヴォルフリートがいきなり浮かべた。
「いいや、僕の大切な人だよ、恐らくこの世でもっとも大切な一番大好きな人」
そういった瞬間、張り詰めて、怒りのような表情だった表情が急に緩和され、子供のような微妙な、それでいてどこか傷ついたような表情になった。張り詰めたガラスが粉々になったような印象だった。
「・・・僕、何か、ヘンなこといった?」
「いや、あんたにも人間らしい感情あったんだな」
「?どういうこと?」


金髪の髪、華奢な体型、中性的な要望。りりしさに可愛さがあって、どことなく最近艶やかで。守ってあげなければいけない弟。

おかしい、なぜドキドキしてしまうんだ。相手は男なのに。

「女だとばれていないよな」

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